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第二部
八十二話 ロレンナと嘘つきな聖女の物語 前③
しおりを挟むはっきりと頷いたルシアを見て、俺は深くため息を吐いた。
つまり、彼女はまた俺に嘘をついていたのだ。
嘘というか、いくつかの重要なことを俺に言わずに黙っていた。
ライネルとクリスを見ると、ライネルはバツが悪そうに俺から目を逸らすし、クリスは少しきょとんとした顔をしている。オズワルドの名前を出して反応しているということは、ライネルはあいつをそこそこ覚えていられるらしい。クリスの方は魔力がないから多分今はピンときていない。
「すみません。闘技場で言ったように、後でちゃんと説明するつもりだったんですけど」
そう言ってルシアがすまなそうに眉尻を下げる。
ルシアがライネルとクリスを召喚したあの魔法陣には見覚えがあった。俺がオズワルドからもらった羊皮紙と、筆跡も作りもそっくりだった。同一人物が用意したとしか思えない。
そしてそれをルシアが持っていたということは、彼女はそれを事前にオズワルドから入手していたということに他ならない。つまりルシアはオズワルドと予め通じていたということになる。そう考えるとこれまでの彼女の行動には少し不審な点もあった。
あのお騒がせな王子のことは朝から色んなことがあってすっかり忘れていたが、王宮に着くまでにグウェンと話しながら情報を整理するうちに俺は思い出して、ルシアのことにも気がついた。
最初は、もしかしたらルシアも不死鳥の卵を取り戻すための助っ人として王宮に潜入したのかと思ったが、それなら俺に黙っている理由がないし、そこにクリスやライネルも加わってくるなら話が変わる。二人はルシアを追って来たのではない。衛兵や侍従の服を着ているのを見ると、ライネル達も王宮の中に潜伏していたことがわかる。つまり二人を潜入させた人間がいるということで、それは状況からするとルシアに魔法陣を渡したオズワルドで間違いないだろう。
きっと彼らは単に不死鳥の卵を追ってきた訳ではない。オズワルドには最初から卵以外にも目的があった。
「バレンダール公爵がいるのか。ここに」
そう聞くと、ルシアは瞳を微かに揺らし、彼女の後ろに立っているクリスはその名前に反応して息を飲んだ。
国を離れた二人がわざわざオズワルドに協力して関わる案件なんて、それ以外に思いつかない。
国外に逃げたバレンダール公爵を追って来たんだろう。そしてきっと、公爵は今この王宮のどこかに隠れている。
ルシアが硬い表情で俺を見つめてから頷いた。
さっきはバレンダール公爵のことまでは説明していなかったから、リリアンやロレンナ達はきょとんとした顔をしている。この件は皇帝の呪いとは関係ないから、詳しくは後でルシアと直接話せばいいことだが、もう少しだけ確認させてもらいたい。
ルシアは申し訳なさそうな顔をしながらも俺に向かって事情を告白した。
「最近のクレイドルでの魔物騒ぎは、召喚陣によるものです。それはグウェンドルフ団長もお気づきだと思います。禁術が使われているなら、そこにはバレンダール公爵が関わっているはず。オズワルド殿下に頼まれて、私達はデルトフィアを出てから公爵の行方を追っていました」
「じゃあルシア達は、始めからあいつに言われてこの国に来てたってこと?」
俺が聞くと、ルシアはクリスを振り返ってからもう一度俺を見てしっかり頷いた。
「はい。私も兄も責任を感じていましたから、誰に頼まれなくても自分達でバレンダール公爵を探そうと思っていました。でもそこにオズワルド殿下が声をかけてくださって、殿下に情報をもらいながら秘密裏に公爵の行方を追っていました。だから今回ラムルの王宮のどこかに彼がいるかもしれないという情報を得て、潜入することにしたんです。私がシナの代表として宮殿に来たのはわざとです。そのまま潜伏するはずが、まさか候補者に選ばれてしまうなんて私も予定外だったんですけど……。ちなみに一緒に来てくださったサラさんはオズワルド殿下の部下です」
「え?!」
最後に言われたことに驚き、俺は部屋の隅に控えていたサラを見た。
彼女は俺と目が合うと黙って会釈する。
どうりで教会のシスターにしては目つきが鋭いと思った。オズワルドの部下だったのか。
「……なんで最初に教えておいてくれなかったんだよ」
ため息を吐いてルシアを軽く睨むと、彼女はまた申し訳なさそうな顔で頭を下げた。
「すいません。まさかレイナルド様が王宮に来るなんて誰も予想してなくて。潜入する前日に、私はオズワルド殿下から、レイナルド様に会ってもバレンダール公爵のことは黙っているように言われました。もう巻き込むなって。卵のことで散々迷惑をかけたから、公爵のことは自分が片をつけるとおっしゃっていました。私も、レイナルド様をもう危険なことに巻き込みたくなかったので賛成しました」
それを聞いて俺はまた大きく息を吐いてグウェンに寄りかかった。
彼は俺を慰めるように桃を一切れ差し出してくる。やけくそな気持ちになって食べた。相変わらず美味い。
ルシアもオズワルドも、やっぱり俳優になった方が向いてるんじゃないか?
ルシアもルシアでなんでそんなに知らないフリが上手いんだよ。あの簡易魔法陣を見なかったら、危うく見過ごすとこだったぞ。
「クレイドルの魔物騒ぎは、確かに召喚陣によるものだろう。規模は小さいが、明らかに何者かが意図的に魔物を集めた痕跡があった」
グウェンが俺に話しかけてくる。
魔道機関車の時のような禁術が使われていたのなら、その魔界の術を使える者は限られる。バレンダール公爵が何らかの形で関わっていることは確実だろう。
グウェンに頷いてから俺はジト目でルシアを見ると、彼女は眉尻を下げて「すみません」とまた謝った。
「私もまさか、皇帝陛下の件がこんなに大事になるなんて最初は思ってもみなかったんです。オズワルド殿下からはレイナルド様が王宮にいるとは聞いていましたけど、すぐに連れて帰るって聞いていたので会うことはないと思っていたんです。それなのにまさか不死鳥の卵が六女典礼の褒賞品になって、それを抱えたレイナルド様と広間で遭遇するなんて想像もしていませんでした。その後もすぐに脱出して、レイナルド様がデルトフィアに帰るのを見送れるかと思っていたら、そんな雰囲気じゃなくなってしまって……」
それはそうかもしれない。
バレンダール公爵の件に関わる以前に皇帝の騒動に巻き込まれたせいで、たとえルシア達の裏事情を知っていたとしても対応は出来なかっただろう。
でも、公爵に関わることなら、俺は知りたかった。
内心で深く息を吐いてから、俺は正面のソファで真面目な顔をして座っているマスルールに胡乱げな眼差しを向けた。
「それから、マスルールさん。一応確認するけど、オズワルドに協力してあいつをイラムに入れたり、ライネル達を王宮に手引きしたのはあんただな」
無表情で俺を見返してきた彼が頷いた。
「…………はい」
やっぱりそうなのか。
俺は脱力した。
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