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第二部
七十七話 蕾の薔薇と世の喜び《急転》 後①
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思いがけずウィル達に会ったのは、バグラードの城壁の外だった。
うとうとしていたら名前を呼ばれ、はっと目を開いたら進行方向にウィルとベルの姿を見つけて俺は身を乗り出した。
「ウィル! ベル!」
「レイナルド様ー!」
ウィルが城壁の側にある岩の陰から手を振っていて、隣にいたベルが俺を見つけると砂漠の上を駆けてくる。
グウェンが高度を下げて砂漠に降り立つと、ベルは持ち前の俊足であっという間に俺のところに走ってきた。まだ抱き上げられている俺をきゅるんとした瞳で見上げながら首を傾げる。
ーーママー。ぎゅってしてー。
かわいいだろう。なんだその言い方は。
どこで覚えてきたの?
可愛いが過ぎるからママは心配だよ。
グウェンに下ろしてもらい、俺はベルの前にしゃがむとその頭をぎゅっと抱きしめた。
「ベル、パパを迎えに行ってたんだって? 危ないことなかったか?」
ーーうん。僕、ウィルがあぶないことしないようにちゃんとみてた。
「そうか、ありがとな。ベルは凄いんだな、もうウィルと二人だけで出掛けられるのか」
多分ウィルが聞いたら「面倒を見たのは僕の方ですよ!」と主張しそうだが、初めてのおつかいから帰ってきた子供を見るような気持ちになって、俺は満面の笑みでベルの首元をよしよしと撫でた。
俺の顔を見てベルがまた首を傾げる。
ーーママ、いつもとちがうね。
そう言われて、またしても俺は女装継続中であることを思い出した。
「ああ、うん。ちょっと髪伸びてるんだけど、後で元に戻るよ」
不思議そうな顔をしているベルは、その後俺の頭の上に乗っているメルに顔を近づけた。
「ぴぃ!」
驚いたメルが俺の頭皮に足を踏ん張る。
じっとメルを観察したのか、ベルは顔を離して目をぱちぱちさせた。
ーー赤ちゃんなの? おとななの?
そう聞かれて俺は口元に笑みを浮かべる。
「まだ生まれたばっかりなんだよ。赤ちゃんだね。ベルはメルが何て言ってるかわかる?」
ーーぴぃっていってるよ。
ベルにもメルの言葉は分からないらしい。まだ赤ちゃんだからか意味のある言葉を発していないのかもしれない。
ウィルが待っている岩の側まではもう一度グウェンに抱えてもらって飛んで行くと、俺たちを見守っていたウィルが駆け寄ってきて笑顔になった。
「レイナルド様、ご無事でよかったです。砂漠から王宮に帰る途中でベルがこっちに進行方向を変えたので、そのままベルについて来て正解でした」
「会えてよかった。ウィルもお疲れさま。ベルを見ててくれてありがとな」
砂の上に下りてウィルをぎゅっと抱きしめる。俺の首についた指の跡に気づいたのか、ウィルは顔を硬らせた。
「レイナルド様、それどうしたんですか?」
「ああ、うん。何か色々あったんだけど、とりあえず無事で健康だから心配しないで」
そう言うと、顔を顰めたウィルは俺に抱きつきながら「ちょっと離れてる間になんでそんなことになってるんですか……」と呟いた。
後ろにいたグウェンがその通りだ、という目で俺を見てくるのが雰囲気でわかる。
ばつが悪くなって明後日の方を向いて誤魔化そうとしたら、岩の陰に見覚えのないチーリンがいるのに気がついた。二頭。
……二頭?
「え? 二頭いる」
蜃気楼じゃないよな?
俺は目を丸くして、こちらをじっと見つめている二頭のチーリンを凝視した。
一頭は大人だけどかなり痩せていて、穏やかな眼差しをした柔らかい雰囲気のあるチーリンだ。もう一頭は小柄だけど結構ふくよかで、毛艶がよく柔らかそうな白銀の立髪を靡かせている。鳶色の興味深げな目で俺たちを観察していた。
「そうなんです。ベルと一緒に迎えに行ったら、なんだかもう一頭増えていて。多分親族なんだと思うんですけど」
ウィルが首を傾げながら説明してくれる。
俺は腰に鼻先をぐりぐりしてじゃれついているベルを見下ろした。
「ベル、パパと一緒にいるのは誰?」
ベルはその声に頭を上げると、オパール色の目をくりっと輝かせた。
ーーおばあちゃんだよ。
「おばあちゃん?!」
俺は予想外の答えにびっくりして小柄な方のチーリンを目を丸くして眺めた。
毛艶が良いからもしやベルの兄弟かと思ったが、まさかの祖母?!
父親だけじゃなくて更に祖母まで登場し、俺は背中に冷たい汗が流れるのを感じた。ベルの話では大丈夫だと言っていたが、本当に誘拐犯だと思われていたらどうしよう。
ベルは俺から離れると二頭の方に歩いて行き、何か話しているのか首を少し振ってから二頭の後ろに回った。
俺はウィルから手を離して立ち上がるとチーリン達の方にゆっくり近寄り、少し距離を取ってから砂の上に両膝をついて指先を膝の前で合わせた。
俺に注目している二頭に深々と頭を下げる。
「このたびは初めまして。レイナルドといいます。ベル……あなた方のお子様をしばらくお預かりしていました。勝手なことをしてすみません」
そう謝ってから恐々と顔を上げると、痩せている方のチーリンがすっと俺に近づいてきた。軽く砂を踏み、あまり体重を感じさせない動きで俺のすぐ近くに歩み寄ってくると、ベルによく似たオパール色の瞳が俺をじっと見つめてくる。後ろでウィルが驚いた声で「すごい、あんなに近づいてくるなんて」と小さく呟いた。
チーリンは俺をしばらく見つめると、すっと頭を下げて俺の首元に鼻先で擦り寄ってきた。驚いて固まる俺をまろい鼻先で押して立ち上がらせて、今度は俺の腕に自分の頭を擦り付けてくる。
「えっと……お許しいただけたってことかな?」
「くー」
ベルよりも幾分低い声でチーリンが鳴く。
急に懐いてくるチーリンに呆気に取られていると、ベルがとことこと駆けてきて、俺を見上げた。
ーー角にさわってほしいっていってるよ。
「角に?」
ベルはグウェンの魔法がかかっているから子馬のようになっているが、二頭のチーリンは聖獣の姿だから額には立派な角が生えている。
でもこれ、触って良いのか?
角ってチーリンの力の源だよな。
俺が躊躇っていると、痩せたチーリンは焦れたように俺の手のひらに自分で角を押し当てようとしてきた。
「あ、わかりました、触ればいいんですね」
慌ててチーリンの角に手を近づけて、そっと指先で触れる。
その途端、いつか感じたような熱の塊が指の先から身体の中に入ってきて、俺の血液の中に溶け込んでいくのが分かった。驚いて危うく指を離しそうになったが、じっと俺を見つめるチーリンの瞳が明るく輝いた気がしてぐっと堪えた。
俺の中には既にチーリンの魔力の通り道が出来ているのか、心臓に以前のような苦しさは感じない。
ーー懐かしい。
不意に聞いたことのない声が響いて、俺は周りを見回した。
きょとんとした顔をしているウィルと、少し心配そうな顔で俺を見守るグウェン以外に人の姿はない。
ーー貴方からは、懐かしい力を感じる。
また頭の中に響くような声がして、はっと目の前のチーリンを見下ろした。
「もしかしてベルのパパ?」
ベルによく似たオパール色の瞳が少し潤んだように陽の光を反射して光り、俺の腕に頭を擦り付けてくる。
ーー嬉しい。また番の気配を感じられるとは。
そう言ってしきりに俺に擦り寄ってくるベルのパパが腕の中に入ってくるので、思わず控えめに撫でてみた。俺が触ると瞳の中に力が宿るようにその色が明るくなる。
番の気配って言ったな。
もしかして、俺はベルのお母さんに身体の中に回路を作ってもらったから、彼女の魔力がまだどこかに残っているのかもしれない。
俺から離れようとしないベルパパを見て、ウィルは驚愕していたし、グウェンはちょっと眉を寄せていた。
ーーパパ、ママがこまってるよ。
ベルが横から口を出しながら、俺に自分も撫でるように要求してくる。
俺は空いた片手でベルも撫でてやり、頭に不死鳥を乗せながら両手でチーリンを撫でる人間、という奇跡の構図がここに生み出された。
ーー突然申し訳ない。私の番の気配が貴方から感じられる。
ベルパパに言われてやっぱりそういうこと? と俺は瞬きした。
「ベルの、えっと、あなたの奥さんにチーリンの魔力を身体に通せるようにしてもらったので、俺の中に何か残ってるのかもしれないですね」
ーーそうかもしれない。気配というよりこれは番の力そのもののように感じる。
俺の身体に全身で擦り寄ってくるチーリンは、すまなそうにしながらも抗い難いのか俺の側から離れない。
可愛い生き物に挟まれて嬉しいんだけど、何かグウェンに会話の内容聞かれたら怒りそうだな。
ちらっとグウェンの方を振り返ると、彼はじとっとした目でベルパパを見ていた。とうとう野生のチーリンにも警戒するようになったか……。ベルのパパだぞ。冷静になれ。
「あの、ベルのことすみませんでした。あの時はお父さんがいることに気がつかなくて」
そう言うと、ベルパパは俺の腕に擦り付けていた頭を上げた。
ーーあの時私は森から離れていた。私ではこの子を救えなかっただろう。感謝する。
お礼を言われて、子供を誘拐されたと怒っていないことがわかりほっとした。
「よかった。ベルのパパ怒ってないって」
ウィル達の方を振り返りそう報告すると、「あ」という顔をしたウィルが俺の後ろを見ていた。どうしたんだろうと思ってまた前を向くと、今度はベルのおばあちゃんが俺に近寄って来ていた。
「くぅ」
そう鳴いてベルパパと同じように俺の手に角を付けようとしてくるので慌ててベルを見た。
「ベル、おばあちゃんももしかして角に触れって言ってる?」
ベルは俺を見上げて頷いた。
ーー仲間はずれはいやっていってるよ。
「ええ?」
いいのか、これ。
こんなにほいほいチーリンと意思疎通出来るようになっちゃって大丈夫なのか?
戸惑いながらもチーリンの希望なので従うことにして、またそっと角に触れた。今度はふんわりと暖かな熱が身体を伝わっていく感覚がする。
ーーどうもすいませんねぇ。うちの子が。
そうおっとりとした声が響いてベルのおばあちゃんを見下ろすと、毛艶のいいチーリンは俺の腹につんと鼻先を当ててお辞儀をした。
うとうとしていたら名前を呼ばれ、はっと目を開いたら進行方向にウィルとベルの姿を見つけて俺は身を乗り出した。
「ウィル! ベル!」
「レイナルド様ー!」
ウィルが城壁の側にある岩の陰から手を振っていて、隣にいたベルが俺を見つけると砂漠の上を駆けてくる。
グウェンが高度を下げて砂漠に降り立つと、ベルは持ち前の俊足であっという間に俺のところに走ってきた。まだ抱き上げられている俺をきゅるんとした瞳で見上げながら首を傾げる。
ーーママー。ぎゅってしてー。
かわいいだろう。なんだその言い方は。
どこで覚えてきたの?
可愛いが過ぎるからママは心配だよ。
グウェンに下ろしてもらい、俺はベルの前にしゃがむとその頭をぎゅっと抱きしめた。
「ベル、パパを迎えに行ってたんだって? 危ないことなかったか?」
ーーうん。僕、ウィルがあぶないことしないようにちゃんとみてた。
「そうか、ありがとな。ベルは凄いんだな、もうウィルと二人だけで出掛けられるのか」
多分ウィルが聞いたら「面倒を見たのは僕の方ですよ!」と主張しそうだが、初めてのおつかいから帰ってきた子供を見るような気持ちになって、俺は満面の笑みでベルの首元をよしよしと撫でた。
俺の顔を見てベルがまた首を傾げる。
ーーママ、いつもとちがうね。
そう言われて、またしても俺は女装継続中であることを思い出した。
「ああ、うん。ちょっと髪伸びてるんだけど、後で元に戻るよ」
不思議そうな顔をしているベルは、その後俺の頭の上に乗っているメルに顔を近づけた。
「ぴぃ!」
驚いたメルが俺の頭皮に足を踏ん張る。
じっとメルを観察したのか、ベルは顔を離して目をぱちぱちさせた。
ーー赤ちゃんなの? おとななの?
そう聞かれて俺は口元に笑みを浮かべる。
「まだ生まれたばっかりなんだよ。赤ちゃんだね。ベルはメルが何て言ってるかわかる?」
ーーぴぃっていってるよ。
ベルにもメルの言葉は分からないらしい。まだ赤ちゃんだからか意味のある言葉を発していないのかもしれない。
ウィルが待っている岩の側まではもう一度グウェンに抱えてもらって飛んで行くと、俺たちを見守っていたウィルが駆け寄ってきて笑顔になった。
「レイナルド様、ご無事でよかったです。砂漠から王宮に帰る途中でベルがこっちに進行方向を変えたので、そのままベルについて来て正解でした」
「会えてよかった。ウィルもお疲れさま。ベルを見ててくれてありがとな」
砂の上に下りてウィルをぎゅっと抱きしめる。俺の首についた指の跡に気づいたのか、ウィルは顔を硬らせた。
「レイナルド様、それどうしたんですか?」
「ああ、うん。何か色々あったんだけど、とりあえず無事で健康だから心配しないで」
そう言うと、顔を顰めたウィルは俺に抱きつきながら「ちょっと離れてる間になんでそんなことになってるんですか……」と呟いた。
後ろにいたグウェンがその通りだ、という目で俺を見てくるのが雰囲気でわかる。
ばつが悪くなって明後日の方を向いて誤魔化そうとしたら、岩の陰に見覚えのないチーリンがいるのに気がついた。二頭。
……二頭?
「え? 二頭いる」
蜃気楼じゃないよな?
俺は目を丸くして、こちらをじっと見つめている二頭のチーリンを凝視した。
一頭は大人だけどかなり痩せていて、穏やかな眼差しをした柔らかい雰囲気のあるチーリンだ。もう一頭は小柄だけど結構ふくよかで、毛艶がよく柔らかそうな白銀の立髪を靡かせている。鳶色の興味深げな目で俺たちを観察していた。
「そうなんです。ベルと一緒に迎えに行ったら、なんだかもう一頭増えていて。多分親族なんだと思うんですけど」
ウィルが首を傾げながら説明してくれる。
俺は腰に鼻先をぐりぐりしてじゃれついているベルを見下ろした。
「ベル、パパと一緒にいるのは誰?」
ベルはその声に頭を上げると、オパール色の目をくりっと輝かせた。
ーーおばあちゃんだよ。
「おばあちゃん?!」
俺は予想外の答えにびっくりして小柄な方のチーリンを目を丸くして眺めた。
毛艶が良いからもしやベルの兄弟かと思ったが、まさかの祖母?!
父親だけじゃなくて更に祖母まで登場し、俺は背中に冷たい汗が流れるのを感じた。ベルの話では大丈夫だと言っていたが、本当に誘拐犯だと思われていたらどうしよう。
ベルは俺から離れると二頭の方に歩いて行き、何か話しているのか首を少し振ってから二頭の後ろに回った。
俺はウィルから手を離して立ち上がるとチーリン達の方にゆっくり近寄り、少し距離を取ってから砂の上に両膝をついて指先を膝の前で合わせた。
俺に注目している二頭に深々と頭を下げる。
「このたびは初めまして。レイナルドといいます。ベル……あなた方のお子様をしばらくお預かりしていました。勝手なことをしてすみません」
そう謝ってから恐々と顔を上げると、痩せている方のチーリンがすっと俺に近づいてきた。軽く砂を踏み、あまり体重を感じさせない動きで俺のすぐ近くに歩み寄ってくると、ベルによく似たオパール色の瞳が俺をじっと見つめてくる。後ろでウィルが驚いた声で「すごい、あんなに近づいてくるなんて」と小さく呟いた。
チーリンは俺をしばらく見つめると、すっと頭を下げて俺の首元に鼻先で擦り寄ってきた。驚いて固まる俺をまろい鼻先で押して立ち上がらせて、今度は俺の腕に自分の頭を擦り付けてくる。
「えっと……お許しいただけたってことかな?」
「くー」
ベルよりも幾分低い声でチーリンが鳴く。
急に懐いてくるチーリンに呆気に取られていると、ベルがとことこと駆けてきて、俺を見上げた。
ーー角にさわってほしいっていってるよ。
「角に?」
ベルはグウェンの魔法がかかっているから子馬のようになっているが、二頭のチーリンは聖獣の姿だから額には立派な角が生えている。
でもこれ、触って良いのか?
角ってチーリンの力の源だよな。
俺が躊躇っていると、痩せたチーリンは焦れたように俺の手のひらに自分で角を押し当てようとしてきた。
「あ、わかりました、触ればいいんですね」
慌ててチーリンの角に手を近づけて、そっと指先で触れる。
その途端、いつか感じたような熱の塊が指の先から身体の中に入ってきて、俺の血液の中に溶け込んでいくのが分かった。驚いて危うく指を離しそうになったが、じっと俺を見つめるチーリンの瞳が明るく輝いた気がしてぐっと堪えた。
俺の中には既にチーリンの魔力の通り道が出来ているのか、心臓に以前のような苦しさは感じない。
ーー懐かしい。
不意に聞いたことのない声が響いて、俺は周りを見回した。
きょとんとした顔をしているウィルと、少し心配そうな顔で俺を見守るグウェン以外に人の姿はない。
ーー貴方からは、懐かしい力を感じる。
また頭の中に響くような声がして、はっと目の前のチーリンを見下ろした。
「もしかしてベルのパパ?」
ベルによく似たオパール色の瞳が少し潤んだように陽の光を反射して光り、俺の腕に頭を擦り付けてくる。
ーー嬉しい。また番の気配を感じられるとは。
そう言ってしきりに俺に擦り寄ってくるベルのパパが腕の中に入ってくるので、思わず控えめに撫でてみた。俺が触ると瞳の中に力が宿るようにその色が明るくなる。
番の気配って言ったな。
もしかして、俺はベルのお母さんに身体の中に回路を作ってもらったから、彼女の魔力がまだどこかに残っているのかもしれない。
俺から離れようとしないベルパパを見て、ウィルは驚愕していたし、グウェンはちょっと眉を寄せていた。
ーーパパ、ママがこまってるよ。
ベルが横から口を出しながら、俺に自分も撫でるように要求してくる。
俺は空いた片手でベルも撫でてやり、頭に不死鳥を乗せながら両手でチーリンを撫でる人間、という奇跡の構図がここに生み出された。
ーー突然申し訳ない。私の番の気配が貴方から感じられる。
ベルパパに言われてやっぱりそういうこと? と俺は瞬きした。
「ベルの、えっと、あなたの奥さんにチーリンの魔力を身体に通せるようにしてもらったので、俺の中に何か残ってるのかもしれないですね」
ーーそうかもしれない。気配というよりこれは番の力そのもののように感じる。
俺の身体に全身で擦り寄ってくるチーリンは、すまなそうにしながらも抗い難いのか俺の側から離れない。
可愛い生き物に挟まれて嬉しいんだけど、何かグウェンに会話の内容聞かれたら怒りそうだな。
ちらっとグウェンの方を振り返ると、彼はじとっとした目でベルパパを見ていた。とうとう野生のチーリンにも警戒するようになったか……。ベルのパパだぞ。冷静になれ。
「あの、ベルのことすみませんでした。あの時はお父さんがいることに気がつかなくて」
そう言うと、ベルパパは俺の腕に擦り付けていた頭を上げた。
ーーあの時私は森から離れていた。私ではこの子を救えなかっただろう。感謝する。
お礼を言われて、子供を誘拐されたと怒っていないことがわかりほっとした。
「よかった。ベルのパパ怒ってないって」
ウィル達の方を振り返りそう報告すると、「あ」という顔をしたウィルが俺の後ろを見ていた。どうしたんだろうと思ってまた前を向くと、今度はベルのおばあちゃんが俺に近寄って来ていた。
「くぅ」
そう鳴いてベルパパと同じように俺の手に角を付けようとしてくるので慌ててベルを見た。
「ベル、おばあちゃんももしかして角に触れって言ってる?」
ベルは俺を見上げて頷いた。
ーー仲間はずれはいやっていってるよ。
「ええ?」
いいのか、これ。
こんなにほいほいチーリンと意思疎通出来るようになっちゃって大丈夫なのか?
戸惑いながらもチーリンの希望なので従うことにして、またそっと角に触れた。今度はふんわりと暖かな熱が身体を伝わっていく感覚がする。
ーーどうもすいませんねぇ。うちの子が。
そうおっとりとした声が響いてベルのおばあちゃんを見下ろすと、毛艶のいいチーリンは俺の腹につんと鼻先を当ててお辞儀をした。
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