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第二部

五十四話 奇怪な教王 前②

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「一つ目の試験だ。好きなカップを選び、その場で飲み干せ。お前たちが飲んだら、残った一つを私が飲む」
 
 思いもしない内容に、俺は隣に座っていたルシアと顔を見合わせた。他の皆も困惑した表情を浮かべている。
 真っ青な顔になった宰相が、長椅子の後ろから皇帝に口を挟んだ。

「我が君、それは誰か一人が毒入りの茶を飲むということですか」
「そうだ。それ以外に何がある。何もしてはいけないとは言わない。毒は無色で無味無臭だが、匂いを嗅ぐなり色を見るなりして毒入りの茶を選ばなければ良い。毒を浄化する力を持っているなら、それを使って自分の茶を無毒化しても良い。ただし選んだカップは全て飲み干すことが条件だ。飲む順番は選ばせてやる。自分達で話し合え」

 そう言って愉快そうに足を組んで笑うアシュラフ皇帝を、皆信じられないものを見るような目で見ていた。

 毒入りのカップを選ぶロシアンルーレットが、最初の試験ってことか? 

 俺はぽかんと口を開けていた。

 こんなのは有りなのか?
 一人死ねってこと?

 俺はお爺さんとマスルールを見たが、二人とも青ざめている以外は何も言わない。あれ以上ツッコミを入れないということは、典礼の試験内容としては問題ないということなんだろうか。

「上手くいけば私が毒入りの茶を飲むことになるかもしれないな。せいぜい頑張れよ。呪われた皇帝を殺すチャンスだ」

 酷薄な笑みを浮かべながらアシュラフ皇帝が頬杖をついた。

「一時間以内に順番を決めて飲み始めろ。決められない場合は私が指名する」




 俺たちは金色の絨毯の上に輪になって集まった。皆試験の内容を聞いて困惑した顔をしている。急にロシアンルーレットをやらされるとは思いもしなかっただろうから、無理もない。
 あの皇帝のことだから普通の試験にはならないだろうと思ってはいたが、これは予想外だ。
 ちらりと振り返ってアシュラフ皇帝を見ると、彼はつまらなそうに長椅子の横に置かれた水槽の魚を眺めていた。
 俺たちは六人で頭を寄せて、皇帝に聞こえないようにひそひそと声を顰めて話し合う。

「ロレンナさん、こんな非道な試験って過去に例があるんですか?」
「いえ……。聞いたことはございません。茶に薬やハーブを混ぜて、何が混ざっているか当てるというようなことは以前にもあったと記憶しておりますが、最初から毒入りなどとは……」

 俺の質問にロレンナも青い顔をして答え、皆を見回した。
 そこで彼女は何か考えるように黙ってから、アシュラフ皇帝を振り返って少し声を張った。

「陛下、皆初めての試験で少し緊張しているようなので、少し歓談しながら順番を決めてもよろしいでしょうか」
「勝手にしろ」

 ロレンナが頭を下げて、イリアに合図した。
 絨毯の側に控えていたイリアがロレンナに近寄り、ロレンナも立ち上がってイリアに歩み寄ると、何か耳うちした。イリアが困惑した顔でロレンナを凝視したが、硬い表情で頷くとすぐに部屋から出ていく。

「少しお待ちください。急ですが対処方法を考えます」

 ロレンナは俺たちにそう囁いたあとダーウード宰相とマスルールの方を向き、二人を呼んだ。皇帝が何も言わないのを見てから、三人で何かを打ち合わせて戻ってくる。

「やはり、試験の内容に口を挟むことはできないそうです。試験が終わりさえすれば外から手を出せるとのことでしたので、今回の場合はお茶を飲みさえすれば医者の治療を受けられるとのことでした。すぐに医者は手配すると」

 ロレンナがそう説明して、俺たちはそれを微妙な顔で聞いた。
 結局飲まなきゃいけないなら、誰かが毒入りのカップに当たってしまう可能性がある。そんなの危ないだろう。普通に。

 イリアが急ぎ足でお盆を持って戻ってきて、昨日四阿で飲んだのと同じカップに茶を注いで配り始めた。

「こちらをお飲みください。陛下の使用した毒が何かはわかりませんが、取り急ぎ用意した薬効成分のあるお茶です。飲んでおけばいざという時に多少の解毒作用が働くはずです」

 ロレンナが小声でそう言って、皆は真面目な顔でカップを見下ろした。

「ダーウード様と兄とも打ち合わせました。もし毒を飲んでしまってもすぐに兄が神聖力で治します。どの毒なのか特定できるまで治癒に時間がかかるかもしれませんが、このお茶がそれまでの時間稼ぎにはなるでしょう」

 それを聞いて、皆素直にカップのお茶を飲み干した。昨日と同じですっと鼻に抜けるような清涼感を感じてから何かの薬草なのか苦味のある後味が口の中に広がった。

「あの、もし良ければ私が一番最初に選びに行って、全体に浄化魔法をかけてみましょうか」

 ルシアが手を上げて発言した。
 皆が彼女に注目すると、ルシアは真剣な顔で頷いた。

「毒を解毒した経験はありませんが、つまりあのカップのお茶を身体に無毒な状態になるように浄化すればいいんですよね。それなら出来ると思います。私が一番に行って全部のカップに浄化魔法をかけます」

 あっさりと事態を打開する方法が提案された。
 さすが主人公。候補者に選ばれてしまった過程はおかしかったが、彼女がこの中にいて僥倖だった。
 皆が驚きと安堵の眼差しでルシアを見る。

「あの、多分ですけど皇帝陛下が毒を入れたのは、私たちから見て右端の方のカップのどれかだと思います」

 急にそんな声が聞こえて、思わず斜向かいにいたリリアンを見た。皆も彼女に視線を向ける。
 彼女はもう一度思い出すように首を傾げてから、ふんわりと笑って「そうだと思います」と言い切った。
 ロレンナが硬い表情でリリアンに質問する。

「リリー様は何故そう思うのですか」
「見えました。ほんの一瞬でしたからどのカップかは正確に捉えられなかったのですけど、右端の方に微かに残像が残りました」

 それを聞いてロレンナが驚きで固まる。
 俺も驚愕してリリアンの顔をまじまじと見つめた。
 あの時見えてたのか? 皇帝の手元が?

 リリアンは平然とした顔で座っている。

 動体視力が良すぎるだろう。

 彼女は皆を見回してから頷いて言った。

「ですから、左の方はきっと安全です。ルシアさんは左の方からカップを取ればいいと思います。二番目は私が行きますから」
「リリー様が?」

 ロレンナがまた驚いた顔をしてリリアンを見るが、リリアンの方はおっとりと笑ったまま頷いた。

「私も一応王族の端くれでしたので、無味無臭とはいえ毒の痕跡があればわかるかもしれません。毒には少しは耐性もあります。もしルシアさんの魔法が効かずに毒が残っていたら、私は見てわかるかもしれませんので。それから、こんなところで役に立つとは思っておりませんでしたけど、私が付けているこの髪飾りは魔道具なんです。水に溶かすと解毒剤になって、飲めばどんな毒でも解毒します」

 今度は皆リリアンの髪飾りに注目した。リリアンが髪につけているピンク色の真珠がついた髪飾りは、まさかの解毒剤だったらしい。
 ルシアだけが感心したように頷いてから「そういえばそういうアイテムだった」と小さく呟いたのが隣にいた俺には聞こえた。

「一度溶かすと無くなってしまうので、使うのは毒を引き当ててしまってからになりますけど、もしもの時は皆さんもこの解毒剤が使えます。ですから、私が二番目に行って右の方から選んでみます」
「お待ちください。それでしたら、私も兄ほどではありませんが治癒魔法が使えます。ですから私がルシアさんの後に行って全体に治癒魔法をかけてみます。物に対して効くかはわかりませんが、少しは効果があるかもしれません」

 ロレンナがリリアンの横から口を挟んだ。
 治癒と浄化では確かに効果が違うような気がするが、やらないよりはやった方が安心感はある。

「わかりました。それでは私は三番目ですね」
「いや、待って。三番目は俺が行きます」

 リリアンの言葉を今度は俺が遮って手を上げた。
 瞬きして俺を見てくる彼女に、俺は苦笑いして答えた。

「俺は別に浄化魔法も治癒魔法も使えないんだけど、とにかく先に行かせて」

 確率としては先に選んだ方が危険なのか、後から選んだ方が危険なのかは分からないが、歳下の子達に身体を張らせるわけにはいかない。
 さすがに浄化魔法をかけてもらわないと少し怖いからルシア達よりは後になるが、それでもなるべく早く行きたいと主張すると、リリアンは頷いた。

「わかりました。それでは私は四番目に行きます。そしたらライラさんとライルさんはその後ですね」

 リリアンの言葉に黙っていた双子は頷いた。
 始まってから何も喋らないが、緊張しているらしい。少し顔が青ざめている。急にロシアンルーレットに参加させられてるんだから当然だろう。この歳であの邪悪な皇帝の思いつきに巻き込まれているんだから本当に可哀想だ。大人としては何とかしなくてはという気持ちになる。


「決まりました」

 ロレンナがそう言って、俺たちは絨毯の上にもう一度横一列になって座り直した。
 アシュラフ皇帝はまた寝そべっていた体勢を変えると長椅子にゆったりとした動作で起き上がる。

「では始める。最初の者、前に来い」

 そう言われてルシアが少し緊張した顔で立ち上がった。
 アシュラフ皇帝が見ている前で座卓に進み、その前に座る。並んだカップを一通り眺めてから、ルシアは両手をカップの上に翳した。
 淡く輝く白い光が両手から出ているように見えた。皇帝はその様子を見てふんと鼻をならす。

 翳した手を引っ込めた後、彼女は左側からカップ一つを手に取ってそれを一気にあおった。

 固唾を飲んで皆が見守る中、ルシアはカップを座卓に戻す。
 何事もなく立ち上がり、絨毯の方へ帰ってくるのを見て俺はほっと胸を撫で下ろした。

 次にロレンナが絨毯からすっと立ち上がると、前に出て行く途中でルシアとすれ違い座卓の方へ歩いていく。
 ルシアが隣に戻ってきて座ったので、俺は声を潜めて彼女に少し身体を寄せた。

「大丈夫? 気分が悪いとかない?」
「大丈夫です。すっごく冷めてるので、まずいですよ、あれ」

 そう言って軽く顔を顰めたルシアに安心して、俺はロレンナに視線を戻した。
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