悪役令息レイナルド・リモナの華麗なる退場

遠間千早

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第二部

閑話 ウィルの業務相談 後

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『…………あっ……めろバカ王子!』

 最後まで聞き終わると、結晶石は一瞬無音になった。
 すぐにドタンと何かが倒れる音が聞こえる。

『団長! 待って団長! ここでそれは! 野営地が飛ぶ! 吹き飛びますから別のところで!!』

 フォンドレイク様の悲鳴が聞こえた後、また石はしばらく無音になってから何だか地響きみたいな音が聞こえてきた。

 何をしたんだろう。

 騎士団の皆さんは大丈夫なのかな、と僕がぞっとしているとそのうちフォンドレイク様の声がまた聞こえてきた。

『お帰りなさい……団長、人里に影響出てないですよね』
『……結界の中に転移して魔物を吹き飛ばしてきただけだ。問題ない』
『それせっかく張った結界は壊してないですよね?!』

 またフォンドレイク様の悲鳴のような声が聞こえる。
 その問いには答えずに、通信石からはグウェンドルフ様の独り言のような呟きが聞こえてきた。

『……どうやら、彼はまた懲りもせず訳の分からない事象に巻き込まれているらしい。常日頃から気をつけるようにと言っている私の言葉が全く響いていない。そうか。やはり鎖が必要か。……私が不在にしている間に連れ去るとは、殿下も大概煽ってくれる』
『団長、相手は皇族ですからね。とにかくその手を剣から離してください今すぐに』
『ウィル、明日の夜にそちらに戻る』
「え?!」

 突然名前を呼ばれて、少し気を抜いていた僕は飛び上がった。
 グウェンドルフ様の声は何となくいつもより鋭いし、威圧感というか凄みがある。

 怒っている。
 声だけで分かるけど、これは相当怒っているんじゃないだろうか。

『明日の夜?! 団長何言ってるんですか! 心配なのはわかりますけど、無理ですよ! 今日一つ目のバリケードを張ったところなんですから、これから夜を徹してもあと十ヶ所ある発生地域の結界と討伐まで終わらせるのに三日はかかりますからね?! ただでさえそれぞれの発生源に何人か送ってて結界を張るまで人手不足なのに、明日の夜なんて絶対無理です!』
『……』
『後始末は私たちでやっておくにしても、最低二日は必要です! とにかく明日は無理ですよ!』

 フォンドレイク様の必死の説得にグウェンドルフ様は無言になった。
 そしてまた通信石はしばらく無音になった後、遠くの方からさっきと同じような地響きが鳴るような音が聞こえた。

『こわ……これ、レイナルド様も殿下も帰ってきたら大丈夫かな……』

 フォンドレイク様がぼそっと言う声が聞こえた。僕も心の中で全く同じことを考えていた。

 レイナルド様は大丈夫なんだろうか。気のせいじゃなければ、さっきグウェンドルフ様から鎖って単語が聞こえた気がするんだけど。

 またグウェンドルフ様が戻ってきたのか、『結界は破壊されたが、集まっていた魔物は殲滅した』と言う低い声が聞こえてきた。

『団長……まだ集まってくるかもしれないから殲滅は後でって……いや、いいです。それならここには数人残して次に行けばいいですよね。わかりました。団長がおっしゃったんですよ? 召喚されてるかもしれないから様子を見たいって』
『わかっている。次からは様子を見る。ウィル、明後日の夜までには戻る』
「あ、はい!」

 硬い声音で呼びかけられて、思わず元気よく返事をしてしまった。
 フォンドレイク様の諦めたようなため息が聞こえて少し申し訳ないと思ったが、グウェンドルフ様がこちらに来てくれると聞いてとりあえず安心した。

「それで、旦那様達にはお話しした方がいいでしょうか。レイナルド様は誤魔化してほしいって言ってたんですけど」
『少なくとも義兄上には話しておいた方がいい。ラムルでもし何かあった場合、公爵家に連絡が来たら状況がわかっていないと問題になるだろう』
「わかりました」
『それから、私が戻るまでに情報収集を頼みたい。出来れば義兄上を通して皇太子殿下か私の祖父に事情を問い合わせてもらってほしい。何が起こっているか少しはわかるだろう』

 その言葉を聞いて僕はしっかり頷いた。
 頷いただけでは伝わらないことに気づいて慌てて返事をする。

「はい。出来る限り情報を集めてみます。それでわかったことがあればまた通信石でご連絡しますね」
『頼む』

 短くそうおっしゃった声音が少し悔やむような声だと思った。
 すぐに帰って来られないのがもどかしいのかもしれない。国外に出てしまったなんて僕も本当に心配だけど、レイナルド様は手紙蝶では助けてとは言っていなかったから本当に危機的な状況ではないんだと信じたかった。

 グウェンドルフ様と連絡を取り合う時間を打ち合わせてから、僕は通信石の通信を切った。

 その足で部屋から出て、エルロンド様の執務室に向かおうと廊下を早足で歩く。
 そうしたら、ちょうど庭に面した廊下を歩く途中で窓の外を白い陰が横切った気がした。
 はっとして窓に駆け寄ると、庭の芝生に白銀の立髪を靡かせたベルが降り立ったところだった。

「ベル!」

 僕は喜びと安堵を感じて庭に出られる通用口まで走り、扉を押し開けて庭に駆け降りた。

「きゅーん」

 僕を見つけてたかたか駆けてくるベルを走り寄って抱きしめる。勢いに押されて少しふらついたが、ぎゅっと首元に抱きつくとベルは「くん」と鳴いて僕の頭を軽く鼻先で撫でた。

「レイナルド様の気配が消えて戻ってきたの?」

 そう聞くと、ベルは「きゅう」と鳴いて首を傾げた。どこ? というような顔で僕を見てくるから僕は少し困った顔でベルの立髪を撫でた。

「実は僕もよくわからなくて……」

 そう言った時、ベルが後ろを振り返った。
 庭の奥の樹木の方を向いてじっとその先を見ている。

「きゅーん」

 と少し長く鳴いたベルを不思議に思って見ると、ベルはまだ庭の奥を見ていて僕も釣られてそちらに視線を向ける。

 しばらくすると、僕の見ている前で樹木の陰からもう一頭のチーリンが顔を出した。ベルよりも大きい。細身だがどう見ても大人の聖獣だ。

 え?

 チーリン?

「え?」

 驚きのあまり、僕はあんぐりと口を開けて固まった。

「きゅう」

 ベルは何か言いたげな目で僕を見上げて、こてんと首を傾げてみせた。
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