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第二部

四十六話 底なしの宝庫 後①

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 元に戻って来られたことに安心して息を吐き、雛が入った袋を大事に抱えてとりあえず元来た廊下の方へ歩き始める。たくさんの鏡がかかる廊下は、振り返るともうさっきの宝物庫へ繋がる鏡がどれなのか判別できなかった。
 それよりも、子猿を追いかけて闇雲に走ってしまったせいで鈴園への魔法陣がある金色の扉がどこにあったか分からなくなってしまったことが問題だった。

 もし迷子になってしまったらどうしたらいいのか。
 最悪誰かが歩いてきたら道を聞くか、マスルールが典礼の間はイラムで寝泊まりしていると言っていたから、彼の居場所を聞いてみるしかない。さっきの今で苦言を呈されるだろうが、仕方がない。

 しばらく歩いてみても、やはり金色の扉を見つけることは出来なかった。

 ここは誰でもいいから人を探そうと目的を変えて、広い廊下を進んでいくとちょうど前から人の気配がする。
 曲がり角のところで数人が何か話しているのを見つけ、俺は急いで駆け寄った。近づくと、話し声の内容がだんだん聞こえてくる。

「……だから、ここにはいないってことだろう。上には行けないのに捕まえて来いだなんて無茶を言う」
「ここを探しても無意味ということだよな。それにしても何だったか、世話係は金髪の男だったか」
「そうだ。金髪に緑の目の男で、今はそいつが卵を持っているらしい」

 そこまで聞いて、俺はその会話の不穏な内容に気づき足を止めた。
 しかし特に潜めることなく駆け寄った俺の足音は聞こえたらしく、曲がり角から顔を出した男と目があってしまった。

 今金髪に緑の目の男って言った?

 それって、俺のことでは?

 話の内容からして不死鳥の卵を狙っているとしか思えない。

 人相の悪い男と見つめ合うこと数秒、俺はくるりと背を向けて来た道を駆け戻った。

「あ! おいいたぞ! あいつだ!」

 すぐに男達が追いかけてくる足音が後ろから聞こえる。

 やっぱりそうじゃん!
 何でまたこんなことに!

 暗い廊下を走りながら俺は壁に頭を打ち付けたくなる。
 もういい加減にしてくれよ。
 なんで次から次へと面倒なことが襲いかかってくるんだ。

 マスルールのやつ、イラムには皇族の関係者しか上がって来れないんじゃなかったのか。怪しい奴らが入り込んでるぞ!

 鞄を抱えながら全力で走り、曲がり角をいくつか曲がって撒こうとしたが、男達はついて来る。
 そのうち厨房とその近くの回廊に行き当たって、穀物を貯めておくための大きな壺が中庭にたくさん並んでいるのを見つけた。走って中を覗くと、いくつかは空のものもある。
 追いかけてくる男達の足音が聞こえたので、咄嗟に壺の中の一つに飛び込んだ。
 大きな水瓶くらいの大きさのある壺の中は空洞で、俺が入ってもまだ余裕があるくらいだった。
 やり過ごそうと息を顰めると、走ってきた男達が中庭に出てくる気配がする。

「くそ、どこ行った」
「あいつ、鞄を持っていたな。あの中に卵があったんじゃないか」
「まだこの辺りにいるだろう、探せ」

 そう声が聞こえてくるのを息を殺しながらやり過ごしていると、バラバラに散らばっていく足音の中の一つが、だんだん俺のいる壺に近づいてくる。
 まずい。ここで見つかったら逃げ場がない、と青ざめて鞄をぎゅっと抱えた。すると圧迫されて驚いたのか、雛が鞄の中から「ぴっ」と小さな鳴き声をあげた。俺はぎくっとして身を強ばらせる。
 
「おい、今なにか」

 と言いかけた声が急に途切れた。
 
 息を引き絞るような小さな悲鳴の後、「忘れろ」と小さく囁く声が聞こえた。そしてドサリと何かが倒れる音がする。

 この声はまさか。

 聞き覚えのある声に俺は上を見上げる。

「……レイナルド? 大丈夫?」

 ひょこりと壺の中を覗き込んできた顔を見て、思わず口を開けた。

「オズ?」
「うん。遅くなってごめんね」

 生真面目なその顔を見たら緊張が解けて、俺は詰めていた息を吐き出した。

「助かった。さっきの奴ら、三人くらいいたけど全員倒した?」
「うん。多分。泥棒かな? とりあえず気絶させておいたけど。さすがにあれが友達ではないということは俺にだってわかるよ」

 妙に誇らしげに言われて脱力した。
 
「お前、どうやってイラムに入り込んだんだ」

 オズワルドの顔を見上げながら呆れ半分の声を出して聞くと、微かに眉を上げた彼は少し言いづらそうに頭を掻いた。

「さすがにちょっと大変だったけど。まぁ、色々、俺の能力を駆使してってところ」
「そうか。お疲れ」
「レイナルドもね」

 詳しく追求するのはやめた。
 今日は色々ありすぎてもう何を聞いてもどうせ右から左だ。
 心の中でマスルールにイラムの警備ガバガバじゃねーか、後宮がそれでいいのか、とツッコミを入れるだけである。

 差し出された彼の手をとり、鞄を抱えながら壺をよじ登って外に出た。
 オズワルドは俺と同じような白い民族衣装を着て、髪は珍しく横に流して緩く編んでいた。銀色の髪を留めている琥珀の髪飾りがやけに目立つ。
 地面にぴょんと飛び降りると俺を眺めていた彼は卵の殻が入った袋に目を留めた。

「その袋どうしたの」
「マスルールさんがくれた。スカーフだと肩に食い込んで痛かったから。そんなことよりオズ、大変なことが」

 俺が説明しようとした時、地面に飛び降りた振動に驚いたのか袋の中で雛がまた「ぴぃ」と鳴いた。
 その声を聞いた途端、オズワルドが真顔になる。

「産まれたの」
「うん、ついさっき」
「殻は」
「殻?」

 予想外のところに食いつく彼を少し不思議に思いながら、俺は鞄を指差した。

「入ってるよ。多分全部拾ったと思うけど」

 そう言うと、王子はほっとした顔をした。

「拾ってくれてあるなら良いんだ。ありがとう」

 妙に真剣な顔をしているオズワルドに、「人目につきにくいところに移動しよう」と言って回廊の隅の方に移動した。
 周りに人気がないことを確認してから、鞄の蓋を開けてタオルに包まれた雛を渡す。

 慎重にタオルを開いた彼に擦り寄っていくかと思いきや、雛は王子を見上げると高く鳴いて俺の方を見た。必死に足踏みして俺のところへ戻ろうと翼をはためかせる。

 おかしいな。皇族には懐くはずじゃなかったっけ。

 その様子を見てオズワルドは苦笑して俺を見た。

「ずいぶん懐かれたみたいだね。不死鳥が皇族以外に刷り込みされるなんてレアだよ」
「産まれた時に俺がいたからかな」
「うーん……多分レイナルドが暖めてくれてたことをこの子も覚えてるんだと思う」

 優しく翼を指で撫でながら彼は表情を緩めた。

「もう産まれる頃だと思っていたんだ。無事に産まれてよかった。ありがとう。レイナルドのおかげだな」
「いや……。このままでいいのか? 何か食べさせたり、身体を拭いたりとかは?」

 俺が心配でそう聞くと、オズワルドは首を横に振った。

「大丈夫だよ。雛は卵の殻をちょっとずつ食べて、栄養はそれで十分持つから、あとは何か飲みたがったら朝露を飲ませるくらいで」
「そうか、わかった」

 殻を食べていいと聞いて安心した。

「心配しなくても、不死鳥の雛は卵と同じでタフなんだ。そんなに気負わなくてもすぐ死なないよ。むしろ、こんなに小さくても不死鳥だから、死んでも蘇る」

 蘇る。
 そうか。この子は不死鳥だもんな。

 ずっと俺の方に戻ろうとして「ぴぃぴぃ」鳴いている不死鳥の雛をオズワルドは俺に返してきた。両手で受け取ると雛は安心したのか俺に擦り寄って黙る。ぐうの音も出ないほど可愛い。
 俺の顔を見て、オズワルドは首を傾げた。

「昨日の今日でまさかレイナルドが鈴園に連れ込まれてるとは思いもしなかったよ」

 半ば感心した声を出す彼に、俺はため息を吐きながら愚痴を言う。

「まさかこんなことになるなんて俺だって思わなかったよ。しかもあの皇帝、不死鳥を選ばれた正妃と一緒に食べるとか言い始めて、そうこうしてるうちに流れで俺まで妃選びの儀式に巻き込まれた」

 そう言うと、彼は顔を引き攣らせて笑った。

「そんなことって、普通あるの? 今日情報収集してたから何があったかは大体把握してるけど、レイナルドには何かこう、創生の女神に選ばれた何かがあるってこと……?」
「ねーよ。あったら突き返したい」

 げっそりした声が出た。
 手のひらの上でころころ転がって遊んでいる雛を見ながら、いじけた気持ちになった。

 俺もそう思うんだよ。
 この世界の女神は俺に恨みでもあるのか?

「王宮にリリーも一緒にいるんだよね。二人ともこの前の封印結界の事件といい、今回の件といい、なんというか不憫……」
「そのきっかけを作ったやつには言われたくねぇなぁ?」

 イラッとした顔でメンチを切ると、怯えた顔になったオズワルドが首をぶんぶん横に振った。
 
「うそうそ。今の俺の本音じゃない。友達としては本当に心配してるの。だから怒らないで。そうだ! 朗報があるよ、レイナルド」

 大きな声が出てしまって驚いた雛がぴょんと跳ねたので、俺は慌てて小声で謝りながら雛を指で撫でた。
 オズワルドのセリフに首を傾げて訝しげな目を向ける。

「今度はなんだよ」
「昨日から今日にかけて、クレイドル王国の領内で結構な規模の爆発が何度か起きているらしいよ」

 それを聞いて俺は真顔になる。
 まさか。

「うちの近衛騎士団が派遣されてる魔物の出現地域で立て続けに発生してるみたい。この分だと魔物の殲滅が今日中には終わる勢いだって。あとね、兄上から昨日聞いた。俺とレイナルドにとっては吉報なのか凶報なのかわからないけど、団長既に知ってるって。レイナルドが俺に連れ去られてラムルにいるの」
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