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第二部

四十五話 底なしの宝庫 前②

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 そして瞼を開けると目の前は宝の山だったと、つまりそういうことだ。

「一体なんなんだこの部屋」

 俺がすり抜けてきた場所には、通ってきた鏡と同じものがこちらの壁にもある。それが秘密の通り道になっているんだろう。
 でもこんな宝物庫に行き当たるなんて想定外だ。全然計画と違う。見つけるなら外へ脱出する秘密の出口とかがよかった。

 床一面に広がっている謎の金貨を眺めていたら、一箇所だけまだ新鮮な果物や木の実がこじんまりと集まっている場所があった。そこに子猿が走っていき、床に座って果物を食べ始める。

 つまり、この部屋は猿の秘密基地だったらしい。

 俺は木箱に腰掛けながらため息を吐いて宝物庫の中を見回した。こんないかにも隠された秘密の部屋です、みたいな場所を発見したくなかった。どうせまた何か厄介なことになるんだ。
 仮にこの宮殿がおかしな魔法がかかった戦慄迷宮だったとして、部外者の俺には関係ない。見なかったことにして、誰にも報告せず、さっきの足音が完全に遠ざかったタイミングで廊下に戻ろう。そして忘れよう。

 そうやっつけな気持ちで思いながら木箱の上で少し休憩する。
 ぼんやりと宝物庫の中を眺めると、何が入っているのかわからない山積みになった箱は年季が入っていて埃をかぶっているし、床に投げ出されている剣は酸化して曇っているように見える。
 相当の期間放置されているんじゃないだろうか、ここは。イラムが出来てからは相当な時間が経っているだろうから、どこかのタイミングで存在が忘れ去られてしまったのかもしれない。

 遠目に黒い木馬や金色に光るランプが見えたりするが、俺は触らないし、まるで気づいていないふりをする。余計なことはしない。あの見るからに怪しいものに手を触れたが最後、今度はまた新たな事象に巻き込まれるのが目に見えている。
 このラムルでの一件で、俺は以前よりも慎重になったかもしれない。そう、無闇に手を出すのは本当に良くないよな。学習するんだよ俺だって。帰ったらグウェンに褒めてもらおう。
 
 そろそろいいかな、もう廊下に戻ろうかなと思った時、何か音がすることに気がついた。
 何かを叩くような、くぐもった小さな音。

「?」

 そしてそれが自分のかなり近くから鳴っていることに気がつき、俺は自分の身体を見下ろした。

「え? 卵?」

 服の上にかけた鞄を抱くと微かな振動を感じ、同時にカツカツいう小さな音が聞こえる。

 まさか。

 俺は急いで鞄のボタンを外して蓋を開け、タオルで包まれた卵を取り出した。

 カツカツ

 中から殻を叩くような音が聞こえる。
 慎重に膝の上に卵を置いて、そっとタオルをはずした。

 カツカツ

 パキ

 殻にヒビが入った。

 呆然と見守る俺の目の前で、銀色の卵の殻が割れた。
 もぞもぞと中で小さな赤い毛玉が動いている。
 卵の殻を蹴飛ばすようにして細くて小さな脚が飛び出た。砕けた殻がパキリと膝に広げたタオルの上に落ちる。
 脚が引っ込み、もぞもぞと動いて身体を回した毛玉が殻の中からひょこりと顔を出した。

「ぴぃ」
「……え」

 産まれてしまった。

 あれ? これ産まれちゃったよな?

 俺は口を開けたまま、産まれたばかりの雛を見ていた。

 雛は俺と目が合うと首を少し傾げて「ぴぃ」とまた鳴く。よたよたしながら卵の殻から出てきた。

 あの優美なフォルムの不死鳥の雛とは思えないくらい、丸くてお尻がずんぐりしている。でも脚はかなりしっかりしているし既にうっすらと爪もある。俺の両手に収まってしまうほど小さいけど、卵の中で十分育っていたのか既に体毛と赤い羽はふわふわに生え揃っていた。金色の羽はまだほとんどないが、翼と頭のところどころにキラキラした短い羽がちょんと生えている。
 小さなつぶらな瞳が俺を見上げる。意外にもその瞳は金色ではなくて輝きのある明るい緑だった。

「ぴぃ」
 
 雛が鳴く。

「かわいい……」

 俺は驚きが引いた後、あまりの可愛さに悶絶していた。ただでさえ昨日の夜からずっと抱きしめていたんだ。育まれた母性が爆発して胸の内に大きな感動を呼び起こしている。
 少し涙目になりながら雛をそっと抱き上げた。

「お前無事に産まれたのか。良かったなぁ」
「ぴぃ」

 大人しく両手の中に収まった雛はしっかりした脚で俺の手の上を踏み締めると指に顔を擦り付けてきた。

「かわ……なにこれ……」

 心臓が悲鳴を上げている。
 この数日で蓄積した精神的ストレスが昇華されていくのを感じた。
 よく考えたら、俺は今まで毎日のようにベルに癒されていた。ベルが里帰りしてから生き物の温もりから離れていたし、この三日は色んなことが起こりすぎてトビと一時戯れた以外に癒しが全然足りていなかった。

「ぴぃ」

 つんつんと小さな嘴で手を突いてくる雛を目の前まで持ち上げてじっと見つめた。
 俺と目が合うと、雛はまた「ぴぃぴぃ」と鳴いて顔に近づいて来ようと手の中でよちよち足踏みをしている。可愛すぎて生き絶えるかと思った。

 しばらく手の中の小さな命を愛でていたが、現実に戻ってから途方に暮れた。

 産まれちゃったんだけど。
 これどうしたらいいんだ?

 こんなに早く雛が生まれちゃって良かったんだっけ? と今日ルシアと話したことを思い出した時、オズワルドのことも思い出した。
 これもシナリオ改変の影響なのか。
 オズワルドのルートが始まるのが遅くなった結果、卵が予期せずかえってしまったのだけど。

 雛の世話ってそもそもどうやるんだ?

 親が側にいなくてちゃんと育つのか不安になってきて、手の中の雛を見下ろすと、俺とは目が合うがまだそんなに視力は良くないようで指の境目に躓いてころんと手のひらの上に転んできょとんとしている。

「うわぁかわいい」

 俺が呻くようにそう漏らすと、雛は顔を上げて首を傾げた。
 それから両手の上から膝の上の卵の殻を覗き込んで見下ろしている。降りたそうな様子だったので慎重に膝に下ろしてみると、雛は卵の殻の破片を拾ってぱくっと食べた。

「え、食べていいのか? それ」

 殻にはカルシウムとか多そうだから大丈夫なんだろうか。でも少し心配だ。
 オズワルドに聞けば何を食べさせればいいのかわかるはずだが、彼がイラムに入れるかどうかすら怪しい今、一人では不安を感じる。

 どうしよう、と思っていると雛は少しだけ殻を食べた後、脚ですくっと立ち上がりぴょんと跳んだ。

「うわっ、ちょっと危ないよ」

 慌てて両手を差し出すと、上手く俺の手の上に跳んで戻ってくる。
 可愛いが、産まれたてでそんな脚力があるのに驚いた。馬なんかは産まれてすぐに立ち上がって歩くというが、不死鳥も産まれた時から自然の中で生きるための強さを持っているということだろうか。

「とにかく、ここから出て一旦鈴園に戻るか」

 不死鳥が生まれてしまった以上は、一旦探索を切り上げる他ない。
 何を食べさせたらいいんだろう。ベルの時は俺が精霊力を直接あげればよかったから困らなかったが、不死鳥はどうやって世話すればいいのか謎すぎる。思い切ってルシアに聞いてみるか。ゲームのシナリオでは卵は孵らないのかもしれないが、何か知ってることがあるかもしれない。

 そう思って、俺は念のため袋の中に卵の殻を全て入れて、タオルで雛を包んだ。

「ちょっとの間ここに入っててな」

 そう言って鞄の中に慎重にタオルと雛を入れると、わかったよというように雛が俺を見上げて「ぴぃ」と鳴いた。かわいい。

 気がついたら子猿はいなくなっていた。部屋の奥から少しだけカチャカチャ音がするから、床に転がっている財宝で遊んでいるのかもしれない。もしかしたら床に散乱している硬貨や宝石はあの悪戯猿が遊んで撒き散らしたのか。
 俺はそっと通ってきた鏡に近寄り、その鏡面に腕を伸ばした。
 目を閉じてもう一度鏡の銀色の膜を潜ると、そこはさっきの鏡の廊下だった。
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