悪役令息レイナルド・リモナの華麗なる退場

遠間千早

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第二部

四十二話 円盤のイラム 後②

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 最後に会った時はまだガキだなと思ったけど、ちゃんと人間としてスイッチが入ったのか。
 もともと攻略対象者としてそこそこのスペックは持ってるはずなんだから、諦めずにルシアに愛を捧げればそのうち彼女も絆されるかもしれないな。
 望めば何でも手に入るというようなあいつの他責思考が気に入らなかったが、ルシアに冷たくあしらわれても諦めないなんて案外執念深いところがある。へこたれない根性があるとわかってちょっと見直した。
 しかも本人がわかってやってるかどうかは疑問だが、結果としてルシアの兄から攻略しているところが意外に功を奏していそうだ。

 そう考えた俺は、あれ? と首を傾げた。
 何か、自分の身に置き換えるとその外堀から埋めてくるやり口に身に覚えがある気がする。

 ルシアも大変だな、と人事のように思っていたが、俺の恋人に収まった兄の方はかなり早い段階で俺の兄さんどころか両親の心までがっちり掴んでいたし、ライネルがルシアを追いかけてる間に既に婚約申請まで漕ぎ着けてるんだが……?

 俺がぽけっとしてる間に瞬く間に進んだ出来事だったから深く考えていなかったが、よくよく考えてみたらあいつのやり口って狡猾じゃない?
 紅茶のカップを持ちながらちょっと震えた。

「えーっと、とりあえず今俺たちが出来ることとしては、脱出する方法を探りながら六女典礼で無難に脱落するってことでいいのかな」

 話が脱線しすぎてしまったので無理矢理話の軌道を修正すると、ルシアも話題が変わってほっとしたのか俺の言葉にうんうんと同意してきた。

「アシュラフ皇帝については、何か手がかりがないか私もゲームのことをもう一度よく思い出してみます」
「うん。お願い。早いとこ逃げようとは思うけど、妃選びの試験ってやつに参加させられることを考えると皇帝の呪いについてはもう少し把握しておいた方がいいかもしれない」
「そうですね。明日は何の試験になるのか分かりませんけど、なるべく目立たないようにしないといけないですね」

 そういえば、もう明日の午前から試験ってやつが始まってしまうんだよな。
 あの皇帝が何を言い出すのか色々不安しかないんだが、地味に目立たず切り抜けるしかない。
 俺は軽く嘆息してカップの中の紅茶を見つめた。

「ロレンナさんには申し訳ないけど、なんとかして穏便に彼女が選ばれるように持っていかないとな……」
「押し付けちゃうみたいで心苦しいですけど、そうなりますよね。他の候補者の子達とも早いうちに話しておいた方がいいかもしれません」
「確かに……」

 みんな妃になんか選ばれたくないと思っているんだから、ここは結託して試験を乗り切るように徒党を組んだ方がいいかもしれない。
 そう考えていると、ルシアが心配そうな顔で俺を見てきた。

「レイナルド様は、気をつけてくださいね。間違っても妃に選ばれたりしないように」

 急に恐ろしいことを言わないでほしい。
 ぞっとして眉を寄せた。

「あるはずないだろう。そんな怖いこと言わないでよ」
「あるかもしれないじゃないですか。レイナルド様は主人公なんだから」
「主人公はルシアだろ」
「違いますもん。私はもう退場してますから。今回もオチを持ってくのはレイナルド様ですよ、絶対」

 妙に確信めいて宣言するルシアを見て俺は引き攣った顔で首を横に振った。

「やめてくれよ、フラグ立てようとするのは」

 俺だって退場したはずなんだよ。
 それなのにまだ舞台にいますよ、なんてそんなの女神様無慈悲すぎるじゃないか。あんなに頑張ったのに。

 こっちは魔界にまで落ちたんだぞ、と内心で文句を言いながら気分を落ち着かせようとお茶を口に含んだ。

「じゃあ、もしレイナルド様がアシュラフ皇帝に選ばれちゃいそうになったら、最後の手段で私と出来ちゃったことにしましょうか」
「ごふっ」

 お茶で盛大に咽せた。

「は?」

 目を剥いてルシアを見ると、彼女は自分の言ったことに自分で納得して頷いていた。

「そうです、それが良いですよ。それなら二人とも穏便に鈴園から退場できます。最悪脱出する方法が見つからなかったら、二人で夜を明かしたって言って王宮から追放してもらいましょう」
「……すごいこと言うのね、今時の子は」

 確かに、世継ぎの問題が発生すると困るとマスルールも言っていたし、宰相のお爺さんは卒倒するかもしれないが、そう宣言すればイラムからは出してもらえるかもしれない。外国人の身で六女典礼の歴史に伝説を作ってしまうかもしれないが。

 でもな、そんな方法で出てきたってグウェンに知られたら、俺にはどのみち未来はないわけよ。
 その場しのぎの嘘だと説明しても、バレたらもうあいつの屋敷から一生出られない未来しか見えないわけ。 
 でも皇帝の妃に選ばれるなんてあり得ないことになっても俺の未来はないわけだから、そしたらどっちでも同じか。
 え? これじゃあどうあがいても監禁生活なのでは? いやそんな馬鹿な。まだ巻き返せる。詰んでるはずがない。そんな救いのない状態に陥る前に逃げよう。

「うん。何とかして早いとこ脱出するって心に誓いました」
「? そうですね。問題はオズワルド殿下がイラムに入れるかどうかですけど、もしも会えたら私がいるってことも伝えておいてください」
「わかった。逃げる時は一緒に逃げよう」
「はい」

 精神的疲労が顔に出ていたのか、ルシアは気遣うような顔になって窓辺に座っていたサラを呼んだ。

「じゃあ、色々関係ないことまで話しちゃってすいません。私そろそろ自分の鈴宮に戻りますね」
「こっちこそ、久しぶりにゆっくり話が出来て嬉しかったよ。ありがとう来てくれて」

 そう言うと、ソファから立ち上がってにっこり笑ったルシアは少し真面目な顔になり、「レイナルド様、無茶は禁物ですよ」と俺に釘を刺した。

「ルシアもね」
 
 と返してから俺もソファから立ち上がる。
 サラと一緒に隣の鈴宮に戻るルシアを見送って、一階に降り玄関の扉を開けた。

「あれ、マスルールさん」

 扉を開いたところに木で編んだ籠を持ったマスルールがちょうど立っていた。ルシアの声を聞くと、彼は少し眉を上げる。

「もしかして、もう夕食の時間ですか? 私自分の鈴宮にいなかったからご迷惑をかけてしまったでしょうか」
「いえ、侍女がついている方の分は鐘の側にある荷台にまだ置いてあります」

 真顔でそう言ったマスルールの声を聞いて、俺とルシアは扉の向こうの広場の方を見た。いつの間にか外は暗くなり始めていて、雲がない空には紫色とも灰色がかった桃色ともいえない淡い色が混じり始めている。

「わかりました。では私とサラさんの分はついでに持って帰ります。じゃあレイナルド様、また明日」
「うん。またね」

 快活に笑ったルシアがサラと共に鐘の方へ向かうのを見送った。今日はルシアも色々あったはずなのに、元気に笑って帰るなんて本当にタフな主人公だ。

 ぼんやりルシアの後ろ姿を眺めていたら、マスルールが俺を見下ろして硬い声を出した。

「男性の貴方が女性の候補者を鈴宮の中に招き入れるのは感心しません」

 苦言を呈してきた彼に俺は素直に頭を下げた。

「すいません。積もる話があったのでつい話しこんでしまって。でもサラさんも同席していたのでご心配には及びませんよ」

 二人で結託して出来ちゃった設定を捏造しようと話していたことなどおくびにも出さず、俺はそう弁明しておいた。
 彼は俺を見下ろしてから、手に持っていた籠を差し出してくる。中には夕食が入っていた。
 お礼を言って受け取ってからも無表情でじっと見下ろしてくるので、俺が首を傾げると少し躊躇うような間があってから彼が口を開いた。

「少し、よろしいですか」
「……? はい。中入ります?」

 何か話したいことでもあるんだろうか。
 俺がずっと不死鳥の卵を持ったままだし、本当に卵が無事か確認かな。

 マスルールには聞きたいことがあったからちょうどよかったと思い、俺は扉の中に彼を招き入れた。

 リビングに通そうとしたら一階でいいと言われたので、とりあえずダイニングのテーブルにもらった籠を置いて後ろからついてきた彼を振り返る。

「先程の、ルシア殿はお知り合いですか」

 少し黙ってから俺に尋ねてきたマスルールを見上げて、俺は正直に頷いた。ルシアがデルトフィアの出身であることはもう調べてあるだろうし、知られても構わないだろう。

「はい。訳あって彼女はお兄さんと一緒に数ヶ月前に旅立ったので、会うのは久しぶりでしたけど」
「ルシアという名前は、あなた方の国では聖女に多い名前だと認識していますが、彼女は聖女に関係している者ですか」

 俺は軽く目を見開いて瞬きした。

「よくご存知ですね。確かに、ルシアは一時期次期聖女候補でしたけど、今はもうそこから外れています。彼女が強い光の精霊力を持ってることに変わりはありませんが」
「……どうりでただの平民の少女にしては、隙の無い結界を張ると思いました」

 本当によく見ている。
 感心してしまって俺は服の上から抱えた卵を撫でた。

「それで、あなたとはどんな関係ですか」
「えーっと、ルシアは同じ学校に通ってた後輩? であり今は友人というような感じです」

 出来ちゃった設定をやるのかどうかは置いておくことにして、とりあえず今のところは正直に話しておいた。
 俺の返事を聞いてまた少し黙った彼は軽くため息を吐いた。

「クレイドルの王女殿下もそうですが、何故あなた方のような生い立ちも経歴も厄介な方々が、揃いも揃って六女に選ばれてしまうのか……」

 まるで俺たちが何かしたみたいな言い方だけど、苦情を言いたいのはこっちの方なんだよな。
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