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第二部

四十一話 円盤のイラム 後①

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 その時サラがお茶を運んできて、俺たちの前に置いてくれた。お礼を言うと軽く会釈されて、彼女はリビングの端に置かれたスツールに腰掛けて大きな窓から中庭を眺め始めた。
 ルシアがお世話になった教会のシスターということだったが、こういう雑用に慣れているのか侍女の役目に順応している。彼女も強者だ。
 サラが離れたことを確認してから、ルシアはお茶を一口飲んで、少し声を抑えて俺を見た。

「最初にレイナルド様から話を聞いた時は、オズワルドの隠しルートが始まっちゃったのかと思いましたけど、アシュラフ皇帝のことを考えるとやっぱりちょっと違うのかもしれませんね」

 ルシアがオズワルドの名前を口にした瞬間、俺は王子のことをはっきりと思い出した。
 はっとして卵を見下ろす。
 ダメだな。気を張っていないとついオズワルドの記憶阻害に影響される。
 俺がここにいるのは間違いなく彼のせいなのに、気がつくとまるで自分が不死鳥の卵を取り返すために一人でラムルに潜入しているかのような錯覚に陥っている。ルシアとゲームの話までしていたのに、名前を聞くまでは彼のことは靄がかかったように上手く認識出来ていなかった。オズがいなくても違和感がないように勝手に記憶が改変されていくみたいだ。やはり記憶阻害の影響は侮れない。
 ルシアは自然にオズワルドの名前を口に出したから、もしかしたら記憶阻害の影響を受けていないのかもしれない。彼も光の精霊力とは相性がよくないと言っていた。

「ルシアはオズワルド殿下のことを忘れたりしないの?」

 俺がそう聞くと、ルシアは瞬きして頷いた。

「はい。一応主人公のスキルがあるからでしょうか。強い光の精霊力を持っていると殿下の記憶阻害は作用しにくいみたいですね。私はそれに加えてゲームの記憶もあるので思い出せないということはないです」
「そっか。オズワルドはルシアに会ったらきっと嬉しいだろうな……」

 ルシアが本当にオズワルドのことを忘れないなら、彼女がデルトフィア帝国から追放されていなければ本来なら彼の無意識の闇を救うのはルシアだったに違いない。
 そこへ俺が転がり込んでしまった訳だけど、それに関しては少し責任を感じる。

 俺がしみじみとそう言うと、ルシアは少し変な顔をして俺を見た。

「まさかレイナルド様、オズワルド殿下にぐらっときてるんですか」
「そんなはずはない」
「タイプじゃないですか」
「かすりもしない」

 俺が即答すると、ルシアは軽く吹き出した。

 だから俺は、別に男が好きな訳じゃないんだ。
 グウェンじゃない野郎にぐらっときたりはしない。

「良かったです。血の雨を見なくてすみそうで。ところでレイナルド様は誘拐されるときオズワルド殿下に会ったのは王宮だって言ってましたよね。それって後宮の近くの庭園の湖でしょう」
「うん。そうだよ。よく分かったね」
「そこ、オズワルドに会える隠しルートに入る場所ですもん。聖女修練編が始まってからしばらくそこに通うと現れます」

 そんな重要な情報は、事前に教えといてくれ。
 俺が少し非難するような顔でルシアを見ると、彼女はお茶目な顔というのか、悪戯っぽく笑った。てへぺろ、というかんじで。あざとい。

「私もまさか今更オズワルドのルートが始まるなんて思わなかったんです。シナリオ改変の影響でしょうか。時期がずれたのは」
「悪魔倒したりしててイレギュラーなことがあったのは確かだよね」

 内心でこうなったのはやっぱり俺のせいか? と考えながら、俺はルシアにオズワルドの中身が実はヘタレたワンコだということを確認するかどうか迷っていた。
 ゲームではオズがどういうキャラなのかは知らないが、もしあの胡散臭い王子様キャラのままなら下手なことを言うとうっかり彼の秘密を暴露してしまうことになる。

 万が一これからルシアと恋に落ちないとも言い切れないしな……。

 その場合、オズの株を下げないでおいてやるのがせめてもの情けか。
 そう考えて、俺は彼の内面について言及するのをやめた。
 
 ルシアが少し思い出したような顔になって俺を見た。

「ちなみにもう少し聞きますけど、殿下とサーカスを見て闇オークションに参加した以外では、ラムルに来る途中、海でクラーケンを倒したりしました?」
「ああ、そういえば。したよ」
「一緒にバザールで買い物したりは?」
「した」
「着替えを見られたり、盗賊団と闘ったりは?」
「その二つに一体何の関係が? 着替えは見られたけど、王宮に来る途中で襲ってきた盗賊団を倒したのはマスルールさんだよ」

 変な質問に俺がちょっと警戒しながら答えると、ルシアは俺の問いには答えず更に質問を続けた。

「じゃあ、大袈裟に振る舞う殿下を注意したりは?」
「注意っていうか、まぁ、殴った」
「え?」
「殴った」

 ルシアはきょとんとした顔をしたが、その後吹き出した。

「さすがレイナルド様。予備知識なしによくそこまでやり通しましたね。今言ったのは、全部オズワルドルートのイベントです」
「え?」
「大体、シナリオ通りのことは終わったみたいですね。そこまでやっていればもうデルトフィアに帰ってるはずなんですが」

 冷静な顔で考え始めるルシアを見ながら、俺は内心でため息を吐いた。
 やはり、相手は俺じゃなくてルシアだったら良かったということなんだろう。最終的に俺はオズを殴ったからな。そのせいで奴のおかしな内面まで知ってしまうことになったし。

 ルシアが分析を終えたのか、真面目な顔で俺を見た。 

「あとは盗賊団に捕まった殿下をアシュラフ皇帝と助けるっていう重要なイベントがありますけど、もう盗賊団は倒したならそれは起きないと思いますし、やっぱり途中から何かおかしいですね」
「アシュラフ皇帝が隠し攻略キャラってことはないんだよね」
「違います。人気はありましたけど、彼はあくまでお助けキャラです。彼は攻略対象者じゃないのに、何で私たち六女典礼に巻き込まれたんでしょうね」
「ほんとだよな……勘弁してほしいわ」

 ルシアから攻略対象者という懐かしい単語を聞いた俺は、ふと今回の件とは何の関わりもない一人の男を思い出した。

「そういえばさ、ルシアのところにライネル来なかった?」

 ライネルはルシアの攻略対象者でグウェンドルフの弟だが、ルシアがデルトフィアから去ってから、彼女を追いかけて旅立って行ったのだ。
 それまではライネルの評価は底辺だったが、俺は奴の意外な情熱に感心し、好感度を少しだけ上げた。
 ライネルがルシアを追いかけて行ったのはもう二ヶ月以上前だし、追いついていても不思議じゃない。でもそういえば再会してからルシアからはライネルの名前を聞いていないな。

 俺がその名前を口に出すと、ルシアは途端に嫌そうな顔になった。

「もしかして、ライネルをけしかけたのはレイナルド様なんですか?」
「いや、けしかけたっていうか、いちいち煩いから怒鳴ったっていうか……」

 そう言うと、ルシアはため息をついてまたティーカップとソーサーを持ってゆっくりお茶を飲んだ。

「来ましたよ。もう猫かぶる必要ないので、会った瞬間『なんで来たの? 早く帰って』って言ったらショック受けてましたけど」

 ルシアにそんなこと言われたら確かにライネルはショックだろうな。目に浮かぶようだわ。あいつの顔が凍るの。
 
 俺も目の前に置かれたカップを持って口をつけた。飲み慣れた紅茶の味がしてほっとした。

「確かに、ストーリーの進行具合を確かめたくて攻略対象者の皆に付かず離れずで良い顔してたのは私ですけど、それでもライネルは面倒だなと思ってたし全然タイプじゃないんです。変に気を持たせるようなことをして申し訳なかったと思いますけど、追いかけて来るなんて思いもしませんでしたし、正直対応に困ってます」
「え? それじゃあライネルは今どうしてるの?」

 そこまで言われてライネルがちょっと可哀想になってきた俺が聞くと、ルシアはまた迷惑そうな顔になってため息を吐いた。

「お兄ちゃんと外で待ってるんじゃないでしょうか。お兄ちゃんも最初は私が嫌そうだったので追い払ってましたけど、なんでなのかライネルはずっと追いかけてくるんです。そのうちお兄ちゃんも良い運動の相手だと思ったのか、魔法禁止の剣術で相手をするようになってしまって。言葉ではライネルにめちゃくちゃ言いますけど、叩きのめしても諦めずに向かって来るから多分気に入っちゃってます。今は自分がいない時のいい用心棒くらいの感覚ですねきっと」

 心なしかげっそりした顔になったルシアは「どうしてこうなっちゃったんでしょう」とまたため息を吐いた。
 俺はそれを聞いてちょっと感心した。

 やるじゃん、ライネル。

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