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第二部

三十話 色異なる六人の乙女の話 中③

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 広間の中は儀式の準備を整えるためにバタバタしていた。
 俺とは反対側の玉座の近くに白と金色の布に覆われた祭壇のようなものが設置され、そこに女神への供物なのか籠に山積みになった果物や陶器の平たい花瓶に生けられた色とりどりの花が飾られていく。三段ある祭壇の一番上には多分剣が置かれていた。デルトフィアの宝剣に似ているような気もするから、教会の聖物なんだろう。
 その下の段には馬の置物が二種類並んでいる。そんなに大きくはなく、両手で軽く持てそうな大きさの二つの馬は、一つは黒く塗られて鞍に鮮やかな装飾が施されている。もう一つは水晶で出来ているような透明な馬で、首のところにも透明な丸い飾りが数珠状に繋がって付いている。
 広間の中にもあらためて後方に砂色の絨毯が敷かれ、玉座の前には金色の細長い絨毯が用意された。

 俺が最初に転移してきた時にいた人数からは減ったが、それでも偉い立場の人達なのかそこそこ年配の男性や女性が広間に入ってきて先ほど敷かれた絨毯に順番に座っていく。

 少し経って、選ばれた候補者達が広間に戻ってきた。
 衣装の着替えが必要だったらしい。夜空のような紺色の美しい生地に青と銀色の小振の宝石を散らした裾の長い民族衣装に装いが変わっていた。ロレンナと双子のライラとライルがまず広間に戻ってきて、促されるまま玉座の前に敷かれた新しい金色の絨毯の上に歩いてくる。
 その後で少し緊張した面持ちのルシアも現れた。可愛らしい顔立ちに大人っぽい紺色の衣装もよく似合っている。景品の台座に収まっている俺を見つけて、彼女は少しだけ笑った。
 俺の雑な扱いを見て緊張が解れたならよかったよ。
 ロレンナが連れていた侍女と、ルシアについて来ていたサラは後方の絨毯に座っている人々と同じところに着席した。

 問題が起こったのはその時だった。

「ダーウード様! 宰相様、大変でございます!」

 官僚の一人が泡を食った様子で広間に駆け込んできた。
 ダーウードと呼ばれたのはあの大臣のお爺さんだった。ようやく大臣の名前が判明した。やはりお爺さんが宰相だったらしい。

「何事だ」
「スレイカ様とアニス様がおられません。恐らくお逃げになりました」
「なに?!」

 逃げた?

 俺も口を開けて官僚のお兄さんを凝視した。

 逃げるって、有りなの?

 大声が広間に響き渡り、それを聞いた人々が悲鳴に近い驚きの声を上げる。
 ルシアも驚いて立ち止まり、ロレンナ達も座った絨毯の上から後方を振り返っていた。

「なんと愚かな。何故そんなことを許した」

 眉を顰めたお爺さんが非難するような声で言い、報告に来た官吏のお兄さんは膝をついて頭を下げた。

「申し訳ございません。それぞれ侍女と結託し、官吏の女性を部屋から締め出した後窓から逃走したようです。追いましたが、既に王宮から馬車が発っております。おそらく家の者と、王宮内部の者も数人が手を貸したものと」
「……なんということを。候補者が二人も逃亡するなど、前代未聞。陛下に知られたら命がないと思わなかったのか」
「私がなんだと?」

 突然舞い戻ったアシュラフ皇帝に、ダーウード宰相はぎょっとして飛び上がった。
 相変わらずにやにやと酷薄な笑みを浮かべる皇帝は、金色の絨毯の上に候補者が揃っていないことに気がつくと口端を上げた。

「逃げたか。スレイカと、アニスだな。面白い」
「申し訳ありません陛下。私どもの手落ちでございます」
「よい。奴らの家門に手を出す良い口実が出来たな。後で滅ぼす。家長共はこの前侍従長を川に沈めたのと同じやり方をしてやろう」

 気軽にそう言い放ったアシュラフ皇帝に、広間にいた人々は青ざめて息を飲んだ。

「急ぎ魔法士達を招集して連れ戻します。もう暫しお待ちを」
「構うな。逃げた者を追わずとも良い」
「ですが、六人揃わなくては鈴園の鐘を鳴らせません」

 弱りきった顔のダーウード宰相を無視して、アシュラフ皇帝は広間の中を見回した。儀式の参加者にも女性はいることにはいるが、皆年配でこれから花嫁になるような歳の若い女性はいない。
 その時、今度は別の官吏の男性が後方の入り口から走ってきた。

「ダーウード様、まだ一人おります! ちょうど今到着した少女を見つけました」

 二人が逃げたことを知っているのか、駆け込んできてお爺さんにそう告げた男性は、アシュラフ皇帝が既に広間の中にいることに気がつくと棒立ちになって息を飲んだ。

「ほう? 先ほどはいなかった女がまだ一人いるか」

 皇帝はにやりと笑って官吏の男性に首を傾げた。
 その凶悪な笑みを見て彼は言葉を継げなかったが、開け放たれた後方の扉からは別の官吏の男女に急き立てられた一人の少女が入ってきた。

「あの、本当に、私人違いだと思うんです」

 そう言いながら広間に入ってきたのは、淡い桃色が混ざったような金色という珍しい髪色をした、小柄で透けるように肌が白い少女だった。且つその少女は宗教画に出てくる女神の使いと見紛うほど、顔のパーツの大きさも配置も全てが完璧で、極めて整った容貌をしていた。着ているのは民族衣装ではなく灰色の膝下のワンピースを着て肩に茶色ショールを羽織ったいたって地味な格好だったが、それでも彼女の美貌は飛び抜けている。

 え?
 いやそんなまさか。

 俺は現れた少女を凝視した。
 彼女が前髪の横につけている、髪の色と同じ珍しいピンク色の真珠の髪留めにも覚えがある。
 鈴を転がすような丸くて可愛らしい声をした少女は、困った顔で自分を広間の前方に誘なう役人達に訴えた。

「私、人違いなんです」
「そんなことはありません。それに貴方のような美しい方なら、例え人違いであっても大丈夫です」
「えっ? それって本当に大丈夫なんですか?」

 彼女の美貌にやられた官吏の男性が適当なことを言い始めていたが、彼はすぐに静まり返った広間の中に自分の声が響き渡ったことに気付き、アシュラフ皇帝を見つけて先程の男性のように棒立ちになって固まった。
 広間の中ほどまで連れて来られた可憐な少女は不安げに周りを見回し、皆が自分を見ていることに気づくと更に怯えた顔をした。

「ほう。これはまた面白いものを見つけてきたな」

 アシュラフ皇帝がにやにや笑って少女を見て言う。

 俺はその女の子を見つめたままだった視線を外し、ルシアを見た。
 同じタイミングで、後ろを振り返っていたルシアも俺を見る。
 きっと同じことを思っていただろう。


 リリアンじゃないか。


 二年ほど前に、俺が駆け落ちを手助けしてデルトフィアから逃してしまった、クレイドル王国の王女様の。
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