悪役令息レイナルド・リモナの華麗なる退場

遠間千早

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第二部

三十一話 色異なる六人の乙女の話 中④

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 リリアンは、困惑した顔で広間の中を見回し、前方の台座に座った俺と目が合うと「あら?」と小さく首を傾げた。
 彼女も俺の顔を覚えていたのかもしれない。

「この女はどこから連れてきた」

 アシュラフ皇帝の問いに、先に部屋に飛び込んできた男性が恐る恐る口を開く。

「ホラサンの村から送られてきたリリーという少女だそうです。噂ではあの辺りにそのような名前の強い精霊力を持つ娘がいると聞いておりましたので、今しがた連れてきた者から引き取りました」
「待ちなさい。君、ホラサンとシナは隣同士の村だろう。シナの村からは既にリリーという名前の娘が来ている。隣り合った村から同じ名前の娘が出てくるなどおかしいと思わなかったのか」

 ダーウード宰相が眉間に皺を寄せて口を挟んだ。
 それを聞いて、先ほどの選定で大臣が言った言葉を覚えている人達は皆ルシアを見た。
 さっきは広間にいなかったのか、問い詰められた男性は青くなって頭を下げた。

「申し訳ありません。候補者が二人いなくなったと聞きましたので慌てており、よく確認せずに通してしまいました」

 謝罪した官吏の男性の横から、リリアンが必死な顔で大臣に訴える。

「あの、ですから私は確かにリリーと呼ばれておりまして、ホラサンに一時住んでいたことも事実ですが、精霊力は全くございません。人違いなんです」

 そう言う彼女の顔は困惑と焦りが入り混じっていた。
 つまりリリアンは、リリーという名前でシナの村にいたルシアと間違えられて連れて来られたということなんだろうか。確かに二人は年齢も近い。外見が不確かな情報だったら勘違いされることもあり得るのかもしれない。
 でもシナの村からは正式にルシアが来ている訳だから、リリアンがどういった状況でホラサンという村から連れて来られたのかは気になる。ホラサン側はルシアがシナの代表として出て来ていることを知らなかったんだろうか。
 それに、リリアンと駆け落ちしたあの強面の騎士はどこに行ったんだ。

「見たところ、貴殿の外見はわが国の者ではない。素性も知れないし、精霊力もなく人違いだと言うのであれば候補者の要件は満たさないだろう」

 ダーウード宰相が難しい顔をしてリリアンを見た。その言葉を聞いてリリアンはほっと息を吐く。

「少しお待ちください。ダーウード様、その方は恐らくクレイドルの王女殿下ではないですか」

 突然、ずっと黙っていたマスルールが玉座の側からお爺さんに話しかけた。

「何?」
「よくご覧ください。地味な装いなので一見そうとは見えませんが、顔だけを見ればその方がクレイドルの王女殿下だとおわかりになるかと。一度我が国にもいらしたことがあります」

 早口でそう告げたマスルールに、ダーウード宰相は驚いて今度はリリアンをよくよく観察する。
 凝視されたリリアンは焦った顔で後ずさった。

「ああ。やれ、驚いた。そう言われてみればその通り。貴方はリリアン・クレイドル王女殿下ではございませんか。何故そんな装いで我が国に?」
「マスルール、ワジール、お前達もわかったか」

 お爺さんが目を丸くしてリリアンを見つめた時、それまで黙っていたアシュラフ皇帝が相変わらず邪悪な笑みを浮かべながら声を上げた。

「そこの女、お前は私の即位式に来ていただろう。何故クレイドルの王女が六女典礼に潜り込んでいる。何か後ろ暗い策略でもあるのか」

 面と向かってそう問いただした皇帝に向かって、リリアンはすぐにその場で膝をついて頭を下げた。王女であれば最敬礼のお辞儀でいいはずが、彼女は膝をついて叩頭した。桃色に輝く長い金髪が彼女の肩から床に滑り落ちる。

「滅相もございません。私は、二年以上も前にすでにクレイドルから出奔した身でございます。クレイドルの王室とはもはや何の関係もございません。本当に、ただ偶然貴国に滞在していただけなのです。謀略の疑念を抱かせてしまいましたこと、どうかお許しください」

 リリアンは頭を下げたまま、必死な声音で続けた。

「私も何が起きているのか分からないままに王宮に足を踏み入れてしまいました。申し訳ありません。聞けばお人違いということでございましたので、私はここで失礼させていただきたく、何卒お許しください」

 広間にいた人はリリアンの必死な様子に目が釘付けになっていた。彼女が駆け落ちしたことは多分公には伏せられているだろう。理由はわからずとも可憐な美貌を持つ少女が悲壮な顔をして平伏しているのを見て、広間の中には彼女に同情するような空気が生まれた。 
 候補者の双子も、金色の絨毯の上から振り返ったままリリアンを気の毒そうに見ている。顔に憐れみさえ浮かべた周囲の人々は、このままダーウード宰相が彼女を下がらせるのだろうと思ったはずだ。俺だってそう思った。

 しかしそこで無情な声を出したのはアシュラフ皇帝だった。

「ほう。既にクレイドルと関係がないのであれば、好都合ではないか。これで一人補充できたな」

 そう言い放った皇帝を広間にいた全員が凝視した。リリアンも思わず顔を上げて皇帝を見上げ、目を見開いた。

 俺もまさかと思って少し離れたところに立つアシュラフ皇帝を見た。相変わらずにやにやと人を嘲笑うように口元を歪めた皇帝が、問題は解決したとばかりにリリアンに背を向けて玉座に戻り、クッションの上にどさりと座った。

「クレイドルの王女、私の鈴園に入れ。見たところ本当に精霊力も魔力もないが、お前はお前で使い道がある」

 俺は唖然とした。

 こいつ、マジか。
 本当にただ巻き込まれただけのリリアンを六人の候補者の中に突っ込むつもりなのか。

 ダーウード宰相がふらつきながら酷薄な笑みを浮かべる若い王に近寄った。

「我が君、この方はいけません。出奔していたとしてもクレイドルの王女です。もし六女典礼の候補者に選ばれたとクレイドルの王室に知られれば、大変なことになります」
「本人がもう関係ないと言っているんだからいいだろう。それに鈴園に入れておけば利用価値がある。もしバレたとしても面白いではないか。彼の国が何と言って我が国に掛け合って来るのか見ものだな」
「陛下!」
「煩い。そんなに心配ならバレないようにお前が何とかしろ。見たところ国から出て名前も姿も変えているようだから適当に戸籍を用意すれば分からないだろうよ」

 大臣の言葉を切って捨てて、アシュラフ皇帝は「さて、あと一人だな」と言って既に次の候補者の補充を考え始めた。
 ダーウード宰相とマスルールは紙のように白い顔になって立ち尽くしている。

「あの、そんな。だって私もう……」

 リリアンが呆気に取られたままそんな言葉を呟いているのが聞こえたが、皆放心しているためその言葉は宙に浮いて誰の気にも留められなかった。

 なんとなく彼女が言わんとしたことは俺にはわかる。
 だってリリアンは駆け落ちしてるからね。
 恋人がいる以上皇帝陛下の妃選びの候補者になるなんて迷惑以外の何物でもないよな。

 それを大声で主張すればもしかしたら回避できたかもしれないが、それでもアシュラフ皇帝なら逆に面白がって強行したような気もするから何とも言えない。このタイミングで広間に連れて来られてしまったことが彼女にとって最も不運だった。
 まだ呆然と床に座り込んだままのリリアンに、官僚達が恐る恐る近づいていく。

 クレイドル王国にバレたら国際問題になる炎上案件を抱えてしまったダーウード宰相は、立ったままストレスで召されてしまいそうに見えた。

「あと一人か。決まれば今日中に鐘を鳴らせるな」

 そう呟いたアシュラフ皇帝は大理石の広間の中をもう一度ざっと見回し、該当するような少女がいないことを再確認すると舌打ちした。

「我が君、今一度王宮内に候補者になるような娘が残っていないか確認いたします」

 ダーウード宰相がそう言って、官僚を数人広間の外に走らせた。

 もうリリアンのことも含めて明日に延期すれば良くない?
 なんでそんなに今日に拘る必要があるんだろうか。
 
 俺はそう訝しんで首を傾げ、冷たい台座の上で卵を抱き直した。きちんと固定されているのは良いんだが、だんだんスカーフが左肩に食い込んできて痛くなっていた。もぞもぞと服の中の位置どりを変えていたら、その動きが気に障ったのか煩そうな目をしたアシュラフ皇帝が俺の方に視線を投げた。
 俺は素知らぬ顔で明後日の方向に顔を向け、目の前の金色の絨毯にようやく座ったルシアと目が合った。
 どことなく不安げな顔をしているルシアは俺と目が合うと気遣わしげにまだ後方で座り込んでいるリリアンの方をちらりと見るような仕草をした。
 それを見て俺はルシアが何が言いたいのかわかり、また俺に視線を戻した彼女に目配せした。

ーー彼女、大丈夫でしょうか?

 多分そう言った彼女に俺は小さく頷いた。

ーー大丈夫。一緒に連れて逃げる。

 そう意味を込めてルシアに送った視線に力を入れ、唇だけそう動かす。なんとなく伝わったのか、ルシアは表情を緩めて微かに頷いた。

「もうこれで良い。これを六人目にする」

 ルシアとアイコンタクトを取っていたら、玉座の方からアシュラフ皇帝の声がした。
 まだ他に女の子が残っていたのかと思ってちらりとそちらを向くと、皇帝が俺を指差していて仰天した。

「………………は?」
「陛下?!」

 マスルールとお爺さんも悲鳴のような声を上げる。
 突然皇帝に指をさされた俺は、台座に座ったまま口を開けて固まった。
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