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第二部
二十九話 色異なる六人の乙女の話 中②
しおりを挟む珍しい水色の髪の、地味な白い民族衣装を着たよく似た双子。
昨日サーカスで歌っていた、あの双子じゃないか。ルシアと話をしている間に広間に入ってきていたのか。気がつかなかった。確か片方の名前はライラといった。もう一人は聞かずに別れてしまったけど、皇帝に指名されたのは明らかに昨日の双子のどちらかだった。
それにしても、いくらアシュラフ皇帝がまだ十六歳だからといって、連れてくる妃候補の女の子が若すぎるのもどうなんだ。あの双子の子達は多分十三かいっていても十四歳だろう。幼すぎる。あと四年猶予があるって言ったって、皇帝が子供を作ることがゴールならちょっと倫理的にどうなんだ。ラムルの貴族達の神経を疑うぞ。
そう頭の中でもやもやしていたら、アシュラフ皇帝に指名されていない方の子が「あの」と言ってすっと手を上げた。
「皇帝陛下、選ばれるのであればどうぞ姉ではなくむしろ……。いえ、陛下からご覧になれば、私たちはどちらでも同じだと思われるでしょう。ですが、私達姉妹はいついかなる時も側にいることで力を発揮いたします。どうぞ卑賤なる私の発言をお許しください。ライラが選ばれるということでしたら、何卒私も鈴園に入ることをお許しください」
周りが止める間も無くキッパリとそう言った水色の髪の女の子を、周りの少女達と官僚はぎょっとした顔で見つめた。
まさか自分から進んで候補者になりたいと名乗り出る者がいようとは、考えてもいなかったんだろう。選ばれた方の子も心配そうな顔で双子の片割れを見ている。
話の腰を折られたアシュラフ皇帝は不機嫌そうに舌打ちしたが、その後思い直したのかふんと笑って口を出してきた水色の髪の幼い少女を興味深げに見やった。
「お前、名前はなんという」
「ライル、と申しますけれど……」
皇帝に見つめられて怯みながらも素直に名乗った女の子を、彼はじいっと見つめてから口端を上げた。
「いいだろう。お前に興味はないが、言うことは面白い。お前も入れてやろう」
そう言った皇帝に少女は安堵と感謝の表情を浮かべて深々とその場で平伏した。周囲の人間は呆気に取られてそれを見つめている。
あっという間に決まってしまったが、つまり双子が二人とも選ばれたということだ。
先に選ばれた方が昨日よく話していた快活な性格だったライラで、今皇帝に直訴したのが大人しそうな子の方でライルという名前だったらしい。よくあの歳で皇帝に向かってあんな豪胆なことを言えたものだ。サーカスでも大勢の前で歌っていたから肝が据わっているのかもしれないが、姉を追うためとはいえ自分からこの悪童皇帝の妃候補に立候補するなんて信じられない。
アシュラフ皇帝はまた欠伸をしてから最前列にいるお爺さんを見た。
「さて、これで六人決まったな。後の者はとっとと返して、早速六女典礼の開始の儀の準備をしろ。鐘を鳴らすのは一時間後だ。私が戻ったら始める」
そう言って、皇帝はまた消えた。
アシュラフ皇帝が消えた途端、広間の中はざわめいて少女達が侍女と抱き合ったり泣いたりし始めた。本当に選ばれるのが嫌だったらしい。
逆に選ばれてしまった貴族らしき二人の少女は、真っ青になって震えながら官吏に先導されて侍女と共に広間から退室していく。ロレンナと呼ばれた雰囲気のある美女と、ルシアと双子も何か準備があるのか慌ただしく広間から連れ出されて行った。
ルシアは去り際に俺の方を見ていたが、とりあえずまた会えるから、と軽く手を振っておいた。ルシアは本当に選ばれてしまったみたいだけど、これってもう辞退できないのか? 試験を受けても妃に選ばれなければ家に返してもらえるんだろうか。
少し不安になっていると、選ばれなかった少女達が部屋から退室する間際、ひそひそと話しているのが少しだけ聞こえてきた。
「予想外だったけれど、おかしな子達が三人も選ばれて命拾いしたわね」
「本当に。以前ならともかく、あのアシュラフ様の妃か側室になるなんて、恐ろしくてとても考えられないわ」
「ロレンナ様は当然としても、スレイカ様とアニス様はお気の毒に。スレイカ様はもうすぐ婚約者を選ばれる間際で、アニス様は確かアルフ様の方と親しくされていたはずでしょう」
「そうなのよ。お可哀想で、とてもじゃないけど私はお二人の顔を見られなくて。でも、私もアシュラフ様の六女鈴園に入るくらいだったら、アルフ様の鈴園に入りたい。アニス様のお気持ちもわかるわ」
「本当に、アシュラフ様はどうなさったの。数ヶ月前までは、みんなアシュラフ様の鈴園に入るのを夢見ていたのに」
ひそひそと囁きながら、少女達は広間から早足で出て行った。
なんだか、みんなアシュラフ皇帝の六女典礼には選ばれたくなかったみたいだな。さっきからちょいちょい出てくる鈴園というのはなんだろう。候補者たちが入る施設のことだろうか。
というか、さっきの子、妃か側室になるって言ってなかったか?
まさか妃に選ばれなくてもそのまま側室になって王宮に残されるなんてことないよな。もしそんな恐ろしいことになるなら今夜卵を持って逃げる時にルシアも一緒に連れて逃げないと。
そう思っていたら、まだ玉座の置物になっていた俺のところにマスルールがやってきた。
「これから六女典礼の開園の儀が始まるので、あなたは妃になる者への褒美が供えられる場所に移動してください」
その言い方だとまるで俺が妃に与えられる褒美みたいに聞こえるからやめてほしい。
「えっと、色々突っ込みたいんですけど、とりあえずわかりました」
言いたいことは山ほどあるが、卵だけ台座に供えるわけにもいかないので素直に立ち上がり、玉座の近くに運ばれて来た大きな大理石の台座にちょこんと座った。
台座の上に臙脂色の布が敷かれていたけど、石は結構冷たい。暑いから俺にはちょうどいいけど、これだと卵だけ置くにはやはり無理がある。若干役人達から送られる視線が痛いし、何故こんなことに、と思いもするが、今夜逃げるんだからもう関係ない。
デルトフィアでだって散々アウェイな視線を浴びていたんだ。本当にアウェイな環境下で冷たい視線に晒されようが、広い心で受け流せる。あとは野となれ山となれの心境で台座に座っていた。
腹の上の卵を抱きしめると心身のストレスがちょっと緩和される。
なんなら俺はこの子にちょっと愛着が湧いてきてるからね。ここまでくると俺の卵って気分になってきてて身体から離すのが躊躇われるくらいである。デルトフィアに帰って卵が孵ったら、陛下に頼んで一回くらいは雛を見せてもらいたい。
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