悪役令息レイナルド・リモナの華麗なる退場

遠間千早

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第一部

閑話 ウィルの業務報告 中

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「こんにちは。俺はレイナルド・リモナっていうんだ。君の名前は?」
「……ウィリアルド」
「ウィリアルド、そうだな、じゃあ君は今日からウィルだ。君の蝶、本当に綺麗だったよ」

 そう言って微笑んだレイナルド様を、僕は信じられないものを見るような思いで見つめた。
 誰かが僕を助けてくれるなんて、そんな嘘みたいなことが起こるなんて一欠片ほども思っていなかった。

 僕は生きられるんだろうか。そう思ったら、僕は勾留されてから初めて涙が出てきた。後から後から流れてくる涙でレイナルド様の顔が見えなくなった。
 レイナルド様は僕を抱き上げて、優しく頭を撫でてくれた。僕は彼のその細い肩にしがみ付いた。離したら何処かへ消えてしまうかもしれないと怖くなって、彼の身体に足を巻き付けて縋りついた。
 周りのおじさん達は、僕のその有様を見たらもう何も言わなかった。

 それから、そのまま僕とレイナルド様は一緒に裁判所の一室に連れていかれて、随分待たされた。
 深夜になろうかという時に、部屋に裁判長と灰色の髪のお爺さん、それから頭を抱えたエリス公爵様が現れて、僕をレイナルド様の家に連れて帰っても良いと言った。話を聞いた陛下が、最終的には許してくださったらしい。
 レイナルド様は僕を抱き上げて喜んでくれて、僕は彼の弾けるような笑顔を目を丸くして見つめていた。

 そして僕はレイナルド様の家に引き取られた。
 嘘のような話だと、自分でも思う。
 僕の命を惜しんで掬い上げてくれる神様みたいな人が、まさか目の前に現れるなんて思いもしなかった。しばらくの間、毎日その奇跡が信じられなかった。

 それから僕は、しばらくレイナルド様の部屋で一緒に生活して弟みたいに可愛がってもらった。

「え? ウィルくらいの年の子ってまだ一緒に寝るよね?」

 と言って、夜はレイナルド様のベッドで一緒に寝かせてくれた。多分、貴族ならもっと小さい頃から自分の部屋で一人で寝るはずだし、現に僕はもう一人で普通に寝ていたが、レイナルド様が一緒に寝ても良いと言ってくださったのが嬉しくて、それから一年以上も僕たちは一緒のベッドで寝ていた。
 寝る前にベッドの中でレイナルド様がその日あったことを聞かせてくださったり、魔法について二人であれこれ話をするのは本当に楽しかった。僕が夜中に真っ暗な監視塔の留置場を夢に見て泣くと、レイナルド様は銀色の折り紙を小さく割いてランプに照らし、風で飛ばして天井いっぱいに星空を作ってくれた。
 今でも夜枕を持ってレイナルド様の部屋に行くと、全然嫌がらずに一緒に寝てくださるから僕はまだ時々甘えてしまう。

 レイナルド様が日中魔術学院に行かれていない間、僕には家庭教師でもつけようかと言われたが、僕の立場でそれはあまりにも恐れ多くて断った。代わりにレイナルド様の本を読んで勉強したり、相変わらず手紙蝶を作ったりして過ごしていた。分からないところは直接レイナルド様に聞いて教えてもらえるから、家庭教師をつけてもらうより僕にはその方がずっと嬉しかった。時々奥様と花壇の花を一緒に見に行ったり、料理長とおやつを作ったりするのもとても楽しかった。罪人の息子という立場にも関わらず、お屋敷の人達は僕にとても優しくしてくれた。
 
 レイナルド様への敬愛が日に日に増して、僕は子供ながらに彼の役に立ちたくて、そのうち身の回りのことに手を出し始めた。僕はレイナルド様とずっと一緒にいたい。だから将来は彼の侍従になりたい。本当は戸籍もなくなった僕には分不相応な立場だけど、公爵様は僕の決意が変わらないならと言って既に許可をくださっている。
 最初は侍従見習いとして、日中レイナルド様が学園に行っている間に他の家人から仕事を教わった。まだ子供だから出来ることは本当に少なかったけれど、レイナルド様の家の使用人のみんなは、僕を暖かく受け入れてくれた。とろりとしたお湯の中に浮かんでるみたいに、本当に日々が幸せで、あの頃はレイナルド様だけじゃなく、お屋敷のみんなに僕は子供としての心を救ってもらったと思っている。

 今は晴れてレイナルド様のご用聞きという立場を手に入れて、一歩前進した。僕はとても満足している。来年の選定の儀を受けたら魔術学院に通うことになると思うと、選定の儀に出席するのが今から億劫に感じるほどだ。

 近頃は、レイナルド様が拾ってきたチーリンのベルとも仲良くなった。何故か偶に僕の方が弟分、という目でベルから見られるが、綺麗な被毛をブラッシングしたり一緒に庭で遊ぶのは楽しい。

 僕には魔力がある。多分自分でも思っている以上に色んなことが出来るようになる気がする。
 レイナルド様も僕の魔法の資質には気付いていて、そのうち家から出て自由に生きても良いと言ってくださる。
 でも、僕は大好きなレイナルド様のお役に立ちたいし、ずっと一緒にいたいから、このお屋敷から出て行くつもりは毛頭ない。



 最近、レイナルド様の周りは少しおかしかった。

 確かにレイナルド様はいつも色んなところを渡り歩いていて、不思議なくらいおかしな事に行き当たる方だけど、この数週間は本当に異常だと思うほどバタバタしている。

 特に、深夜に湖に落ちたと言ってグウェンドルフ様がレイナルド様を抱き抱えて戻られた時は、危うく死ぬところだったと聞かされて僕はぞっとして背筋が凍った。

 その夜に屋敷を訪ねて来られたグウェンドルフ様に、僕は初めてお会いした。噂通り全身真っ黒な出立ちで背がとても高く、肩幅にも身体にも厚みがある騎士らしい体躯の方だった。彫刻みたいに精悍な顔つきはほとんど表情が変わらなかったから、最初は僕は少し怖かった。
 ちょうどレイナルド様から緊急用の手紙蝶が届いて公爵様に相談しようか悩んでいたから、それをグウェンドルフ様に見せた。するとすぐにルウェイン様のところに行こうと言われて、僕は戸惑いながらグウェンドルフ様と一緒にルウェイン様のご実家を訪ねた。偶々ルウェイン様がご実家に帰って来られていたので、すぐに会うことが出来たのは幸運だった。

 今から思えば久しぶりに再会した友人に対してと言うには、グウェンドルフ様の態度はどこかおかしかったが、深夜になって見つかったレイナルド様を連れ帰ってくださったグウェンドルフ様はもっとおかしかった。
 まるで大事なものを手放したくないというように、レイナルド様の部屋まで自ら運んでベッドに下ろすまで、グウェンドルフ様はレイナルド様から手を離さなかった。
 レイナルド様の服は既に魔法で乾かしてくださっていたけれど、僕も魔法を使って身体を拭いたり髪を綺麗にしようと準備を始めていた。そしたらグウェンドルフ様がそれを見て手伝おうとされたので、側仕えとして丁重にお断りしてその日はお帰りいただいた。

 彼のあの態度は何だったんだろうと思っていたら、次の日の夜もグウェンドルフ様は訪ねて来られて、あっという間に旦那様や奥様の心を掴んで公爵邸に馴染んでしまった。それも一日でである。僕はその早業に度肝を抜かれた。

 ベルに至っても、前の日の深夜にレイナルド様がお戻りになったら目を覚まして、グウェンドルフ様が攫ったのだと思ったのか物凄く唸っていた。

「グウェンドルフ様がレイナルド様を見つけてくださったんだよ」

 と言い聞かせて落ち着かせたのだが、怒りのオーラをグウェンドルフ様に向けて脚でげしげし蹴っていた。
 それなのに次の日の夜にまた訪ねてきたグウェンドルフ様に最初はカリカリしていたのだが、僕が一時部屋から離れていた時、一緒に部屋でレイナルド様を見守っている間に、気づけば何故かそこそこ距離が縮んでいた。一体何が起きたんだろう。なんでだったのか僕は今でも知りたい。

 そして、レイナルド様も目が覚めた後は様子がおかしかった。妙にそわそわして、少し顔も赤かったと思う。そんなふうに感情が揺れているのを珍しく思いながら、グウェンドルフ様がお泊まりになったことをお伝えしたら、その場に棒立ちになって驚愕していた。
 ティールームに様子を見に行かれた後、グウェンドルフ様を連れて部屋に戻って来られたので、僕は彼が好きなスコーンとお茶を用意してからベッドでうたた寝しているベルにブラシを当てていた。
 何かお二人でわいわい話しているなと思いながら、聞いてしまうのは無礼な気がして聞き耳を立てないようにベルの背中をといていたら、急に話し声が止んだ。
 どうしたんだろうと思ってちらっとソファの方を見たら、なんとお二人がキスしていたのである。
 どういうこと?! と内心パニックに陥った僕はばっと視線を逸らしてベルのお腹の毛を見つめた。
 確かにレイナルド様からは、最近よくグウェンドルフ様のお名前を聞いてはいた。この前グウェンドルフ様のお屋敷にも出掛けていたらしいし。でもまさか、そんな関係になっているなんて、聞いてない。
 昨日と一昨日のグウェンドルフ様のあの態度も、そういうことだからなの?! と愕然としたが、しかしここで僕が声を上げたらこの良い雰囲気が台無しになる。僕は空気に徹することにして、無心でブラシを動かした。でも少し動揺が手元に現れたのか、ベルが「ぐるるる」と少し不満そうな寝息を立ててしまった。その瞬間レイナルド様が我に返った気配がして、慌てて「もう出掛けるから、お前は帰れ」とグウェンドルフ様を追い返そうとした。

 今まで恋愛事には全く無関心だったレイナルド様に、まさかこんなことが起こるなんて。僕は驚きと共に少しの寂しさと、安堵を覚えた。ずっと一緒にいたから、レイナルド様の明るい人柄の隅に、何か小さな陰のようなものがあることに僕は気がついていた。ついに、その棘を抜いてくれる人が現れたのかもしれない。
 僕はそう思って、初めて見るレイナルド様の真っ赤になって狼狽えた表情を微笑んで眺めた。
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