悪役令息レイナルド・リモナの華麗なる退場

遠間千早

文字の大きさ
103 / 345
第二部

四十九話 蕾の薔薇と世の喜び《承接》前①

しおりを挟む

「袋に入りたくないって言ったって、じゃあどうするつもり?」

 翌朝になって、俺はベッドの上でタオルと戯れている不死鳥の雛に話しかけた。

 夜は俺の枕元でタオルに包まれながら寝ていた雛は、朝になったら俺の顔の上にいた。ふわふわの羽毛が瞼を撫でる感覚で飛び起きた。
 夜中に戻ってきてから俺は人騒がせな王子の記憶が消えることを恐れてギリギリまで睡魔と闘っていたが、結局明け方うたた寝してしまったらしい。起きたら雛が額の上に乗っていたのでぎょっと飛び起きて、そしたら雛はぴょんと上手にジャンプしてベッドの上に着地した。生後一日とは思えないほど脚力がある。
 早速好奇心が湧いてきたのか、雛は袋の中に仕舞われることを嫌がった。
 とはいえ、そのまま抱えて歩くことはできない。
 とりあえず昨日オズワルドがくっつけ直した卵の殻をタオルで包んで鞄の中にしまった。
 朝起きてから俺はまたオズのことを忘れていたが、雛と卵の殻を見てすぐに思い出した。昨日よりもパニックにならずに済んだので、俺は左手の甲と腕に『全部オズワルドのせい』とペンで書いておいた。これで当分奴を忘れないだろう。

 鞄に入るのを嫌がる雛にどうしたいのか聞くと、小さな赤い小鳥は俺が言っていることを理解しているというように首を傾げ、ベッドの上をぴょこぴょこ飛んで俺の方へ近寄ってきた。
 俺が両手で掬って持ち上げると、雛は手の上でぴょんと軽く跳ねてから大きく跳躍して俺の頭の上に乗った。

「おわっ、大丈夫か?」

 脚の力はしっかりしているとはいえ、落ちないか心配になって手で支えようとすると、「ぴぃ」と鳴いてその手を避けた雛は俺の頭の上に落ち着いてしまった。髪の毛が少し引っ張られて、頭皮に踏ん張っている脚がちょっと痛いが、見晴らしがよくなって機嫌がいいのか雛は「ぴぃ」と満足げな声を上げてそこに収まってしまった。

 さすがに、そこにいられたらまずいんじゃないだろうか。皆にバレるし。
  
 悩んだ末、クローゼットの中から昨日の夜マスルールが置いていってくれたターバンの中の一枚を手に取る。巻き方はよくわからないが、黄色のターバンを頭の上に被ってそれらしく巻いてみる。雛は俺の手を器用に避けながら頭の上に居座っていた。まだ産まれて一日も経っていないのに不死鳥の生命力には驚くばかりだ。ベルは拾った時は生後数ヶ月くらいだったが、ベルの方がよほど手がかかったと思う。それはそれで可愛かったけど。

「うーん、でもダメだ。ターバンに上手く隠れてても、お前の羽根の色は目立つから見つかっちゃうよ」

 そう言ってクローゼットの扉の内側についている鏡を見て肩をすくめたら、雛は鏡越しに俺と目を合わせて瞬きした。
 そして次の瞬間その羽と体毛の赤い色がふわりと金色に変わった。

「え」

 雛の明るく輝く緑色の瞳が一瞬青みが濃くなったのを見た気がした。
 俺の髪の色と完全に同化した雛は、もぞもぞとターバンの中に隠れてその存在は一眼見ただけではわからなくなる。すっかり擬態してしまった雛を目を見開いて見つめた俺は、不死鳥はそんなことができるのかと感心してしまった。

「ぴぃ」

 心なしか誇らしそうな声で雛が鳴く。

「わかったよ。じゃあこれでやってみよう。見つからないように大人しくな。でも危なくなったり落ちそうになったら鞄の中に入れるからね」
「ぴ」

 了解した、というような雛の声を聞いておれは苦笑した。

「そういえば、もうあと一日とはいえ、お前の名前を決めておかないと不便だな」

 俺が勝手につけるのは気が引けるが、じゃないと頭の上に呼びかける時に困る気がする。
 本当の名前はデルトフィアに帰ってからじっくり考えてもらうことにして、愛称くらいならつけてしまっても構わないだろうか。

「ぴぃ!」

 鏡を見ると雛がターバンから顔を出して頷く。
 本当に俺が言っていることがわかるみたいだな。賢い雛だ。うちのベルも賢くて優しい良い子だからデルトフィアに帰ったら一緒に遊んで友達になれるかもしれない。

「じゃあ、うーん……ぴーちゃんは?」

 そう言うと、雛は無言になって俺の頭の上を脚で踏みつけてきた。

「いたっ、痛いよダメってこと?」
「ぴぃ」

 気に入らないらしい。

 確かに、不死鳥にその名前はちょっとそぐわないか。かわいいと思うんだけどな。

「うーん。……じゃあメルはどう? お前の金色の羽、蜂蜜みたいで綺麗だから」
「ぴぃ!」

 今度はお気に召したらしい。
 嬉しそうにターバンの中に潜り込んで俺の頭に身体を擦り付けてきた。

「落ちるなよ。今日上手くいけばデルトフィアに帰れるから、そしたらお前を待ってるお母さんにも会えるからな」

 そう言うと、心なしかメルは緊張したような声で「ぴ」と小さく鳴いた。

 その時、どこからか扉を叩く小さな音が聞こえた。
 鈴宮には呼び鈴がないのが不便だが、そこまで広くない建物なので一階の物音もなんとなく聞こえる。
 俺は寝室を出て階段を降りると、玄関にはすでに扉を開けたマスルールが立っていた。手に昨日の夜と同じ籠を持っていた彼は、俺が頭にターバンを巻いているのを見て少し眉を上げた。

「おはようございます。わざわざありがとうございます」

 朝食を持ってきてくれたんだな、と思って駆け寄りながら、俺は昨日の夜イラムの一層に怪しい奴らが潜り込んでいたという事実を報告するかどうか迷った。
 しかしそうすると、オズワルドとメルのことがついでに明るみになるかもしれないし、俺もこっそり下に降りたことがバレる。
 そう考えて、話すのはまだ保留することにした。盗賊みたいな奴らはオズワルドが気絶させたまま放置したから、きっと誰かに発見されて通報されただろう。

 特に何の表情も浮かべずに俺に籠を渡した彼は、挨拶を返すでもなくおもむろに口を開いた。

「グウェンドルフという名前に聞き覚えはありますか」
「…………え? はい?」

 思いもしない名前が彼の口から出て、思わずマスルールの顔を二度見すると、俺の顔を観察していた彼は疲れた顔に眉を寄せてため息を吐いた。

「今、デルトフィアの公爵家からグウェンドルフ・フォンフリーゼという名前の方が、子供と馬を連れてあなたを返すようにと地上の王宮に乗り込んで来ているそうです。返さなければ勝手に探し出して連れて帰るとおっしゃっているそうなのですが、お知り合いですか」
「え?……あ、はい」

 え?

 乗り込んで、来てる……?

 早くない?!

 オズが探しに行って来ると言ったのは昨日の夜中だぞ。それにしたって早すぎるだろう。
 オズはどこでグウェンを見つけてきたんだ?!

 そんで子供と馬って言った?
 それってウィルとベルのことだよな?!

 驚きすぎて逆にリアクションが薄くなってしまった。

 来てるのか?

 もう地上に?

 頭で理解した途端に心臓がドコドコ音を立て始めた。
 半分フリーズしている俺を見て、マスルールは微かに首を傾けた。

「城壁の兵士が全く相手にならなかったそうです。こちらとしても宮殿の中を勝手に探し回られるのは困るので、とりあえず官吏の者が城壁近くの部署で留めているそうですが、力で追い返せる相手でしょうか」

 それを聞きに来たの?

 予想の斜め上の質問に俺は口を半開きにしてマスルールを見上げた。

 あいつ何したんだ。警備の人を蹴散らして入ってきたのか。

「あの、ご迷惑をおかけしてるみたいで、すみません。彼は一応、うちの国の騎士団長なので、魔法も剣も使えるマスルールさんが行けば、多分なんとか、その場に留めるくらいは……」

 思わず正直に話してしまった。
 マスルールの全力を俺は知らないが、そもそもある程度魔法が使える人間が相手じゃないと話にもならないだろう。 

 俺がそう言うと、彼はまたため息を吐いて頭を軽く押さえた。

「それはつまり、やり合ったら王宮の中はただでは済まないということですね。……どうしてこう、次から次へと……」

 疲労に倒れてしまいそうな哀れな側近を見上げながら、俺は機嫌をうかがうように首を傾げた。

「状況を説明しに会いに行ったら、ダメですか?」

 思い切ってお願いしてみると、マスルールは眉間に皺を寄せた。
 
「あの、暴れないようにと、とりあえずそれだけ言い聞かせてくるので、俺が下に行くか、彼をイラムまで上げてもらえることは出来ないでしょうか……」

 微かな期待を胸に見上げると、しばらく無言で俺を見たマスルールは眉間に深い皺を寄せたまま大きくため息を吐いて、無言で踵を返した。

「あの、マスルールさん?」

 呼びかけると、彼は振り向かずに硬い声を出した。

「じきに鐘が鳴ります。会いに行くならすぐに向かわなければ間に合いません」

 それを聞いて俺は目を見開く。

 慌てて籠を玄関に置いて、彼の大きな背中を追いかけて玄関から走り出た。

「それは、会いに行ってもいいってことですか?」

 予想外すぎる展開に声がうわずった。

 え、いいの?
 本当に?
しおりを挟む
感想 536

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢の兄でしたが、追放後は参謀として騎士たちに囲まれています。- 第1巻 - 婚約破棄と一族追放

大の字だい
BL
王国にその名を轟かせる名門・ブラックウッド公爵家。 嫡男レイモンドは比類なき才知と冷徹な眼差しを持つ若き天才であった。 だが妹リディアナが王太子の許嫁でありながら、王太子が心奪われたのは庶民の少女リーシャ・グレイヴェル。 嫉妬と憎悪が社交界を揺るがす愚行へと繋がり、王宮での婚約破棄、王の御前での一族追放へと至る。 混乱の只中、妹を庇おうとするレイモンドの前に立ちはだかったのは、王国騎士団副団長にしてリーシャの異母兄、ヴィンセント・グレイヴェル。 琥珀の瞳に嗜虐を宿した彼は言う―― 「この才を捨てるは惜しい。ゆえに、我が手で飼い馴らそう」 知略と支配欲を秘めた騎士と、没落した宰相家の天才青年。 耽美と背徳の物語が、冷たい鎖と熱い口づけの中で幕を開ける。

超絶美形な悪役として生まれ変わりました

みるきぃ
BL
転生したのは人気アニメの序盤で消える超絶美形の悪役でした。

悪役令息を改めたら皆の様子がおかしいです?

  *  ゆるゆ
BL
王太子から伴侶(予定)契約を破棄された瞬間、前世の記憶がよみがえって、悪役令息だと気づいたよ! しかし気づいたのが終了した後な件について。 悪役令息で断罪なんて絶対だめだ! 泣いちゃう! せっかく前世を思い出したんだから、これからは心を入れ替えて、真面目にがんばっていこう! と思ったんだけど……あれ? 皆やさしい? 主人公はあっちだよー? ユィリと皆の動画をつくりました! インスタ @yuruyu0 絵も動画もあがります。ほぼ毎日更新 Youtube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます。動画を作ったときに更新 プロフのWebサイトから、両方に飛べるので、もしよかったら! 名前が  *   ゆるゆ  になりましたー! 中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー! ご感想欄 、うれしくてすぐ承認を押してしまい(笑)ネタバレ 配慮できないので、ご覧になる時は、お気をつけください!

【完結】悪役令息の役目は終わりました

谷絵 ちぐり
BL
悪役令息の役目は終わりました。 断罪された令息のその後のお話。 ※全四話+後日談

竜帝陛下の愛が重すぎて身代わりの落ちこぼれ薬師は今日も腰が砕けそうです 〜呪いを解いたら一生離さないと宣言されました〜

レイ
BL
「死ぬ覚悟はできています。でも、その前に……お口、あーんしてください」 魔力を持たない「無能」として実家で虐げられていた薬師のエリアン。 彼に下されたのは、触れるものすべてを焼き尽くす「死の竜帝」ヴァレリウスへの、身代わりの婚姻だった。

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない

了承
BL
卒業パーティー。 皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。 青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。 皇子が目を向けた、その瞬間——。 「この瞬間だと思った。」 すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。   IFストーリーあり 誤字あれば報告お願いします!

性悪なお嬢様に命令されて泣く泣く恋敵を殺りにいったらヤられました

まりも13
BL
フワフワとした酩酊状態が薄れ、僕は気がつくとパンパンパン、ズチュッと卑猥な音をたてて激しく誰かと交わっていた。 性悪なお嬢様の命令で恋敵を泣く泣く殺りに行ったら逆にヤラれちゃった、ちょっとアホな子の話です。 (ムーンライトノベルにも掲載しています)

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。