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第二部
四十九話 蕾の薔薇と世の喜び《承接》前①
しおりを挟む「袋に入りたくないって言ったって、じゃあどうするつもり?」
翌朝になって、俺はベッドの上でタオルと戯れている不死鳥の雛に話しかけた。
夜は俺の枕元でタオルに包まれながら寝ていた雛は、朝になったら俺の顔の上にいた。ふわふわの羽毛が瞼を撫でる感覚で飛び起きた。
夜中に戻ってきてから俺は人騒がせな王子の記憶が消えることを恐れてギリギリまで睡魔と闘っていたが、結局明け方うたた寝してしまったらしい。起きたら雛が額の上に乗っていたのでぎょっと飛び起きて、そしたら雛はぴょんと上手にジャンプしてベッドの上に着地した。生後一日とは思えないほど脚力がある。
早速好奇心が湧いてきたのか、雛は袋の中に仕舞われることを嫌がった。
とはいえ、そのまま抱えて歩くことはできない。
とりあえず昨日オズワルドがくっつけ直した卵の殻をタオルで包んで鞄の中にしまった。
朝起きてから俺はまたオズのことを忘れていたが、雛と卵の殻を見てすぐに思い出した。昨日よりもパニックにならずに済んだので、俺は左手の甲と腕に『全部オズワルドのせい』とペンで書いておいた。これで当分奴を忘れないだろう。
鞄に入るのを嫌がる雛にどうしたいのか聞くと、小さな赤い小鳥は俺が言っていることを理解しているというように首を傾げ、ベッドの上をぴょこぴょこ飛んで俺の方へ近寄ってきた。
俺が両手で掬って持ち上げると、雛は手の上でぴょんと軽く跳ねてから大きく跳躍して俺の頭の上に乗った。
「おわっ、大丈夫か?」
脚の力はしっかりしているとはいえ、落ちないか心配になって手で支えようとすると、「ぴぃ」と鳴いてその手を避けた雛は俺の頭の上に落ち着いてしまった。髪の毛が少し引っ張られて、頭皮に踏ん張っている脚がちょっと痛いが、見晴らしがよくなって機嫌がいいのか雛は「ぴぃ」と満足げな声を上げてそこに収まってしまった。
さすがに、そこにいられたらまずいんじゃないだろうか。皆にバレるし。
悩んだ末、クローゼットの中から昨日の夜マスルールが置いていってくれたターバンの中の一枚を手に取る。巻き方はよくわからないが、黄色のターバンを頭の上に被ってそれらしく巻いてみる。雛は俺の手を器用に避けながら頭の上に居座っていた。まだ産まれて一日も経っていないのに不死鳥の生命力には驚くばかりだ。ベルは拾った時は生後数ヶ月くらいだったが、ベルの方がよほど手がかかったと思う。それはそれで可愛かったけど。
「うーん、でもダメだ。ターバンに上手く隠れてても、お前の羽根の色は目立つから見つかっちゃうよ」
そう言ってクローゼットの扉の内側についている鏡を見て肩をすくめたら、雛は鏡越しに俺と目を合わせて瞬きした。
そして次の瞬間その羽と体毛の赤い色がふわりと金色に変わった。
「え」
雛の明るく輝く緑色の瞳が一瞬青みが濃くなったのを見た気がした。
俺の髪の色と完全に同化した雛は、もぞもぞとターバンの中に隠れてその存在は一眼見ただけではわからなくなる。すっかり擬態してしまった雛を目を見開いて見つめた俺は、不死鳥はそんなことができるのかと感心してしまった。
「ぴぃ」
心なしか誇らしそうな声で雛が鳴く。
「わかったよ。じゃあこれでやってみよう。見つからないように大人しくな。でも危なくなったり落ちそうになったら鞄の中に入れるからね」
「ぴ」
了解した、というような雛の声を聞いておれは苦笑した。
「そういえば、もうあと一日とはいえ、お前の名前を決めておかないと不便だな」
俺が勝手につけるのは気が引けるが、じゃないと頭の上に呼びかける時に困る気がする。
本当の名前はデルトフィアに帰ってからじっくり考えてもらうことにして、愛称くらいならつけてしまっても構わないだろうか。
「ぴぃ!」
鏡を見ると雛がターバンから顔を出して頷く。
本当に俺が言っていることがわかるみたいだな。賢い雛だ。うちのベルも賢くて優しい良い子だからデルトフィアに帰ったら一緒に遊んで友達になれるかもしれない。
「じゃあ、うーん……ぴーちゃんは?」
そう言うと、雛は無言になって俺の頭の上を脚で踏みつけてきた。
「いたっ、痛いよダメってこと?」
「ぴぃ」
気に入らないらしい。
確かに、不死鳥にその名前はちょっとそぐわないか。かわいいと思うんだけどな。
「うーん。……じゃあメルはどう? お前の金色の羽、蜂蜜みたいで綺麗だから」
「ぴぃ!」
今度はお気に召したらしい。
嬉しそうにターバンの中に潜り込んで俺の頭に身体を擦り付けてきた。
「落ちるなよ。今日上手くいけばデルトフィアに帰れるから、そしたらお前を待ってるお母さんにも会えるからな」
そう言うと、心なしかメルは緊張したような声で「ぴ」と小さく鳴いた。
その時、どこからか扉を叩く小さな音が聞こえた。
鈴宮には呼び鈴がないのが不便だが、そこまで広くない建物なので一階の物音もなんとなく聞こえる。
俺は寝室を出て階段を降りると、玄関にはすでに扉を開けたマスルールが立っていた。手に昨日の夜と同じ籠を持っていた彼は、俺が頭にターバンを巻いているのを見て少し眉を上げた。
「おはようございます。わざわざありがとうございます」
朝食を持ってきてくれたんだな、と思って駆け寄りながら、俺は昨日の夜イラムの一層に怪しい奴らが潜り込んでいたという事実を報告するかどうか迷った。
しかしそうすると、オズワルドとメルのことがついでに明るみになるかもしれないし、俺もこっそり下に降りたことがバレる。
そう考えて、話すのはまだ保留することにした。盗賊みたいな奴らはオズワルドが気絶させたまま放置したから、きっと誰かに発見されて通報されただろう。
特に何の表情も浮かべずに俺に籠を渡した彼は、挨拶を返すでもなくおもむろに口を開いた。
「グウェンドルフという名前に聞き覚えはありますか」
「…………え? はい?」
思いもしない名前が彼の口から出て、思わずマスルールの顔を二度見すると、俺の顔を観察していた彼は疲れた顔に眉を寄せてため息を吐いた。
「今、デルトフィアの公爵家からグウェンドルフ・フォンフリーゼという名前の方が、子供と馬を連れてあなたを返すようにと地上の王宮に乗り込んで来ているそうです。返さなければ勝手に探し出して連れて帰るとおっしゃっているそうなのですが、お知り合いですか」
「え?……あ、はい」
え?
乗り込んで、来てる……?
早くない?!
オズが探しに行って来ると言ったのは昨日の夜中だぞ。それにしたって早すぎるだろう。
オズはどこでグウェンを見つけてきたんだ?!
そんで子供と馬って言った?
それってウィルとベルのことだよな?!
驚きすぎて逆にリアクションが薄くなってしまった。
来てるのか?
もう地上に?
頭で理解した途端に心臓がドコドコ音を立て始めた。
半分フリーズしている俺を見て、マスルールは微かに首を傾けた。
「城壁の兵士が全く相手にならなかったそうです。こちらとしても宮殿の中を勝手に探し回られるのは困るので、とりあえず官吏の者が城壁近くの部署で留めているそうですが、力で追い返せる相手でしょうか」
それを聞きに来たの?
予想の斜め上の質問に俺は口を半開きにしてマスルールを見上げた。
あいつ何したんだ。警備の人を蹴散らして入ってきたのか。
「あの、ご迷惑をおかけしてるみたいで、すみません。彼は一応、うちの国の騎士団長なので、魔法も剣も使えるマスルールさんが行けば、多分なんとか、その場に留めるくらいは……」
思わず正直に話してしまった。
マスルールの全力を俺は知らないが、そもそもある程度魔法が使える人間が相手じゃないと話にもならないだろう。
俺がそう言うと、彼はまたため息を吐いて頭を軽く押さえた。
「それはつまり、やり合ったら王宮の中はただでは済まないということですね。……どうしてこう、次から次へと……」
疲労に倒れてしまいそうな哀れな側近を見上げながら、俺は機嫌をうかがうように首を傾げた。
「状況を説明しに会いに行ったら、ダメですか?」
思い切ってお願いしてみると、マスルールは眉間に皺を寄せた。
「あの、暴れないようにと、とりあえずそれだけ言い聞かせてくるので、俺が下に行くか、彼をイラムまで上げてもらえることは出来ないでしょうか……」
微かな期待を胸に見上げると、しばらく無言で俺を見たマスルールは眉間に深い皺を寄せたまま大きくため息を吐いて、無言で踵を返した。
「あの、マスルールさん?」
呼びかけると、彼は振り向かずに硬い声を出した。
「じきに鐘が鳴ります。会いに行くならすぐに向かわなければ間に合いません」
それを聞いて俺は目を見開く。
慌てて籠を玄関に置いて、彼の大きな背中を追いかけて玄関から走り出た。
「それは、会いに行ってもいいってことですか?」
予想外すぎる展開に声がうわずった。
え、いいの?
本当に?
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