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第二部

九十九話 運命の鍵 前①

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 アシュラフの腿に刺さったままだった短剣はすぐに引き抜かれ、彼は自分で治癒魔法をかけて傷を塞ぐと血で汚れた剣をマスルールから差し出された手巾で拭った。

「ロレンナ、君がこの剣を肌身離さず持っていてくれたお陰だね。ありがとう」

 アシュラフはそう言いながら皆を見回して、すぐに不思議そうな顔になった。

「あれ、ロレンナは……?」

 そう言われて俺も周りを見回すと、確かにロレンナがいなかった。

「ロレンナさん、いつのまにいなくなってたんだ? さっき下から戻ってきた時は一緒にいたよな」

 オズを見つけて鈴園に戻ってきたときは、一緒にいたはずだった。もしかしてアシュラフの呪いが解ける前に何処かに出かけて行ったのか。イリアも戸惑った顔でロレンナを探している。

「陛下の呪いが解けたって聞いたら絶対喜びそうなのに、変ですね」

 俺の声にルシアも首を傾げながら周りを見回している。

「あの、先ほどから、ライラさん達もいません」

 リリアンが控えめに声をかけてきて、俺はもう一度周りを見回した。確かに双子の姿も見えない。
 二人はアシュラフの呪いを解く時には確かにこの場にいたはずだが、いつの間に姿を消していたんだろう。

「自分達の鈴宮に戻ったのかな。それとも媒体の調合に問題でもあったのか」

 ライルは解呪の媒体を持っているから、何か調整することがあって鈴宮に戻っているのかもしれない。
 そう思って首を捻ると、考え込むような顔をしていたルシアが思い出したように俺を見た。

「レイナルド様、もしかしてロレンナさんはスイード殿下という方を呼びに行かれたんじゃ」

 その言葉を聞いて、俺はさっきオズを探しに行く前にマスルールがしていた話を思い出す。
 確か、スイード殿下という人は、呪いが解けるという話しを信じずにイラムの部屋に閉じこもったままだと言っていた。その人はロレンナとマスルールのお父さんだから、彼女は心配して様子を見に行ったのかもしれない。

「確かにさっき、ロレンナさんは自分が話しに行こうかって言ってたよな。マスルールさん、スイード殿下はまだイラムの宮殿にいるんですよね」
「はい」

 マスルールが硬い表情で頷いた。
 だとしたら、アシュラフから離れた悪魔がそっちに向かう可能性もある。

「アシュタルトが残りの皇族を狙う可能性がある。すぐにアルフ殿下とスイード殿下の呪いを解かないと。今所在がわかっているのはスイード殿下の方ですね」

 俺の言葉を聞いてマスルールがまた頷いた。

「父はイラムの下層にある自分の宮におります」
「レイナルド、あの双子がいないなら早急にスイード殿下を探した方がいいと思うよ」

 突然離れた場所から話を割るようにして声をかけられ、俺はその聞き慣れた声を振り返った。
 オズワルドがルシアの鈴宮の方から歩いてきた。回復したのかさっきよりは顔色はかなり良くなり、足取りもしっかりしている。彼の後ろにはライネルとサラも一緒にいた。

「殿下、もう動いて大丈夫なのですか」
「大丈夫大丈夫。何だか騒がしいから様子を見にきた。アシュラフ皇帝の呪いは解けたの? ああ、上手くやったみたいだね。はじめまして、アシュラフ陛下」

 声を上げたマスルールにひらひらと手を振って、オズワルドは俺の側に立つアシュラフを見つけると爽やかな笑みを浮かべた。
 だいぶ調子を取り戻してきたらしい。俺からするとってんな、と思うがオズは鷹揚な王子様を気取っていた方が自分に自信が持てると言っていたから、俺は知らないフリをしてやることにする。

「ライラ達を早く探した方がいいってどういうことだよ」

 アシュラフが挨拶を返す前に横から口を挟むと、オズは少し首を捻りながら俺を見た。

「俺もまだ確信はないんだけど、あの双子の狙いは多分最初からスイード殿下だろうと思う」
「え?」

 二人の狙いがスイード殿下?
 狙いってなんだ?

 急におかしなことを言い始めたオズワルドに訝しげな声が漏れた。
 ルシアやリリアン達もオズの発言に戸惑いの表情を浮かべたが、宰相とマスルール、それからアシュラフだけはそう言われても表情を変えなかった。
 それを見て俺は更に眉を顰める。

「多分ね。だから急いだ方がいい。アシュラフ陛下の解呪が落ち着いたなら、スイード殿下のところに行こう」

 オズにそう急かされて、戸惑いつつも皆でイラムの一層に降りることにした。どちらにしろスイード殿下の呪いを解く必要があるし、ロレンナも探さなければならない。
 入れ違いを避けるためにイリアを鈴園に残して、全員で下の宮殿に降りた。
 ウィルとベルは寝ていてもらおうかとも思ったが、残していくのも心配なので起こして連れて行った。


「すまないが、私は一旦地上に戻る。陛下が元に戻られたことを急ぎ皆に報告しなければ。退位させようとする動きを牽制して来よう」

 宰相がそう言って魔法陣のある部屋の扉の前で別れた。

「私はダーウード様を送り届けてから、すぐに戻ります」
「従兄上、叔父上のことは私にまかせて。地上でアルフを見つけたら必ず連れて来てほしい」

 アシュラフの言葉に頷いたマスルールが宰相と共に廊下の奥へ消えた。



「スイード殿下は宮殿の中じゃなくて、離宮にいるのか?」

 その先はアシュラフが案内してくれることになり、そう尋ねると先頭を歩く彼は頷いた。

「はい。母上達は試験のために裏の池には行ったことがあると思いますが、叔父上の離宮はそれとは反対側にあります」
「母上?」

 後ろから声がしてちらりと振り返った。俺の隣にはグウェンがいて、まだ寝ぼけているウィルを抱っこしながら歩いている。
 後ろを歩いているのはオズワルドで、彼は不思議そうな顔をしてアシュラフを見ていた。そういえば彼はさっきアシュラフが復活した時にはいなかったから、皇帝が俺を母上と呼んでいる経緯を知らない。 

「オズワルド殿下、先ほどはご挨拶が途中でしたね」

 アシュラフがちらりとオズを振り返りながら温厚な微笑みを浮かべた。

「あなたのことは大体分かっています。私の大事な母上に魔力封じの首輪を嵌めたお騒がせ王子」
「…………ん?」

 突然言い捨てられたオズワルドは挨拶を返そうとして柔和な顔を作ったまま固まり、救いを求めるように俺を見た。
 俺はそれに「事実だろう」と真面目な顔で返しておいた。俺の隣でグウェンも頷いている。
 アシュラフが穏やかな笑みのまま俺の頭の上にいるメルを親しげに眺め、オズに含みのある視線を送った。

「ああ、突然すみません。私はさっきまで不死鳥の中にいて、一昨日母上と一緒にあなたにも会っているので初めて会った気がしないんです。オズワルド王子殿下」
「……え? 不死鳥の中に……?」

 またしても大混乱、という顔をしているオズワルドを俺は生暖かい目で見た。
 オズの後ろにいるライネルも状況が謎、という顔をしているが生憎ゆっくり噛み砕いて説明するのは面倒だし、時間もない。

「あのな、アシュラフは、メルが生まれる前に自分の身体から不死鳥の卵の中に逃げ込んでて、卵が孵ってからはメルの中に一緒にいたんだ。母上っていうのは俺のことだけど、まぁ、つまりそういうことだ」

 雑に説明すると、オズワルドは間抜けな顔で前を歩くアシュラフの後頭部を見つめていた。「そういうことってどういうことだよ」とオズの後ろでライネルがぼやいているがそのツッコミは黙殺する。

「オズ、深く考えるな、受け入れろ。それよりもさっき言ってたライラとライルの狙いがどうこうって、何の話だ。なんでお前がライラたちのことにそんな詳しいんだよ」

 間の抜けたやり取りは早々に切り上げ、俺は仕切り直して真面目なトーンでオズに問いかけた。
 まだ混乱している様子のオズワルドは、若干引き気味の顔のまま頭を軽く振った。もう突っ込みたいことは忘れることにしたのか、少し足を早めてグウェンとは逆側の俺の横まで歩いて来る。
 少し離れたところを歩いていたベルがそれを見て慌てて俺とオズの間に割って入った。
 オズはベルに場所を譲って俺から少し離れ、横から様子を見ていたグウェンがよくやったという目でベルを見ていた。

「あの双子に詳しいっていうか……君と見たサーカスであの双子、スイード殿下を呪っていただろう」
「え?」

 突然思いもしないことを口に出したオズワルドは、考えるような顔をしながらちらりとアシュラフの方を見て言葉を続けた。

「その後会った酒場でもそうだ。ライル、が妹の方だっけ? そっちの子はずっと呪詛を唱えてたよ。歌の方がわかりやすかったかな。俺はラムルの民族言語が少しわかるしピンときたけど、普段あの子がそんなに話さなかったなら、皆は気づかなかったかもしれないね。最初はスイードって名前の人が誰か分からなかったけど、マスルールの父親の名前だって知ってそういうことかと思っただけ。確信はないけど」

 呪詛?

 ライルが?

 思い出しても、ライルがそんなことを話していた記憶はない。
 それに、双子がマスルールの父親を呪う理由がわからない。
 ようやくアシュラフの件が片付いたと思ったら、なんだかまた怪しい展開になってきた。

 本当に呪いなんてかけてたのか? あの子達が?
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