悪役令息レイナルド・リモナの華麗なる退場

遠間千早

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第一部

六十五話 紫百合シスター その後①

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 議場が大混乱に陥ったため、その日はそれで散会となった。
 逃走したバレンダール公爵を追って、護衛騎士団と警備隊がバレンダール公爵領の邸宅に向かったらしい。
 容疑が晴れた俺は無事無罪放免で、後日総帥と神官長に招集されるとのことでルシアとミラード卿とファゴット子爵を騎士団に引き渡した後は自宅に戻れる。はずだった。

「ちょ、ちょっと待ってグウェン」

 有無を言わさず病院からグウェンドルフに連れ去られ、懐中時計で彼の家に転移させられた後、あれよあれよという間に家の中に上がり込み引き摺られるように階段を上っていた。ちなみにベルはグウェンの魔法で毛の色と角を隠した後、一階にいたマーサに託された。彼女は動物が好きだったのか、「まぁまぁ」と嬉しそうに笑ってベルをキッチンへ連れて行ったらしい。ベルも初めての家に興味津々でついて行った。

「ねぇちょっと。俺一回家に帰らないと」
「後だ」

 俺の手首を掴んでいるグウェンドルフの腕からは絶対に離さないという固い意志を感じる。
 彼は自分の部屋の扉を開けると俺を中に引き摺り込んだ。

「だって家族にまだ報告してないし、それにウィルだって心配して」
「レイナルド」

 俺の文句をすげなく遮って、真っ直ぐ部屋の隅にあるベッドに引き摺られるとそのまま押し倒された。
 ぼふっと背中から柔らかいシーツに落ちる。
 ギッと音を鳴らしてベッドに乗り上げてきたグウェンドルフを見上げて、俺は眼を見開いて固まった。
 顔の横に手をついた彼が俺を見下ろして眉を寄せる。

「全部、後だ」

 静かなトーンだけど何か怒りのオーラを感じる。
 俺は開きかけていた口を閉じた。

「君は、私をどうにかさせたいのか」

 憤ろしいものを飲み込むような顔をして、グウェンドルフは怒りとも恐れともつかない微妙な表情を見せた。

「無茶をするなと言っても、君は次の瞬間には拉致されているし、陥れられるし、挙げ句爆発に巻き込まれまた死にそうになっている。心配などという安直な気持ちはもう通り越した。君は、もう、なんと言うのか、このままここに縛り付けておいた方がいいのではないか」

 据わった目で恐ろしいことを言い始めるグウェンに、俺は「とりあえず落ち着け」と返してベッドの上に仰向けになったまま両手をホールドアップした。

「あの、今回の勾留については俺もタイミングとしては予想外っていうか、最後のあれも心配かけて悪かったなと思ってるし、その、落ち着いて冷静に話し合わない?」

 ベッドに押し倒されたままで内心あわあわしていた俺は、場を切り替えようと上げた手でグウェンドルフの肩を押して上体を起こす。

「嫌だ」

 すげ無くそう言い放ったグウェンドルフに肩を掴まれてまたばふっとベッドの上に押し倒された。

 嫌だって、なんだよ。
 話し合いくらいさせろ。

 文句を言おうとしたら口を唇で塞がれた。
 今までの軽く触れるキスじゃなくて、がっつり食らいついて来るかんじのやつ。

「んんっ」

 驚いて顔を振って逃れようとしたら、頭を両手で掴まれて固定された。仕方なく強く吸い付いてくる唇になすがままになっていると、短い息継ぎの合間に唇が一瞬離れ、グウェンの親指が俺の口の端に突っ込まれた。そのまままた口付けられて、無理矢理開けられた隙間から彼の舌が入ってくる。

「んっ?!」

 指を噛まないように口を開けると、好き勝手動き回るグウェンの舌が俺の舌を舐めた。ぞくりと背筋が粟立つ。

 こいつ。
 キレてるのをいいことに好き放題やりやがって。

 あとは俺が答えるだけだったとしても、俺たち一応まだグレーゾーンだぞ。なし崩しにしようとするんじゃない。

 頭がふわふわして何も考えられなくなる前に抗議の声を上げようとして、ふと考えた。 
 思えば、グウェンドルフは今まで「嫌だ」なんて言って駄々をこねたことなんてあるんだろうか。きっとそんなふうに自分の意思を伝えたことなんて、ないんじゃないのか?

 俺が相手だったらそんなことも出来るのか。そう思ったら、何となく愛しくなってめちゃくちゃにされているにも関わらず口元が緩んだ。

「んっ、は、……グウェン」

 少し笑いながらそう呼びかけたら、グウェンドルフは少し冷静になったのか俺から口を離して指を引き抜いた。

 まだ眉間に皺の寄っている顔にそっと手を伸ばして触れる。

「ごめんな。お前にそんな顔させたい訳じゃなかったんだ」

 素直にそう謝ると、グウェンドルフは頬に触れている俺の手を上から握った。

「君は、無茶をしないと言っただろう」

 静かな声で憮然とした表情で告げる彼に、俺はもう一度素直に「ごめんなさい」と謝る。

「私は何度も確認したはずだ。無茶はするなと」
「うん」
「議場が吹き飛んだ後」

 待って。議場って、吹っ飛んだのか!?

 衝撃の事実に俺は目を丸くする。

「君の姿が見えなかった時、心臓が止まるかと思った」

 険しい顔で唇を噛むグウェンドルフに「ごめんな」と眉尻を下げる。

「君にもしものことがあったら、君を糾弾したにも関わらず私の後ろに逃げ込んだ奴らを全員八つ裂きにしているところだった」

 ……こえーよ!

「奴らの顔と名前は頭に入っている」
「今すぐその物騒な情報は忘れろ」

 俺は顔を引き攣らせてグウェンの顔に触れていない方の手で彼の頭を撫でた。
 
 言うなら今しかない。
 この流れで言うんだ。
 今を逃したら、俺はまた恥ずかしくなってきっといつまでもタイミングをうかがい続けることになる。
 思い切って今、言ってしまえ。

 俺はグウェンドルフの肩をそっと押して上体を起こした。今度は邪魔されなかった。
 まだ複雑な顔をしているグウェンを少し見上げて、その墨色の瞳を真っ直ぐ見つめた。

「……好きだよ、グウェン。俺もお前が好きだ」

 そう言うと、グウェンドルフは瞬きして、息を飲んだ。
 剣のある雰囲気が収まると、俺の顔を凝視してくる。
 見つめ合っているのがさすがに恥ずかしくなって俺は眼を逸らした。

「だからさ、これからは一緒にいるってことで、いいじゃん。そしたら俺も今回みたいな無茶苦茶な事件に関わるなんてこと、もうそうそう無いだろうし。一緒にいれば、もし何かに巻き込まれても、お前が助けてくれるだろ? 俺もグウェンがピンチになったら助けるから」

 照れながらなんとか言い切った。
 なんか結局普通なことしか言えなかったけど、今はこれが限界だから汲んでほしい。

 俺が言ったことを消化するような間があって、グウェンドルフがぽつりと聞いてきた。

「側にいてもいいということか」
「うん。いて」
「君に、触れてもいいのか」
「うん」
「いつでも」
「うん」

 顔を上げて頷くと、グウェンドルフは俺に腕を伸ばしてそっと引き寄せてから、俺の背中に腕を回してゆっくりとした動作で抱きしめてきた。さっきの性急さが嘘のように動きがぎこちない。
 本当に抱きしめてもいいのかうかがうような動きだったから、俺からグウェンの身体にもたれかかった。そうするとさっきよりは腕の力が強くなったが、力を入れたら壊れてしまうというように、でも離したくないという切実さを感じさせる強さで抱きしめられた。

「嬉しい」

 そう小さくこぼすような声で漏れたグウェンの言葉に、俺は頬を緩める。

「お待たせ」

 いや、よく考えたらそんなに待たせてはないな。
 どちらかと言うとスピードゴールインになるはずだ。
 全てのことが立て続けに起こったせいで、随分時間が経ったように感じるだけで。

 俺はグウェンの腕の中で身動きすると彼の首に腕を回して引き寄せて、思い切って今度は自分からキスをした。
 一瞬身体を硬らせた彼は、すぐに唇を深く合わせてくる。

「ん」

 グウェンの舌が入ってきても今度は抵抗しない。
 勝手がわからなくて少し戸惑うけど、俺からも控えめに舌を合わせた。
 口の中で舌が擦れ合うと、頭の奥に初めて感じる甘い痺れが走る。

「んっ……ふ」

 しばらくキスに夢中になっていたら、ふっと体重が後ろにかかって背中がまたシーツに触れた。

「ん?」

 グウェンドルフの手が俺のシャツの上をなぞるように撫でてきて、俺は戸惑いながら目を開けた。
 黒い瞳と目が合う。

 いつもより少し熱の篭った黒い眼。


 あ、これ。


 まさかこいつ、このまま挑もうとしてる?





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