上 下
22 / 304
第一部

五十五話 錆色トラップ 後

しおりを挟む

「何故、ファネル総帥は近衛騎士団に被害があったと公にしているのか。大禍の後、各公爵家の家長だけが陛下に招集され、何らかの話があったようだ。それ以後、私の父を含め公爵達は皆口を閉ざした。一体何を口止めされたのか。私には分からないが、一つ言えることは」

 一度口を止めた公爵は、視線を上げて俺をじっと見た。

「ファネル総帥は、秘密裏に何かを企んでいるのではないかということだ。総帥の評価は、バレンダールの大禍の後めざましく上がった。それも、何か理由があるのではないかと思わずにはいられない。三年前と今回の結界襲撃事件も……」

 突然今回の事件に言及されて、俺は公爵をまじまじと見返す。
 公爵の榛色の瞳はいつも通りの穏やかさを保っているが、なんとなくそこに僅かな恐れが見えるような気がした。

「何故、ファネル総帥が関わる叡智の塔の卒業考査で、人手が薄い時を狙ったかのように襲撃されたのか。私は、何か裏があるのではないかと思っている」
「……」

 俺は何か言おうとして、でも途中でやめて結局黙ってしまった。
 総帥を擁護する言葉を出しても、今まで聞いていたバレンダールの大禍の話が嘘かどうかは俺には判断が出来ない。だからいくら総帥はそんな人ではないと言ったところで、バレンダール公爵の懸念を拭うことは結局のところ出来ないだろう。

「レイナルド君。君は今、ファネル総帥のご用聞きのように働いているそうだね。だから君が心配だった」

 眉尻を下げて心配そうな顔で気遣ってくれる公爵に、俺は小さく頷いた。

 総帥が、何か隠している気がする、というのは、実は俺も感じている。
 それが何かなのかはまだはっきりわかっていないけれど、時々総帥と話していて感じる違和感があることは確かだ。

「心配してくださって、ありがとうございます。正直、バレンタールの大禍については、俺も叡智の塔で学んだ以上のことはよく知りません。もう少し、調べてから判断したいと思います」

 それだけ言うと、バレンタール公爵は穏やかな顔で頷いた。

「そうだね、君も自分で調べてみると良い」
「あ、もちろん今の話は内密にってことですよね」

 だからわざわざ自分の私室に俺を呼んだんだろうし、俺も不用意に変な噂話を広めるのは本意じゃない。

「そうしてくれるかな。私も表立ってファネル総帥と敵対したい訳ではないから」

 バレンダール公爵がそう言ったとき、強めのノックの音が執務室の扉から聞こえた。

「どうしたかね」

 公爵がそう声をかけると、扉が開いて廊下から執事の男性が顔を出した。
 困惑したような顔をして公爵を見て、その後向かいに座っている俺を見た。何か含みのある顔で。

「それが、封印結界の護衛に当たっていた直属騎士団が来ておりまして」
「神殿の? 何故だね」
「はい、なんでも……」

 執事がそこまで言った時、バタバタと足音が聞こえて執務室の扉が全開で開いた。部屋に入ってきたのは、装備を身につけた騎士団の数人。
 俺とバレンタール公爵は驚いて立ち上がる。

「何事だ」

 公爵の厳しい声に「閣下、失礼します」と返した逞しい身体つきの騎士の一人が、俺の顔をびしっと指差した。

「本日、神殿の周囲に設置された魔物避けの結界が、何者かに破壊されました。イソルデ樹林の警備に当たっていた騎士によりますと、今日結界のある森に入った外部の人間はレイナルド卿のみ。速やかに彼を捕縛し、王都へ連行するべきです」
「魔物避けの結界が破壊された?」

 バレンタール公爵が唖然として、俺の顔を見た。
 その目に疑いの色が浮かぶ前に俺は大きく首を横に振った。

「いや、誤解です。俺は結界を破壊したりしてません」
「では、貴殿以外に誰が破壊したというのだ。結界にバジリスクの血が撒かれていたのだぞ!」

 またバジリスクか。

 俺は内心で嫌な予感を感じ始める。

「それで、神殿の内部は大丈夫なのか」
「は。神殿と聖堂には問題ありません」
「そうか、良かった」

 騎士とバレンタール公爵が話しているのを聞きながら、俺は思い出した。

 待てよ。
 そういえば、さっきイソルデの森の中で。

 俺はポケットから森で拾った小瓶を取り出した。
 瓶の底に、赤黒いシミがこびり付いている。血に見えないこともない。

「それは! それがバジリスクの血ではないのか?!」

 驚愕した顔で騎士が俺の手に持った小瓶を指差す。

「いや、これ拾ったんです。さっき森で」

 確かに、これを拾ったときには、魔物避けの結界には異常はなかったはすだ。だから、結界に血が撒かれたのはこの瓶を拾った後ということになる。

「そんな嘘が通用すると思っているのか?! 貴殿以外には森には誰も入っていないと言っているだろう!」

 確かに、それっぽいものを所持してしまってる以上、俺が怪しいよな。でも隠しておいて後で見つかったらその方がより怪しいから、今出して説明しておいた方がいいだろう。
 まぁしかし、俺以外に森に入った人間がいないんだったら、いくら説明してもここで疑いを晴らすのは難しい気はするが。

 どうやってこの状況を切り抜けようかと考え始めた時、また廊下の奥からドタドタと音がした。
 今度は部屋にいるのとは違う制服を着た騎士らしき一団が執務室に押しかけて来た。

「今度はなんです」

 バレンタール公爵が驚いた顔で騎士団の先頭にいた厳つい男性に問う。
 この緑色の制服は見覚えがあるな。確かミラード卿が同じような服を着ていた気がする。ということは、彼らは王宮の護衛騎士団か。

「バレンタール公爵閣下、突然のご無礼をお許しください。王宮より、至急容疑者を確保せよとのご命令でしたので」
「容疑者?」

 不穏なワードを耳にして、俺は思わず声を上げた。
 先頭の厳つい男が騎士団の責任者だったようで、手に持っていた厚手の紙を広げる。

「エリス公爵家のレイナルド・リモナ殿。貴殿には先般の結界襲撃事件の重要参考人として、只今より身柄を拘束させていただきます」

「……は?」

「現在、査問会の開催に向けて議員たちの招集がかけられており、準備が整うまでの間、貴殿は監視塔にて勾留となります。抵抗せず、我々に同行してください」

 そう言って俺の前に広げられた逮捕状には、確かに今告げられた内容が書かれており、最後に査問会の取締役の名前と陛下の名前がサインされていた。更に、念押しのように皇帝御璽がバーンと押されている。

 俺はあんぐりと口を開けて固まった。

 この展開、知ってる。

 ルシアが言ってた。
 バレンダール公爵領の結界を襲撃しようとした後、レイナルドが捕縛されて裁判にかけられるって。

 まさか、主人公不在のままダメナルドの断罪劇が始まってしまうとは。


 気をつけろ、とさっき総帥の部屋で俺に言ったグウェンドルフの不安げな顔が頭をよぎる。


 あれ、フラグだったのか。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

転生令息は冒険者を目指す!?

葛城 惶
BL
ある時、日本に大規模災害が発生した。  救助活動中に取り残された少女を助けた自衛官、天海隆司は直後に土砂の崩落に巻き込まれ、意識を失う。  再び目を開けた時、彼は全く知らない世界に転生していた。  異世界で美貌の貴族令息に転生した脳筋の元自衛官は憧れの冒険者になれるのか?!  とってもお馬鹿なコメディです(;^_^A

侯爵令息セドリックの憂鬱な日

めちゅう
BL
 第二王子の婚約者候補侯爵令息セドリック・グランツはある日王子の婚約者が決定した事を聞いてしまう。しかし先に王子からお呼びがかかったのはもう一人の候補だった。候補落ちを確信し泣き腫らした次の日は憂鬱な気分で幕を開ける——— ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 初投稿で拙い文章ですが楽しんでいただけますと幸いです。

イケメン王子四兄弟に捕まって、女にされました。

天災
BL
 イケメン王子四兄弟に捕まりました。  僕は、女にされました。

【完結済】(無自覚)妖精に転生した僕は、騎士の溺愛に気づかない。

キノア9g
BL
完結済。騎士エリオット視点を含め全10話(エリオット視点2話と主人公視点8話構成) エロなし。騎士×妖精 ※主人公が傷つけられるシーンがありますので、苦手な方はご注意ください。 気がつくと、僕は見知らぬ不思議な森にいた。 木や草花どれもやけに大きく見えるし、自分の体も妙に華奢だった。 色々疑問に思いながらも、1人は寂しくて人間に会うために森をさまよい歩く。 ようやく出会えた初めての人間に思わず話しかけたものの、言葉は通じず、なぜか捕らえられてしまい、無残な目に遭うことに。 捨てられ、意識が薄れる中、僕を助けてくれたのは、優しい騎士だった。 彼の献身的な看病に心が癒される僕だけれど、彼がどんな思いで僕を守っているのかは、まだ気づかないまま。 少しずつ深まっていくこの絆が、僕にどんな運命をもたらすのか──? いいねありがとうございます!励みになります。

孤独なまま異世界転生したら過保護な兄ができた話

かし子
BL
養子として迎えられた家に弟が生まれた事により孤独になった僕。18歳を迎える誕生日の夜、絶望のまま外へ飛び出し、トラックに轢かれて死んだ...はずが、目が覚めると赤ん坊になっていた? 転生先には優しい母と優しい父。そして... おや?何やらこちらを見つめる赤目の少年が、 え!?兄様!?あれ僕の兄様ですか!? 優しい!綺麗!仲良くなりたいです!!!! ▼▼▼▼ 『アステル、おはよう。今日も可愛いな。』 ん? 仲良くなるはずが、それ以上な気が...。 ...まあ兄様が嬉しそうだからいいか! またBLとは名ばかりのほのぼの兄弟イチャラブ物語です。

魔王討伐後に勇者の子を身篭ったので、逃げたけど結局勇者に捕まった。

柴傘
BL
勇者パーティーに属していた魔術師が勇者との子を身篭ったので逃走を図り失敗に終わるお話。 頭よわよわハッピーエンド、執着溺愛勇者×気弱臆病魔術師。 誰もが妊娠できる世界、勇者パーティーは皆仲良し。 さくっと読める短編です。

異世界で8歳児になった僕は半獣さん達と仲良くスローライフを目ざします。……やっぱり狙われちゃう感じ?

み馬
BL
※ 完結しました。お読みくださった方々、誠にありがとうございました! 志望校に合格した春、桜の樹の下で意識を失った主人公・斗馬 亮介(とうま りょうすけ)は、気がついたとき、異世界で8歳児の姿にもどっていた。 わけもわからず放心していると、いきなり巨大な黒蛇に襲われるが、水の精霊〈ミュオン・リヒテル・リノアース〉と、半獣属の大熊〈ハイロ〉があらわれて……!? これは、とある加護を受けた8歳児が、しゃべる動物たちとスローライフ?を目ざす、ファンタジーBLです。 おとなサイド(半獣×精霊)のカプありにつき、R15にしておきました。 ※ 独自設定、造語、下ネタあり。出産描写あり。幕開け(前置き)長め。第21話に登場人物紹介を載せましたので、ご参考ください。 ★お試し読みは、第1部(第22〜27話あたり)がオススメです。物語の傾向がわかりやすいかと思います★ ★第11回BL小説大賞エントリー作品★最終結果2773作品中/414位★応援ありがとうございました★

人生二度目の悪役令息は、ヤンデレ義弟に執着されて逃げられない

佐倉海斗
BL
 王国を敵に回し、悪役と罵られ、恥を知れと煽られても気にしなかった。死に際は貴族らしく散ってやるつもりだった。――それなのに、最後に義弟の泣き顔を見たのがいけなかったんだろう。まだ、生きてみたいと思ってしまった。  一度、死んだはずだった。  それなのに、四年前に戻っていた。  どうやら、やり直しの機会を与えられたらしい。しかも、二度目の人生を与えられたのは俺だけではないようだ。  ※悪役令息(主人公)が受けになります。  ※ヤンデレ執着義弟×元悪役義兄(主人公)です。  ※主人公に好意を抱く登場人物は複数いますが、固定CPです。それ以外のCPは本編完結後のIFストーリーとして書くかもしれませんが、約束はできません。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。