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第一部
五十五話 錆色トラップ 後
しおりを挟む「何故、ファネル総帥は近衛騎士団に被害があったと公にしているのか。大禍の後、各公爵家の家長だけが陛下に招集され、何らかの話があったようだ。それ以後、私の父を含め公爵達は皆口を閉ざした。一体何を口止めされたのか。私には分からないが、一つ言えることは」
一度口を止めた公爵は、視線を上げて俺をじっと見た。
「ファネル総帥は、秘密裏に何かを企んでいるのではないかということだ。総帥の評価は、バレンダールの大禍の後めざましく上がった。それも、何か理由があるのではないかと思わずにはいられない。三年前と今回の結界襲撃事件も……」
突然今回の事件に言及されて、俺は公爵をまじまじと見返す。
公爵の榛色の瞳はいつも通りの穏やかさを保っているが、なんとなくそこに僅かな恐れが見えるような気がした。
「何故、ファネル総帥が関わる叡智の塔の卒業考査で、人手が薄い時を狙ったかのように襲撃されたのか。私は、何か裏があるのではないかと思っている」
「……」
俺は何か言おうとして、でも途中でやめて結局黙ってしまった。
総帥を擁護する言葉を出しても、今まで聞いていたバレンダールの大禍の話が嘘かどうかは俺には判断が出来ない。だからいくら総帥はそんな人ではないと言ったところで、バレンダール公爵の懸念を拭うことは結局のところ出来ないだろう。
「レイナルド君。君は今、ファネル総帥のご用聞きのように働いているそうだね。だから君が心配だった」
眉尻を下げて心配そうな顔で気遣ってくれる公爵に、俺は小さく頷いた。
総帥が、何か隠している気がする、というのは、実は俺も感じている。
それが何かなのかはまだはっきりわかっていないけれど、時々総帥と話していて感じる違和感があることは確かだ。
「心配してくださって、ありがとうございます。正直、バレンタールの大禍については、俺も叡智の塔で学んだ以上のことはよく知りません。もう少し、調べてから判断したいと思います」
それだけ言うと、バレンタール公爵は穏やかな顔で頷いた。
「そうだね、君も自分で調べてみると良い」
「あ、もちろん今の話は内密にってことですよね」
だからわざわざ自分の私室に俺を呼んだんだろうし、俺も不用意に変な噂話を広めるのは本意じゃない。
「そうしてくれるかな。私も表立ってファネル総帥と敵対したい訳ではないから」
バレンダール公爵がそう言ったとき、強めのノックの音が執務室の扉から聞こえた。
「どうしたかね」
公爵がそう声をかけると、扉が開いて廊下から執事の男性が顔を出した。
困惑したような顔をして公爵を見て、その後向かいに座っている俺を見た。何か含みのある顔で。
「それが、封印結界の護衛に当たっていた直属騎士団が来ておりまして」
「神殿の? 何故だね」
「はい、なんでも……」
執事がそこまで言った時、バタバタと足音が聞こえて執務室の扉が全開で開いた。部屋に入ってきたのは、装備を身につけた騎士団の数人。
俺とバレンタール公爵は驚いて立ち上がる。
「何事だ」
公爵の厳しい声に「閣下、失礼します」と返した逞しい身体つきの騎士の一人が、俺の顔をびしっと指差した。
「本日、神殿の周囲に設置された魔物避けの結界が、何者かに破壊されました。イソルデ樹林の警備に当たっていた騎士によりますと、今日結界のある森に入った外部の人間はレイナルド卿のみ。速やかに彼を捕縛し、王都へ連行するべきです」
「魔物避けの結界が破壊された?」
バレンタール公爵が唖然として、俺の顔を見た。
その目に疑いの色が浮かぶ前に俺は大きく首を横に振った。
「いや、誤解です。俺は結界を破壊したりしてません」
「では、貴殿以外に誰が破壊したというのだ。結界にバジリスクの血が撒かれていたのだぞ!」
またバジリスクか。
俺は内心で嫌な予感を感じ始める。
「それで、神殿の内部は大丈夫なのか」
「は。神殿と聖堂には問題ありません」
「そうか、良かった」
騎士とバレンタール公爵が話しているのを聞きながら、俺は思い出した。
待てよ。
そういえば、さっきイソルデの森の中で。
俺はポケットから森で拾った小瓶を取り出した。
瓶の底に、赤黒いシミがこびり付いている。血に見えないこともない。
「それは! それがバジリスクの血ではないのか?!」
驚愕した顔で騎士が俺の手に持った小瓶を指差す。
「いや、これ拾ったんです。さっき森で」
確かに、これを拾ったときには、魔物避けの結界には異常はなかったはすだ。だから、結界に血が撒かれたのはこの瓶を拾った後ということになる。
「そんな嘘が通用すると思っているのか?! 貴殿以外には森には誰も入っていないと言っているだろう!」
確かに、それっぽいものを所持してしまってる以上、俺が怪しいよな。でも隠しておいて後で見つかったらその方がより怪しいから、今出して説明しておいた方がいいだろう。
まぁしかし、俺以外に森に入った人間がいないんだったら、いくら説明してもここで疑いを晴らすのは難しい気はするが。
どうやってこの状況を切り抜けようかと考え始めた時、また廊下の奥からドタドタと音がした。
今度は部屋にいるのとは違う制服を着た騎士らしき一団が執務室に押しかけて来た。
「今度はなんです」
バレンタール公爵が驚いた顔で騎士団の先頭にいた厳つい男性に問う。
この緑色の制服は見覚えがあるな。確かミラード卿が同じような服を着ていた気がする。ということは、彼らは王宮の護衛騎士団か。
「バレンタール公爵閣下、突然のご無礼をお許しください。王宮より、至急容疑者を確保せよとのご命令でしたので」
「容疑者?」
不穏なワードを耳にして、俺は思わず声を上げた。
先頭の厳つい男が騎士団の責任者だったようで、手に持っていた厚手の紙を広げる。
「エリス公爵家のレイナルド・リモナ殿。貴殿には先般の結界襲撃事件の重要参考人として、只今より身柄を拘束させていただきます」
「……は?」
「現在、査問会の開催に向けて議員たちの招集がかけられており、準備が整うまでの間、貴殿は監視塔にて勾留となります。抵抗せず、我々に同行してください」
そう言って俺の前に広げられた逮捕状には、確かに今告げられた内容が書かれており、最後に査問会の取締役の名前と陛下の名前がサインされていた。更に、念押しのように皇帝御璽がバーンと押されている。
俺はあんぐりと口を開けて固まった。
この展開、知ってる。
ルシアが言ってた。
バレンダール公爵領の結界を襲撃しようとした後、レイナルドが捕縛されて裁判にかけられるって。
まさか、主人公不在のままダメナルドの断罪劇が始まってしまうとは。
気をつけろ、とさっき総帥の部屋で俺に言ったグウェンドルフの不安げな顔が頭をよぎる。
あれ、フラグだったのか。
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