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第一部
六十七話 灰哀シークレット 前①
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「おお、ちょうど二人で来よったな」
グウェンドルフと一緒にうちに寄ってベルを送り届けてから、王都まで移動した。
グウェンの家を出る直前に、ルシアが拘束されていることを知ったライネルが押しかけてきて、少しだけやり合ったが適当にあしらってそのまま出てきた。
我が家であった騒動を掻い摘んで説明すると、俺はそうっとベルだけ置いて出るつもりだったのに、いつの間にか現れた母さんと兄さんに「無事で良かったわね。おめでとう」と言われ、何故か笑顔で花束とウェディングベアを渡されそうになった。ご丁寧に両方オスのクマで、黒と白のタキシードを着ていた。なんの意味の花束。そしてなんの意味のクマなのか。怖くて聞けなかった。
受け取らずにスルーしようとしたら、グウェンドルフが横から真面目な顔で「後でいただいても」と言い始めるから渾身の力で腕を引っ張って家から連れ出した。
俺はまだ結婚云々を承知してないぞ。
だって告白したのだって昨日だぞ?!
展開早すぎだろ!
既に精神的疲労を感じながら二人で総帥の部屋に行くと、部屋で待っていた爺さんは俺を見て顔を綻ばせた。
「レイナルド、昨日は良くやった。やはりお主を見込んだ儂の目に狂いはなかったの」
ほほ、と呑気に笑う爺さんを俺は軽く睨め付ける。
「あのタイミングで査問会を開くことになるなら、もっと早く教えてくださいよ。めちゃくちゃびびったじゃないですか。準備も全然出来てなかったし」
「おお、それはすまなかった。ファゴット子爵がきな臭い動きをしておると思ったら、予想より早くザイール伯爵からレイナルドの告発が上がって来ての。伯爵もバレンダール公爵の手駒じゃ。急遽陛下に逮捕状を作成してもらい、お主を囮にさせてもらったのだ。案の定レイナルドがバレンダール公爵領に行くと情報を流しておいたら、伯爵たちが墓穴を掘って公爵を炙り出せたのは光明じゃった」
またほほほと笑う爺さん。
この悪びれない態度。
俺が内心どれだけ焦ったかわかってんのか。
陛下まで一緒になって俺を罠として使うなんて普通思わないだろう。
「だとしても先に言っといてくださいよ! あのですね、俺も総帥に何か考えがあるんだろうなとは思いましたよ? でもあんな人数の騎士に囲まれて皇帝御璽を押された逮捕状持って来られたら、普通に焦るでしょうが!」
俺が憤懣やるかたないという顔で総帥を睨むと、グウェンドルフが俺の肩をそっと掴んだ。
「総帥、私も知りませんでしたが」
「うむ。敵を騙すにはまず味方から。お主はレイナルドを囮にするなどと言ったらどうせ反対しておったじゃろう」
「……」
図星なのかグウェンドルフが黙り込む。
俺はため息をついて爺さんに向きなおる。
宮廷魔法士になってから、総帥には封印結界とそれに付随する森林の調査を命じられてきた。結界襲撃事件の犯人を追えとは言われなかったけれど、王宮の転移魔法陣の調整とか研究業務に携わる他の爺さん達とは違う仕事内容だったから、薄々総帥が事件の犯人を炙り出そうとしているのは気付いていた。
だけどバレンダール公爵が怪しいと思っていたのなら、もっと早く言ってくれればよかったのに。
「どうやら総帥達はバレンダール公爵が怪しいって早くから気付いてたみたいですね。今日の話もその件でしょう」
「流石、察しが早くて助かるのお。では場所を変えよう」
そう言うと、総帥は杖で床をこつんと叩く。
床に描かれた魔法陣が淡く光って浮かび上がった。
「また転移?!」
「儂だけでは語れぬ内容もあるのでな。では行くぞ」
いつかのような光景に「これだから武闘派の魔法使いは」と小声で文句を言った。
以前と違うのは、俺の隣にグウェンドルフがいて、しっかり俺の身体を支えてくれているということだった。
「レイナルド卿、今回はすまなかったな」
陛下にそう言われて、俺はにこやかに微笑むしかない。
所詮公務員だからな。権力には従う。
いつかのように、総帥が転移した先は陛下の執務室の前だった。
中に入るとそこには陛下と、ルロイ神官長と、それからリビエール上級神官が待っていた。最初に面会した時と、同じメンツ。それにグウェンドルフと上級神官が加わった形だ。
「監視塔に勾留までさせてしまい、バレンダール公爵を泳がせるためとはいえ、君にもエリス公爵にも心労をかけてしまったな」
陛下がすまなそうな顔をして俺を見た。
先に教えてくれればよかったんですよ。
とは口が裂けても言えないから、俺は苦笑して頷いた。
「大丈夫です。監視塔に勾留されるなんて、普通の人生では起こり得ない貴重な経験をさせてもらいました」
決して経験したかったわけじゃないけどな。
まぁでも、あれがあったからグウェンとまとまったっていえばそうだし、そう考えたら監視塔に入れられたのもほんの少しだけは良かったかなと思った。
俺はそうしてまた昨日のあれこれを思い出しそうになって、慌てて記憶の引き出しを閉めた。
「バレンダール公爵は、捕まったんでしょうか」
俺の質問に総帥と陛下は渋い顔をした。
総帥が代表して口を開く。
「いや、共犯だった男爵達はみな捕らえたが、公爵だけは逃げられてしまった。一度公爵領で捕縛したのじゃが」
「では、公爵はまだどこかに?」
「うむ。おそらく既に国外に逃亡したじゃろう。魔道機関車の件が失敗してから、こうなることも想定して動いていたとみえる」
バレンダール公爵は逃げたのか。
俺はミラード卿とルシアの顔を思い浮かべる。
黒幕が逮捕できなかったなら、彼らの処罰はどうなるんだろう。
聞こうとして口を開きかけたら、ルロイ神官長が俺のことを見た。
「チーリンの力でルシア・ファゴットの禁術を解いたそうですね」
「あ、はい……」
「その話、何故教会本部に来た時にしなかったのですか」
「……」
何も言えない。
バレたらめんどくさそうだったから、なんて言えない。
ルロイ神官長は憮然とした顔をしていたが、ふとため息を吐いて首を横に振った。
「我々も貴方には逮捕状のことを黙っていた訳ですから、人のことは言えませんね。ありがとうございます。貴方のおかげで彼女は助かった」
急に態度が柔らかくなったルロイ神官長を今度は俺が訝しげに見てしまう。
その視線を受け止めて、神官長は苦笑した。
「私は、貴方がバレンダール公爵の手先ではないかと疑っていたのです。申し訳ないことをしました」
ルロイ公爵の隣でリビエール上級神官も同じように憮然とした顔をしている。彼も俺のことを疑っていたんだろう。
「神官長たちは、いつからバレンダール公爵のことを怪しいと思っていたんですか?」
「私は、二回目の封印結界の襲撃事件があってから確信しました。バジリスクを二体用意することといい、並の貴族では難しいでしょう。しかし公爵は周到でしたから、公爵自身が関わっていたという証拠は探しても出てこなかった。公爵位のある彼を軽々しく捜査することも出来ませんでした」
ルロイ神官長の話に、陛下も頷いた。
「私もまさかと思っていたが、前に貴殿からバレンダール公爵がエリス公爵領との間にトンネルを掘ろうとしたと聞いて、疑い始めたのだ」
そういえば、以前の謁見でそんなことを聞かれたな。
「確かに」と総帥が相槌を打った。
「バレンダール公爵領とエリス公爵領はシロナ山脈がなければ、封印結界が他の公爵領に比べてかなり近い位置にありますからの。あそこにトンネルが出来れば、簡単に二つの結界を結べてしまうでしょう」
そんなに前から実はバレンダール公爵を怪しんでいたと聞いて俺は驚いた。
確かに、トンネルの件は俺も懸念はしていて、だから山に穴を掘るのではなく転移魔法陣を造ることにしたのだ。
「それに」とルロイ神官長が険しい顔で続けた。
「封印結界を壊そうとするほどの動機がある人物は、限られますからね」
「セレナ・バレンダールのことか」
陛下が聞くと、神官長は「ええ」と頷いた。
セレナ・バレンダール。
確かに、バレンダール公爵も姿を消す直前にルロイ神官長の言葉を肯定していた。
でも、どこかで耳にした名前だ。
「歴代の聖女の一覧にいた名前ではないか」
俺が首を捻っていたら、横からグウェンドルフが言った。
そうだ。
確かに、資料館の本で見た名前に、セレナ・バレンダールという聖女の名前が書いてあった。確か、数代前の聖女だったと思うけど。
「バレンダール公爵家から聖女になった方に何かあったんですか?」
俺が直截にそう聞くと、グウェンドルフ以外の全員がお互いに目を見合わせた。
え? なんだ?
総帥が大きく息を吐いて、俺とグウェンドルフを見る。
「レイナルド、お主には今回大きな借りができた。そしてグウェンドルフ。お前も魔物と闘う近衛騎士団の団長として、そろそろ知っても良いじゃろう」
なんだかものものしい雰囲気になってきたな。
俺は総帥と陛下を見比べた。どちらも楽しそうな顔はしていない。
「お主たち、バレンダールの大禍のことをどれだけ知っておる」
またバレンダールの大禍。
俺は思わずグウェンドルフと顔を見合わせた。
「確か、史実では四十年前、ある日突然各地の魔物が凶暴化して各公爵領の封印結界を襲ったってことでしたよね。それで各公爵領の直属騎士団が壊滅的な被害を受けたっていう」
俺はバレンダール公爵の話を思い返しながら言う。公爵の話は真に迫っていたようにも思う。いま考えれば、あれは本当のことを言っていたんだろうか。
総帥には秘密があると言っていた。それをこんなに早く、本人から直接聞くことになるとは。
「そうじゃ。バレンダール公爵領が最も被害を受けたとして、史実には残っておるじゃろう。しかし、あえて書かれなかったこともある」
「あえて?」
「うむ。おかしいとは思わないかの。四つの公爵領で、突然魔物が凶暴化して封印結界を襲うなど」
「それは、そうですね……」
「何かきっかけがあったと考える者もおったじゃろう。しかし、非常に取り扱いが危険な情報ゆえ、今までは一般的には秘匿してきた」
本当にものものしい。
一体何があったんだろう。
総帥は俺とグウェンドルフを見て、陛下を見た。陛下が頷いたので、爺さんは口を開く。
「王都の封印結界には異変がなかったのかと、そう思うじゃろう」
「……確かに」
そういえば、王都の封印結界については詳しく書かれていなかったな。公爵領の被害が大きかったとバレンダール公爵は言っていたけれど、まさか。
「ある日結界の守護を担っていた聖女が突然の事故で亡くなった。力が弱まった王都の封印結界が、一度悪魔に破られたのじゃ」
驚いてグウェンドルフともう一度顔を見合わせた。彼も知らなかったらしく、眉が少し上がっている。
王都の封印結界に異常があったから、他の公爵領でも魔物が凶暴化したということなんだろうか。確かにそう考えると、バレンダール公爵が言っていた近衛騎士団が姿を見せなかったという話も腑に落ちる。王宮で悪魔と闘っていたのなら、近衛騎士団はそこから動けなかっただろう。
「それでは、総帥が先頭に立って近衛騎士団と宮廷魔法士団を率いて戦っていたのは、王宮の封印結界を封じるためだったってことですか?」
「左様。そして儂は、失敗したのじゃ」
悔やむような声音。
失敗した?
それはどういうことなのか。
「儂は、多くの犠牲を出したにも関わらず、悪魔を押し戻すのに失敗した」
総帥は杖の上に乗せた手を硬く握った。
失敗した。
つまり。
「奴はまだ、魔界に帰っておらぬ。今も王宮の神殿の内部で眠っておるのだ」
……え?
グウェンドルフと一緒にうちに寄ってベルを送り届けてから、王都まで移動した。
グウェンの家を出る直前に、ルシアが拘束されていることを知ったライネルが押しかけてきて、少しだけやり合ったが適当にあしらってそのまま出てきた。
我が家であった騒動を掻い摘んで説明すると、俺はそうっとベルだけ置いて出るつもりだったのに、いつの間にか現れた母さんと兄さんに「無事で良かったわね。おめでとう」と言われ、何故か笑顔で花束とウェディングベアを渡されそうになった。ご丁寧に両方オスのクマで、黒と白のタキシードを着ていた。なんの意味の花束。そしてなんの意味のクマなのか。怖くて聞けなかった。
受け取らずにスルーしようとしたら、グウェンドルフが横から真面目な顔で「後でいただいても」と言い始めるから渾身の力で腕を引っ張って家から連れ出した。
俺はまだ結婚云々を承知してないぞ。
だって告白したのだって昨日だぞ?!
展開早すぎだろ!
既に精神的疲労を感じながら二人で総帥の部屋に行くと、部屋で待っていた爺さんは俺を見て顔を綻ばせた。
「レイナルド、昨日は良くやった。やはりお主を見込んだ儂の目に狂いはなかったの」
ほほ、と呑気に笑う爺さんを俺は軽く睨め付ける。
「あのタイミングで査問会を開くことになるなら、もっと早く教えてくださいよ。めちゃくちゃびびったじゃないですか。準備も全然出来てなかったし」
「おお、それはすまなかった。ファゴット子爵がきな臭い動きをしておると思ったら、予想より早くザイール伯爵からレイナルドの告発が上がって来ての。伯爵もバレンダール公爵の手駒じゃ。急遽陛下に逮捕状を作成してもらい、お主を囮にさせてもらったのだ。案の定レイナルドがバレンダール公爵領に行くと情報を流しておいたら、伯爵たちが墓穴を掘って公爵を炙り出せたのは光明じゃった」
またほほほと笑う爺さん。
この悪びれない態度。
俺が内心どれだけ焦ったかわかってんのか。
陛下まで一緒になって俺を罠として使うなんて普通思わないだろう。
「だとしても先に言っといてくださいよ! あのですね、俺も総帥に何か考えがあるんだろうなとは思いましたよ? でもあんな人数の騎士に囲まれて皇帝御璽を押された逮捕状持って来られたら、普通に焦るでしょうが!」
俺が憤懣やるかたないという顔で総帥を睨むと、グウェンドルフが俺の肩をそっと掴んだ。
「総帥、私も知りませんでしたが」
「うむ。敵を騙すにはまず味方から。お主はレイナルドを囮にするなどと言ったらどうせ反対しておったじゃろう」
「……」
図星なのかグウェンドルフが黙り込む。
俺はため息をついて爺さんに向きなおる。
宮廷魔法士になってから、総帥には封印結界とそれに付随する森林の調査を命じられてきた。結界襲撃事件の犯人を追えとは言われなかったけれど、王宮の転移魔法陣の調整とか研究業務に携わる他の爺さん達とは違う仕事内容だったから、薄々総帥が事件の犯人を炙り出そうとしているのは気付いていた。
だけどバレンダール公爵が怪しいと思っていたのなら、もっと早く言ってくれればよかったのに。
「どうやら総帥達はバレンダール公爵が怪しいって早くから気付いてたみたいですね。今日の話もその件でしょう」
「流石、察しが早くて助かるのお。では場所を変えよう」
そう言うと、総帥は杖で床をこつんと叩く。
床に描かれた魔法陣が淡く光って浮かび上がった。
「また転移?!」
「儂だけでは語れぬ内容もあるのでな。では行くぞ」
いつかのような光景に「これだから武闘派の魔法使いは」と小声で文句を言った。
以前と違うのは、俺の隣にグウェンドルフがいて、しっかり俺の身体を支えてくれているということだった。
「レイナルド卿、今回はすまなかったな」
陛下にそう言われて、俺はにこやかに微笑むしかない。
所詮公務員だからな。権力には従う。
いつかのように、総帥が転移した先は陛下の執務室の前だった。
中に入るとそこには陛下と、ルロイ神官長と、それからリビエール上級神官が待っていた。最初に面会した時と、同じメンツ。それにグウェンドルフと上級神官が加わった形だ。
「監視塔に勾留までさせてしまい、バレンダール公爵を泳がせるためとはいえ、君にもエリス公爵にも心労をかけてしまったな」
陛下がすまなそうな顔をして俺を見た。
先に教えてくれればよかったんですよ。
とは口が裂けても言えないから、俺は苦笑して頷いた。
「大丈夫です。監視塔に勾留されるなんて、普通の人生では起こり得ない貴重な経験をさせてもらいました」
決して経験したかったわけじゃないけどな。
まぁでも、あれがあったからグウェンとまとまったっていえばそうだし、そう考えたら監視塔に入れられたのもほんの少しだけは良かったかなと思った。
俺はそうしてまた昨日のあれこれを思い出しそうになって、慌てて記憶の引き出しを閉めた。
「バレンダール公爵は、捕まったんでしょうか」
俺の質問に総帥と陛下は渋い顔をした。
総帥が代表して口を開く。
「いや、共犯だった男爵達はみな捕らえたが、公爵だけは逃げられてしまった。一度公爵領で捕縛したのじゃが」
「では、公爵はまだどこかに?」
「うむ。おそらく既に国外に逃亡したじゃろう。魔道機関車の件が失敗してから、こうなることも想定して動いていたとみえる」
バレンダール公爵は逃げたのか。
俺はミラード卿とルシアの顔を思い浮かべる。
黒幕が逮捕できなかったなら、彼らの処罰はどうなるんだろう。
聞こうとして口を開きかけたら、ルロイ神官長が俺のことを見た。
「チーリンの力でルシア・ファゴットの禁術を解いたそうですね」
「あ、はい……」
「その話、何故教会本部に来た時にしなかったのですか」
「……」
何も言えない。
バレたらめんどくさそうだったから、なんて言えない。
ルロイ神官長は憮然とした顔をしていたが、ふとため息を吐いて首を横に振った。
「我々も貴方には逮捕状のことを黙っていた訳ですから、人のことは言えませんね。ありがとうございます。貴方のおかげで彼女は助かった」
急に態度が柔らかくなったルロイ神官長を今度は俺が訝しげに見てしまう。
その視線を受け止めて、神官長は苦笑した。
「私は、貴方がバレンダール公爵の手先ではないかと疑っていたのです。申し訳ないことをしました」
ルロイ公爵の隣でリビエール上級神官も同じように憮然とした顔をしている。彼も俺のことを疑っていたんだろう。
「神官長たちは、いつからバレンダール公爵のことを怪しいと思っていたんですか?」
「私は、二回目の封印結界の襲撃事件があってから確信しました。バジリスクを二体用意することといい、並の貴族では難しいでしょう。しかし公爵は周到でしたから、公爵自身が関わっていたという証拠は探しても出てこなかった。公爵位のある彼を軽々しく捜査することも出来ませんでした」
ルロイ神官長の話に、陛下も頷いた。
「私もまさかと思っていたが、前に貴殿からバレンダール公爵がエリス公爵領との間にトンネルを掘ろうとしたと聞いて、疑い始めたのだ」
そういえば、以前の謁見でそんなことを聞かれたな。
「確かに」と総帥が相槌を打った。
「バレンダール公爵領とエリス公爵領はシロナ山脈がなければ、封印結界が他の公爵領に比べてかなり近い位置にありますからの。あそこにトンネルが出来れば、簡単に二つの結界を結べてしまうでしょう」
そんなに前から実はバレンダール公爵を怪しんでいたと聞いて俺は驚いた。
確かに、トンネルの件は俺も懸念はしていて、だから山に穴を掘るのではなく転移魔法陣を造ることにしたのだ。
「それに」とルロイ神官長が険しい顔で続けた。
「封印結界を壊そうとするほどの動機がある人物は、限られますからね」
「セレナ・バレンダールのことか」
陛下が聞くと、神官長は「ええ」と頷いた。
セレナ・バレンダール。
確かに、バレンダール公爵も姿を消す直前にルロイ神官長の言葉を肯定していた。
でも、どこかで耳にした名前だ。
「歴代の聖女の一覧にいた名前ではないか」
俺が首を捻っていたら、横からグウェンドルフが言った。
そうだ。
確かに、資料館の本で見た名前に、セレナ・バレンダールという聖女の名前が書いてあった。確か、数代前の聖女だったと思うけど。
「バレンダール公爵家から聖女になった方に何かあったんですか?」
俺が直截にそう聞くと、グウェンドルフ以外の全員がお互いに目を見合わせた。
え? なんだ?
総帥が大きく息を吐いて、俺とグウェンドルフを見る。
「レイナルド、お主には今回大きな借りができた。そしてグウェンドルフ。お前も魔物と闘う近衛騎士団の団長として、そろそろ知っても良いじゃろう」
なんだかものものしい雰囲気になってきたな。
俺は総帥と陛下を見比べた。どちらも楽しそうな顔はしていない。
「お主たち、バレンダールの大禍のことをどれだけ知っておる」
またバレンダールの大禍。
俺は思わずグウェンドルフと顔を見合わせた。
「確か、史実では四十年前、ある日突然各地の魔物が凶暴化して各公爵領の封印結界を襲ったってことでしたよね。それで各公爵領の直属騎士団が壊滅的な被害を受けたっていう」
俺はバレンダール公爵の話を思い返しながら言う。公爵の話は真に迫っていたようにも思う。いま考えれば、あれは本当のことを言っていたんだろうか。
総帥には秘密があると言っていた。それをこんなに早く、本人から直接聞くことになるとは。
「そうじゃ。バレンダール公爵領が最も被害を受けたとして、史実には残っておるじゃろう。しかし、あえて書かれなかったこともある」
「あえて?」
「うむ。おかしいとは思わないかの。四つの公爵領で、突然魔物が凶暴化して封印結界を襲うなど」
「それは、そうですね……」
「何かきっかけがあったと考える者もおったじゃろう。しかし、非常に取り扱いが危険な情報ゆえ、今までは一般的には秘匿してきた」
本当にものものしい。
一体何があったんだろう。
総帥は俺とグウェンドルフを見て、陛下を見た。陛下が頷いたので、爺さんは口を開く。
「王都の封印結界には異変がなかったのかと、そう思うじゃろう」
「……確かに」
そういえば、王都の封印結界については詳しく書かれていなかったな。公爵領の被害が大きかったとバレンダール公爵は言っていたけれど、まさか。
「ある日結界の守護を担っていた聖女が突然の事故で亡くなった。力が弱まった王都の封印結界が、一度悪魔に破られたのじゃ」
驚いてグウェンドルフともう一度顔を見合わせた。彼も知らなかったらしく、眉が少し上がっている。
王都の封印結界に異常があったから、他の公爵領でも魔物が凶暴化したということなんだろうか。確かにそう考えると、バレンダール公爵が言っていた近衛騎士団が姿を見せなかったという話も腑に落ちる。王宮で悪魔と闘っていたのなら、近衛騎士団はそこから動けなかっただろう。
「それでは、総帥が先頭に立って近衛騎士団と宮廷魔法士団を率いて戦っていたのは、王宮の封印結界を封じるためだったってことですか?」
「左様。そして儂は、失敗したのじゃ」
悔やむような声音。
失敗した?
それはどういうことなのか。
「儂は、多くの犠牲を出したにも関わらず、悪魔を押し戻すのに失敗した」
総帥は杖の上に乗せた手を硬く握った。
失敗した。
つまり。
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