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飛竜と海竜は惹かれ合う

小ネタ① 初めては誰

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※唐突に始まり唐突に終わります。


「何度言わせれば気が済むんだお前は。次の日に響くような抱き方をするなと言っているだろう」

 怒りに打ち震えながらベッドに突っ伏し、寝台の横に立ってグラスの水をあおる全裸の男を睨み上げた。脱力しているリアンを見下ろしながら、ヴァルハルトは全く悪びれずに涼しい顔で「あんたがエロいから悪い」と答え、リアンの文句なんかちっとも気にしていない。
 一回こいつの脳天をぶち抜いてやると決意して床に落ちた自分の服から拳銃を取り出そうとしたが、それよりも早くヴァルハルトがベッドに腰掛けてリアンの解けた髪を指で梳き始めた。髪を触られると身動きが取れないので、仕方なくうつ伏せになったまま好きにさせていると、機嫌のよさそうな海竜は鼻歌でも歌うような調子でリアンの銀色の長い髪を結って纏めている。

「でもあんたも慣れてきただろ、気持ちよさそうにしてんじゃん」
「……中が緩くなったという意味なら、それは確実に貴様のせいだ」

 低い声で答えたら、くっと短く笑った男に宥めるように背中を撫でられた。まだ余韻で敏感な肌をなぞられるとぴく、と震えて小さく息を飲む。

「そんなカリカリすんなよ。俺好みに仕上がってきてて最高だと思ってんだから」

 ヴァルハルトはそう言いながら、うつ伏せのまま顔だけ向けて睨むリアンを見下ろしてにやりと笑った。

「あんたが人間と番おうとしてたおかげでキスもセックスも俺が初めてを掻っ攫えたっていうのは、唯一あんたの爺さんとおっさんに感謝してもいいな」

 その言葉に胡乱な目をして番の竜を見上げた。

 初めても何も、そもそも男に抱かれる経験など一生ないままだったはずなのだが。

 そう思いながら、この男の勘違いを訂正するために口を開いた。

「さすがにキスは初めてではない」

 ヴァルハルトが手を止めた。背中に感じる男のオーラがぶわっと尖る。

「あ? 相手誰だよ」
「ローレンだ」
「は?」

 今度は間の抜けたような声が聞こえた。

「以前陰の日にたまたま彼と飲んでいたらお互い酔って弾みでした。翌日気まずくなったからそれからは陰の日は距離を取るようになったが」
「……俺はそれを聞いてどうすりゃいいんだ? あの白髪頭が二度と妙な気起こさないように海に沈めればいいのか?」

 物騒なことを言い始めるヴァルハルトを、寝転がったまま少し身体を捻って振り返り、呆れた顔で睨め付ける。

「ふざけるな。私の副官に暴力を振るったら三倍にしてお前に返すからな。おかしな悋気を起こすな、お前と番う前の話なのだから口出しされるいわれはない」
「そりゃわかってるけど、あのな、俺は嫉妬深いんだ。あの副官が四六時中あんたの側にいるってだけでイラつくのに、もし酔った勢いでもあんたに手ぇ出されたら確実に仕留めるぞ」
「物騒なことを言うな」

 文句を言ったら肩を掴まれて身体を仰向けにひっくり返された。

「あいつ竜だろう。わかってんだよ、人間の気配じゃねぇから」
「私から言うことは何もない」
「竜印はかなり薄いが、気配は妙に濃い。あれ飛竜でも地竜でもねぇよな。当然海竜でもねぇ。古代竜の生き残りか?」
「……お前のその無駄な嗅覚はなんなんだ」

 はぐらかしたが、核心をついたことに言及してくるヴァルハルトを呆れた顔で見上げた。
 ローレンの秘密についてはリアンから迂闊に話せるようなことではないので黙秘を貫くが、リアンの反応を見て眉間に皺を寄せた男はふん、と鼻を鳴らした。

「竜なんだろうが。まぁ、それならそれであんたは俺の金鱗を付けてるからいいけどな」
「よくない。こんな厄介なものいらないと言っているだろう。今日こそ外せ」
「嫌だね。あんたは俺の番なんだから他の竜には触らせねぇ」
「バカなことを言うな。業務に支障が出ると言っているんだ。ローレンか私が倒れたときどうするつもりだ」
「直接触んなきゃいいだろ。翼なら威力が軽減される。それに空軍は人間がうじゃうじゃしてるから問題ねぇ」
「お前は……」
「あんた副官と二人で救命活動し合わなきゃいけないような状況に陥ろうとしてんじゃねぇよ。もうすぐ中将になるならちょっとは落ち着いて司令部の椅子温めてろっつの」

 指摘されることがたとえその通りだったとしても、こいつに言われると癪に障るのはなぜなのか。
 まるでリアンの方が我儘を通そうとしているかのような言い様にムッとして、言い返そうと口を開いたらそれよりも先に覆いかぶさってきたヴァルハルトに唇を塞がれた。

「んっ、う、ん……まえはっ、少しは私の言うことを聞け!」

 噛んでやると思ったらその前に唇が離れて至近距離で見下ろされた。
 
「あんたこそ一回くらい俺の言う通りにしろよ」
「何故私がお前の言うことに従わなければならない」
「……あんたのその無自覚な女王様気質、かわいいけどねじ伏せたくなんな」

 呆れたような顔になったヴァルハルトが体重をかけてくる。熱が冷めたはずの眼の中に、愉快そうな色を宿しながらも見慣れたギラつきが帯びるのを見て顔が引き攣る。

「おい、今日はもう絶対にやらない。殺す気か」
「大丈夫。あんたは人間じゃねぇ。人間の限界は越えられる」
「こんなことで人間を越えさせるな!!」

 振り切ろうとしたが先ほどの行為のせいで身体は脱力したままで、あっけないほどあっさり組み敷かれる。

 相変わらず言うことを聞かないこの男に腹は立つが、軽口を叩きながらもリアンの体調を見極めているヴァルハルトが今日はもう少しじゃれついた後で風呂に連れて行ってくれることはわかっている。
 そんな男に仕方がないと思いながらも身を任せる自分は末期だなと思うが、揉めてからでないと素直に身体を預けられない自分がいることもリアンの番は実はよく理解している。だから結局のところ毎回同じようなやり取りを飽きもせず繰り返しているのだが、そんなことに内心では安心感を見出している自分は番を凌ぐ愚か者だと思う。
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