荒くれ竜が言うことを聞かない

遠間千早

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飛竜と海竜は惹かれ合う

第三十二話 ホーフブルクの守護者

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 グートランドの魔道具のことをリアンに仄めかしてきたのはアドルだ。いつから知っていたのかはわからないが、この地竜はおそらくリアンよりも早く祖父の思惑に気づいていた。そして王族に牙を剥こうとした飛竜に鉄槌を下したのだ。
 領空をすり抜けられて敵機が王都に迫ったという事実は、ホーフブルクの翼と謳われたグラディウスと空軍の権威を失墜させるには十分な効果があった。その代わり今回の襲撃で敵機を撃墜した陸軍には、人々と王族からの信頼と称賛が寄せられただろう。

 王族の守護者は、リアンを見て目を細め、微かに笑った。

 リアンはアドルから視線を外して、中庭から微かに見える王都の無線塔の先を眺めた。

「どちらにしろ、蛮行を犯そうとしたグラディウスは制裁を受けるべきだった。祖父と叔父が引退して幽閉される程度でおとがめなしだったのは、叛逆の処分としては破格だろう。叔父も命拾いしたしな」

 ため息を吐きながら淡々と告げたリアンに、アドルは肩をすくめた。

「中将はまがりなりにも竜だからね。死ぬことはないと思ってたよ」

 悪びれずにしれっと言う相手に呆れて横目で睨む。飄々した態度に騙されるが、この地竜は結構腹黒いということは長い付き合いでわかっている。
 つくづく敵に回したくないな、と内心で嘆息しながら祖父と叔父のことを考えた。陛下の意向と官僚達の会議により、二人の処分はほとんど決定された。

 リアンの祖父はすでに王宮にある霧の塔に収容されている。打首でも文句は言えない罪状ではあるが、王国にとっては貴重な飛竜であるという点が考慮され、貴人が幽閉される塔の中に入れられた。飛ぶことができないのは飛竜にとってもしかしたら死よりも重い罰かもしれないが、これで慌ただしい世俗からは離れられる。きっと祖父は塔の中で静かに自らの行いを見つめ直すことができるだろうと思う。

 一方で叔父の方は、まだ王都の病院で入院中だ。迎撃ミサイルの爆発に巻き込まれたのだから、命が助かっただけ奇跡だった。二ヶ月経つが、まだまともに歩けないらしい。
 リアンも事件の後始末を終わらせた後に見舞ったが、実は大怪我をした叔父のもとに一番最初に駆けつけたのは十年以上も前に燕を去った叔母だった。貴族の娘だった叔母は、今も王都にある実家の屋敷で暮らしている。

 叔父が重体となり危篤だという知らせを受けて、叔母は誰よりも早く病院に駆けつけた。それからずっと病室に通い叔父の側にいると聞いたとき、リアンには叔父が輸送機の中から敵機に向かって飛び出していった理由がわかった。

 陛下への忠誠ではない。

 叔父は王都にいる番への愛のために、一人で戦闘機に向かっていったのだ。

 叔母は叔父が退院できるくらいに回復したら、実家の屋敷に受け入れたいと申し出てくれている。本来なら祖父と一緒に幽閉されるべきではあるが、会議では単身で敵機を撃墜しに向かったことが考慮されていた。怪我の後遺症で、叔父はもう軍人には復帰できないだろう。おそらく叔母の要望は受け入れられる。そしてそれが叔父にとっても一番いい生活なのではないかと思う。年相応に見えるほどにすっかり老け込んだ叔父はリアンと言葉を交わさなかったが、病室から帰るときに一言「すまなかった」とだけ謝ってくれた。

 少し感慨にふけってしまい、無意識に左手の腕輪を触っていたら、アドルがそれに気づいた。

「あれ、リアン腕輪なんかしてたっけ?」
「ああ……あいつのだ。返しそびれていて付けたままだが、自分で上手く外せない」
「ヴァルハルトに? 気になるなら取ってあげようか?」

 手首に付いたままの金色の腕輪は、どういう訳か片手では上手く外せなかった。いつのまにか腕に馴染んでしまい、毎回存在を忘れていてヴァルハルトに返すタイミングを失っている。そのままになっているが、外せるなら取ってもらおうと左手を差し出した。
 腕輪を覗き込んだアドルがリアンの手を取ろうとして、突如「うわっ」と跳び離れた。

「うわ危なかった! 今触るところだった」
「は?」
「俺それ知ってるよ。海竜の独占輪どくせんわだ」
「独占輪……?」

 リアンから距離を取って後ずさったアドルを呆気に取られて見ると、金色の腕輪をじいっと見た地竜は苦笑した。

「正確には番の金鱗きんりんってちゃんと名前があるんだけど、陰ではそう呼ばれてるんだよ。飛竜は知らないよね。それオーベル一族が所有してる太古の魔道具。何百年か前に偶然海の底から引き上げられたらしくて、海竜が番につける腕輪なんだけど、それを付けてる竜に番以外の竜が触ると問答無用で雷撃される」
「は……?」
「ちなみにそれ、番の竜にしか外せないから。うちの地竜にもいるんだよ、それ嵌めてる子。独占輪はオーベルの直系と傍系でいくつか持ってるらしいけど、いやぁ厄介なもの付けられちゃったね。俺これからうっかりリアンに触らないように気をつけないといけないな」

 なんだ、それは。

 唖然として自分の左手首を凝視した。
 思い返せば、確かに燕のデッキでリアンに触ろうとした叔父を稲妻が弾いていた。自分の周りに飛竜がいないから今まで影響が出なかったが、そんな厄介な代物が自分の手についているなんてぞっとする。それに竜というなら、ローレンには反応してしまうということだ。触ったら雷が落ちるなんて危なすぎる。

 あいつは説明もなしに人に無断で何をしているんだと怒りが湧き、険悪な顔になったリアンを見てアドルは吹き出した。

「なんだろう。纏まった途端に執着されててちょっと笑えるね。さすが愛が重い海竜。まぁ、これから頑張りなよ」
「聞いてない。絶対に外させる」

 怒りのこもった低い声で答えたとき、アドルがふと中庭の外に目を止めてくすりと笑った。

「噂をすれば。君の番があわくって駆けつけて来るみたいだけど」

 そう言われてアドルと同じ方を見ると、確かにヴァルハルトがやけに急いだ様子でこちらに向かってくる。今日は地上で会うなんて約束はしていないはずだが、海から王宮に来るなんて何かあったのだろうか。訝しんだが、ちょうど腕輪のことを問い詰めたかったから都合がいい。
 憮然とした顔で男を待ち受けると、走ってきたヴァルハルトが少し息を切らせてリアンの前までたどり着き、不機嫌そうな顔で腕を引っ張ってきた。

「あんた何してんだ」

 その珍しく焦ったような態度に眉を顰める。
 
「どうした。何かあったのか」

 そう聞くとヴァルハルトはリアンと同じように眉間に皺を寄せた。

「あんた今日陰の日だろ。燕に連絡したらローレンからあんたが地上に下りたって聞いて迎えに来た。何してんだよ。今すぐ帰るぞ」

 そう言われて呆気に取られた。
 確かに、今日は新月で陰の日である。しかし日はまだ十分高いし、あのときと違って体調も万全だから王都に下りたところで何か起ころうはずもない。
 わざわざ迎えに来たのかと驚いて、眉を上げてヴァルハルトを見上げた。

「まだ日は落ちてない。それに今日は体調も悪くないから陰の日だろうが問題ないが」
「ダメだ。帰る」

 リアンの返事にむっとした顔になったヴァルハルトが首を横に振る。

「あんたは問題なくても、弱った竜印に釣られて他の竜が引き寄せられて来るかもしれねぇ。いつまでも王宮にいたら何の間違いが起きるかわかんねぇだろ」

 やけに真面目な顔で言ってくる男に眉を顰めてリアンは腕を組んだ。

「私は男だぞ。雌だったらまだしも、軍人の私が女性に襲われる訳がないし、他の竜に会ったところで何か起こるはずがないだろう」
「あんたのその色気は、男とか女とか関係ねぇんだよ。男に興味なかったはずの俺を転ばせた自覚あんのか」
「お前が勝手に転んだんだろう。人のせいにするな」

 言い合いをしているリアンとヴァルハルトを見て、アドルは吹き出して笑った。

「二人がそういう感じなのは変わらないんだな。安心したよ。リアン、引き止めて悪かったね。君と番のことは十分よくわかったから、帰っていいよ」

 おかしそうに口元に手を当ててもう片方の手を振るアドルをうろんな眼差しで見たヴァルハルトは、ふん、と鼻を鳴らしてリアンを引っ張った。相変わらず強引な男に引き摺られるようにして中庭から連れ出される。
 リアンの返事を聞かずに停車場に停まる車に押し込んで、運転手に告げたのは王都から一番近い港だった。

「海蛇に行くのか」
「そう。帰んの。燕には他の竜もいて気が気じゃねぇから俺の部屋にいろ」

 有無を言わさない調子で命令してくる男に呆れてため息を吐いた。すでに動き出した車の後部座席に深く背中を預ける。

「わざわざ来なくても、飛べる時間のうちにそちらに行くつもりではいた」
「何も連絡寄越さねぇあんたが悪い」

 言い訳のつもりはなかったのに素気なく返されるからムッとしてふいと窓の外に顔を向けた。飛ばずに地上を走る車の中というのは、結構新鮮で景色が面白い。
 しばらく外の様子を観察していたら多少気持ちが落ち着いて、ちらりと隣に座るヴァルハルトの方を見ると奴は外ではなくリアンを見ていた。

「……なんだ」
「いや、あんたは怒ってても激烈にかわいいっつーか、今日は陰の日ですでに色気が増してるっつーか」
 
 言われれば、いつもよりも重だるい感じがする。今日が陰の日だとしてもこんなに早い時間から影響が出ることはないはずなのに、と不思議な気がした。
 ヴァルハルトを見ていると、確かに頭の中が妙にくったりとした気分になってくる。まるで自分の中の竜が番に擦り寄って身体を丸めようとしているかのような。
 番ができるとこんな影響があるのか、と何とも言えない気分になっていたら、じっとリアンを見つめていた男が「カーセッ」と言いかけたのでこめかみに銃口を突きつけて黙らせた。
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