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飛竜と海竜は惹かれ合う

第二十五話 抗う者たち 中

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「朽ち葉船長……?」

 ーー今、飛んでいたか?

 呆気に取られたリアンの口からぽろりと声が漏れる。
 単身でデッキに立つ船長は「眩しいが、仕方がない」と言って右手で黒い色眼鏡を外した。
 眩しそうに目を細めた彼の瞳は、明るい輝きを放つ黄色だった。

 黄色の眼。

「ウミガラスの船長、あんたまさか」

 ヴァルハルトも驚愕している。
 二人の竜を前にして、朽ち葉は柔らかな笑みを浮かべた。

「普段はね、青いレンズを入れて瞳の色を変えてるんだよ。ガウスに船を任せて目薬を入れ直していたら遅くなってしまった。すまないな」

 そう言って船長はリアン達に歩み寄り、咆哮が終わった祖父の方を見た。
 透明な膜がすっと消えたのを感じる。微かにはためくような風を感じ、まさか翼だったのだろうかと思った。飛竜の咆哮を翼で弾くなんて、聞いたこともない。そんなことを試したこともなければ、できるなんて思ったこともなかった。

 ヴァルハルトに抱き上げられているリアンを見て、朽ち葉は詫びるように眉を下げた。

「すまなかった。リアン。君にばかり損な役割を押し付けてしまったな」

 後悔を滲ませるような物言いに、リアンは本格的に混乱した。

 朽ち葉が飛竜である、という事実はもはや覆しようがない。髪は一見白いが、日の光の下でよくよく見るとその中には銀色の髪も混ざっているように見えた。
 しかし、海に飛竜がいるなんて聞いたこともなければ、一族の中で話題に上ったことすらなかった。彼が何者なのかさっぱりわからない。

「あなたは……」

 祖父の咆哮を翼で受け止めるなんて、力の弱い竜にできるはずがない。だとすると、彼は本家筋に近い飛竜だということになる。
 リアンが固まってその顔を凝視していると、船長は深く息を吐いた。

「私があのとき投げ出さずに、一族を正さねばならなかったのだな」

 嘆息した隻腕の船長は、ヴァルハルトとリアンの前に立って祖父と対峙した。

 祖父は、朽ち葉船長の姿を見て驚愕に顔を染め、棒立ちになっていた。瞠目して食い入るようにその顔を凝視していたが、やがて小さな呟きが漏れる。

従兄上あにうえ?」

 その声を聞いて、船長はまたため息を吐いた。

「久しぶりだな。リューイ。私を海に落として以来か。一族に見切りをつけたからには、ここには二度と戻らないと思っていたが、お前が私の又甥をいじめているようだから引導を渡しにきた。まさかお前達がまた飛竜を海に落とすなんて愚かな真似を繰り返すとは、あきれ果ててものがいえない」

 冷ややかな声を出す朽ち葉の背中をリアンは呆気に取られて見つめていた。

 従兄あにと言った。
 祖父には兄弟はいないはずだから従兄弟なのか。
 確かに、朽ち葉船長の外見は若くまだ老人とは言えないが、強力な竜印を持つと考えれば納得する。従兄と言ったが、一見すると祖父の方よりも若く見えるかもしれない。

「朽ち葉船長が、お祖父様の従兄……?」

 呆然と呟いたリアンの声を拾って、眉を顰めて状況を見ていたヴァルハルトが「どういうことだよ」とひそひそ顔を寄せてくる。

「私にもわからない。お前こそ、ウミガラスとは付き合いが長いのだろう。彼が飛竜だと今まで気づかなかったのか」
「いや、全然。俺はガウスとしか普段話さねぇし、あの船長海軍がいるときはほとんど外に出てこねぇから」

 そう言うヴァルハルトの顔は本当に不可解そうに見えたので、リアンも困惑したまま頷いて祖父と朽ち葉の方に視線を戻した。
 祖父はまだ彼を熟視するように見つめている。

「生きていたのか」
「まあな。お前達に腕を落とされて、海に突き落とされたからにはもう愛想が尽きたと思っていたが、グラディウスは相変わらずのようだ。ようやく見どころのある竜が生まれてきたのに、若い翼を折るんじゃない。滅びるならお前らだけで勝手に滅びろ」

 厳しい口調で言い放った朽ち葉の声を聞いた祖父は、険しく顔を歪めた。

「海に落とされたのは、従兄上が一族を裏切ったからだろう。海竜に懸想して番になるなどと言うから、父上も叔父上も許さなかった」
「私が間違っていたのなら、今頃グラディウスには飛竜がたくさんいるはずなんだがな。どちらが間違っていたのか、結果を見れば明らかだろう。まぁ、父も叔父も雌が生まれない失意の中死んでいったと思うと多少はうさが晴れるが。私はお前たちがあいつと私にしたことを許すつもりはない」

 後ろ姿しか見えないが、船長の背中からは鋭く冷酷な気配が漂っていた。声は変わらず穏やかだが、喉元に剣先を突き立てられているような威圧を感じる。

 未だにヴァルハルトに抱き上げられながら、二人の話を驚嘆と共に聞いていた。祖父の後ろにいる叔父も固まっているから、同じように驚いているのだろう。
 こんな状況になってしまったから下ろしてもらおうかと身動ぎして、ヴァルハルトを見上げて「もう大丈夫だから下ろせ」と小声で言った。
 ヴァルハルトは渋々といった様子でリアンの足を下ろし、少しふらついた腰を引き寄せてきて、腕で支えてくれる。
 祖父がちらりとこちらを見た。リアンを見るその眼には、すでに憎しみに近い感情が浮かんでおり、その表情を見たリアンは思わず怯んだ。すかさずヴァルハルトが祖父の視線からリアンを隠すように前に出る。
 昏い顔をした祖父は腰からサーベルを抜いて朽ち葉に視線を戻した。

「もともと、グラディウスを軽んじる従兄上は家長になるには相応しくなかった。だから排斥されたのだろう。今更戻ってきてなんのつもりか知らないが、リアンは私の孫でグラディウスの飛竜だ。海竜には渡さない」

 憎々しげに言う祖父の前に朽ち葉船長が進み出ながら、呆れたような声を出した。

「まだわからないのか。血への妄執で竜の本性を捻じ曲げるなと言っている。己の本心に従えば飛竜が絶えることはない」

 そう言いながらも、船長は羽織っていた外套の中から剣を抜いた。

「しかし、お前はもうグラディウスの癌だな。ここで取り除かなければ、本当に飛竜は滅びる」

 呟くように漏らした朽ち葉は、しみじみと自嘲するように頭を振った。

「やはりあのとき正しておかなければならなかった。飛竜がここまで堕ちたのは、私にも責任の一端があるか」

 ヒュッと風を切って船長の構えた剣身に明るい陽光が反射して煌めいた瞬間、祖父と朽ち葉が同時に床を蹴って飛び、切り結んだ。

 高齢とはいえ、竜であり現役の軍人である祖父は強い。しかし祖父が翼で風を起こしながら斬りかかった一撃を受け止め、朽ち葉は難なく背後に飛び上がって反撃した。
 隻腕であることを感じさせない彼の剣戟は速すぎて見えない。祖父に負けないどころか、その剣裁きは少し余裕を感じさせるほどだった。祖父が口元をきつく引き結んで受け流しているが、完全に押されている。
 強い。
 その飛竜の鬼神のような動きを見ながら、あの速さでは自分でも勝てないかもしれないとリアンは瞠目した。
 デッキの上を飛行しながら斬り合う二人を眺めたヴァルハルトが感心したような声を上げる。

「すげぇな、船長。確かにただ者じゃねぇと思ってたが、片腕だけであんだけ振り回せんのか」
「……驚いた。あんなに強い人がグラディウスにいたなんて」

 そう相槌を打ったが、胸の奥には苦いものが込み上げた。
 二人の話を聞いたかぎり、一族はその竜を自分たちの手で海に落としたのだから、やはり絶滅する運命だったのだろう。


 勝負がつくのにさほど時間はかからなかった。
 朽ち葉が祖父の手からサーベルを弾き落とし、翼でその身体をデッキに叩き落とした。
 すでにボロボロになっているデッキに叩きつけられて倒れた祖父の首に、船長が剣を突きつける。

「腕を失くしたとしても、私がお前に負けるはずがないだろう。作戦はこれで頓挫したな。諦めろ。せめてもの情けで殺さずに王宮に突き出してやる」

 冷酷な声で告げた朽ち葉を、祖父は唸り声を上げて鋭く睨んだ。
 祖父を冷たく見下ろした隻腕の竜は、剣を突きつけたまま軽くため息を吐く。

「お前が雌を産めなかったアメリアのために飛竜の血を守ろうとしているのはわかるが、それで竜本来の意志を捻じ曲げようとしているのだから、お前は本当に馬鹿だ。飛竜の中で一番番への執着心を拗らせているのは間違いなくお前だよ」

 その言葉を聞いて、祖父は微かに気圧されたように息を飲み、朽ち葉から目を逸らした。

 リアンは頭の中に昔写真で一度見たきりの祖母の顔を思い浮かべた。アメリアというのは、飛竜の最後の雌であった、祖父の番の名前だ。リアンが物心つく頃には、すでに他界していた。

「アメリアはお前を愛していただろう。番の気持ちも考えてやれ。彼女は息子であるリカルドにも、その子孫にも、愛する番を見つけて幸せになってほしいという気持ちしか抱いていない。お前が番の名誉のために飛竜の血をなんとか残そうとあがいているのは、飛竜にしてみれば全くいい迷惑だ」

 吐き捨てるように言った朽ち葉のセリフを、リアンは思いがけない気持ちで聞き、少しだけ祖父の頑なな感情を推し測った。祖父が番に対してどのように接していたのかは記憶にないし知らないが、雌を産めずに亡くなったというのであれば、当時まだ生きていた飛竜たちからは非難の目で見られたということは想像に固くない。

 しかしながら、朽ち葉が言うように今の祖父の蛮行は完全に行き過ぎだ。
 とにかくこれで祖父を止められたのであれば、あとは燕を元の領空に戻すだけである。叔父を見ると、祖父が無力化された以上は何もするつもりがないのか、ずっと立ちすくんだままだ。

「リアン、ここはいいから司令部に行って状況を確認してきなさい」

 朽ち葉に言われて、ほっと頷いて扉に向かおうとしたとき、逆に向こうから扉が開いて血相を変えた佐官がデッキに飛び出してきた。
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