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飛竜と海竜は惹かれ合う

第二十三話 飛竜の運命 後

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「私は自分が王国を守護する飛竜であることに誇りを持っています。空にいることを何よりも幸福に感じる。飛竜が海では生きられないというなら、そうなのでしょう」

 静かにそう答えると、叔父は黙ってリアンを見返した。

「叔父上が言うように、空で暮らすのが飛竜なら、私たちは王家の血を得たとしても王宮では生きられません。地上の人々の暮らしを見守ることはできない。だから、グラディウスの祖先は地上を治める王族に敬意を表したのではないのですか。地上の人々がいなければ、私達は空にいても生活の糧を得られず、人々を守る王族がいなければ、竜もまた滅びるのです」

 そう告げたリアンの眼を見た叔父は、表情を変えずに見つめ返してきたが、その瞳の中には微かな哀愁が浮かんでいた。
 重苦しい息を吐き出すように叔父はため息を吐き、頭を振った。

「いつからお前は、そんな余計なことまで考えるようになったのだろうな……。王室に近づけすぎたのが悪手だったか。リアン、グラディウスはグラディウスのことだけ考えていればいいんだ。私はそう教えられてきた」
「ですが、それが正しければ飛竜はここまで数を減らさなかったはずです。今私たちが進んでいる道は間違っている。まだ間に合いますから、一緒に大将を止めてください」

 艦内に続く扉の前に立ったまま動かない叔父をまっすぐに見つめた。
 頼むから頷いてくれと思いながら自分とよく似た黄色の瞳を見据えたが、その双眸に明るい光が宿ることはなかった。

「……すまない。リアン、それは無理だ。私はグラディウスだから」

 叔父はそう答えて、瞳孔を縦に開いた。

 その眼を見た瞬間身構えたが、一瞬後、つん裂くような咆哮と共に身体を貫くような衝撃に襲われた。

 竜の咆哮。

 まさか叔父にも放たれるとは思っていなかった。ビリビリと身体が痺れる痛みよりも、心臓に突き刺さった衝撃の方が強かった。

 叔父は、ちゃんと話せばリアンの話を聞いてくれると思っていた。

 眦にじわりと水滴がにじむ。
 デッキの上を吹き飛ばされて、停機していたヘリが衝撃波で横倒しになり、その底面に背中からぶつかって止まる。竜の咆哮が直撃した身体が衝突の反動で強く圧迫され、一瞬呼吸が止まった。叔父の竜印はリアンよりも若干弱い。祖父に浴びせられたときよりも全身の麻痺はまだましだったが、頭の上から指の先までビリビリした痺れに襲われ、倒れたまま身体を動かすことができなかった。

「リアン、戻ってきてくれたのかと思ったのに、残念だよ。お前は少し頭を冷やしなさい」

 ゆっくり歩いてきた叔父がリアンの側で立ち止まる。声を出すことができず、黙って目だけで見上げたリアンを、育ての親は生気のない顔で見下ろしていた。

「お前はもっと自制心の強い性格だと思っていたが、いつからそんなに自己主張が強くなったのか。矯正する必要があるな」

 そう呟きながら伸ばされた叔父の手がリアンに触れる寸前、突如としてバチッと激しい稲妻が爆ぜた。強烈な雷光が、二、三度リアンの周りを囲うように走り抜ける。
 驚いた叔父が手を上げて、リアンから距離を取った。

 なんだ?

 リアンも何が起こったかわからず目を見開いた。
 今、自分の腕から稲妻が出たように見えた。正確には、左の手首から。
 そう思ってから腕輪の存在を思い出す。昨日の夜ヴァルハルトに付けられた金色の腕輪。お守りだと言っていたが、もしかしたら何か防御魔法がかけられた魔道具だったのかもしれない。

「どういうことだ」

 リアンを見下ろした叔父が訝しげな声を出したとき、艦橋に続く扉が開いた。

「リカルド、何をもたもたしている」

 空軍の軍服と外套を着た祖父がデッキに出てきた。横転したヘリの側に倒れているリアンを見て、大将は目をすがめる。
 
「リアン、一度海に落としただけではまだわからないのか。もう一度落とせばお前の頭はさすがに冷えるか」

 冷酷な声で言いながら、ため息を吐かんばかりに頭を振って近づいてくる祖父を見上げ、リアンは何とか身体を起こそうと指で床を掻いた。
 また海に落とされるのはまずい。今燕から離されたらもう祖父たちを止められなくなる。
 緩まってきた麻痺に抗ってなんとか身体をうつ伏せにし、起き上がろうとしたところに横から殴打された。翼で打たれた、とわかったときにはデッキの隅に転がっていた。翼が当たる瞬間また微かに電光が走り、それで威力が落ちたのか艦艇の外までは弾き飛ばされなかった。デッキの端っこの段差に引っかかり、治ったばかりの肩と頭を打ちつけて痺れと痛みが同時に響いて小さく呻く。

「何だ? 少し翼が痺れた気がするが。まぁいい。リアン、もう一度聞こう。私の言うことに従うつもりはあるか」

 歩み寄ってくる祖父の朗々とした声が耳に入る。
 ふらつく頭で見上げた祖父の顔を、リアンは目を開いて見つめ返した。

「お祖父様……考え直してください。王宮を危険に晒して得るものは何もありません。私たちは……飛竜は滅んでも、国を守る竜であるべきです」

 祖父の中に眠る竜に届いてほしかった。
 力が入らず声量はでなかったが、掠れた声でそう答えた。眉を顰める祖父の顔を見て、痛みを感じる頭をどうにか起こし、必死に言葉を繋いだ。

「グラディウスの力が弱まっても、たとえ飛竜が滅んでも、私たちは最後まで国を守らなくては。それで血が途絶えたとしても、それは仕方がないことです。そうなったとしても、ホーフブルクには竜がいます。地上を守る地竜も、海を守る海竜も、私たちと同じように強く、尊い。空軍は他の竜の力を借りて領空を守っていけます」

 心からの言葉だった。

 今まで、自分は空以外に目を向けたことがなかった。
 けれど、空から落ちた海は美しいところだった。

 一ヶ月あまりも海の上で過ごしたリアンは、その海の広大さも、厳しさも、巨大な海獣に脅かされる恐ろしさも、全部身をもって知った。それと同時に、心を打たれるものもたくさんあった。煌めく海面に朝日が昇る神秘的な光景や、月夜の静謐とした空気に響く波の音。穏やかな海風には心が安らいで、嵐の夜にきまってトマ達が大騒ぎしながら酒盛りをするのは見ていて楽しかった。
 海獣や海賊を恐れずに海で暮らす人々を見て頼もしいと思った。そしてそんな彼らから信頼を寄せられる海竜は、海の守護者に相応しい。
 海の人々に慕われて、堂々と甲板に立つヴァルハルトの姿は眩しかった。

 だから、きっと飛竜は滅んでも大丈夫だ。

 ヒースレイにも、オーベルにも、この国の空を任せられる。

 祈るような気持ちでそう口に出した。
 以前の自分ならとても祖父には言えないような言葉だった。それでも、今言わなければならないと思った。自分にわかったように、祖父にもわかってほしかった。竜は国を守る同志で、敵対する必要はないと。

 デッキの床に手をついてなんとか上体を起こした。
 リアンを見下ろす祖父の顔は歪んでいた。

「リアン、お前が今までどこにいたのかは知らないが、いつの間にグラディウスの誇りを失ったのだ」
「失っていません。失わせないでください。私は、一族を誇りに思いたい。考え直して、計画を中止してください」

 尚も縋るように言うと、祖父は険しい表情をして小さく嘆息した。

「今更作戦を変更することはできない」

 その頑なな答えを聞いて、指先の力が抜けた。

 ここまで戻ってきて、止めることができないなんてことがあっていいのか。
 いいはずがない。まだ間に合う。

 必死に立ち上がろうと腕に力を入れると、そんなリアンを見下ろして祖父は冷たい声を出した。

「リアン、飛竜の牙を失ったお前はもう地上にも海にも下りる必要はない。一生燕の中にいて、ここで飛竜の血を守っていればいい」

 ぞわりと冷たくなった雰囲気にハッとして祖父を見上げると、その瞳の中の瞳孔が開こうとしていた。
 また咆哮を放たれる。
 本能的な危機を感じて背筋が凍った。
 今この状態で祖父の咆哮を浴びれば、意識を保つことはできないだろう。燕の中に囚われたら、もう逃げ出せないかもしれない。一瞬の間にそう考えて、ヴァルハルトの顔が脳裏に浮かんだ。
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