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飛竜と海竜は惹かれ合う
第十八話 海賊船ウミガラス 後
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リアンが硬直したことに気づかず、トマは隙間から外を見ながら首を傾げた。
「あれだけ大きなシーサーペントが出たから、心配して様子を見に来てくれたんですかね。こっちの甲板まで乗り込んでくるなんて珍しい」
それを聞いても、リアンはまだ扉に近づけなかった。
浅く息を吐きながら、耳をそばだてて外の音を聞こうとしてしまう。
波の音と外の船員達の話す声が大きくて、リアンのいるところには海竜だという男の声は聞こえない。風に乗って聞き覚えのある声が聞こえてこないか、身構えたがわからなかった。
「巡洋艦の海兵さん達もシーサーペントの死骸を見て納得してるみたいだから、やっぱりちょっと様子を見に来ただけだったのかな。あ、若頭は帰るみたいです」
トマがそう言ったとき、リアンは弾かれたように扉に近づいた。
少しだけ開いた隙間から、甲板の様子が見える。こちらに背を向けて立つガウスの向こうに、確かにヴァルハルトの横顔が見えた。
その男の顔を見た瞬間に感じたのは、安堵だった。
本当に無事だった。よかった。
何故自分はそう思うのか、違和感を覚えるよりも先にこみ上げたのが安堵だったから、リアンはそれ以外の感情を抱く前に肩の力を抜いた。ヴァルハルトはいつもと変わらない様子で立っているように見える。リアンに見せる不遜で人を小馬鹿にしたような顔が、今は仕事中だからか引き締まっている。その顔を見ても、自分の中には嫌悪を感じなかった。それどころか、懐かしいものを見つけたような、胸の奥で温もった感慨がこみ上げるような、複雑な気持ちを抱いた。
ガウスに挨拶を言ったのか、ヴァルハルトは背を向けて船から飛び下りようとデッキの柵に足をかけた。
そのとき、不意にこちらを振り向く。
何かに引かれたような顔でリアンのいる扉の方を見たヴァルハルトと目が合ってしまいそうになって、リアンは身を引いた。甲板の様子が見えなくなる。扉を見つめたまま心臓が大きく鼓動するのを感じ、息を止めて耳の後ろに血が流れる音をじっと聞いていた。
リアンのことは見えなかったはずだが、もしかしたら気づかれたかもしれない。
ヴァルハルトがこちらに歩いてくるのではないかと、心臓が早鐘を打った。
全身が硬直したように固まっていたが、しばらくしても何も起きないことがわかり、リアンは息を大きく吐き出した。
「帰っていきましたね。リアンさんよかったんですか? 海軍でしたけど、話しかけなくて」
扉の外をずっとうかがっていたトマがそう言って、リアンはもう一度深く息を吐くと首を横に振った。
「いい。ここで出て行ったら巡洋艦の者達にも姿を見られる。この船にも迷惑をかけるから、船を発つときは一人で行くつもりだ」
そう答えると、トマは納得したのかリアンを見て頷いた。頭の回転が速い子だから、リアンが何か事情を抱えていることはとっくにわかっているようだ。でもそれを無理に聞き出そうとはしない思慮深さがあるところは、ガウスに似ている。
ヴァルハルトに連絡を取りたいかと言われたら、なんと答えるべきかリアンは迷う。祖父の計略を海軍の幹部には知らせるべきだとは思うが、それをしたら海軍と空軍の全面戦争になりかねない。空軍の一般兵は、祖父の企みを知らない者の方が多いだろう。それならば、やはりリアンが燕に戻り、祖父を止めるか捕らえるかして、事態の収束を図る方が軍部のダメージは少ないのではないかとも思う。空軍と海軍がやり合い始めたら、それこそグートランドに横から突かれる可能性がある。
それに、あえてヴァルハルトを巻き込む理由がない。今は海にいるが、助けを求めるのはお門違いだ。そう考えてから、自分の思考はおかしいなと思った。まるで助けを求めれば、ヴァルハルトは手を貸してくれると信じているかのような。でも、多分あの男はリアンに手を貸すだろう。何故そう言い切れるのは自分でもわからないが、自分はあの男のことを以前よりも少しは知っている。ホーフブルクに危険が迫っているとわかれば、リアンの言葉に耳を傾けると思う。
そこまで考えたが、途中でやはりやめた。これは自分が解決する問題だ。
最後に会ったとき、勝手にしろとリアンを突き放したヴァルハルトの背中を思い出して、これ以上あの男に関わるのはやめた方がいい、と自分の中からどこか弱ったような声が聞こえた。
「オーベルの坊主、なんか苛ついてたな。いつもより殺気立ってるっつーか、怖ぇの。こっちはシーサーペントを始末してやったのに、労りの言葉もねーのよ。まあ、それはいつもだけど」
ガウスが船内に戻ってきて、通路に発っていたリアンの顔を見ながらぼやいた。
「リアン、どうやらあの坊主、お前を探してるみたいだぞ。若い飛竜を見なかったかってわざわざ船に飛び移って俺に確認してきた」
「え?」
意外な言葉を聞いて、リアンは目を見開いた。
「リアンが軍の中で今どういうことになってるかまでは聞かなかったが、本当に出て行かなくてよかったのか?」
「ああ……。どちらにしても、この船に迷惑をかけるつもりはない」
そう答えながら、まだ驚きでよく頭が回らなかった。
探している……?
ヴァルハルトが、自分を?
何故、という言葉が浮かんだが、すでにウミガラスから去っていったヴァルハルトにそれを聞くことはできない。飛んでいって聞こうにも、巡洋艦に乗る海兵に見つからずにあの男のもとにたどり着くのは困難だろう。
リアンが一人で困惑していると、不意に船内の奥から声がした。
「ガウス、シーサーペントはどうなった」
低い、少し掠れたような落ち着きのある男の声がして、リアンは振り返った。声に聞き覚えがないと思ったら、顔も見た覚えがなかった。
真っ白な白髪を後ろで束ねた黒い色眼鏡をかけた男の姿を見たとき、一瞬遙か昔に失踪した父親かと思った。記憶のある父親の立ち姿が重なった気がしたが、すぐにそんなことがあるはずがないと思い直す。通路の途中で立ち止まった男は、明らかに叔父よりも年齢がずっと上だった。
「船長、出てきて大丈夫なのか」
「これ以上そちらに出ると少しまぶしいが、殆ど問題ない。海獣は駆除したな」
「ああ。この飛竜の兄ちゃんが頭に擲弾ぶっ放してくれたからな」
ガウスの言葉を聞いて、壮年の男性はリアンに顔を向けた。
そこで一度黒い眼鏡を外した彼の瞳は緑だった。やはり父などではない。軽く息を吐いた。
眩しそうに目をすがめた男性はリアンを見て頷き、再び眼鏡をかけた。
「助太刀してもらったようで、礼を言おう」
「いえ、私の方こそ、ご挨拶が遅れました」
「怪我は治ったようだ」
「はい。私を見つけてくれたのはあなただと聞きました。助けてもらって感謝します」
「死ななくてよかった。肩も繋がっていてなによりだ」
そう言う船長はリアンよりも少し小柄だったが、体つきはしっかりしていた。ゆったりと着ている詰め襟の上着は、左の袖が空だった。肘から先がないのか、真ん中あたりでしぼんでいる。
「リアンといったか。私の部屋に来なさい。話がある」
黒い眼鏡で目が見えないが、リアンを見ていることがわかる。
困惑したリアンをおいて、船長はさっさと船内へ引き返した。何の話なのかわからないが、この船のボスにそう言われた以上は従うべきだろう。戸惑いつつも、リアンは隻腕の男性について歩き出した。
船長の部屋は船の最も後尾にあった。扉を開けて入ると部屋の中は想像以上に広く、今は分厚いカーテンが引かれているが、窓も大きい。広い寝台と手前にソファやテーブルなどの家具が一通り揃っていて、部屋の隅にはシャワーとトイレなのか個別の扉がいくつかあった。
ちょっとした客船の一等船室のような中を見回して、入り口で足を止めていたリアンを船長が振り返る。
「座りなさい」
と、ソファを指さして、自分は向かいの肘掛け椅子に腰掛けた。
素直に座ると、じっとリアンを眺めているような視線を感じ、彼の黒い眼鏡を見ながら内心で首を捻った。
「じろじろ見てすまないな。飛竜なんて見るのは久方ぶりでね」
「いえ……。改めてありがとうございました。船長のことは、なんと呼べば?」
「ああ、そうだな。君に船長と呼ばれるのは確かに変か。そうさな、朽ち葉とでも呼んでくれ。ウミガラスの者以外は皆そう呼ぶから」
朽ち葉、というからには本名ではないし、通り名だと思うが、ますます得体の知れない人間だと思った。
目が痛むのか、右手で少し眉間をもんでから、船長はリアンの方に顔を向けて口を開く。
「軍部の無線を傍受した」
「は?」
「君は演習中の事故で死んだことになっているようだ。しかし一部の空軍の士官と、海軍の少将はまだ君を探しているようだな」
唐突に言われたことに驚愕して、朽ち葉の顔をまじまじと見る。
無線を傍受したと言ったか。
この船はそんなことまでできるのか。
驚いているリアンを前に、船長は腕を組んで肘掛け椅子の背もたれにもたれた。
「それからきな臭い話を小耳に挟んでね。どうやら明日、空軍の燕は予定されていた東の海上ではなく、陸の上を飛行するらしい。明日の建国記念の祝祭日に、祝砲をあげるため、と建前では言っているらしいが、そんなことは今まで一度もなかっただろう」
それを聞いたとき、祖父が動くつもりだ、と思った。シーサーペントの討伐のせいで失念していたが、明日は確かに祝祭日だ。建国記念日で祝祭日なら、王族は皆王宮に集まっているだろう。何かことを起こすなら、絶好のタイミングになる。
リアンが顔に緊張を走らせたことに気づいたのか、船長はじっとリアンを見つめて首をかしげた。
「君は飛竜で、空軍の者だろうと思ったから教えておこうと思ってね」
「ありがとうございます」
彼がどんな手段でその情報を手に入れたのかはもう聞かないことにした。それよりも、明日燕にどうやって戻るかを考えなければならない。祖父が強行を起こそうとしているなら、やはり自分は止めなければならない。グラディウスとして、国を守護する飛竜として。一族に歯向かうことになるが、そうするべきだとようやく心を決めた。
まだ左肩は少し痛むが、今日寝ればまた少しよくなるだろう。明日の朝にはきっと飛び立てる。
「あれだけ大きなシーサーペントが出たから、心配して様子を見に来てくれたんですかね。こっちの甲板まで乗り込んでくるなんて珍しい」
それを聞いても、リアンはまだ扉に近づけなかった。
浅く息を吐きながら、耳をそばだてて外の音を聞こうとしてしまう。
波の音と外の船員達の話す声が大きくて、リアンのいるところには海竜だという男の声は聞こえない。風に乗って聞き覚えのある声が聞こえてこないか、身構えたがわからなかった。
「巡洋艦の海兵さん達もシーサーペントの死骸を見て納得してるみたいだから、やっぱりちょっと様子を見に来ただけだったのかな。あ、若頭は帰るみたいです」
トマがそう言ったとき、リアンは弾かれたように扉に近づいた。
少しだけ開いた隙間から、甲板の様子が見える。こちらに背を向けて立つガウスの向こうに、確かにヴァルハルトの横顔が見えた。
その男の顔を見た瞬間に感じたのは、安堵だった。
本当に無事だった。よかった。
何故自分はそう思うのか、違和感を覚えるよりも先にこみ上げたのが安堵だったから、リアンはそれ以外の感情を抱く前に肩の力を抜いた。ヴァルハルトはいつもと変わらない様子で立っているように見える。リアンに見せる不遜で人を小馬鹿にしたような顔が、今は仕事中だからか引き締まっている。その顔を見ても、自分の中には嫌悪を感じなかった。それどころか、懐かしいものを見つけたような、胸の奥で温もった感慨がこみ上げるような、複雑な気持ちを抱いた。
ガウスに挨拶を言ったのか、ヴァルハルトは背を向けて船から飛び下りようとデッキの柵に足をかけた。
そのとき、不意にこちらを振り向く。
何かに引かれたような顔でリアンのいる扉の方を見たヴァルハルトと目が合ってしまいそうになって、リアンは身を引いた。甲板の様子が見えなくなる。扉を見つめたまま心臓が大きく鼓動するのを感じ、息を止めて耳の後ろに血が流れる音をじっと聞いていた。
リアンのことは見えなかったはずだが、もしかしたら気づかれたかもしれない。
ヴァルハルトがこちらに歩いてくるのではないかと、心臓が早鐘を打った。
全身が硬直したように固まっていたが、しばらくしても何も起きないことがわかり、リアンは息を大きく吐き出した。
「帰っていきましたね。リアンさんよかったんですか? 海軍でしたけど、話しかけなくて」
扉の外をずっとうかがっていたトマがそう言って、リアンはもう一度深く息を吐くと首を横に振った。
「いい。ここで出て行ったら巡洋艦の者達にも姿を見られる。この船にも迷惑をかけるから、船を発つときは一人で行くつもりだ」
そう答えると、トマは納得したのかリアンを見て頷いた。頭の回転が速い子だから、リアンが何か事情を抱えていることはとっくにわかっているようだ。でもそれを無理に聞き出そうとはしない思慮深さがあるところは、ガウスに似ている。
ヴァルハルトに連絡を取りたいかと言われたら、なんと答えるべきかリアンは迷う。祖父の計略を海軍の幹部には知らせるべきだとは思うが、それをしたら海軍と空軍の全面戦争になりかねない。空軍の一般兵は、祖父の企みを知らない者の方が多いだろう。それならば、やはりリアンが燕に戻り、祖父を止めるか捕らえるかして、事態の収束を図る方が軍部のダメージは少ないのではないかとも思う。空軍と海軍がやり合い始めたら、それこそグートランドに横から突かれる可能性がある。
それに、あえてヴァルハルトを巻き込む理由がない。今は海にいるが、助けを求めるのはお門違いだ。そう考えてから、自分の思考はおかしいなと思った。まるで助けを求めれば、ヴァルハルトは手を貸してくれると信じているかのような。でも、多分あの男はリアンに手を貸すだろう。何故そう言い切れるのは自分でもわからないが、自分はあの男のことを以前よりも少しは知っている。ホーフブルクに危険が迫っているとわかれば、リアンの言葉に耳を傾けると思う。
そこまで考えたが、途中でやはりやめた。これは自分が解決する問題だ。
最後に会ったとき、勝手にしろとリアンを突き放したヴァルハルトの背中を思い出して、これ以上あの男に関わるのはやめた方がいい、と自分の中からどこか弱ったような声が聞こえた。
「オーベルの坊主、なんか苛ついてたな。いつもより殺気立ってるっつーか、怖ぇの。こっちはシーサーペントを始末してやったのに、労りの言葉もねーのよ。まあ、それはいつもだけど」
ガウスが船内に戻ってきて、通路に発っていたリアンの顔を見ながらぼやいた。
「リアン、どうやらあの坊主、お前を探してるみたいだぞ。若い飛竜を見なかったかってわざわざ船に飛び移って俺に確認してきた」
「え?」
意外な言葉を聞いて、リアンは目を見開いた。
「リアンが軍の中で今どういうことになってるかまでは聞かなかったが、本当に出て行かなくてよかったのか?」
「ああ……。どちらにしても、この船に迷惑をかけるつもりはない」
そう答えながら、まだ驚きでよく頭が回らなかった。
探している……?
ヴァルハルトが、自分を?
何故、という言葉が浮かんだが、すでにウミガラスから去っていったヴァルハルトにそれを聞くことはできない。飛んでいって聞こうにも、巡洋艦に乗る海兵に見つからずにあの男のもとにたどり着くのは困難だろう。
リアンが一人で困惑していると、不意に船内の奥から声がした。
「ガウス、シーサーペントはどうなった」
低い、少し掠れたような落ち着きのある男の声がして、リアンは振り返った。声に聞き覚えがないと思ったら、顔も見た覚えがなかった。
真っ白な白髪を後ろで束ねた黒い色眼鏡をかけた男の姿を見たとき、一瞬遙か昔に失踪した父親かと思った。記憶のある父親の立ち姿が重なった気がしたが、すぐにそんなことがあるはずがないと思い直す。通路の途中で立ち止まった男は、明らかに叔父よりも年齢がずっと上だった。
「船長、出てきて大丈夫なのか」
「これ以上そちらに出ると少しまぶしいが、殆ど問題ない。海獣は駆除したな」
「ああ。この飛竜の兄ちゃんが頭に擲弾ぶっ放してくれたからな」
ガウスの言葉を聞いて、壮年の男性はリアンに顔を向けた。
そこで一度黒い眼鏡を外した彼の瞳は緑だった。やはり父などではない。軽く息を吐いた。
眩しそうに目をすがめた男性はリアンを見て頷き、再び眼鏡をかけた。
「助太刀してもらったようで、礼を言おう」
「いえ、私の方こそ、ご挨拶が遅れました」
「怪我は治ったようだ」
「はい。私を見つけてくれたのはあなただと聞きました。助けてもらって感謝します」
「死ななくてよかった。肩も繋がっていてなによりだ」
そう言う船長はリアンよりも少し小柄だったが、体つきはしっかりしていた。ゆったりと着ている詰め襟の上着は、左の袖が空だった。肘から先がないのか、真ん中あたりでしぼんでいる。
「リアンといったか。私の部屋に来なさい。話がある」
黒い眼鏡で目が見えないが、リアンを見ていることがわかる。
困惑したリアンをおいて、船長はさっさと船内へ引き返した。何の話なのかわからないが、この船のボスにそう言われた以上は従うべきだろう。戸惑いつつも、リアンは隻腕の男性について歩き出した。
船長の部屋は船の最も後尾にあった。扉を開けて入ると部屋の中は想像以上に広く、今は分厚いカーテンが引かれているが、窓も大きい。広い寝台と手前にソファやテーブルなどの家具が一通り揃っていて、部屋の隅にはシャワーとトイレなのか個別の扉がいくつかあった。
ちょっとした客船の一等船室のような中を見回して、入り口で足を止めていたリアンを船長が振り返る。
「座りなさい」
と、ソファを指さして、自分は向かいの肘掛け椅子に腰掛けた。
素直に座ると、じっとリアンを眺めているような視線を感じ、彼の黒い眼鏡を見ながら内心で首を捻った。
「じろじろ見てすまないな。飛竜なんて見るのは久方ぶりでね」
「いえ……。改めてありがとうございました。船長のことは、なんと呼べば?」
「ああ、そうだな。君に船長と呼ばれるのは確かに変か。そうさな、朽ち葉とでも呼んでくれ。ウミガラスの者以外は皆そう呼ぶから」
朽ち葉、というからには本名ではないし、通り名だと思うが、ますます得体の知れない人間だと思った。
目が痛むのか、右手で少し眉間をもんでから、船長はリアンの方に顔を向けて口を開く。
「軍部の無線を傍受した」
「は?」
「君は演習中の事故で死んだことになっているようだ。しかし一部の空軍の士官と、海軍の少将はまだ君を探しているようだな」
唐突に言われたことに驚愕して、朽ち葉の顔をまじまじと見る。
無線を傍受したと言ったか。
この船はそんなことまでできるのか。
驚いているリアンを前に、船長は腕を組んで肘掛け椅子の背もたれにもたれた。
「それからきな臭い話を小耳に挟んでね。どうやら明日、空軍の燕は予定されていた東の海上ではなく、陸の上を飛行するらしい。明日の建国記念の祝祭日に、祝砲をあげるため、と建前では言っているらしいが、そんなことは今まで一度もなかっただろう」
それを聞いたとき、祖父が動くつもりだ、と思った。シーサーペントの討伐のせいで失念していたが、明日は確かに祝祭日だ。建国記念日で祝祭日なら、王族は皆王宮に集まっているだろう。何かことを起こすなら、絶好のタイミングになる。
リアンが顔に緊張を走らせたことに気づいたのか、船長はじっとリアンを見つめて首をかしげた。
「君は飛竜で、空軍の者だろうと思ったから教えておこうと思ってね」
「ありがとうございます」
彼がどんな手段でその情報を手に入れたのかはもう聞かないことにした。それよりも、明日燕にどうやって戻るかを考えなければならない。祖父が強行を起こそうとしているなら、やはり自分は止めなければならない。グラディウスとして、国を守護する飛竜として。一族に歯向かうことになるが、そうするべきだとようやく心を決めた。
まだ左肩は少し痛むが、今日寝ればまた少しよくなるだろう。明日の朝にはきっと飛び立てる。
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