荒くれ竜が言うことを聞かない

遠間千早

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飛竜と海竜は惹かれ合う

第十六話 海賊船ウミガラス 前

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 目を覚ましたとき、自分がどこにいるのかわからなかった。

 見覚えのない天井だった。白く塗られた鋼鉄の、船の中のような。
 身体を動かそうとして、腕に力を入れたら左肩に激痛が走った。身動ぎしようとした胸と脇にもまるで挽きつぶされるような疼痛。

「う……」

 思わず呻いたら、横の方から人の気配がした。

「あっ起きましたね! 起きた! お頭ー!! 起きましたよこの人!」

 元気よく跳ねるような張りのある声がして、顔だけで横を向くとそこまで広くはない部屋の扉の前に若い少年の後ろ姿が見えた。
 廊下に顔を出して大声を上げた少年は部屋の中を振り返り、リアンと目が合うとぱちりと大きな目を瞬きさせてにこっと笑った。日に焼けた肌に明るい茶色の髪をした線の細い少年はリアンが横になっているベッドに近寄ってきて、しげしげとリアンの顔をのぞき込んできた。

「その黄色い目、お兄さんが飛竜だっていうのは本当なんですね。海竜はよく見るけど、飛竜は初めて見たな」

 興奮したような顔の少年を見上げて、リアンは一体ここはどこなのだと改めて思った。今、この少年はお頭、と言ったか。そんな呼称でよばれる人間の職業は、かなり限られると思うのだが。

「ここは」

 掠れた声で聞くと、少年はまた大きな瞳をぱちりと瞬かせて首を傾げた。

「今進んでる場所ってことですか? 俺たちの船の名前ですか?」
「船……?」
「ここは海賊船だよ。飛竜の兄ちゃん」

 リアンの疑問符に、少年とは別の男の声が答えた。扉の方を見ると、屈強な体躯をした四十代くらいの大柄な男が部屋の中をのぞいていた。

 海賊船。
 今、海賊船と言ったか。

「海賊船……?」

 まさか助けられたのか。海賊船に。軍人の自分が。
 衝撃のあまり男を凝視しながら呆然としていると、リアンの顔を見て黒い髪のその男は軽く吹き出すようにして笑った。

「残念ながら、そんなに見つめても現実は変わらねぇよ。ここは海賊船で、船の名前はウミガラス。あんたは海の中に沈みそうになってるところを俺たちに拾われた飛竜だな。しかしその怪我でよく生きてるな。竜が頑丈っていうのは本当なのか」

 感心したように腕を組む男を見て、ベッドの隣でうんうんと頷いている少年に視線を戻し、リアンはようやく現状を察した。

「……助けてもらって、感謝する。死ぬだろうと思っていたが、命拾いしたとは驚いた」

 リアンが素直にお礼を言うと、海賊の男は眉を上げてにやっと笑った。

「船長に感謝するんだな。あんたを見つけたのは船長だから」
「そうか。また改めてお礼を言わせてもらいたい」

 てっきり頭と呼ばれているこの男が船の船長なのかと思ったら、船長は別にいるらしい。
 リアンが不思議そうな顔をしているのを見て、頭目の男が「船長はずいぶん前に隠居してんだよ。俺が後を継いでる」と付け足して説明した。海賊の世襲問題などわからないからそういうものかと頷いたが、思考がはっきりしてくるとそれよりも重要なことを思い出す。

「すまないが、知っていたら教えてほしい。海軍の戦艦は無事だろうか」

 あれからどれだけ時間が経っているかもわからないが、グートランドの魚雷は回避できたのかを知りたい。海賊に聞くような内容でもないが、焦燥に駆られて尋ねてみた。

「海蛇のことか? 特に何の情報も聞かないから、いつも通りだと思うが」
「そうか……よかった」

 それを聞いてほっと胸をなで下ろした。リアンの咆哮が聞こえたかどうかは別として、どうやら戦艦が沈むような事態にはなっていないらしい。それならもう何も心配はない。リアンは深く息を吐いた。

 海賊船にいた少年は名前をトマ、頭と呼ばれた男の方はガウスと名乗った。
 目を覚ましたとき、合同演習の日からすでに三日が経っていた。
 自分の置かれた状況を確認したかったが、いかんせん身体が動かなかった。銃で撃たれた左の肩甲骨は完全に割れていて、海に落ちたときに何本かあばらも折れていた。翼を出したまま落ちたことで衝撃はまだましだったようだが身体の損傷が激しく、一週間はベッドから起き上がれなかった。
 トマがガウスに命じられているのかあれこれと世話を焼いてくれ、リアンは二人の明朗な人柄を信頼してありがたく好意を受け入れ回復に専念した。それにどちらにしろ、ここが怪しい海賊船だったとしても、身動きが取れない以上は逃げ出すこともできない。
 一週間経ってなんとか寝返りを打ち、上体を少し起こすことができるようになった。二週間経つとゆっくりとなら部屋の中を歩けるようになり、リアンの回復力にトマもガウスも驚愕していた。

「竜は頑丈だって聞いていましたけど、すごいですね。もう歩けるなんて」
「ああ。病気なんかは少し長引くことはあるが、肉体的な面では竜は強い。私は軍人だし、怪我には慣れている」
「いや怪我っていうようなレベルじゃなかったんですけど」

 トマが苦笑しながら、リアンが歩けるようになると船内をゆっくり案内してくれた。
 そこでようやくウミガラスと呼ばれる海賊船の中を確認することができた。ガウスの仲間は二十人ほどいるらしく、船は中規模くらいの護衛艦のような造りに見える。中規模といってもこの人数が乗るにはかなり広く、船室の部分は通路も明るくて清潔だった。機械室があるから恐らく動力もついており、風がない日でも海を走れるらしい。
 海賊船にしては設備や中の造りは豪華で、金がかかっているのがすぐに見て取れる。甲板に少しだけ出たときに気づいたが、装備されている艦砲や兵器は普通の船に比べてかなりものものしく、そこだけは海賊船らしかった。
 ウミガラスの乗組員は、皆顔つきはそこまで悪人面ではなく、どちらかというと血気盛んな漁師のような、日焼けした逞しい若者が多い。リアンにはそれが不思議な気がした。

 その理由がわかったのはガウス達の生業なりわいを知ったときで、彼らは商船や漁村から金品を収奪するようないわゆる海賊といった集団ではなかった。海を渡りながら海獣を倒し、その核石や素材を剥がして商船に売り渡して稼いでいる武装集団というのが正しい認識らしい。

「海獣は高く売れるんだよ。貴重な核石や素材は海軍が牛耳ってるからな。商船に卸すと喜ばれる」

 ガウスがそう説明するように、偶に商船や漁船がウミガラスの横につけて停泊していて、なにやら取引をしているようだった。船内からこっそり観察していると、取引する船は皆顔なじみなのか気安い調子で、それどころかガウスにはある程度の敬意を払っているようにも見えた。少し不思議に感じて、リアンに付き添ってくれていたトマにその理由を聞いてみると、彼はちょっと誇らしそうに胸を張った。

「ウミガラスは何十年もホーフブルクの海を航海しながら漁船や商船の天敵である海獣を狩っていますから。付き合いが長い商船も多いですし、漁船に悪さをする海賊がいたら、警戒するようにうちから周辺の船に知らせています。商船と漁船のコミュニティはそこまで広くないので、皆で情報交換しながら持ちつ持たれつでやってるんです」
「そういうことか。そんな海賊が海にいるなんて知らなかったな。それなら、海賊と名乗るのは少し疑問ではないか。どちらかというと義賊に近いような……」

 なぜわざわざ海賊を名乗っているのだろうと思い聞いてみると、トマは首を傾げた。

「うーん。それ以外にうちの船を形容する言葉がないみたいで。確かに皆ホーフブルクに住居があるわけでもないし、納税もしてないんで、ならず者っていう意味ではそうなのかなと。船長がうちは海賊ってことでいいって最初に決めたみたいなんです」
「そうか……。トマはどうしてこの船に?」
「頭が、昔難破した商船を見つけて生存者を探したときに、近くで浮いている箱の中に浮きと毛布で包まれた赤子の俺を見つけたらしいんです。それからずっとこの船にいます。頭は金は出すから陸に行って来いって言ってくれますけど、俺はここにいたいので」

 そう言ったトマの顔は本当にこの船が好きなのだ、と言っていたから、リアンはその表情を見てこの海賊船への警戒を完全に解いた。
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