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2章

34.勝手口

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 「どうした?」

 「何が?」

 流し台に両手をついて俯いていた怜は、悠太の声に頭をもたげて、そう言った。

 「具合でも悪い? さっきからどっか行っちゃってるからさ、目が」

 「何それ。どこにも行ってないよ」

 怜は意味が分からないという風に、笑いながら答える。

 「今朝のこと考えてるの?」

 「そうかもしれない」

 「そうかもしれないって…」

 「ただ呆けているだけなんだ。何も、考えちゃいない」

 怜はそう言うと、後ろの窓を開けた。雨は小降りになっていてはいるが、まだ止みそうになかった。怜は窓枠にもたれて、しばらくその風景を眺めていた。店の裏には、屋根付きのゴミ置き場と、乗用車3台分の駐車スペースが設けられている。

 「タバコ吸うか?」

 「タバコ?」

 怜がタバコを吸っていたなんて、初耳だった。

 「タバコなんか吸ってたっけ?」

 「いや、吸ってない。でも、持ってる」

 悠太は意味が分からなかった。

 「何それ」

 「吸わないけど、持ってるってこと?」

 「そう」

 「いつから」

 「分からない」

 「そう…」

 「それで? 吸うか」

 「いや、俺はいい」

 「じゃあ、ちょっと行ってくるから」

 「うん」

 怜は事務室に入り、バッグからタバコとライターを取り出してきた。それから勝手口から出て、屋根の下で火をつける。

 「ゴホン!ゴホン!ゴホン!」

 とむせて、すぐにでも咳き込む音が聞こえて来るだろうと、悠太は踏んでいたのだが、怜は慣れているかのように、何の音も立てることなく、静かに煙を出し入れしていた。

 聞こえて来るのは雨の音だけ。まだ12時もなってない時刻であったが、曇っていて、暗かった。霧に扮した煙が、立ち上っている。

 悠太はテーブルから見えるところに座って、読みかけの文庫本を出して、読み始めた。後10数ページで終わりだったので、彼女たちに呼ばれる前に、読めそうに思えたのだ。

 しかし、怜のことが頭から離れなかった。だから読書に集中することが出来なかった。

 そこから怜の姿は見えなかったのだが、一つの絵のように、タバコを吸っている怜の姿が、外の風景に完全に溶け込んでいた。雨と駐車場。そしてタバコ。怜。そんなイメージたちを、頭の中で組み合わせていた。

 「悠太、いる?」

 テレパシーでも通じたんだろうか。

 「いるよ」

 「やっぱり一緒に吸おう」

 「いいけど、俺吸ったことない」

 「俺もだよ」

 「今吸ったでしょう」

 「いや、まだ吸ってない」

 「何吸ってないって…煙出てたよ」

 「火つけただけ」

 それを聞いて、悠太は思わず吹き出してしまう。

 「さっきから何? わざとなの?」

 「可愛いけど、そんなキャラじゃないでしょう」

 「いいから、来て」

 悠太は少し迷った。タバコを吸おうなんて、今まっだ考えたこともなかったのだ。

 (何でタバコなんか…)

 しかし、だからといって、特に吸わない理由があるわけでもなかった。

 「悠太君~会計お願い」

 その時、ホールから読み出しのベルが鳴った。そして3人は、大声で悠太の名前を呼んだ。帰るのがいつもより早かった。

 「はい。今行きます」

 「怜、ちょっと言ってくる」

 結局、本は1ページも進んでいなかった。

 

 

 
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