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1章

19.非日常

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 悠太は、息を切らしながら教室に戻ってくると、机にかけてあったリュックを手に持って、教室を出ていく。誰もが悠太が出ていくことをただ見ているだけだ。

 悠太が出て行った途端、教室は騒がしくなる。悠太と怜の話題でもちきりだった。

 「あいつ、何いきなり」

 「いつものことだろう」

 「いつも自分だけが特別って顔してさ、気持ち悪いんだよな」

 「よく言うよ。楽しんでるくせに」

 「あいつ、人生終わったな」

 「おめえが終わってんだよ。ああ見えても成績いいから」

 「ええ? マジで? ショックだわ…じゃなくて」

 「成績なんてどうだっていい。あいつは、基本がなってねーんだよ。人間として」

 「くっさ…」

 「うるせえ」

 「あ、そうだ。怜がいなくたってのってさ、あいつと関係あるらしいぜ」

 「怜のやつ、あいつとやってたらしい」

 「は? なんだよそれ」

 「放課後いつも二人残っててさ、屋上でやってたらしい」

 「何を」

 「何をって、お前…やるって言ったら、あれしかないだろう」 
 
 「だから何を?」

 「お前バカか? やるって言ったら、セックスしかないんだろう?」

 「おい、待て。お前の頭ん中では男二人でやることってセックスしかねえのかよ」

 「危ねえやつだな」

 「違うって! 俺の説明が足りなかった」

 「あいつらゲイなんだよ。とにかく、聞けよ」

 「気になって尾行したやつがいてさ」

 「あいつ、フェラとかしてるの見たらしい」 

 「チンポしゃぶってたってこと?」

 「知らんけど、そうじゃない?」

 「オエっー無理だろう普通、そんなの」

 「その後は、お尻の穴舐めたり、チンポぶち込んだりしたらしい」

 「やめろって、吐きそうになってきたわ」

 「汚ったねえよな、あいつら」

 「エイズとかかかってんじゃね?」

 「まあ、どうでもいいけど」

 ♢♢♢

 代わり映えしない日常の中の非日常を、彼らは娯楽として消費するだけだった。悠太がこの後どうなろうが、本当のところ、誰も気にしちゃいない。怜のことだってきっとそうなのだろう。受験勉強で忙しい時期だし、そもそも他人に興味が持てないというのは、別に悪いことではない。そういう時代なのだ。そうやってみんなが自分の毎日を過ごしていくんだ。

 言うまでもなく、毎日というのはつまらないものだ。毎日毎日が、退屈でたまらないんだ。だから怜と悠太がもたらした、この非日常を彼らは心の底から歓迎する。

 毎日の人身事故による電車の遅延、放火、殺人、自然災害などなど、当事者でない限り、それは毎日の刺激として、おかずとして消費される。毎日毎日、あらゆるメディアが人の不幸を報道することに余念がないのも、そのためなのだ。

 悠太はこれ以上彼らのおかずにはなりたくなかった。それは怜も同じなのだろう。だから、消えてしまった。悠太はそんなふうに思えてならなかった。きっとそうだ。そうに違いない。

 「そうだろう? 怜」

 「僕は、怜のことが好きだから分かるんだ」

 「僕は怜と同類なんだ。分かるだろう?」

 「僕たちは、クソゲイ野郎なんだろう?」

 「僕たちは、おかずなんだ」

 「でもそのことが嫌になった」

 「そうだろう? 怜」

 「僕も出ていくよ」

 「こんなところにいつまでいても意味がないんだ。最初から意味なんかなかったんだ」

 「怜は今何を考えているんだ?」

 「僕は、怜に会いにいくよ」

 「それ以外のことなんてどうでもいいんだ」

 「愛してる」

 「怜、僕は君のことが好きなんだ」

 「愛してるよ。怜」

 「だから僕を捨てないで」

 「どこにいるんだ?」

 「どこに行ってしまったんだ?」

 「ねえ、教えてよ。怜」

 「僕は、君なしでは生きられない」

 「どこにいるんだ」

 「僕は…」

 悠太は学校を出て、怜のマンションに向かった。
 
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