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10話 なに?また増税じゃと?

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 オルツィン伯爵は無能領主である。

 禿頭に生えたひよこの尻尾のような金髪、脂ぎった顔、はち切れんばかりの腹がチャームポイントの中年男性。内政も外交も家臣に任せっぱなし、大好きなワインと狩りが生きがいの中年男性である。

「今日も暇よのぉ」

 かつてアルダンの町は、彼の増税によって滅びかけたことがあった。

 唯一の救いは、彼がただ〝頭が悪い〟だけで邪悪さを持ち合わせていないこと。増税だって「生活に余裕がありそうだから」という、何の裏付けもない理由で強行し、魔族の侵攻とも重なって貧しい領地になってしまった。

「おい、ちょっと狩りにでも行かぬか?」

 忙しそうにする家臣を呼び付けるオルツィン伯爵。
 もちろん家臣が断れるはずもなく、皆慌てて準備を始めた。


『おい豚領主』


 椅子から飛び上がるオルツィン。
 額に脂汗が滲む。

「そ、その声はカナメ様!」

『貴様、減税しろとあれほど言ったのに聞く耳持たずか? その耳は何のために付いておる』

「は、はぁ。ですが先月30%まで下げましたし、町民達も充分豊かに暮らしているではありませんか……」

『そもそも増税して何をするつもりじゃ? 政治に関わらん貴様が金を持っていても経済は回らん。環境維持はどうなった? 良い働きをした家臣に褒美を渡してるか? 治安維持の騎士達へは? 私腹を肥やしてないか? クドクド』

 虚空から姿のボヤけた人型が現れると、オルツィン伯爵は「ひゃあ!」と椅子の後ろに隠れた。家臣達は口々に「カナメ様!」と、崇めるように声を上げる。

『貴様……少し顔を見せてみろ』

 顔や姿に靄がかかっている不気味なそれは、ある日突然オルツィン伯爵の前に現れた。

 その時すでに「魔力測定店」を勝手に開店していたエブリは、事後報告的に領主に挨拶したのだが、そのあまりの無能っぷりが面白いので、定期的に顔を出すようになっていた。

 椅子の後ろから怯えた顔を覗かせるオルツィン伯爵。エブリは彼の顎をクイと上げ、右へ、左へと顔を動かし確かめる。

『ほう、また男前になったようじゃな』

「それは本当ですか!?」

『うむ。やはり面構えが違うのう』

「狩りの成果でしょうな! この前は獰猛なブルファンを石弓でこう、一撃でですなぁ!」

 エブリとしては、難民達の家を建てるための土地を確保したり、新しい事業の承認を得るためオルツィンとは仲良くしておきたい。そのため定期的に〝飴〟を与えに来るのだが、次第に伯爵の扱いに長けてきていた。

「(今日も領主様が手篭めにされている)」
「(流石はカナメ様だ……)」

 家臣達は微笑ましくそれを見守っている。

『話は変わるが、今度は4区の廃墟を土地ごと貰い受けたいんじゃが構わぬか?』

「も、貰うですか……?」

『オルツィン、そういえば貴様の馬術も中々じゃったぞ。馬の扱いにも長けておるのか?』

「やはり見ておいででしたか! いやぁ馬術は嗜む程度ですが、分かる方には分かるんでしょうなぁ!」

 家臣が持ってきた土地の権利書に上機嫌でサインするオルツィン伯爵。彼の増税で廃墟と化した店はたくさんあり、脆くなった建物の修繕に金と時間が取られるならと、家臣的にエブリの事業は渡りに船である。

 今回もまんまと権利書を手に入れたエブリは、ズルズルと椅子を引っ張り机の前へ置くと、書類を全て薙ぎ払い、チェス盤を置いた。

『一戦やろうではないか』

「カナメ様も懲りませんなぁ」

 余裕の笑みで顎の肉を撫でるオルツィン伯爵。
 霞のかかった人型と巨漢が向き合う異様な光景――そして二人は、駒を並べ始める。



◇◇◇◇◇



「今日も惨敗ですか」

「なぜ奴はあんなに強いんじゃ……」

 城に戻り、バラバラのチェス盤の前で突っ伏すエブリ。伯爵とのチェス勝負はいつもエブリが負けており、これは権利書を得るための〝嘘〟とは違い、本気を出しても勝てていない。

「チェスだけは奴に勝てる気がせんのう」

「……」

 戦場を図上で想定し、作戦を再現する軍事研究を兵棋演習といった。チェスもそれにあたり、任務達成のための駒の使い方、地形把握能力、戦術などを競うのに用いられる――つまり軍師の遊びである。

「適材適所ですねぇ」

「なんじゃ?」

「いえ、なんでもございません。先ほど奪った4区の廃墟は何に活用されるのですか?」

「まだ決めておらん。単純に瓦礫やヒビが気になってのう、危ないから更地にするんじゃ。あのチビ共の遊び場も近いしのう」

 かくして、無能領主から新しい土地を得たエブリ。事業に活かす日は来るのだろうか――。


◇◇◇◇◇


 深い夜のアルダンに黒い影の軍団が迫ってきていた。

「ここから隠遁魔法で監視を抜け、城まで向かう。失敗は許されぬ、覚悟して挑むことだ」

 ザンバイ将軍が側近や魔物達にそう告げる。

 側近の中の一人が不気味な音を奏で、それが周囲の草木を揺らし、森の奥へと溶けてゆく――これは魔物及び魔族にのみ聞こえる「信号」のようなもので、主に魔物への意思疎通に使われる。それを聞いた魔物が突撃の態勢をとると、いよいよ準備が完了する。

「いざ闇討に――」

「何をしている」

 不意にかけられた声にザンバイ将軍が振り返ると、そこには不気味な山羊の骨を被ったローブの男が立っていた。

 その足元に散らばる同胞達の亡骸、魔物の残骸。

 いつ現れた?
 こいつは何をした?

「戦争の残党か? 敗戦の兵というのはなかなかどうして惨めなものだな」

 そう言いながら、人類最強の魔法使いは音もなく魔法を行使した。

 その魔法はただ「相手を水で包み、圧死させる」というシンプルなものだったが、その膨大な魔力量の前に、魔族ですら成す術なく押し潰されたのであった。

 妙に迫力のある杖を振るい、ため息を一つ。

「少し鍛えれば魔力の気配くらい断てるようになるものだが……」

 魔族といってもこの程度かなどと呟きながら、魔導士ギーランは夜の闇に溶けて消えたのだった。





◇お詫び◇

未実装のラスボス第六巻の原稿作業のため更新停止です。愛され魔王は25話まで完成してますが手直しが必要なので更新は作業が落ち着き次第になります。申し訳ありません
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