未実装のラスボス達が仲間になりました。

ながワサビ64

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一章

026

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 薄暗い静かな坑道内に、足音が響く。
 肌に纏わり付くジメッとした湿度。
 長く使われていないレールは所々が壊れ、錆び、隙間から雑草がのぞいている。
 アーチ状の木の枠組みから垂れる、古ぼけたカンテラの灯りだけを頼りに進むミサキは、本来の最短距離から少し逸れた道を歩いていた。

(道幅が狭すぎてモンスターが居る道は通れない)

 五人横並びしたら、両端の人の肩が木の枠組みに掠る程度の幅しかなく、歩くのに不便はないが戦闘するには少し狭い――その上、この狭さでmobをやり過ごすのは困難であった。

 アリの巣状の坑道内には目的地に繋がる道が無数に存在するため、完全開拓された地図と生命感知スキルを持つミサキは、道に迷うことは無いにせよmobを見つけては迂回を繰り返していた。

 ここに出現するmobは平原よりも強い。
 最弱のデミ・ラットと死闘を繰り広げたミサキは、ここでの遭遇エンカウントはほぼ〝死〟を意味すると考えていた。

 それでも彼女は進む。
 目的地の青点が健在だったから。
 
(いつ出会ってもいいように矢だけはつがえておかなきゃ……)

 矢を持つ手はかすかに震えていた。

 生命感知に写っていないため付近にmobは居ないのだが、いつ死んでもおかしくないこの状況に自然と体が反応してしまっている。

 ミサキは恐怖を振り払うかのように、その手を強く握った。じっとりとした手汗が煩わしい。

(入り口付近に新しく二つの赤点――これは帰り道に注意だ。それに、その近くに〝紫色の点〟があるのはなんだろう)

 生命感知でミサキが判断できるのは三種類だけだと思っていた。

 緑のNPC、青のプレイヤー、赤のmob。

 そこに新たに加わる紫色の点。
 当然、それを確かめる勇気はなかった。

(しまった……紫色あっちに気を取られて道の両端からmobがこっちに来てる)

 一本道の中腹を歩いていたミサキは、知らず知らずに、 mobに挟まれている事に気付く。

 とはいえ赤点はミサキを捉えている――というよりは、自然に迷い込んだような動きを見せており、その速度も動きも不規則であった。

 しかし、このまま進めば、あるいは戻っても確実に遭遇エンカウントは免れない。かといってここに停まれば最悪挟み撃ちに合う可能性があった。

 ミサキは意を決して弓をさらに強く握る。
 前方に見える赤点の方へ、足早に近付いた。

(戦闘にもたつけば後ろのmobに追い付かれる可能性がある――生き残るには前方の赤点を素早く倒すか、すれ違って逃げるしかない!)

 歩を進めるにつれ見えてくる赤点の正体。
 それは体長1mほどの緑色の蜘蛛だった。

 個体名、イリアナ・スパイダー。
 イリアナ坑道に生息する雑食mobで、推奨レベルは5~7である。

 イリアナ・スパイダーがミサキを捉えた。
 相手は「キギィー!」と奇声を発しながら、無数にあるその足で壁伝いに近寄ってくる。

 速い――!

「ひっ……ッ!」

 蜘蛛の毒牙が肩を掠めた。

 幸いそれは防具の耐久値を削るだけに留まっているが、ミサキはここに来てはじめて身に降りかかる〝死〟を体感していた。 

 この〝55/55〟と書かれた緑の数字が〝0〟になった時、自分の命は終わるんだ――と、ミサキは人生で体感したことのない恐怖に晒されながら震える手で矢を放つ。

 ドッ! 矢は壁に深々と刺さった。 

 背後でギチギチと不気味な音が鳴る。
 ミサキは咄嗟に振り返り、顔を守る。

 その直後――
 無情にもイリアナ・スパイダーの毒牙が、ミサキの腹部を強襲した。

「か、はぁ……!」

 41/55

 LPが削れたのが見える。

 腹部に走る激痛に、ミサキは弓を落として悶絶する。
 ひゅぅひゅぅと、妙な呼吸音が口から出る。
 それは仮想世界とは思えないほどの〝忠実な痛み〟で、ミサキの恐怖心はさらに増してゆく。

「いぐ、ッたぃ……ぐぅぅッ!」

 ズキン、ズキンと、脈動のように体に激痛が走る。
 ミサキはイリアナ・スパイダーの毒に犯されていた。

 毒は3秒に1%のLPを削る効果を持つが、それ以上に延々と続く焼けるような痛みと腫れるような感覚が、ミサキの体を蝕んでいた。

 追撃しようと近付くイリアナ・スパイダー。

「いや……やだぁ、やだ……!」

 落ちていた矢を力なく振り回しながら、恐怖のあまり涙ぐむミサキ。

 彼女はすっかり戦意を喪失し、目を閉じ、ただただ迫りくる恐怖に恐れ慄いていた――

 ズバン!!!

 耳をつんざくような斬撃音が鳴り響く。
 目を開けたミサキの前に、誰かがいた。

 小さな騎士、あるいは悪魔。
 言うなれば〝黒騎士〟。

 まるで闇夜を切り取ったかのような鎧。
 子供のようなちんまりとした頭身がいくらか緩和してくれるが、悪魔を模したような禍々しいデザイン。
 握られた剣はどこか無骨で、刀身と柄の部分しかない一切〝遊び〟のないその剣は、まるで敵を倒すことだけを目的とした殺意そのもののよう。

 突然現れた救世主にミサキは目を白黒させていた。

 その人物に付き従うように佇む人影。
 一人は質の固そうな黒髪の、顔に大きな傷のある美形の騎士。
 もう一人は全身真っ白の美しい少女。耳の上に伸びる角は、その少女が人ならざる者である証明のようだった。

 見れば三人ともが異様な雰囲気を纏っている。

 ミサキはその全員が異界からの使者のように思え――そしてそれが、坑道入り口で自分の〝生命感知〟に反応していた二つの赤い点と一つの〝紫色の点〟だと気付いた。

(み、味方? それとも――?)

 今まで見たこともない紫色。
 敵か、味方か。
 しかし少なくとも赤はmobの色だ。

「怪我はない?」

 暗がりの坑道内、揺れるカンテラに黒騎士が映った。
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