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一章 邪竜と魔女 〜北大陸中央街ランダ 歌う精霊編〜

第3話 弟子、魔法を使いました

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 ディレザリサは夢を見ていた。それは、今は亡き好敵手との戦いの記憶。ディレザリサが一番心が踊った、白銀の騎士との戦いの夢───。

「邪竜よ!! 何故貴様は人を襲う!!」
「知れた事を……娯楽よ!!」

 翼から放たれる風圧を、その身より大きな聖剣で切り裂き、白銀の騎士は大地を蹴って突き進む。
 精霊の加護を強く受けた白銀の騎士は、ディレザリサの吐く煉獄の炎を受けても倒れる事は無い。この戦いに備えて、炎耐性を強く受けたようだ。
 これまで白銀の鎧を身に纏ったこの相手と、何度相対したか分からないが、敗れても立ち上がるこの男を、ディレザリサは高く評価していた。
 然し、ディレザリサには一つ疑問に思う事がある。

「白銀よ……貴様は何故戦う? 勝ち目の無い戦いに、何故身を投じるのだ? 貴様程の腕ならば、雌共を容易く使役する事が出来よう。 金にも困らず、酒池肉林宜しくな生活が出来るのではないか?」

 その問いに、白銀の騎士は不敵な笑みを浮かべながら「知れた事を……娯楽だ!!」と、ディレザリサと同じ理由を叫び返した。

「なるほど……。貴様も私と同じ考えの持ち主かッ!!」

 聖剣を軽々と振るい、数多の精霊からの加護を受け、向かう先は、空の絶対支配者、竜の中の竜にして、人類の天敵。そして、自分より強いからこそ、自分の力を全力で発揮出来る相手。

 「戦闘狂め」と、ディレザリサは呟いた。
 この白銀の騎士は聖者ではない。聖剣を振るうが、勇者でもない。この男は、この世界に生まれたが、その力を持て余してしまった者だ。
 人間達には『聖剣の勇者』などと持ち上げられているが、白銀の騎士はその呼び名に興味が無かった。寧ろ、そんな肩書きは邪魔でしかない。自分よりも強い相手と戦う事こそが、この男の目的なのだ。

「よもや、貴様に〝人を救う〟などと言う、くだらない御託は無いのだろう? 白銀ッ!!」

 「どちらにせよ、貴様を倒せば同じ事だ!!」と、白銀の騎士は迷いの無い剣筋で、踊るかのようにディレザリサの身体に数多の斬り傷を付けていく。
 幾ら鋼鉄よりも硬い鱗があっても、白銀の騎士が持つ聖剣の刃は弾き返す事は出来ない──だが、所詮は人間程度の力だ。
 人間程度の力で、最強の名を誇るディレザリサに、致命傷を与えるなど不可能に近い。
 ディレザリサはその身を剣で傷付けられながらも、痛くも痒くもない事が少しばかり残念に思いながら、懸命に剣を振るう白銀の騎士を哀れんだ。

「惜しい男よ……。別の世界でなら、英雄にでもなれただろうに……」

 だが、白銀の騎士はそれを否定した。

邪竜きさまのいない世界などに、何の興味も……無いッ!!」

 言葉の意味を変えれば、余りにも色気の無い求愛にも聞こえる言葉を、白銀の騎士は何の迷いも無く言い放った。

「───見事だ!! その私利私欲に塗れた思考、実に見事!! 敵ながら好感すら持てるぞ!!」
邪竜きさまに好意を持たれても、微塵も嬉しくなど無いがな!!」

 やがて白銀の騎士は風の精霊の加護の力を身に纏い、ディレザリサの遥か上を取った。

「この一撃に俺の全てを賭ける!! 行くぞ邪竜ディレザリサ!!」
「さあ、来るがいい!! それでも私は負けぬ!!」

 聖剣の刀身が虹色の光を放ち、その光が巨大な刃を作ると、白銀の騎士は上空から、ディレザリサ目掛けて急降下しながら、剣を頭上に構えた。

「〝破邪閃光剣エス・ペラント〟ッ!!」

 白銀の騎士が剣を振り下ろす刹那、ディレザリサは巨大な爪を、白銀の騎士目掛けて振り翳した。
 次の瞬間、白銀の騎士の頭が、身体が、ディレザリサの振るった爪により切り裂かれ、吹き飛んだ。

「見事だった、白銀よ……。最後に貴様の名を聞こうではないか」

 薄れて行く景色の中で、白銀の騎士の首が、最後の力を振り絞りその問いに答える。

「俺の……名は……」



 * * *



 朝日が窓を照らし、その光がディレザリサに当たると、ディレザリサは、一瞬、眉間に皺を寄せて、嫌がるように寝返りをする。だが、どうにもこうにも、昨日食べた『シチュー』の香りが鼻を擽り、腹の虫が鳴くと同時にベッドから身体を起こした。

「あ、おはようディレ……じゃなかった。ディレザリサ様?」

 フローラは、まだ寝惚け眼のディレザリサに近付き、足元に掛けてある毛布を剥がして、丁寧に畳んだ。
 ディレザリサは、ふと昨日の事を思い出す。
 確か自分は、椅子に座りながら眠りに就いたはずだ。然し、目が覚めてみればベッドの上。どうやら、先に起きたフローラが、ディレザリサを自分が寝ていたベッドに移したようだ。

「ディレでいい。……それで、私はどれくらい寝ていた?」
「私もさっき起きたから、多分同じくらい……かな? 多分、六時間くらいは寝てたんじゃない?」

 「こんなに寝たのは久しぶりだ」と、ディレザリサ身体を伸ばす。
 あまりにもこのベッドの寝心地が良かったので出たくなくなりそうだが、ディレザリサはそれを必死に堪えて、右足からゆっくりと順々に足をベッドの縁から下げる。

「眠りながら笑ってたけど、楽しい夢でも見たの?」
「昔の夢を、な」

 あの時の戦いはディレザリサの圧勝ではあるものの、それでも割と楽しめた戦いであった。故に、楽しい夢となって再び再現されたのだろう……と、ディレザリサは思い返してみる。
 フローラは「そっかぁ……」と、自分には分からないので、気のない返事をした。
 ディレザリサが寝ている間に食事の準備をしていたフローラは、間も無く朝食が完成する事をディレザリサ伝える。
 ディレザリサは再び『しちゅう』を味わえる事に、少しばかり興奮して、鼻息を荒らげた。
 そんなディレザリサに対して、フローラはずっと気になっていた事を確認するように「えっと……」と切り出す。

「ディレ、敬語を使った方がいいのかな? 一応、ディレは、私のお師匠様になるわけだし……?」

 然しディレザリサは、「いや、今まで通りで良い」と答えて、ベッドから立ち上がる。

「うん! 分かった。 それじゃ、もうちょっと待っててね!」と、フローラは鼻歌混じりに朝食の準備の続きをしに調理場へと戻った。
 調理場とは言ったものの、とてもではないが立派なものでは無い。大小様々な石で組んである竈(かまど)と、調理が何とか出来そうな作業台がある程度の簡単なものである。
 この家の間取りは、一つの空間を中央にある壁で区切り、二つの空間を作っている。
 出入口は西側で、その隣に調理場があり、ベッドから調理場に行くには、中央よりも少しばかり右寄りに設けられたら壁と壁の間にある三段の木製の階段を降りる必要がある。
 北側には窓が無く、ベッドのある東側に二つ、中央の壁を挟んで南側に一つずつ、調理場のある西側に二つだ。南側と西側の入口から左手の壁に設置してある窓は打ち付けでら開け閉めする事が出来ないが、東側の窓だけは開放する事が出来る。空気の流れは悪いが、単なる山小屋なので、そこは文句を言えないだろう。
 部屋中に漂うシチューの香りを嗅いで、ディレザリサのお腹はギュルルと、邪竜にあるまじき情けない音が鳴り響いた。

「これが、空腹というやつか……」

 竜だった頃にも空腹になる事はあったが、その都度獣を喰らったり、人間を喰らったりしていたので、そこまで空腹で辛いという感覚は無かった。然し、人間の空腹は竜の空腹と違い、我慢するのが困難で、ディレザリサは調理場の後ろにあるテーブルに着くや否や「まだか……」と唸り続けながら待つしかなかった。

「お待ちどうさま!! 昨日の残りのシチューだけど、ちょっとだけかさ増ししたから、味が薄くなっちゃった……」
「構わん。腹に入れば同じだろ、う……?」

 ───同じだと思った。
 人間の肉も、獣の肉も、腹に入れば単なる肉。いつもそう思って、味など気にした事はなかったのだが……。

(違う!? 全然違うぞ!? 昨日のシチューの方が美味かった……何故だ!? 味が薄い……? そうか、牛の乳の代わりに水を使ったのか。いや、それだけではないな。ほのかなスパイスの香りもしたが、このシチューにはそれも感じられない……これは似て非なるものだ!!)

 ディレザリサはシチューを一口食べてから、ずっと無言のままなので、フローラは「そんなに美味しくなかった……?」と、不安になった。
 然し、その不安とは裏腹に、ディレザリサは昨日と同様に、口の周りをシチュー塗れにしながら答えた。

「いや、これはこれでまた良い気がする。昨夜のシチューとは雲泥の差だが、違う楽しみ方が出来るぞ。野菜は昨夜より火が通って、口の中に入れた瞬間溶けるように柔らかいし、何より薄味……? というものになったせいか、飽きること無く飲み続ける事が出来る」

 「邪竜様の舌が庶民的で良かった……」とフローラは安堵の溜め息を吐いた。
 ディレザリサは、口の周りに付着したシチューをフローラに拭いて貰いながら、「事は相談なのだが」と、昨晩考えていた『話し方』について聞く事にした。

「私に〝人間の雌の話し方〟というのを教えてくれないか?」
「へ……?」

 まさか邪竜と恐れられたディレザリサが、そんな事を気にしているとは思っていなかったので、フローラはつい可笑しくて込み上げる笑いを抑える事が出来ず、笑壷(えつぼ)に嵌ってしまった。

「ちょ、ちょっとごめ……あはははっ!!」
「そうか、余程死にたいらしいな」
「ごめんって! だってディレがそんな事を気にしてるなんて思わないから……あははは!!」

 笑い転げる……というのは、こういう事を指すのだろう。
 ディレザリサが「屈辱的だ……」と頭を抱えている横で、フローラはテーブルをバシバシと叩きながら、涙を流して笑っている。
 ひーひーと泣きながら哄笑していたフローラだったが、ようやく落ち着きを取り戻すと、「ごめんね」と謝って、今度は「話し方だね! 分かった、任せて!」と胸を叩き、「ちゃんと〝女の子〟にしてあげるから!」と豪語する。

「よ、よろしく頼む……」

 あまり期待は出来ないな……と、ディレザリサは溜め息混じりに答えた。

「じゃあ、食べ終わったら〝乙女心講座〟だからね! その後に、魔法の修行? 授業? でいいかな?」
「おと、おとめ、ごこ……? まあいい。そうと決まれば早く朝食を済ませるぞ」

 三日分と思って作ったシチューは見事空っぽになり、フローラは「食べ過ぎだよー!」とディレザリサに怒ったのだが、ディレザリサは料理過程がどのようなものかも知らないので、『乙女心講座』は先ず『料理がどういう工程で作られるのか』から始められた。

 それから、数時間が経過した──

 ディレザリサの集中力は目を見張るもので、その吸収力は真綿が水を吸い込むが如くだった。

「それじゃ、これからはこういう話し方で会話してね?」
「分かった」
「違う!そうじゃないよ!」

 ディレザリサが間違った言葉遣いをすると、忽ちフローラが指摘する。

「ん? あ、そうか……うん! 分かった! ……これでいいのだな?」
「そうそう!」
「なかなか面白いと思って熱中してしまったが、これはやはり屈辱的だ……」

 こんな授業が一体何になるのか……と疑問に思いつつ、真剣に授業受けているディレザリサに「直に慣れるよ、頑張ってね!」とフローラは声を掛けて、フローラ先生による『乙女心講座』は一旦終了となった。

 昼食はパンとお湯という超質素なものになったのだが、これはまたこれで面白い……とディレザリサは文句を垂れること無く満足な表情を浮かべながら、お湯とパンを交互に口に放り投げる。
 ディレってお金が掛からない子だなぁ……と、フローラはこれからの食事事情に少しだけ安堵した。

 昼食が終わると、次はディレザリサが先生となる番だ。 「さて、始めようか」と、ディレザリサは少しばかり偉ぶってみせる。

「よ、宜しくお願いします!」

 魔法を教える……と言ったものの、ディレザリサはどう教えたら良いか……と、悩む。
 普通の人間は精霊の加護を受け、その力を借りるという具合で魔法を発動するのだが、竜という存在は精霊の加護など受けなくても魔法を発動出来る。
 自らが生み出す、制約も無い自由な魔法……それが『創造魔法』と呼ばれる所以(ゆえん)なのだが、人間にも同じ事が出来るか……と言われるとそうでもない。
 人間と竜では、根本的に魔力の構築方法が異なる。
 空気中の精霊を媒介として使う人間の魔法と違い、自らの魔力を元に生み出すのが創造魔法……これを、どう教えるかが課題になる。

「ディレ? どうしたの?」
「そうだな……。先ず、お前は魔法を使えないのだな?」
「うん。何も使えないよ?」

 つまり、精霊の加護は受けていない。
 仮に精霊の加護を受けていたのなら、竜の使う創造魔法は使えないという事になる。
 精霊の加護を受けてしまうと、それ以降の魔法構築が『精霊を媒介して発動』と固定されてしまう……つまり、精霊の力無くして魔法を発動出来ないという事になるのだ。
 精霊の加護とはそういうものであり、そういうものなのである。
 逆を言えば、精霊の加護を受けずに魔力を使えるようになれば、それこそ魔法は変幻自在──だが、それは逆に精霊に喧嘩を売るような行為であり、それから先は、精霊からの加護を受けられなくなる。
 何故、人間は精霊を媒介とした魔法に拘るのかというと、人間の暮らしにおいて精霊は身近な存在であり、祈りを捧げ、敬い、奉る事が信仰となっていたりする地域がある程に、精霊と人間の間には深い因縁がある。その繋がりは『精霊信仰』という宗教がある程だ。
 フローラは精霊の加護を受けておらず、そして精霊信仰信者でもない為、第一関門は突破した事になるので、入口としては上々である。

「では、次だが……今からお前が〝歌〟と称した〝魔力構築詠唱〟をする。これを先ず覚えるんだ」
「はい!」

 そして、ディレザリサは魔力を構築せずに、昨日と同様に、ただ歌ってみせた。

「どうだ?」
「──全然分からない。何語なの?」
「言葉では無い。自分で歌いたいように歌っているだけだ」

 創造魔法の魔力構築詠唱は、別に意味のある言葉でなくても良い。つまり、『ラララ』や『ルルル』で歌っても問題無いのだ。
 今回ディレザリサが披露したのは、その『ラララ、ルルル』ではなく、何処かの国の言葉みたいな発音だったが、それも適当に歌っただけの『適当言葉』だった。

「それじゃ全然分からないよ!?」
「なら、言葉はお前に任せる。自分が紡ぎたい言葉を紡いで、私の詠唱を真似しろ」

 傍から見たら歌の授業だ。それも、謎の言語と脈絡の無い言葉が奏でる意味不明な歌。
 そんな不思議な授業が二時間程続いた──。

「うぅ、喉痛い……」
「今日はこの辺で終了にする……だが、〝美味しいお肉 沢山食べたい 私は野菜も大好き〟なんて詠唱は初めて聞くぞ……」
「いいでしょう? この後が盛り上がるんだよー!!」

 確かに共感の出来る歌詞ではあるが、あまりにも旋律と歌詞があっていないので、違和感を感じざるを得ない。

「まあ……ちゃんと覚えて、次までに歌えるようにしておけ……」
「はーい! あ、そうだ……ディレ!」
「なんだ?」

 何となくではあるが、フローラが何を言いたいのか予想が出来る。
 ディレザリサは嫌な予感がしながらも、言葉の続きを待った。 

「言葉遣いが戻ってる!!」
「仕方ないだろう!? 他に言いようが分からん!!」
「じゃあ教える!! 明日ね!!」

 こうして、授業に授業を重ねた日々が一週間程続いた。
 ディレザリサはある程度、フローラから教わった言葉遣いにも慣れて、フローラも、魔力構築詠唱を完璧に歌いこなせるようになった。

 相変わらずの歌詞ではあった、が──。



 * * *


 それから一週間が経過した、とある日の午後──。

「だから違うって、何度言えば分かるの!?」
「えーっ!? でもこの歌詞にはちゃんとした意味があって、これを紡いで歌う時は、とっても気持ちがいいんだよ!?」
「でも、それじゃ単なる〝食いしん坊の歌〟でしょう……」

 今では『姉妹』と思える程に、言葉遣いが『女の子』になったディレザリサと、魔力構築詠唱は完璧に覚えたが、その紡ぐ言葉に難があるフローラは、今日も小屋の裏手にある雪の溶けた広場で、高らかに歌の練習をしている。

「意味が分かる方がいいって言ったのはディレだよ? 私はこの〝歌詞〟が一番しっくり来るの!!」

 歌詞……とまで言い張るフローラに少しばかり違和感を覚えつつ、確かに最初は意味が分かった方が具現化しやすいのも確かなので、それ以上強くも言えないのが現状である。

「だったら、せめて音を外さないように気を付けて……」

 そんな風に呆れた溜め息を吐きながら気怠そうにしている様子は、ディレザリサがこの世界にやって来てからを考えると、それだけで大した成長振りだ。いくら『演技だ』と言われても、『本当に情けなくて溜め息を吐いている』ようにしか見えない。

「ディレは、もうすっかり〝女の子〟だね♪」
「うっ……それを言うな……恥ずかしいから……」

 気恥しさから言葉遣いが戻ってしまっているが、フローラはそれを指摘しなかった。 

「寧ろ、その容姿でその恥じらう姿見たら、男なんてイチコロだよ!」
「別に私は、そういうの期待してやってるわけじゃないんだが……」
「所で…私の魔力はまだ全然発現しないんだけど……どういう事でしょう……ディレ先生? いつ頃、私は魔力を手に入れられるの?」

 一週間が経過した今、魔力の『ま』の字くらいの力は発現しても良い頃ではある。だが……とディレザリサは考え、そして一つの答えを導き出した。

「もしや、単なる歌の練習になってないか……?」
「え……? た、確かに……」

 『歌』としての完成度ならなかなかのもので、人前でも披露出来るレベルにまでは到達している。だが、魔力云々を考えるとそれでは駄目なのである。
 つまり『吟遊詩人』にはなれど『魔法使いにはなれない』という事だ。
 それではディレザリサの教育不十分であり、この失敗はディレザリサが背負うべき責任となる。
 それは何とも回避したい所だが……そうだ! と、ディレザリサは手を叩いた。
 悩んだ末に導き出した答え、それは──────

「フローラ。歌いながら自分の中に〝魔力がある〟という事を意識して、その力を片手に集めるように意識しながら歌ってみて貰える?」
「うん。やってみる!」

 もしこれまでやってきた事が単なる歌の練習だったなら、このテストは失敗に終わる。そうなると、実はもう手が無かったりするのだが……。
 ディレザリサは、まさか自分が『成功しますように』と、何かに祈るなんて思いもしなかった。

「私はお肉が好きー♪ 野菜も大好きー♪」

 いつ聴いても、どう聴いても、これは紛れもない『食いしん坊の歌』である。だが、言葉はその意味を深く理解して初めて力を発揮するものだ。
 人が相手を褒めるより、相手を傷付ける言葉の方が得意なのは、それが理由でもある。

「もっと集中して……、自分の中から力が溢れるように……」

 フローラの額から一筋の汗が頬を伝い、地面へと落ちる。その瞬間、まるで針に糸を通すようにストンと落ちた雫が、大地から一本の長い蔓を生やした。
 その蔓は高く伸びながら太さを増し、やがて大きな大樹となる。

「これは……驚いた……」
「ど、どういう事なの……?」

 この状況を説明するのは、ディレザリサでも無理だった。
 強いていうのなら『超常現象』と言わざるを得ない程に、この魔力構築が理解が出来ない。然し、原理は分からなくもない。然し、それをどう言葉にするのかが分からなかった。
 草木創造系の魔力は『再生』を司る魔力でもある。相手を『朽ち果てさせる』力もあり、なかなかに強大な力だ。
 何より、炎と相性が良い。

「まさか一週間でここまで魔力構築が出来るようになってるなんて……流石に驚愕だ……」

 その興奮からか、ディレザリサの口調が崩れている。

「凄い結果になったが、今の段階で実用は出来ない。先ずは大樹ではなく、雑草程度を生やすくらいの力の加減を───」

 その言葉はフローラに届く事なく、フローラは意識を失い、その場に倒れてしまった。

「なるほどな……この結果はそういう事か……」

 フローラが構築したのは魔力だけでなく、自分の生命力もその糧としたのだ。つまり、魔力と生命力で、倍の効果を発揮した……という事になると、ディレザリサは過程してみる。もしそうだとするならば、先程の超常現象の理由に説明がつく。
 魔力に上乗せさせられる力は生命力と精神力。単純に魔力を使うだけなのなら、ここまでの疲労にはならない。だが、生命力を付加させて発動した場合、ごっそりと体力を消費する。
 この説明は次の段階で……と思って、フローラに話していなかったのが、今回の失態でもあった。

「なかなかに上手く行かないものだ……。これから私は、あと何度、お前を担がなければならなくなるのだろうな……」

 その言葉に、少しばかり優しさが込められているのを、ディレザリサが気付くはずも無い……。

 その頃、下界の街ではこんな噂が流れていた。
 この山の何処かに歌の好きな精霊がいる。
 一人は清らかで透き通る声を持つ精霊で、もう一人はとても食いしん坊で、伸びやかな明るい歌声の精霊。
 その二人の歌声を聞くと幸せになれるという噂だ。

 それがまさか邪竜と魔女の歌声だったなんて、誰が想像出来ただろうか……。
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