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2113年 ハジメの場合

☆プロローグ

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(ハジメの場合)

 移動中の雑音が気になるのは、ナーバスになっているからだろうか?  ドゥードゥードゥ と言うエンジン音の合間に小さいツが入っている気がしてならない。高速回転の時、一瞬止まっている気もする。
 やっぱり、気にしすぎかも知れないけど、荒涼とした月の大地を飛行する強襲艇の行き先は、挽き肉を大量生産する場所だから、それも仕方がない。憎きフードプロセッサーは、頼みもしないのに侵略して来た昆虫型エイリアンで、人類の存続を脅かしている。
 はた迷惑なヤツらは、蟲特有の繁殖力で、止めどもなく攻めて来るから、充分に整備する余裕が無いのだろう。雑音の正体は、強襲艇のロケットエンジンからだった。

「准尉、降下ポイントに到着しました」

 強襲艇の操縦士である相澤が呼び掛けて来た。気持ちを新たにして、船の格納庫へ向かう。
 格納庫には、連邦軍の宇宙服を着た猛者どもが揃っていた。精鋭揃いで頼もしい。

「これからルナ渓谷に降りる。月面基地を目指すエイリアンの進撃を阻止するためだ。我々は、地球から援軍が来るまで、少ない人数で持ちこたえなければならない。正直言って、恐怖を感じるだろう。絶望もするだろう。だが、自分がここに居る意味を考えて欲しい。諸君が守る一日は、人類が幸せに暮らせる一日になる。それは、愛する人が幸せに暮らせる一日でもある。諸君が守る一ヶ月は、後から続く兵士が訓練を積める一ヶ月でもある。より多くを学び、前線に来れるだろう。だから、自分のためでなく、誰かのために戦おう」

 小隊のメンバーに訓示を垂れ、気合いを入れる。充分に解っている事ではあるが、再認識させると、意識が高まり士気が上がる。
 その時、鮮やかな緑色の髪の女性が、赤い瞳を輝かせて言う。

「隊長、サヤが一人で皆殺しにして良いですか?」

 色白で小柄な美少女は、その姿とは似つかわしくない台詞を吐く。彼女は部隊のアイドル的な存在で、多くの猛者もさに歓迎されたが、ただ一人、不満そうな男が居た。

「サヤの倍、倒すぞ!」

 大人げない会話を仕掛けたのは、背の高い角ばった印象の奴で、ヘアスタイルが何とも特徴的だった。
「おいおい、『皆殺し』にすると宣言しているのだから、倍は倒せないだろ? 人の話を聞いてろよ!」 などと心の中で突っ込んでおく。構うと煩いから。
 この二人は、歳は若いが僕の隊のベテラン兵で、それだけ頻繁に戦場に出ている事になる。

「そうしたら、サヤは佐之助の倍の倍!」 

 サヤは自分の発言を理解していないのか? 全く、ムキになる二人には呆れてしまう。第一、ボキャブラリーがない。
 まるで、電器店同士の安売り合戦のような会話を終らせたのは、艦内放送だった。

「中隊各位、降下準備。あのサイズを飼える虫籠は無いから、捕虜は要らない。思う存分に暴れなさい」
 放送内容とは裏腹な女性の声が流れる。

「さぁ、櫻井少佐のお言葉だ。出撃するぞ!」

 僕の号令で、各自が機体に乗り込んだ。
 僕も、自分の戦闘ユニットに搭乗する。それは、人型の強化服パワードスーツの発展系で、今は着る装置ではなくなっていた。全長も七㍍あり、見下ろされてしまう。胸から腹部にかけて設置されている操縦席コックピットに座ると、胸部の装甲ハッチを閉め、カメラから映し出されるモニターをチェックする。

「降下、二分前」

 コックピットに流れるアナウンスが、緊張感を高めた。船から飛び出した途端に撃墜される可能性もあるので、最期に聞く言葉になるかも知れない。
 人型兵器のロケットエンジンを始動させる。パワードスーツの動力は電気なので、エンジンの燃焼ガスを利用して発電している。そして、着地する時も、ロケット噴射で衝撃を和らげる必要があった。

「降下、五秒前」
 船倉の床の部分が開き、眼下に地獄が広がる。つまり、敵味方が入り交じる戦場があった。青白い荷電粒子プラズマ砲を避けるために、船体が揺れた。

「降下!」
 パワードスーツで船から落下する。と言うか、弾き出される。重力の関係で、最初に一押しが必要だった。

 月の幻想的な世界の中に飛び込むと、モニター画面には、砂漠が続く渓谷の先から、エイリアンの群れが続いている。その様子は、列を造って進む蟻のようだった。
 僕達は、着地と同時に戦闘に巻き込まれる。凄まじい程のアドレナリンが、体内を駆け巡るのを感じた。
 目の前には、茶褐色のエイリアンが居て、火器を使える間合いでは無かった。そこで、ライフルを振り回し、下からエイリアンの頭部を突き上げる。0.5㌧の遠心力! 台座での一撃を喰らったエイリアンは、上体が起きてしまう。すかさず、エイリアンのくびの部分に銃剣を差し込んだ。接近戦では、ライフルの弾よりも銃身に取り付けられた銃剣の方が役に立つ。生命力の強いエイリアンには、銃弾が有効に働かず、槍のような武器が扱いやすい。

 さて、頭部を切り離しても、油断はできない。敵は、腹部の先に有る噴射口を向けてきた。
 僕は、パワードスーツでエイリアンの腹部に蹴りを入れ、噴射口をらせる。噴射物は、別のエイリアンに噴霧され、茶褐色の外骨格を溶かした。どうやら、噴射物への耐性は、噴射口の内部にしかないらしい。

 エイリアンの緑色の体液と、パワードスーツのピンク色の冷却液が飛び交い、戦場は蛍光塗料を撒き散らしたようになる。
 戦いの最中、ふと思っていた。数年前なら、月で戦争をしているなどと思ってもみなかっただろう。軍人になる前は、工場作業員で、同じ毎日を繰り返していた。

 
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