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⭐︎桶狭間

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 ワシの名前は今川義元と言ってな、桶狭間で織田信長に討たれた事で有名な武将だな。
 いやはや参ったの何のって、織田の小倅に討たれるとはのう。油断していてな、敵の砦を落として祝勝の舞など披露している場合ではなかった。
 後の言い伝えでは、ワシが上洛の野望を持って尾張を攻めたとなっているが、そんな事はしないわい。上洛しなくても天子様とは繋がりがあるし、この義元は戦より同盟や和議が得意なんだな。既に武田や北条とも縁戚を結び、駿河の今川、甲斐の武田、相模の北条の三国同盟を結んでいる。周りは仲良しなのさ、力が有る内はな。

 三男坊だったワシが今川家の家督を継いだのは、兄が病死してしまったからでのう、不幸な事だった。本当は出家して仏門に入る筈が、相続争いに巻き込まれる事になる。何とか勝ち抜いて今川家の当主になり、駿府と遠江と三河を治める国守大名となった。ワシが仏門に入る際に師匠だった雪斎には、そのまま師匠として国政に加わって貰った。とても有能なお坊さんで、知恵者だった。桶狭間の合戦の時に生きていたら、結果が変わっていたかも知れんな。

 尾張と不仲なのは、どうも織田家とは相性が悪い。信長の親父、信秀とも不仲だったな。三河を巡って争ってばかりでな、和議同盟は無理だった。織田は親子揃って戦闘種族なのだろう。
 そんな時、事件が起きた。三河の松平の子息、竹千代が、今川に来る事になっていたんだが、いやいや、人質では無いぞ。留学みたいな物かな。それが、織田方に強奪された。ワシは竹千代が不憫で仕方が無かった。息子を奪われた松平広忠、於大の悲しみは痛いほど分かる。しかも、広忠は織田の要求を拒み、竹千代より今川との同盟を選んだ。この忠義に報いず、国守と言えるだろうか。
 ワシは、織田の勢力下だった安祥城を攻め取り、城主の織田信広を捕虜とした。ここで得意の和議になる。人質となっていた松平竹千代と人質交換をした。それから、竹千代には今川の人質、いやいや、今川に留学して貰う。

 竹千代は賢い子で、ワシは我が子の様に目を掛けた。氏直とも仲良く育ってくれた。嫁も姪を世話してやった。どれだけ目を掛けたか解るだろう。駿府と三河の同盟は強固になり、織田を倒してくれるだろう。いや、織田はワシが倒さねば。竹千代改め、元康と氏直には天下統一を成し遂げて貰うぞ。


 さて、信秀から代変わりした信長は、無謀にも三河に攻め込んで来た。本当に狼の様な男だな。大うつけなどと呼ばれていたが、家臣の統制は取れているらしい。ここは、今川が出るしかない。今川は三河の守護者として存在している。普段、年貢を取っているのも、こんな時に守る為だし、侵略行為は許せない。
 それにしても信長、美濃と不穏な関係なのに、よく戦を仕掛けて来たな。自棄なのか? それにしては、進軍も速いし砦の構築も早い。
 さて、感心している場合ではない。ワシは、元康に大高城への救援を申しつける。金ピカの鎧を授け、激励する。ワシの期待に応え、元康は大高城を救った。織田方の砦も撃破し、戦は順調だった。
 ワシは、本隊を率いて桶狭間に陣を張る。後の世では、ワシが低い谷に本陣を置いた愚か者だとする説が流布しているらしいが、海道一の弓取りの異名を持つワシが、そんなポカをする筈がない。義経の鵯越では無いぞよ。まぁ、桶狭間と言う地名の狭間が、そんな印象を与えるのかのう。実際は、小高い丘に本陣を置いた。
 さて、そこで起こった合戦だが、ワシは状況を読み違えた。織田方は、まずは今川の出城を攻撃すると思っていた。何故なら、もし、今川の本隊と織田の本隊が対峙すれば、決着まで数日かかるのが普通だった。そうなると、大高城や鳴海城から出撃する今川の兵に背後を突かれ、織田軍は壊滅する。だから、先に大高城と鳴海城を攻め落とすのが、織田方の定石になる。しかし、信長は定石を無視した。直接本陣に襲い掛かって来た。

 折しも、雨上がりで青空が広がった時だった。天が戦勝を祝ってくれた様に感じた。しかし、実際に祝った相手は、信長だったのだろう。
 木瓜紋の旗指物が突撃して来た。法螺貝が鳴る。織田軍の騎馬隊が突撃して来る。我が今川軍は、予想外の攻撃に対応できなかった。今川の将兵は、次々と倒れる。
 そしてワシも、奮闘虚しく討たれてしまった。
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