小童、宮本武蔵

雨川 海(旧 つくね)

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○十一

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 弁助は、無邪気な又八に殺意すら覚えたが、その気持ちは喜兵衛の方が強く持つとすぐに気付いた。弁助が父から教わった仕合に勝つ兵法の中に「心の理を知る事」がある。己れの心を整え、敵の心を乱すのだ。遅刻したのは、喜兵衛の心を乱す為だった。又八の行為は、それ以上に喜兵衛の心を乱すだろう。
「又やん、ありがとう」
 又八には、弁助の真意は解らなかったが、感謝されて照れ笑いする。
「似合っておるぞ、弁助ちゃん」


 さて、弁助が仕合場の中央に進むと、喜兵衛も床几を蹴立てて進んで来た。立ち合い人は庄屋の善右衛門が務める。
 喜兵衛は、鼻息荒く猪のようだった。それもその筈で、仕合相手は年下な上に遅刻して来て、おまけに頭に真っ赤な彼岸花を挿している。完全に舐め切った所業だろう。
 一方の弁助は、落ち着いている。

 さて、善右衛門が仕合開始を告げる。
 喜兵衛は、木刀を独特の上段に構え、弁助を威嚇する。
 弁助は、木刀を青眼に構え、喜兵衛の気勢を抑えた。そして、提案する。
「有馬喜兵衛、木刀ではすぐに勝負が着いてしまう。それじゃ見物人がつまらんじゃろう。組もうかい!」
 木刀を遠くに放り投げる。弁助は、最初から剣では負けると知っていた。父、無二の教えの中に「知る」がある。己れを知り、敵を知った上での判断だった。
 喜兵衛としては、既に弁助が木刀を捨てている以上、木刀で打ち掛かる訳には行かない。大衆の目がある。それに、喜兵衛も相撲や柔術には心得が有った。どちらも武士が合戦で素手になった場合に備えて発展した物だし、平時の訓練法でもあった。
「小童、捻り潰してくれようぞ!」
 喜兵衛が追い、弁助が逃げる。
「挑んでおいて逃げるか小童!」
「ふん、相撲と違って土俵は無いんじゃ。合戦場は広いんじゃ!」
 弁助が言い返すと、喜兵衛の動きが格段に速くなる。弁助を仕合場の隅に追い詰めた。
「弁助、川を泳いで逃げるか?」
 喜兵衛が揶揄うが、弁助は意に介さない。弁助は、喜兵衛を目掛けて突進した。
 互いに組み合う。弁助より体格の良い喜兵衛が有利だが、思わぬ事態が起きた。喜兵衛の右足側の地面が緩く、傾斜になっている。新当流の武芸者は右足を取られ、体を崩し、弁助に投げられた。有馬喜兵衛は、大の字になって倒れた。
 弁助は、すぐに行動する。足ほどもある桜の木の枝を両手で掴み、渾身の力を懸けて折った。
「喜兵衛、おぬしも武芸者なら覚悟は出来ておろう!」
 雄叫びを上げ、肩に担いだ桜の木を喜兵衛の頭に振り下ろした。頭骨が割れ、脳漿が飛び散る。

 弁助が周りを見回すと、全員が唖然としていた。思わぬ残酷な展開に驚いているのだろう。
 弁助には解っていた。喜兵衛を殺せば村には居られないだろう。手段を選ばない鬼は、人の世界で生きてはいけない。挑んで来る鬼を喰らい続ける羅刹となるしかない。
 もし、喜兵衛に土下座して謝れば、事は丸く収まり、弁助も何時もの暮らしに戻れていただろう。彼も迷った。だが、選んだのは修羅の道だった。


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