小童、宮本武蔵

雨川 海(旧 つくね)

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○十

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 弁助と喜兵衛が対決する場所には、既に大勢の人が集まっていた。新当流の武芸者と童が対戦するとあって、近隣の村々の興味を引いていた。新免親子が以前に住んでいた美作の宮本村からも、顔見知りや悪童が馳せ参じている。
 実は、その場の多くの人は勝負の行方を予想していた。もう、賭けが成立しない位に有馬喜兵衛が有利だった。だから、仕合自体が楽しみと言うより、祭りと同じ様に集まるきっかけの方が主だった。金倉橋のたもとに広がる仕合場所では、宴もたけなわで、弁助の遅刻も気にしていなかった。怖気付いたのだろう。位にしか思っていない。

 だが、有馬喜兵衛は違う。かなり苛ついていた。本当は当理流の使い手、日の下無双の称号を持つ新免無二と仕合したかったが、適当にあしらわれ、弁助と言う小童の相手をする事になった。これは武芸者として屈辱だった。こうなれば、弁助を痛めつけて親を引っ張り出すしかない。そう意気込んでいる所へ、弁助が約束の時刻に現れない。喜兵衛は床几に座り、腕を組んでいた。目は血走り、口がへの字で固定される。彼岸花の演出もあって、閻魔大王の様な形相だった。怒りが頂点に達する寸前、橋の方で歓声が上がり、対戦相手の到着を知った。沸沸と負の感情が湧き上がる。


 一方、喜兵衛の暗い怒りを知らない弁助は、金倉橋に差し掛かった所だった。お通や又八、悪童たちが声援を送る。宮本村の草相撲の力士も居た。
 弁助は、お通に八幡様のお守りを見せる。
 お通は照れくさいのか、真っ赤になって抗議した。
「うつけ、見せびらかすもんじゃねぇ!」
 又八は、こう言う所は勘がいい。咄嗟に弁助とお通の間で何が有ったか推測する。そうなると、自分も何かしなければならない。お通には負けられない。考えた末、仕合場に咲く彼岸花を手折り、弁助に渡す。かなり縁起が悪い贈り物な為、弁助は固まってしまう。
 又八はお通への対抗意識からか、弁助の動揺に構わず彼岸花を髪に挿してしまう。
「弁助ちゃん、組み紐の紅とぴったりじゃ」
 又八は、周りがどん引きする中、弁助の頭を飾り立てた。
 
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