小童、宮本武蔵

雨川 海(旧 つくね)

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○七

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 次の日から、弁助は早朝から出かけ、夕方に戻る生活を繰り返す。どんな訓練をしているのか? かなり疲れた様子で帰って来た。当然、又八は弁助に付いて行こうとしたが、当人はそれを許さない。弁助は、駆け足で又八を置き去りにする。
 さて、弁助は、やはり喜兵衛を殺す気だった。朱美を手篭めにした容疑は晴れたが、自分の実力を誇示するためには、世間が驚く出来事が必要だった。それに、喜兵衛も自分を殺しに来るかも知れない。そんな恐怖心もあった。通常ならば童を相手に木刀を当てに来る事はないのだが、寸止めしてくれるとは限らない。あくまで暗黙の了解で、闇を抱える病み武芸者は多い。弁助は、自分も武芸者と言う修羅道に足を踏み入れている事に気付いていなかった。
 
 そして、仕合前日となった。
 弁助は、日のある内は謎の稽古に励み、夕飯を食べていた。その時、勝手口を叩く者が居た。
 弁助が対応に出ると、お通が一人で立っていた。仮にも庄屋のお嬢様にしては、無用心な行動だと言える。
「なんじゃお通、こっそり来たのか? 忍びじゃのう」
 弁助がからかっても、お通は反論しない。代わりに、手を細かく振って弁助を呼び寄せる。その仕草が可愛いので、弁助は不覚にも心臓が高鳴った。
「今日は弁助にお守りを持って来たのじゃ。武運の神様、八幡様なのじゃ。明日は頑張れよ」
 お通は、照れた様に言う。
「おう、お通の励ましは百人力じゃ」
 お通は、弁助にお守りを手渡して帰ろうとする。ここは、一人で帰す訳には行かないだろう。
「おい、送って行くぞ」
 弁助は、提灯を用意した。
 夕暮れが過ぎ、辺りが暗くなった。弁助は、提灯に火を灯す。因みに、当時の提灯は今日のように折り畳みができる物ではない。
 薄明かりの中、無言で歩いた。弁助は、お通の口数の少なさに驚いていた。
「なんじゃ、おいのお通夜のつもりなんか?」
 沈黙に耐え切れなくなった弁助は、笑って言う。
 お通は、か細い声を出した。
「縁起でもない事を言うな。悲しくなるじゃろ」
 弁助は、お通のしおらしい所を見たのは初めてなので、調子が狂ってしまう。どう対応すべきか解らなくなった。
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