小童、宮本武蔵

雨川 海(旧 つくね)

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○六

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「朱美は有馬喜兵衛と寝たのか?」
 弁助は、朱美に遠慮なく聞く。朱美は、一瞬だけ驚いた顔をした。黒曜石のような瞳が揺れる。厚みの有る艶っぽい唇が綻んだ。
「なに弁助、妬いてるの?」
 この返しには、弁助は戸惑ってしまう。まだ童なのだ。慌てて視線を下げると、朱美の胸元が目に入る。緩く合わせているので、柔らかで白い肌が露出している。弁助は、真っ赤になった。
「弁助も男だものねぇ」
 朱美は、弁助の問いを逸らすように言う。弁助は、ムキになって言い返した。
「喜兵衛に手篭めにされたのか?」
 朱美は、急に真顔になると、立ち上がって弁助に背を向け、奥の部屋へ行ってしまう。下げ髪が揺れた。

 取り残された弁助は、囲炉裏の火を見つめていた。何だか妙に自分が損をしている気分だった。まず、又八がした落書きのとばっちりで喜兵衛と仕合する事になる。また、無二は喜兵衛戦に関する指南をしてくれないし、鉄砲の事も黙っている。その上、朱美まで怒ってしまう。

 弁助が漠然と考えていると、朱美が箱を持って戻って来た。彼女は弁助の前に座り、箱を置く。箱の大きさは、縦一尺の横一尺くらいだった。
「弁助はわてをみくびっとうね。喜兵衛に手篭めにはされんよ」
 朱美が箱を開けると、変わった道具が入っていた。それは、大きな草刈り鎌なのだが、刃の形状から考えると、草を刈る事を目的とした物ではなく、もっと凶暴な印象を受ける。鎌の柄の部分の先には鎖が付いていて、伸ばせば一間(1.818㍍)くらいありそうだった。更に、鎖の先が分銅になっていた。武具の様だが、弁助は見た事も聞いた事もなかった。
 弁助が目を見開いていると、朱美が説明する。
「これは、伊賀の国の郷士、宍戸家に伝わる鎖鎌と言う武器だよ。わての父は宍戸典膳と言って、鎖鎌の名手なのさ。男子に恵まれなかった宍戸家では、おなごに技が伝承された。だから、わてが喜兵衛に手篭めにされたとしたら、奴に勝負を挑んで首を掻き切っているさね」
 弁助は、話だけでは朱美の実力を推し量れなかったが、彼女も武芸者なのは理解した。女ながらに武士の意地があると言いたいのだろう。だが、疑問も生じる。
「宍戸流鎖鎌の伝承者なら、なぜ家を出たんじゃ?」
 弁助の素朴な疑問に、朱美は答えた。
「弟の梅軒が生まれたからね。わては要らなくなったんよ」
 朱美は、寂しそうに告白した。
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