小童、宮本武蔵

雨川 海(旧 つくね)

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○五

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 勝手口を開けると二つの顔が出迎える。無二と朱美だ。時間的には夕飯だと解っていたので、弁助は驚かない。
「おう、帰ったぞ」
「おう、飯だ」
 新免親子の会話はこんな調子だった。
 朱美は微笑むと、土間から上がって来た弁助に箸と木椀を差し出す。
「お腹が空いたでしょう」
 当然、空いている。弁助は木椀に雑炊をよそって貰い、物凄い勢いで食べ始めた。囲炉裏を囲む団欒の一時だった。
「弁助、食欲があるなぁ、良い事だ」
 無二が勿体つけて言う。弁助は、その言葉の裏を読んだ。「何かを吹っ切ったか」と言いたいのだろう。
「親父殿、有馬喜兵衛を見切ったぞ。もう親父殿の出る幕はないんじゃ」
 弁助が飯粒を飛ばして言う。
「それは朗報だのう。仕合するのは疲れるからのう」
 真顔で言う。無二は、髪を伸ばして仙人の様な風体をしている。顔立ちは、三国志に出て来る関羽の様な感じだった。
 さて、いち早く食事を済ませた無二は、立ち上がると移動する。戸を開け奥に消えた。
 弁助は、今までは無二の動向に興味が無かったが、鉄砲の話を聞いた後なので、父が屋敷の何処で過ごしているのかが気になった。もしかすると、鉄砲の手入れをしているのかも知れない。
 弁助が鉄砲の隠し場所を思案していると、朱美が声を掛けて来た。
「弁助も逞しくなったねぇ」
 朱美の視線は、弁助のはだけた小袖を見ていた。野山を駆け回り、木刀を振り回す若い体躯は、鍛えられ、引き締まっている。胸筋と腹筋の成長は、目を見張る物があった。
「だけど、無理していない? 幾ら人並み外れた怪童でも、大人の武芸者が相手じゃからねぇ」
 朱美の心配は、弁助が周りから感じている憐みと同じ物だった。だから腹が立つ。結局、無二も又八もお通も他の人々も、弁助が喜兵衛に懲らしめられ、土下座して謝る落ちだと考えているのだろう。まともな勝負になる筈がないと思っているだろう。弁助自身が逆の立場ならそう思う。だけど、朱美にだけは信じて欲しかった。実力を評価して欲しかった。弁助は、向かっ腹の勢いで朱美に聞いた。
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