小童、宮本武蔵

雨川 海(旧 つくね)

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○四

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 弁助は肩で息をし、座り込む。「勝てない」否定的な言葉が頭の中を埋め尽くす。有馬喜兵衛の虚像が巨大になり、押し潰されそうだった。
 すっかり暗い気分だったが、嬌声を聴いて我に帰る。まぁ、嬌声と言ってもおなごの発した物ではなく、又八だった。弁助の友は、大人の太股ほどの桜の枝にぶら下がって、上下に揺れながら騒いでいた。
「又やんはお気楽じゃのう」
 弁助は、苦笑いして立ち上がると、小猿みたいに遊んでいる友に近づいた。

 又八は、桜の枝をゆらしながら弁助に言う。
「弁助ちゃんも揺ら揺らせんか? 二人やったら流石に折れるか?」
 弁助は、生きるか死ぬかの瀬戸際なので、とてもそんな気分ではない。枝は、又八だけでも折れそうな感じだった。それを見て、少し考え込む。難しい顔が綻んだ。何かが閃いた。
「又やん、折れたら危ないで。降りるんじゃ」
 又八は素直に手を離し、着地する。
 弁助は、背伸びをして枝を掴んだ。力を込めると枝がたわみ、折れそうだった。桜の枝を確認すると、今度は足元を見る。川に向かって地面が傾斜していて、柔らかい。
 弁助が難しい顔で考え事をしていると、又八が顔を覗き込む。
「弁助ちゃん、桜の枝がどうかしたか?」
「枝が折れたら川に落ちるじゃろ」
 弁助は、又八を軽く押す。すると、又八は柔らかい土に足を取られ、川まで落ちてしまった。
「何をするんじゃ」
 又八は、浅瀬に浸かりながら抗議した。弁助は、笑いながら近づく。
「又やんのお猿のお尻を冷やしてやったんじゃ」
 又八は、弁助が近づくと、掌を合わせて水鉄砲を喰らわした。
「弁助ちゃんの赤い顔も冷やしてやるんじゃ」
 その後は、童らしく水の掛け合いになる。


 暫く川で遊んだ二人は、帰路に着く。又八は、弁助が深刻な様子でない事に安堵した。経験から、友が喜兵衛対策を思いついた事が予想できたからだ。
 分かれ道で挨拶を交わす。又八は宿場へ、弁助は山へ向かう。
「仕合、大丈夫じゃね。もしもの事があったらゆるさんぞ」
 弁助は、又八の可愛い物言いに笑ってしまう。
「大丈夫じゃ。もしもの事があるとしたら喜兵衛の方じゃ」
 弁助は、頼もしい言葉で又八を見送る。

 さて、一人になった弁助は、大橋を渡り、夕暮れ映えのする山を目指す。山の手前に佐用川の支流が流れていて、水車小屋が見えて来た。
 弁助は、夢中で歩きながら喜兵衛との仕合を考えていた。果たして、この戦い方で良いのか迷っていた。だが、これ以外に勝ち目がないのも解っていた。そうこうするうち、家に着いていた。
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