幕末博徒伝

雨川 海(旧 つくね)

文字の大きさ
上 下
12 / 13
竹尾安五郎

◯十二

しおりを挟む
「弁天一家を仕切らせて貰ってます。仲と申します」
 女は、歳の頃なら二十歳前後に見えた。ただ、藤色の着物から覗く肌の感じからすると、もっと若いかも知れない。

「じゃ、ここは親分同士で話をつけたらええ」
 亀寿郎は退席する。
 取り残された寿郎長と仲は、お見合いみたいになっていた。

「寿郎長親分、お一ついかがです」
 仲が寿郎長に酌をする。二人の距離が縮んだ。
「弁天一家の貸元を酌婦にしちゃ、申し訳ない。あっしも酌夫になろう」
 寿郎長も、仲に酌をする。
 仲は、可笑しくなって笑い出す。心の距離が縮む。
「ごめんなさいね。寿郎長親分がお茶目なもので、びっくりしました」
「鬼か蛇、だとでも思ったかい」
 寿郎長は、仲の表情を見て、かなり若いと判断した。まぁ、歳を聞くのは野暮になる。
「弁天の貸元は、なんで弁天一家を構える事になったんだね。見ればまだ若そうなんだが」
 差しつ差されつ会話する。場の雰囲気は、お見合いから逢引きに昇格した。
「おとっつぁんが弁天一家の親分でね、その跡目を継いだんですよ。姐さんは度胸がいいから博徒に向いている。なんて言われてねぇ。まぁ、そんなのは建前で、小娘を神輿に乗せて担ぐのが好きな変態なんですよ。うちの子分どもは」
 今度は、寿郎長が笑ってしまう。仲は子分を卑下するが、彼女は目力が強いので、博徒向きの判断には納得する。
 さて、娘の赤い唇が動く度、寿郎長は妙な気分になる。仲の方も、どんどん接近してくる。女の色香に酔いそうだった。

「実はね、寿郎長親分には借りがあるんですよ」
「どんな借りだろう?」
「天神法六を斬ったのは、寿郎長親分じゃないですか。法六は、親の仇なんですよ」
 寿郎長は、仲の告白に驚く。
「それで、お礼をしたい気持ち、解って欲しいんです」
 仲は、寿郎長に密着する。
 寿郎長は、困っていた。仲は美人で好みだが、関係を持つのは良くない気がしていた。まずは、寿郎長にはお蝶が居る。兄の大熊の事もある。それに、親分同士の馴れ合いは、吉と出るか凶と出るか解らない。賽子の目と同じで、転がす度に変わる可能性がある。

「ここは、七分三分の盃でどうだろう」
 寿郎長は、雰囲気を変える様に提案した。
「よろしいですよ。寿郎長親分が七分ですね」
「いやいや、弁天の親分が七分ですよ。清水湊では親分さんの方が格上でござんす」
 仲は、意義を唱えようとしたが、遠慮しすぎるのも失礼になると感じて止めた。
 その日は、盃事を交わす日時を決めた。




 後日、弁天一家と寿郎長一家は盃事を交わし、同盟関係になった。寿郎長に取って、年下の姉貴になった仲の要求は、親分ではなく仲と呼ぶ事だった。寿郎長は、「お仲さん」と呼ばせて貰う。

 寿郎長一家が清水で活躍し始めると、甲州の方が騒がしくなった。竹尾安五郎と黒駒勝堂は、再び親分衆を集結させ、寿郎長に喧嘩状を送って来た。弁天一家の仲は、駿河の親分衆を集め、敵対する構えを見せる。寿郎長が安五郎の所の遊女を足抜けさせたのは、安五郎が女を人質にした為であり、仁義を忘れた外道は竹尾安五郎の方だと、弾劾した。追分参五郎の事情を書き添え、甲斐の連中とは戦うべきだと解いた。その昔、戦国時代、駿河の今川と甲斐の武田を引き合いに出し、今度は武田信玄を滅ぼすべきだと檄を飛ばした。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

蘭癖高家

八島唯
歴史・時代
 一八世紀末、日本では浅間山が大噴火をおこし天明の大飢饉が発生する。当時の権力者田沼意次は一〇代将軍家治の急死とともに失脚し、その後松平定信が老中首座に就任する。  遠く離れたフランスでは革命の意気が揚がる。ロシアは積極的に蝦夷地への進出を進めており、遠くない未来ヨーロッパの船が日本にやってくることが予想された。  時ここに至り、老中松平定信は消極的であるとはいえ、外国への備えを画策する。  大権現家康公の秘中の秘、後に『蘭癖高家』と呼ばれる旗本を登用することを―― ※挿絵はAI作成です。

梅すだれ

木花薫
歴史・時代
江戸時代の女の子、お千代の一生の物語。恋に仕事に頑張るお千代は悲しいことも多いけど充実した女の人生を生き抜きます。が、現在お千代の物語から逸れて、九州の隠れキリシタンの話になっています。島原の乱の前後、農民たちがどのように生きていたのか、仏教やキリスト教の世界観も組み込んで書いています。 登場人物の繋がりで主人公がバトンタッチして物語が次々と移っていきます隠れキリシタンの次は戦国時代の姉妹のストーリーとなっていきます。 時代背景は戦国時代から江戸時代初期の歴史とリンクさせてあります。長編時代小説。長々と続きます。

獅子の末裔

卯花月影
歴史・時代
未だ戦乱続く近江の国に生まれた蒲生氏郷。主家・六角氏を揺るがした六角家騒動がようやく落ち着いてきたころ、目の前に現れたのは天下を狙う織田信長だった。 和歌をこよなく愛する温厚で無力な少年は、信長にその非凡な才を見いだされ、戦国武将として成長し、開花していく。 前作「滝川家の人びと」の続編です。途中、エピソードの被りがありますが、蒲生氏郷視点で描かれます。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

独裁者・武田信玄

いずもカリーシ
歴史・時代
歴史の本とは別の視点で武田信玄という人間を描きます! 平和な時代に、戦争の素人が娯楽[エンターテイメント]の一貫で歴史の本を書いたことで、歴史はただ暗記するだけの詰まらないものと化してしまいました。 『事実は小説よりも奇なり』 この言葉の通り、事実の方が好奇心をそそるものであるのに…… 歴史の本が単純で薄い内容であるせいで、フィクションの方が面白く、深い内容になっていることが残念でなりません。 過去の出来事ではありますが、独裁国家が民主国家を数で上回り、戦争が相次いで起こる『現代』だからこそ、この歴史物語はどこかに通じるものがあるかもしれません。 【第壱章 独裁者への階段】 国を一つにできない弱く愚かな支配者は、必ず滅ぶのが戦国乱世の習い 【第弐章 川中島合戦】 戦争の勝利に必要な条件は第一に補給、第二に地形 【第参章 戦いの黒幕】 人の持つ欲を煽って争いの種を撒き、愚かな者を操って戦争へと発展させる武器商人 【第肆章 織田信長の愛娘】 人間の生きる価値は、誰かの役に立つ生き方のみにこそある 【最終章 西上作戦】 人々を一つにするには、敵が絶対に必要である この小説は『大罪人の娘』を補完するものでもあります。 (前編が執筆終了していますが、後編の執筆に向けて修正中です)

剣客居酒屋 草間の陰

松 勇
歴史・時代
酒と肴と剣と闇 江戸情緒を添えて 江戸は本所にある居酒屋『草間』。 美味い肴が食えるということで有名なこの店の主人は、絶世の色男にして、無双の剣客でもある。 自分のことをほとんど話さないこの男、冬吉には実は隠された壮絶な過去があった。 多くの江戸の人々と関わり、その舌を満足させながら、剣の腕でも人々を救う。 その慌し日々の中で、己の過去と江戸の闇に巣食う者たちとの浅からぬ因縁に気付いていく。 店の奉公人や常連客と共に江戸を救う、包丁人にして剣客、冬吉の物語。

天狗の囁き

井上 滋瑛
歴史・時代
幼少の頃より自分にしか聞こえない天狗の声が聞こえた吉川広家。姿見えぬ声に対して、時に従い、時に相談し、時に言い争い、天狗評議と揶揄されながら、偉大な武将であった父吉川元春や叔父の小早川隆景、兄元長の背を追ってきた。時は経ち、慶長五年九月の関ヶ原。主家の当主毛利輝元は甘言に乗り、西軍総大将に担がれてしまう。東軍との勝敗に関わらず、危急存亡の秋を察知した広家は、友である黒田長政を介して東軍総大将徳川家康に内通する。天狗の声に耳を傾けながら、主家の存亡をかけ、不義内通の誹りを恐れず、主家の命運を一身に背負う。

借金した女(SМ小説です)

浅野浩二
現代文学
ヤミ金融に借金した女のSМ小説です。

処理中です...