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竹尾安五郎
◯十一
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祐天一家の花会に犬が乱入した現場は、寿郎長自身がその場に居合わせた。猛犬の命を奪ったのは、寿郎長だった。
「綱太郎さん、犬に引導を渡したのは、この寿郎長なんです」
綱太郎は、慌てて言う。
「いや、頭を下げねぇでください。黒を楽にしてくれた親分さんには、感謝しているんだ。本当は、あっしがやるべき事を、寿郎長親分に押し付けちまった」
感動の場面だが、寿郎長一家には時が無い。すぐに前田栄五郎から呼び出しが来た。内容は、予想がついた。
前田栄五郎の話は、寿郎長に出て行って欲しい。との要望だった。寿郎長は、叩き出されないだけマシだと感謝する。他の一家の遊女を足抜けさせるのは、博徒仲間の禁忌だった。売り物を持ち逃げされれば、商売に支障が出る。寿郎長の子分は、それを犯した。既に、甲州の博徒が集まり、寿郎長を討つべく動いている。との話で、匿う事はできない。と言われた。
実は、寿郎長にも転機だった。実家の廻船問屋を継いだ兄から、駿河に戻って来いと連絡が来ていた。天神一家は解散し、一家と懇意だった代官も別の人物に代わったそうで、寿郎長へのお咎めは無いとの事だった。
まずは清水湊に帰り、一家は解散しよう。寿郎長は、そう思っていた。子分たちの身の振り方を決め、竹尾安五郎には詫びを入れよう。最悪、おれ一人が責任を取って命を懸けよう。そう算段すると、決意した。
「お前たち、清水に来ないか? 船で川を下ればすぐだぜ」
子分衆は、意見が一致していた。
「親分の行く所なら、何処へでも行きやすぜ」
話が決まり、船の手配が進んだ。実家の廻船問屋、山本屋の船は、駿河から甲州を経て上州まで来ている。当然、帰り船もあり、生糸や米を運んでいる。寿郎長一家は、積荷に紛れて駿河へ入った。
さて、駿河に戻った寿郎長は、子分たちを旅籠に泊らせ、自身は実家を訪ねる。寿郎長の兄の亀寿郎は、恵比寿顔で弟を迎えた。
「よく来たな、待っていたぞ長寿郎」
寿郎長は、三年ぶりに本名で呼ばれた。
「兄さん、迷惑をかけます。ヤクザな弟を許してください」
寿郎長は、畳に額を付ける勢いで土下座した。
「いやいや、謝る必要はないさ。お前も知っての通り、御店も大きくなると綺麗事だけじゃ済まない。以前は天神一家に世話になったが、お前の一件で関係が悪くなって苦労した。だが、今じゃ過去の話さ」
寿郎長は、天神一家の親分を斬り殺して出奔していた。実家の廻船問屋に迷惑が掛かる事を承知で、自身がしでかした事件を詫びたのだった。
亀寿郎は話を続ける。
「それは良いとして、せっかく渡世人になったのだから、清水湊で一家を構えたらどうだ? 後で、うちで懇意にしている弁天一家の親分を引き合わせるよ。仲良くしておくれ」
兄との会談を終え、子分が待つ旅籠へ戻る。
「親分、どうでした?」
寿郎長は、大熊の質問に困惑した表情で答えた。
「どうもな、清水湊で一家を構える事になりそうだ」
寿郎長の腹づもりでは、足を洗う気だったので、意外な展開に驚いていた。だが、子分たちは歓声を上げる。
「なんでも、弁天一家と言う博徒が、力を貸してくださるそうだ」
話はトントン拍子に進み、寿郎長は弁天一家の親分と料亭で会う事になった。亀寿郎が、座敷で二人を引き合わせる。
寿郎長は驚いた。弁天一家の親分は、若い女だった。
「綱太郎さん、犬に引導を渡したのは、この寿郎長なんです」
綱太郎は、慌てて言う。
「いや、頭を下げねぇでください。黒を楽にしてくれた親分さんには、感謝しているんだ。本当は、あっしがやるべき事を、寿郎長親分に押し付けちまった」
感動の場面だが、寿郎長一家には時が無い。すぐに前田栄五郎から呼び出しが来た。内容は、予想がついた。
前田栄五郎の話は、寿郎長に出て行って欲しい。との要望だった。寿郎長は、叩き出されないだけマシだと感謝する。他の一家の遊女を足抜けさせるのは、博徒仲間の禁忌だった。売り物を持ち逃げされれば、商売に支障が出る。寿郎長の子分は、それを犯した。既に、甲州の博徒が集まり、寿郎長を討つべく動いている。との話で、匿う事はできない。と言われた。
実は、寿郎長にも転機だった。実家の廻船問屋を継いだ兄から、駿河に戻って来いと連絡が来ていた。天神一家は解散し、一家と懇意だった代官も別の人物に代わったそうで、寿郎長へのお咎めは無いとの事だった。
まずは清水湊に帰り、一家は解散しよう。寿郎長は、そう思っていた。子分たちの身の振り方を決め、竹尾安五郎には詫びを入れよう。最悪、おれ一人が責任を取って命を懸けよう。そう算段すると、決意した。
「お前たち、清水に来ないか? 船で川を下ればすぐだぜ」
子分衆は、意見が一致していた。
「親分の行く所なら、何処へでも行きやすぜ」
話が決まり、船の手配が進んだ。実家の廻船問屋、山本屋の船は、駿河から甲州を経て上州まで来ている。当然、帰り船もあり、生糸や米を運んでいる。寿郎長一家は、積荷に紛れて駿河へ入った。
さて、駿河に戻った寿郎長は、子分たちを旅籠に泊らせ、自身は実家を訪ねる。寿郎長の兄の亀寿郎は、恵比寿顔で弟を迎えた。
「よく来たな、待っていたぞ長寿郎」
寿郎長は、三年ぶりに本名で呼ばれた。
「兄さん、迷惑をかけます。ヤクザな弟を許してください」
寿郎長は、畳に額を付ける勢いで土下座した。
「いやいや、謝る必要はないさ。お前も知っての通り、御店も大きくなると綺麗事だけじゃ済まない。以前は天神一家に世話になったが、お前の一件で関係が悪くなって苦労した。だが、今じゃ過去の話さ」
寿郎長は、天神一家の親分を斬り殺して出奔していた。実家の廻船問屋に迷惑が掛かる事を承知で、自身がしでかした事件を詫びたのだった。
亀寿郎は話を続ける。
「それは良いとして、せっかく渡世人になったのだから、清水湊で一家を構えたらどうだ? 後で、うちで懇意にしている弁天一家の親分を引き合わせるよ。仲良くしておくれ」
兄との会談を終え、子分が待つ旅籠へ戻る。
「親分、どうでした?」
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「どうもな、清水湊で一家を構える事になりそうだ」
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「なんでも、弁天一家と言う博徒が、力を貸してくださるそうだ」
話はトントン拍子に進み、寿郎長は弁天一家の親分と料亭で会う事になった。亀寿郎が、座敷で二人を引き合わせる。
寿郎長は驚いた。弁天一家の親分は、若い女だった。
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