幕末博徒伝

雨川 海(旧 つくね)

文字の大きさ
上 下
7 / 13
竹尾安五郎

◯七

しおりを挟む
 市松のぼやきを他所に、賭場は盛況だった。なんと言っても壺振りが目立っている。寿郎長の恋女房、お蝶が務めていた。お蝶は、双肌脱ぎの立ち膝で壺を振る。双肌脱ぎは、イカサマが無い証明の為の行為だが、器量良しの女がやると別の意味合いが出て来る。目の保養と言う効果だった。もちろん、乳房は晒を巻いて隠してあるが、色気は充分だった。しかも、下半身も、着物の合わせ目から見える太腿が好奇心と想像力を刺激する。博打を切り上げて女郎屋に行く客もあり、前田栄五郎一家の売り上げにも貢献していた。

 中盆は、お蝶の兄で寿郎長の義兄になる江沢の大熊が務める。大熊は、お蝶と同じ親とは思えない男で、熊が人間になったような雰囲気を持っている。強面だが、賭場の仕切りは上手で、威勢の良い掛け声で場を明るくした。盆とは、盆暮正月などの季節の催事ではなく、賭場の事だった。賭けを盆茣蓙の上で行う。ちなみに、ボンクラと言う言葉は、博打の賭け札の計算が即座にできない者を言うらしい。

 参五郎は、寿郎長一家の雰囲気が好きになった。安五郎に脅されてなければ、寿郎長一家に入りたい気分だった。いや、脅迫の内容からすると、どっちにしろ入る方が都合が良い。

「寿郎長親分は、良い子分衆に恵まれていますねぇ」
 寿郎長は、参五郎の褒め言葉に気を良くする。
「そうかい、喧嘩っ早いのが多くて困るよ」
「いやぁ、親分の為に命を張る猛者でしょう。笛吹川の大喧嘩は語り草ですぜ。竹尾安五郎の一家を蹴散らし、黒駒の勝堂が、小便漏らしたほどの武勇だそうじゃねぇですか」
「鵜呑みにしないでくんな。尾鰭が付いて泳ぎ出した話だ」
「ですが、話半分でも凄いですよ」
 寿郎長と参五郎は意気投合する。
「寿郎長親分、親子の盃を交わしてくだせぇ」
 寿郎長は、参五郎の懇願に難色を示す。
「あっしは居候だぜ、子分を増やす道理がねぇ」
「嫌でもついて行きやすぜ。あっしは惚れた者にはとことん尽くすんでさぁ」
 寿郎長は、押しに弱い所がある。清水湊で大熊の犯罪に手を貸し、その後、親分に推挙され、道中で押しかけ子分が増えて行く。この頃では「来るを拒まず、去るを追わず」の境地に入っていた。
「追分参五郎と言ったかな」
「へい」
「寿郎長一家の決まりは『弱きを助け、強きに怯まず』だ。他はそのつど、あっしの判断に従う事。守れるかい?」
「へい、肝に命じやす」
 参五郎は、寿郎長と盃を交わし、子分に加わった。これで、清水寿郎長一家は、江沢大熊、出刃庖丁の政五郎、森市松、桶屋中吉、法院大五郎、追分参五郎の七人衆になった。それに、お蝶と雪が居る。

 さて、参五郎は寿郎長一家の信用を得て、すっかり馴染んでいた。そろそろ頃合いだと思っていた。だから、寿郎長と二人で山に行く機会を作る。

「親分、ちょいと相談があるんですがね」
 参五郎は、銭箱を抱えて暇そうにしている寿郎長に話を持ち掛けた。
「なんだい」
「いえね、お蝶姐さんの生まれ月が近いじゃねぇですか。それでね、山に松茸を取りに行ったらどうかと思いやしてね。姐さん、松茸が好きでしょ」
 寿郎長は、賭場の事はお蝶と大熊の二人に任せているので、本人はやる事が無かった。山できのこ狩りをしている方が気晴らしに良いと感じていた。
「いいね、お蝶に聞いてみるか」
 参五郎は、寿郎長に提案する。
「親分、内緒で行きましょうよ。後で皆んなを驚かす方が面白いですよ」
「なるほど、そうだな」
 寿郎長は、参五郎の意見に同意した。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

梅すだれ

木花薫
歴史・時代
江戸時代の女の子、お千代の一生の物語。恋に仕事に頑張るお千代は悲しいことも多いけど充実した女の人生を生き抜きます。が、現在お千代の物語から逸れて、九州の隠れキリシタンの話になっています。島原の乱の前後、農民たちがどのように生きていたのか、仏教やキリスト教の世界観も組み込んで書いています。 登場人物の繋がりで主人公がバトンタッチして物語が次々と移っていきます隠れキリシタンの次は戦国時代の姉妹のストーリーとなっていきます。 時代背景は戦国時代から江戸時代初期の歴史とリンクさせてあります。長編時代小説。長々と続きます。

獅子の末裔

卯花月影
歴史・時代
未だ戦乱続く近江の国に生まれた蒲生氏郷。主家・六角氏を揺るがした六角家騒動がようやく落ち着いてきたころ、目の前に現れたのは天下を狙う織田信長だった。 和歌をこよなく愛する温厚で無力な少年は、信長にその非凡な才を見いだされ、戦国武将として成長し、開花していく。 前作「滝川家の人びと」の続編です。途中、エピソードの被りがありますが、蒲生氏郷視点で描かれます。

独裁者・武田信玄

いずもカリーシ
歴史・時代
歴史の本とは別の視点で武田信玄という人間を描きます! 平和な時代に、戦争の素人が娯楽[エンターテイメント]の一貫で歴史の本を書いたことで、歴史はただ暗記するだけの詰まらないものと化してしまいました。 『事実は小説よりも奇なり』 この言葉の通り、事実の方が好奇心をそそるものであるのに…… 歴史の本が単純で薄い内容であるせいで、フィクションの方が面白く、深い内容になっていることが残念でなりません。 過去の出来事ではありますが、独裁国家が民主国家を数で上回り、戦争が相次いで起こる『現代』だからこそ、この歴史物語はどこかに通じるものがあるかもしれません。 【第壱章 独裁者への階段】 国を一つにできない弱く愚かな支配者は、必ず滅ぶのが戦国乱世の習い 【第弐章 川中島合戦】 戦争の勝利に必要な条件は第一に補給、第二に地形 【第参章 戦いの黒幕】 人の持つ欲を煽って争いの種を撒き、愚かな者を操って戦争へと発展させる武器商人 【第肆章 織田信長の愛娘】 人間の生きる価値は、誰かの役に立つ生き方のみにこそある 【最終章 西上作戦】 人々を一つにするには、敵が絶対に必要である この小説は『大罪人の娘』を補完するものでもあります。 (前編が執筆終了していますが、後編の執筆に向けて修正中です)

本能のままに

揚羽
歴史・時代
1582年本能寺にて織田信長は明智光秀の謀反により亡くなる…はずだった もし信長が生きていたらどうなっていたのだろうか…というifストーリーです!もしよかったら見ていってください! ※更新は不定期になると思います。

剣客居酒屋 草間の陰

松 勇
歴史・時代
酒と肴と剣と闇 江戸情緒を添えて 江戸は本所にある居酒屋『草間』。 美味い肴が食えるということで有名なこの店の主人は、絶世の色男にして、無双の剣客でもある。 自分のことをほとんど話さないこの男、冬吉には実は隠された壮絶な過去があった。 多くの江戸の人々と関わり、その舌を満足させながら、剣の腕でも人々を救う。 その慌し日々の中で、己の過去と江戸の闇に巣食う者たちとの浅からぬ因縁に気付いていく。 店の奉公人や常連客と共に江戸を救う、包丁人にして剣客、冬吉の物語。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

奇妙丸

0002
歴史・時代
信忠が本能寺の変から甲州征伐の前に戻り歴史を変えていく。登場人物の名前は通称、時には新しい名前、また年月日は現代のものに。if満載、本能寺の変は黒幕説、作者のご都合主義のお話。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

処理中です...