幕末博徒伝

雨川 海(旧 つくね)

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竹尾安五郎

◯七

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 市松のぼやきを他所に、賭場は盛況だった。なんと言っても壺振りが目立っている。寿郎長の恋女房、お蝶が務めていた。お蝶は、双肌脱ぎの立ち膝で壺を振る。双肌脱ぎは、イカサマが無い証明の為の行為だが、器量良しの女がやると別の意味合いが出て来る。目の保養と言う効果だった。もちろん、乳房は晒を巻いて隠してあるが、色気は充分だった。しかも、下半身も、着物の合わせ目から見える太腿が好奇心と想像力を刺激する。博打を切り上げて女郎屋に行く客もあり、前田栄五郎一家の売り上げにも貢献していた。

 中盆は、お蝶の兄で寿郎長の義兄になる江沢の大熊が務める。大熊は、お蝶と同じ親とは思えない男で、熊が人間になったような雰囲気を持っている。強面だが、賭場の仕切りは上手で、威勢の良い掛け声で場を明るくした。盆とは、盆暮正月などの季節の催事ではなく、賭場の事だった。賭けを盆茣蓙の上で行う。ちなみに、ボンクラと言う言葉は、博打の賭け札の計算が即座にできない者を言うらしい。

 参五郎は、寿郎長一家の雰囲気が好きになった。安五郎に脅されてなければ、寿郎長一家に入りたい気分だった。いや、脅迫の内容からすると、どっちにしろ入る方が都合が良い。

「寿郎長親分は、良い子分衆に恵まれていますねぇ」
 寿郎長は、参五郎の褒め言葉に気を良くする。
「そうかい、喧嘩っ早いのが多くて困るよ」
「いやぁ、親分の為に命を張る猛者でしょう。笛吹川の大喧嘩は語り草ですぜ。竹尾安五郎の一家を蹴散らし、黒駒の勝堂が、小便漏らしたほどの武勇だそうじゃねぇですか」
「鵜呑みにしないでくんな。尾鰭が付いて泳ぎ出した話だ」
「ですが、話半分でも凄いですよ」
 寿郎長と参五郎は意気投合する。
「寿郎長親分、親子の盃を交わしてくだせぇ」
 寿郎長は、参五郎の懇願に難色を示す。
「あっしは居候だぜ、子分を増やす道理がねぇ」
「嫌でもついて行きやすぜ。あっしは惚れた者にはとことん尽くすんでさぁ」
 寿郎長は、押しに弱い所がある。清水湊で大熊の犯罪に手を貸し、その後、親分に推挙され、道中で押しかけ子分が増えて行く。この頃では「来るを拒まず、去るを追わず」の境地に入っていた。
「追分参五郎と言ったかな」
「へい」
「寿郎長一家の決まりは『弱きを助け、強きに怯まず』だ。他はそのつど、あっしの判断に従う事。守れるかい?」
「へい、肝に命じやす」
 参五郎は、寿郎長と盃を交わし、子分に加わった。これで、清水寿郎長一家は、江沢大熊、出刃庖丁の政五郎、森市松、桶屋中吉、法院大五郎、追分参五郎の七人衆になった。それに、お蝶と雪が居る。

 さて、参五郎は寿郎長一家の信用を得て、すっかり馴染んでいた。そろそろ頃合いだと思っていた。だから、寿郎長と二人で山に行く機会を作る。

「親分、ちょいと相談があるんですがね」
 参五郎は、銭箱を抱えて暇そうにしている寿郎長に話を持ち掛けた。
「なんだい」
「いえね、お蝶姐さんの生まれ月が近いじゃねぇですか。それでね、山に松茸を取りに行ったらどうかと思いやしてね。姐さん、松茸が好きでしょ」
 寿郎長は、賭場の事はお蝶と大熊の二人に任せているので、本人はやる事が無かった。山できのこ狩りをしている方が気晴らしに良いと感じていた。
「いいね、お蝶に聞いてみるか」
 参五郎は、寿郎長に提案する。
「親分、内緒で行きましょうよ。後で皆んなを驚かす方が面白いですよ」
「なるほど、そうだな」
 寿郎長は、参五郎の意見に同意した。
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