幕末博徒伝

雨川 海(旧 つくね)

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竹尾安五郎

◯安五郎 六

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 追分参五郎は、上州の前田栄五郎の一家の客分になった。栄五郎の屋敷は、元は豪農の家で、離れが幾つか在った。その一つに、清水寿郎長一家も客分として逗留している。

「おっお前は、新入りかよ」
 参五郎は、隻眼の男に声を掛けられた。左目に刀傷がある。着物は市松模様の着流しで、姿勢が右斜になっている。落ち着きない様子と高い声から、鶏を連想させる。
「へい、寿郎長親分のお身内ですかい?」
 隻眼の男は、参五郎の質問に答えた。
「そっそうよ、森の市松だ」
 森の市松の名は、参五郎の耳にも届いていた。寿郎長一家は喧嘩が強い連中が揃っている。江沢大熊、出刃投げ政五郎、桶屋中吉、法印大五郎、そして、森市松だった。誰もが手の付けられない暴れん坊だと聞いていた。
「市松兄い、あっしは、追分参五郎と言うケチな野郎で、以後お見知り置きください」
「なっなんでい、お前はケチなのか?」
「いやいや、ケチって言うのは自分を卑下した表現ですよ」
 参五郎は、市松が冗談なのか本気なのか探りながら説明する。市松は、真顔で返した。
「じっじっじゃあ、ケチじゃねぇって言うんだな」
「自分で言うのもなんですが、気前は良いですぜ」
「じゃ、じゃあよ、博打するか? いっいま、寿郎長一家でやっているんだ」
 参五郎は、寿郎長に近づく絶好の機会だと感じていた。
「兄ぃ、ついて行きやすぜ」
 参五郎は、市松に寿郎長の所へ案内させた。


 前田栄五郎から一軒家を借り受けた寿郎長は、一家の真似事を始めていた。賭場を開くつもりだった。売上の半分を渡す事になるが、賭場は看板と場所が物を言う。ぶいぶい言わせてくれるのだ。その点、前田栄五郎の看板と場所は、信用充分だった。いま、海外での絹の需要から、生糸相場は高騰していて、養蚕業は潤っていた。気前の良い商人、豪農、人足を纏める親分衆が景気良く金を使っていた。
 寿郎長の賭場は、座敷を二つ繋いで使っていた。襖で仕切られただけの日本家屋は、臨機応変に使える所が良い。寿郎長は、賭場の仕切りを大熊とお蝶に任せ、自分は銭箱の番をしていた。

「おっ、親分、ひっ、暇そうな三下が居たぞ」
 寿郎長は、市松の報告を不思議そうに聞いていた。どうゆう了見か解らない。
「おいおい市松、客分に上も下もないだろう」
 寿郎長が笑って言う。参五郎は、寿郎長の顔を眺めていた。これから命を奪う相手だと思うと、眼光も鋭くなる。
「あっしの顔に何か付いているかい? 朝、鏡は見たんだけどな」
「寿郎長親分も鏡を見るんですかい。あっしもでさぁ」
 参五郎は、寿郎長との共通点に驚いた。鏡は女が見る物で、男はあまり見ないのが普通だった。
「一応、目やになんかが付いていないか気になるからな」
「あっしは鼻毛が気になります」
「それはおれもだ」
 寿郎長が同意する。
「おっ、おいら、かっ鏡なんか知らねぇ。みっ見た事ねぇ」
 市松が呟いた。
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