幕末博徒伝

雨川 海(旧 つくね)

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竹尾安五郎

◯安五郎 二

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 安五郎は、天神一家に逗留していた。彼は、島抜けした上に強盗事件を繰り返した凶状持ちで、お天道様のある内は出歩けない。夜になると、舟で川を上る。水運に関所は無いので、安五郎たちには打ってつけだった。そうやって、安五郎は甲斐に帰って来た。


「おう、兄弟分、久しぶりだな」
 黒駒村にある勝堂一家は大騒ぎだった。竹尾安五郎が島抜けした話題で持ちきりだった所へ、当の安五郎が訪ねて来た。もう、蜂の巣を突いた状態になる。
 勝堂は、関取の様な体を揺すって出迎えた。
「安五郎兄ぃ、よくご無事で」
 勝堂は、元々が感激屋なので、顔をくしゃくしゃにしている。
「なんだ、見れた顔じゃねぇな」
 安五郎は憎まれ口を言うが、内心では喜んでいた。やはり、帰れる場所が在るのは心強い。安五郎は、座敷に案内され、寛いだ。ここでのんびりするかと思いきや、早くも喧嘩の話になる。
「祐天一家はどうしてる」
 安五郎の質問に、勝堂は答えた。
「今はお上の新田普請を請け負っていて、喧嘩支度は整ってないな。だけど兄弟、祐天の後ろには幕府が居るし、喧嘩には理由も要るぜ。下手したら、また徒党の罪でこっちだけがお縄になる」

 以前の抗争で、安五郎たちだけが捕まったのは、祐天一家が、安五郎たちが徒党を組んで暴れるのを阻止した事になっていたからだった。つまり、祐天たちが喧嘩相手からすり抜け、お上の手助けで安五郎たちを捕縛する側に変わっていた。

「十手持ちのクソが、二足の草鞋の最低野郎の屑博徒だぜ!」
 安五郎が吠える。
 勝堂は、酒を持って来させつつ、安五郎を宥める。
「まぁ、まぁ、兄弟、今は祐天には手が出せねぇよ。他を当たろう」
「他って言うと、清水寿郎長か?」
 勝堂は、安五郎の言葉に頷いた。
「ああ、ヤツは前田栄五郎の所に草鞋を脱いでいる。天神一家の始末が着かない以上、喧嘩の口実は生きているぜ」

 安五郎は、上州の前田栄五郎に喧嘩を売る気だった。しかし、安五郎が捕縛され、竹尾一家は解散状態だし、人を集められるかが問題だった。
「だけどよ、前田の所と喧嘩できる数が集まるか?」
 勝堂は、安五郎に聞かれて黙り込む。加勢してくれる親分衆の当てがない。
「ふむ、寿郎長だけでも討ち取るか?」
 勝堂が言う。それには策略が要る。二人は知恵を絞ったが、なかなか浮かばない。

「寿郎長一家に誰かを潜り込ませ、寿郎長を誘き出してやっちまうしかねぇな。もしくは、そいつにやらせるか?」
「使い捨ての駒が要るな」
「兄弟が連れて来た亀と鶴はどうだ?」
 勝堂の提案に、安五郎が反応する。
「駄目だな。二人とも信用ならねぇ。そんな大事は任せられねぇな」
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