62 / 102
ロイシア国の公爵《プリンス》のこと
62 相容れないこと
しおりを挟む
目を覚ますとヴィクトルが背中に覆い被さり、倒れ込むようにして眠っていた。譲は尻に違和感を持つ。あそこが繋がったままだ。彼も行為の途中で気を失ったのだ。
譲は身体を動かしてみる。体位の関係で外したのだろう、鎖で拘束されていたのは片方の手首だけだった。
お陰で寝返りを打つことができるが、結合部が抜けてしまうのは寂しい。腰を捻って、ヴィクトルの寝顔を初めて拝んだ。
(可愛い)
ヴィクトルの寝顔は思っていたよりもずっとあどけなかった。
譲は幼かった頃の弟妹達を思い出し、抱き締めてあげたい衝動に駆られた。
こんな愛らしい顔したヴィクトルにムチが振るわれていたのかと思うと、手がつけられなかった程の嘆きや怒りが塗り替えられていくような気がした。
彼の傷に触れられたらきっと許せる。
そう思い、譲はヴィクトルの背中に腕を回した。
意識して触れるのは初めてだった。行為中は気にできる余裕がない。
指に触れたのは、ざらっとした古傷の痕跡。複雑に絡み合ったいばらの蔓のように、深く重なり合っている。
しかしその中でムチの痕ではない傷があった。
腰骨のでっぱりのすぐ上あたりに、まるで後ろから誰かに刺されたみたいな。
———家族に? 母親に? でも比較的新しい。
譲が考え込みながらサワサワと何度も傷に触れていたので、ヴィクトルが「ぅーん」とくすぐったそうな声を上げて身じろぎをする。
譲はパッと手を離した。その手をヴィクトルのうなじに持っていき、起きぬけざまに唇に熱いキスをした。
「ぁあ、譲か、驚いた。私も寝てしまったんだね」
そしてヴィクトルも二人が繋がったままでいることに気がついたようだ。
「どうやら私達のここは一晩中キスしていたらしいね」
だが今は、ふざけたジョークは頭に入ってこない。
「ねぇ、公爵ごめんなさい。俺が知らない方が良いことなのかもしれないけど、背中の傷に触っちゃった」
「傷? そういえばあったね。忘れていたよ」
ヴィクトルが自分の背中に触れている。
「もう痛くない? 刺されたようなところとか」
必要がなければ答えなくていいですと付け足して訊ねると、ヴィクトルは思いがけず微笑んだ。
「痛くないよ、心配してくれてありがとう。それは愚かな人間に刺された痕さ。けれど式典の日だったんだ。警備がいつも以上に厳しくなっていると誰でも予想できるだろうに、犯人は護衛に捕えられてその場で処刑されたよ」
声に感情が読めないが、密着した肌に伝わってくる動きから肩をすくめたらしいとわかった。
「何がしたかったのか理解できないよ」
ヴィクトルは続けて言う。
「式典だなんて凄いね」
「そうかい? 日常のことさ。けれど譲のお褒めにあずかれるなら光栄だ」
気を良くしたのか、いつになくヴィクトルが饒舌だった。
「あの時はそうだな」
「教えてくれるの?」
「ああいいよ、大した話じゃない。確か戦争の功績を称える恩賞授与式だった。譲も聞いたことあるんじゃないかな」
「うん」
恩賞授与式は宮殿で行われる。授与される対象は軍人。
一定の階級からのみ出席が許されている為、譲が出向く機会はなかったが、出席した上官づてで報奨金や徽章バッジが与えられた。
「その時は式典の最中に妻と子を失くしたという男が乱入してきた。だが私を狙った襲撃ではなくて、国王陛下に向かって突進してきた。陛下の隣に私がいたので私に被害が生じたのだよ」
「そっか・・・公爵の怪我が大事に至らなくて良かった」
そう返した気持ちに嘘はなかった。
それなのに他人事のようなヴィクトルの口ぶりが、傾いていた譲の心に待ったをかける。
(言うな、言っちゃいけない)
譲は思い留めようと努力したができなかった。
「その式典はいつのこと?」
「戦争が終わった後すぐだよ」
ヴィクトルの返答を聞き、無意識に身体を丸める。
下半身の繋がりが抜けた。
腹の中に溜まっていた白濁が閉じ切らない孔から溢れ出してくる。どろりとした粘液が股を濡らし、気持ち悪さに太腿を擦り合わせた。
「でも俺はその人の気持ちがちょっとだけわかるな」
戦争で大切なものを多く失くした被害者同士。
その人が自分であったかもしれないし、自分の父や母、弟妹の姿だったかもしれない。
譲にとっては決して他人事なんかじゃなかった。
「可哀想だと思う。天国で救われて欲しい。なんてね。天国なんて似合わないこと言っちゃった」
譲は背中にいるヴィクトルを振り返り、「ね?」と同意を求める。
しかし譲の願いは届かなかった。
「うん、だからどうしたんだい?」
ヴィクトルが微笑している。
ハッとした。いや、頬を強くぶたれたような感覚がする。
———譲・・・現実を見てくれ。目を覚ますんだ・・・。
イザークの声がこんな時に頭に響く。
「そうじゃないだろ・・・公爵。言うべきことはそれじゃない」
譲は聞こえるか聞こえないかの声を噛み締めた。
「譲?」
「何でもない、話してるうちに眠くなっちゃった」
「ああ、話し過ぎてしまったね。では私は出て行くよ。ゆっくりお休み」
ヴィクトルがベッドを降り、部屋を出る。
譲は一人になってから我慢していた涙を流した。
わかっていたのだ。あの男がこういう人間性を持っていることは、最初からわかっていた。
けれど譲はぼろぼろと涙が止まらなかった。
譲は身体を動かしてみる。体位の関係で外したのだろう、鎖で拘束されていたのは片方の手首だけだった。
お陰で寝返りを打つことができるが、結合部が抜けてしまうのは寂しい。腰を捻って、ヴィクトルの寝顔を初めて拝んだ。
(可愛い)
ヴィクトルの寝顔は思っていたよりもずっとあどけなかった。
譲は幼かった頃の弟妹達を思い出し、抱き締めてあげたい衝動に駆られた。
こんな愛らしい顔したヴィクトルにムチが振るわれていたのかと思うと、手がつけられなかった程の嘆きや怒りが塗り替えられていくような気がした。
彼の傷に触れられたらきっと許せる。
そう思い、譲はヴィクトルの背中に腕を回した。
意識して触れるのは初めてだった。行為中は気にできる余裕がない。
指に触れたのは、ざらっとした古傷の痕跡。複雑に絡み合ったいばらの蔓のように、深く重なり合っている。
しかしその中でムチの痕ではない傷があった。
腰骨のでっぱりのすぐ上あたりに、まるで後ろから誰かに刺されたみたいな。
———家族に? 母親に? でも比較的新しい。
譲が考え込みながらサワサワと何度も傷に触れていたので、ヴィクトルが「ぅーん」とくすぐったそうな声を上げて身じろぎをする。
譲はパッと手を離した。その手をヴィクトルのうなじに持っていき、起きぬけざまに唇に熱いキスをした。
「ぁあ、譲か、驚いた。私も寝てしまったんだね」
そしてヴィクトルも二人が繋がったままでいることに気がついたようだ。
「どうやら私達のここは一晩中キスしていたらしいね」
だが今は、ふざけたジョークは頭に入ってこない。
「ねぇ、公爵ごめんなさい。俺が知らない方が良いことなのかもしれないけど、背中の傷に触っちゃった」
「傷? そういえばあったね。忘れていたよ」
ヴィクトルが自分の背中に触れている。
「もう痛くない? 刺されたようなところとか」
必要がなければ答えなくていいですと付け足して訊ねると、ヴィクトルは思いがけず微笑んだ。
「痛くないよ、心配してくれてありがとう。それは愚かな人間に刺された痕さ。けれど式典の日だったんだ。警備がいつも以上に厳しくなっていると誰でも予想できるだろうに、犯人は護衛に捕えられてその場で処刑されたよ」
声に感情が読めないが、密着した肌に伝わってくる動きから肩をすくめたらしいとわかった。
「何がしたかったのか理解できないよ」
ヴィクトルは続けて言う。
「式典だなんて凄いね」
「そうかい? 日常のことさ。けれど譲のお褒めにあずかれるなら光栄だ」
気を良くしたのか、いつになくヴィクトルが饒舌だった。
「あの時はそうだな」
「教えてくれるの?」
「ああいいよ、大した話じゃない。確か戦争の功績を称える恩賞授与式だった。譲も聞いたことあるんじゃないかな」
「うん」
恩賞授与式は宮殿で行われる。授与される対象は軍人。
一定の階級からのみ出席が許されている為、譲が出向く機会はなかったが、出席した上官づてで報奨金や徽章バッジが与えられた。
「その時は式典の最中に妻と子を失くしたという男が乱入してきた。だが私を狙った襲撃ではなくて、国王陛下に向かって突進してきた。陛下の隣に私がいたので私に被害が生じたのだよ」
「そっか・・・公爵の怪我が大事に至らなくて良かった」
そう返した気持ちに嘘はなかった。
それなのに他人事のようなヴィクトルの口ぶりが、傾いていた譲の心に待ったをかける。
(言うな、言っちゃいけない)
譲は思い留めようと努力したができなかった。
「その式典はいつのこと?」
「戦争が終わった後すぐだよ」
ヴィクトルの返答を聞き、無意識に身体を丸める。
下半身の繋がりが抜けた。
腹の中に溜まっていた白濁が閉じ切らない孔から溢れ出してくる。どろりとした粘液が股を濡らし、気持ち悪さに太腿を擦り合わせた。
「でも俺はその人の気持ちがちょっとだけわかるな」
戦争で大切なものを多く失くした被害者同士。
その人が自分であったかもしれないし、自分の父や母、弟妹の姿だったかもしれない。
譲にとっては決して他人事なんかじゃなかった。
「可哀想だと思う。天国で救われて欲しい。なんてね。天国なんて似合わないこと言っちゃった」
譲は背中にいるヴィクトルを振り返り、「ね?」と同意を求める。
しかし譲の願いは届かなかった。
「うん、だからどうしたんだい?」
ヴィクトルが微笑している。
ハッとした。いや、頬を強くぶたれたような感覚がする。
———譲・・・現実を見てくれ。目を覚ますんだ・・・。
イザークの声がこんな時に頭に響く。
「そうじゃないだろ・・・公爵。言うべきことはそれじゃない」
譲は聞こえるか聞こえないかの声を噛み締めた。
「譲?」
「何でもない、話してるうちに眠くなっちゃった」
「ああ、話し過ぎてしまったね。では私は出て行くよ。ゆっくりお休み」
ヴィクトルがベッドを降り、部屋を出る。
譲は一人になってから我慢していた涙を流した。
わかっていたのだ。あの男がこういう人間性を持っていることは、最初からわかっていた。
けれど譲はぼろぼろと涙が止まらなかった。
0
お気に入りに追加
57
あなたにおすすめの小説


鬼上司と秘密の同居
なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳
幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ…
そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた…
いったい?…どうして?…こうなった?
「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」
スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか…
性描写には※を付けております。

身体検査
RIKUTO
BL
次世代優生保護法。この世界の日本は、最適な遺伝子を残し、日本民族の優秀さを維持するとの目的で、
選ばれた青少年たちの体を徹底的に検査する。厳正な検査だというが、異常なほどに性器と排泄器の検査をするのである。それに選ばれたとある少年の全記録。


ある少年の体調不良について
雨水林檎
BL
皆に好かれるいつもにこやかな少年新島陽(にいじまはる)と幼馴染で親友の薬師寺優巳(やくしじまさみ)。高校に入学してしばらく陽は風邪をひいたことをきっかけにひどく体調を崩して行く……。
BLもしくはブロマンス小説。
体調不良描写があります。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】ぎゅって抱っこして
かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。
でも、頼れる者は誰もいない。
自分で頑張らなきゃ。
本気なら何でもできるはず。
でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる