ラブドール

倉藤

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垣間見える公爵家の奥

40 内緒の外出

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 その夜、譲はいつも以上にベッド上で淫らな行為を強請り、ヴィクトルの機嫌を取った。察しのいい男を交わすためだ。
 動けなくなるまで抱かれて、疲れ果てて眠りについた。
 翌朝目覚めると、決心がついたとは言えなかったが、譲は行くしかないと諦めに似た境地に達していた。
 同じチャンスは一生かけても巡ってこない。今日行かなければ後悔し続けることになると思った。
 無茶であることに変わりはないのだろうけれど、ロマンなら無謀な計画は立てないと信頼している。
 譲はロマンを信じ、連れ出して貰うと決めたのだ。
 ロマンにそう告げると、彼はわかりましたと緊張感を滲ませた。何よりヴィクトルに不審な思いを抱かせないよう、無難に午前の時間を過ごして、仕事に送り出すところまで順調にクリアした。

「我々も準備をしましょうか」

 ロマンは譲に地毛の色を隠す女物のカツラを渡す。
 譲はロマンの指示に従いカツラを被り、脚が隠れるスカートを穿いて変装すると、用意された車に乗った。
 ロマンは執事の装いを脱いで、地方貴族の若主人のような出立ちに着替え眼鏡をかける。車椅子はトランクに積み込まれ、準備が整ったのち隣に乗り込んだ。

「運転手は安全なのか」

 ロマンに耳打ちをする。

「しっ、喋らないで。彼は買収済みです。譲様は目立たないようニコニコしていて下さいね」

 譲は頷き、笑みを作った。
 門を出ると、大都市の街並みが譲の目の前に広がる。
 駅までの道程の間は気持ちがはやったが、懸命に気を鎮める。問題を起こしてはいけない。協力してくれるロマンのために、無事に行って帰ってくることに尽力しなければならないのだ。
 駅に着いて車を降りると、ロマンの助けを借りて車椅子に移る。

「後は僕に任せておいて下されば、ご家族がいる修道院までお連れできますから」

 譲はこくりと顎を引き、柄にもなく膝に掛けられたブランケットの下で手を握り合わせて祈りを捧げた。
 母と弟だけは無事でありますようにと、自分を絶望させ続けた神に願ったのである。

(どうか、向かう先で母と弟に出会えますように。危険を犯してくれたロマンのためにも・・・・・・。この外出が無駄に終わらないように)
 
 そして切符を購入し、譲とロマンは列車に乗り込んだ。ボックス席の向かいに腰掛けたロマンはゆったりと目を閉じている。しかし、神経を尖らせているのが伝わる。車両に人が通るたびに、かすかに目を開けて注視しているのだ。
 譲は窓の外に視線を流した。停車駅はそう多くない。王都に近いので、駅はどれも大きく整備されていた。
 母と末弟は父に言われて、先に安全な国の中心部に疎開をしていたのかもしれない。
 窓の外の景色に戦火の名残りは見られない。事前にこの辺りに逃げてこられていたのなら、直接的な被害は免れている。
 遠くの空を見つめていると、ロマンが譲の肩を叩いた。
 気づかぬうちに、列車は目的の駅に停車していた。
 ダミア駅に降り立った譲は車椅子を押すロマンに案内され、五番街にあるという修道院に向かった。

「この先は階段になります。僕の背中にお乗り下さい」

 ロマンが足を止める。先には車椅子では通れない道が続いていた。ダミアの街並みは土地の高低差が激しく、入り組んだ道の至る所に石畳の階段が設けられている。

「でも」
「緊急時に備えて普段から鍛錬していますので、お気になさらず。こうすれば脚の悪い妹を背負ってあげている兄に見えるでしょう?」
「そうだな、じゃ頼んだ」

 回り道している時間は惜しい。膝をついて屈んでくれたロマンの背中にしがみつく。
 車椅子は家屋の裏手に隠した。ロマンが事前の下見で目星をつけていたという場所だ。
 目的の修道院は階段の頂上にあった。
 丘になった場所一帯が修道院の敷地だろう。広くて古い建物だったが、受け入れた避難民が外まで溢れていた。
 この中に譲の母と弟がいるかもしれない。譲の気持ちを汲み、ロマンが歩調を早めてくれる。

「順番に見て回りましょう」
「ああ」

 これだけ人が多ければ、見知らぬ人間が数名紛れて歩いていても咎められない。
 礼拝で使用される講堂は、避難民が寝起きするために開放されていた。床に寝具を直接敷いて寝ているようだ。昼間の時間帯なので、眠っている人はまばらだった。
 ベッドは別の部屋に数台あった。重症患者用であるらしく、譲は慎重に顔を確認して行く。

「どうかな?」
「いません」

 がっかりするが、同時に譲はホッとする。
 病や怪我に倒れて横たわっていたらと思うとやり切れない。

「では、次は食堂を、その前に厨房を覗いてみましょうか」
「あ、あれ。あっちに」

 病室代わりの部屋を出たところで、譲はロマンの肩を叩いて指を差す。裏戸口から室内に戻ってきた女性の中に、洗濯物籠を腕に抱えて談笑している母親を見つけたのだ。

「いた。母さんだ」

 譲は涙ぐむ。想像していたよりもずっと明るい表情を見て、胸がギュッと締めつけられた。

「弟はどこだ。いるはずだよ」
「そうですね、・・・あの子じゃないですか?」

 ロマンが母のそばに駆け寄った少年を指差した。
 母に抱きつく少年は間違いなく譲の末弟だ。弟は詰んだ野花を手に持っており、それを母にニコニコしながら渡していた。

「見つかって良かったですね」
「うん・・・・・・。話しかけるのはナシ?」
「お辛いでしょうが堪えて下さい。お母様と弟様を危険に晒さないためです。不審に思われる前に我々は場所を移しましょう」
「・・・・・・」

 譲は頷くことができない。
 もの問いたげな顔でロマンに後ろを振り返えられたが、譲はサッと目を逸らした。
 ロマンは何も言わずに外に足を向けた。
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