ラブドール

倉藤

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軟禁調教生活のはじまり

25 執事の頬にかすり傷

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 微睡みの中、遠くで犬の鳴き声が聞こえた。

(番犬が暴れてるな・・・。珍しい)

 ふつりと夢が途切れて目を開ける。
 身体を起こすと、もう犬の鳴き声はしなくなっていた。
 窓の外の空は、起きるのに丁度いい頃合いの色。
 譲は、どうしたかなと首を捻る。ヴィクトルが枕元で譲の起床を待ち侘びていなかったことが気になった。

(早朝から出掛けたのか? ならロマンが来るのを待つか)

 譲は二度寝をしようと横になる。
 ロマンが譲の部屋を訪れたのは、それから一時間程度ウトウトしてからだった。

「遅くなりました。朝食をお持ちしました」

 部屋に入ってきたロマンの頬にかすり傷がある。

「傷はどうした。公爵は何処にいるんだ?」
「ヴィクトル様は仕事に行かれました」

 ロマンは怪我の詳細に触れない。
 そして無表情だった。
 執事らしくきびきびとしているのは同じだが、初対面の時は譲の目を見て喋ってくれていたのに、今日はわざと合わせようとしない。

(ヴィクトルがそうしろと言ったのか? あの頬は折檻の痕だったりして・・・・・・)

 単純に虫の居所が悪く、かすり傷は今朝暴れて鳴いていた犬を取り押さえた時についただけかもしれない。
 しかし譲の中にあるヴィクトルの人物像は、そう思わせてくれなかった。
 まさか今朝の犬の鳴き声は、譲と仲良くした番犬達に罰を与えていたのではないかと、最悪な想像をしてしまう。

(あり得そうでもあるし、あり得ないだろうとも思う)

 すでにわからないことだらけな上に、曖昧な事柄が増えるのは嫌で、譲はロマンに答えを求めた。

「公爵に何を言われた? もしかして怒られた?」

 ロマンは譲のおずおずした視線に観念し、溜息をつく。

「執事の立場を失念するなとお叱りを受けました」

 やっぱりと、譲は不愉快を隠しもせずに顔を歪めた。
 自分のせいで他人が叱られるのは忍びない。
 犬達にも申し訳ない気持ちでいっぱいだ。
 譲は「ごめん」と目を伏せる。
 ロマンが譲と距離を取りたいなら、黙って従う他ない。大人しくしていることが自分にできる贖罪なのだ。
 その後は必要がない限り、淡々と世話をこなすロマンと口を利かないようにした。

 ———しかし公爵は、人や動物に手を上げる人だっただろうか。

 午後の時間、譲はスケッチブックを片手にぼんやりと考えた。
 正直、断言できるほど一緒に過ごしていないし、ヴィクトルの内面を見てきていないが、彼は暴力で悦ぶ種類の人間じゃないだろうと思った。
 もしそうなら、譲は何度も電流の仕置きを受けているはずで、四六時中鎖に繋がれたまま、硬い床に転がされていたかもしれないのだ。
 残った手脚も無事じゃなかったかもしれない。
 どちらかと言えば、罰を与えることに慎重であるようにも見える。
 電流を身体に流されたのは一度きり、ヴィクトルがまともな神経を持っていないのは事実だが、絵画クラブに参加していた貴族達とは違う。
 といっても、寛大な心で許しを与えるのではなく、もっと怖いやり方で脅してくるだろう。
 想像すると股間の玉がすくみ上がった。

「じゃあ、なんだ俺の勘違いか」

 譲の気分は軽くなった。
 ロマンは口頭で注意を受けただけで折檻されていない。番犬達も。

「譲様、どうされました?」
「いや別に、なあ、これ見て。いい感じに描けたと思わない?」
「僕が見てもいいものでしょうか」
「いいって、気にするなよ。公爵には言わなきゃいいんだから」

 見張られていないのだから、一から十まで報告する必要なんてない。
 ロマンは苦悶する顔を見せたが、ゆっくりと近寄り、譲のスケッチブックを覗いた。

「綺麗な景色ですね。海ですか?」
「そうだよ。父さんと母さんは、ロイシアに渡ってくる前は港の近くに暮らしていたんだってさ。ちっちゃな漁船が幾つも海に浮いていて、漁師が魚を獲っているのを二人で眺めてたって」
「僕が知ってる海とは全然違いますね」
「当たり前だろ、ロイシアじゃないんだから。遠くの遠くにある海だよ」

 写真に映っていた景色は海だけじゃなかった。咲いている花も、季節による色彩の移り変わりも、人々が着ている服装も、一枚一枚の写真がロイシアと違った。

「楽しそうですね」

 そんな譲の横顔を見て、ロマンが微かに口元を和らげた。
 譲は俯く。

「見に行きたいって思ってたんだ。もう無理だけどな」
「それは」
「いや、もうわかってんだ」

 公爵に従う人間が、「そんなことないです」と言えないのはわかっている。
 心にないことを言わせても惨めだ。

「はい、お披露目はおしまい」

 ロマンが口を開く前に、譲はスケッチブックを閉じた。
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