ラブドール

倉藤

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軟禁調教生活のはじまり

17 退屈しのぎに

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 部屋に入ってきたロマンはたくさんの本を抱えていた。

「本なら間に合ってるけど。つーか、これなに。童話じゃん。持ってくるもの間違ってるんじゃないの? 新聞が読みたい」
「合っています。ヴィクトル様がご用意された本です。新聞は確認してみますが、恐らくは無理でしょう。期待しないで下さい」
「そう返されると思ってた。一応どうしてなのか訊いてもいいか」

 ロマンはかぶりをふった。

「大人しくしてやってるのにケチだな」

 譲は手元に視線を落とす。
 手に持っているのは『スコップ物語』という野良ねずみの童話本だ。スコップという名のねずみの子がある日突然独りぼっちになり、人間の街で逞しく愉快に生き抜いてゆく様を描いたコミカルな成長譚である。
 譲はこの話を幼い頃に読んだ記憶があった。読み返して懐かしい気持ちになる。歳を重ねた今でも充分に楽しめるものの、子ども向けに書かれた内容を連日読まされ続けるのかと思うとげんなりする。
 しかしロマンはお構いなしに閉じた本を取り上げて、一番最初のページから開き直した。

「読んで差し上げます。シリーズ全て持ってきましたので、本日は飽きずに過ごせますね」

 良かったですねとばかりにニッコリとされ、譲は唇をヘの字に歪めて眉間に皺を寄せる。
 合間に昼食とティータイムを挟み、嫌々ながらトイレに行き、ロマンの読み聞かせは残りの時間いっぱい実行された。
 紅茶とクッキーで小腹を満たしたあたりの頃合いで、譲はうつらうつらする。

「譲様、疲れてしまいましたか?」

 ロマンがようやく本を閉じ、譲の具合を伺った。

「ずっと読んでるのはそっちなんだから、疲れてんのはあんたでしょ」
「いいえ、僕は仕事ですし慣れております」
「はぁ、そう。俺は辛いよ。座ってるだけなのにさ。散歩に出たい・・・」

 思わず溢れた本音。
 ロマンにジッと見下ろされる。

「わかってるよ。無理なんだろ」
「申し訳ありません。僕の一存では」
「だよな」
「散歩の範囲を、ヴィクトル様に確認しておきましょう」
「ほんとか?!」

 譲の声が高揚した。
 耳には範囲の確認と聞こえた。散歩は許可されるだろうとロマンが考えているとわかり、つい笑顔になる。
 拒否されて拒否されて、やっと許された譲の願い。
 きっと明日は散歩に出られる。監視付きで庭園に出してもらえる程度だと思うけれど、嬉しかった。
 それなのにその夜、ヴィクトルは帰ってこなかった。


 ◇◆


 翌朝、起床後にヴィクトルが戻らなかったと聞き、落胆した譲はしょぼくれていた。
 ロマンがヴィクトルからどんな指示を受けているのか知らないが、帰宅しなかった主人に散歩の確認を取るのは不可能だろう。

(昨日と同じ一日が始まる・・・・・・)

 譲は気力を削がれてしまい、起こした上半身を再びシーツの上に倒した。
 不機嫌な顔で窓の外を睨んでいると、ロマンは

「そんな顔で見つめていたら空が逃げてしまいますよ」

 と嗜める。だが口調は昨日に比べて柔らかい。

「黙れよ。俺の勝手だろうがっ!」

 ヴィクトルがいなければ手首脚首の枷は飾りでしかない。そこにロマンに対する慣れと甘えが乗じて、譲の口調は容赦がなくなった。

「ふぅ、仕方がありませんね」

 ロマンは朝食ワゴンの下段に置いてあるバスケット籠に手を伸ばす。
 譲は身を強ばらせた。仕方がないと言われると、条件反射で身体がすくむ。

「これを」

 突き出された手に両目をぎゅっと閉じたが、危害を加えるものではないと気づき、そっと目を開けた。
 ロマンは鍵を差し込み、ベッドの鎖を外している。

「鎖?」
「ええ、そうです。それとこれも」

 ロマンはベッドの脇から踵を返すとドアを開けた。譲の目に映ったものは車椅子で、ロマンの手に押されて部屋に運び込まれた。

「自由に出歩かせることは出来ませんが。車椅子でなら庭園に出てもいいとお許しを頂きました」
「散歩ができる?」

 譲は、ぽかんとする。

「はい、連絡を取る手段は色々ございますから。散歩の際はベッドに備えられているのと同じこの鎖を、車椅子と譲様の手枷に繋ぎます。宜しいですか?」
「ああ、もういいよ何でも・・・」

 譲の機嫌は急上昇した。鎖だろうと手錠だろうと好きにすればいい。
 希望通りに外の空気が吸えるのだ。
 今なら何でも受け入れられる気がした。
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