首輪をつけたら俺たちは

倉藤

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Ⅲ (蓮太郎)

story.19 上手くいかないのはどうして?

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 鬼崎さんは次の日の夕方まで起きてこなかった。半日以上も寝続けるなんて、とてもめずらしい。途中で見に行ったときには、息をしているのか不安に思うほどに静かに眠っていて、たまらず近寄って口元に手をかざしてしまった。
 けれど寝顔はちっとも安らかじゃなくて、苦しそうに眉根を寄せていた。熱はなさそうなのに、額をじっとりと覆った汗が凄い。
 俺は冷やしたタオルで汗を拭った。そのときの刺激で起きてしまいそうになり拭うのはやめ、数分間、窓を開けて空気を冷やしてから部屋を出た。
 リビングで新聞片手にテレビのイブニングニュースを見ていると、その間に鬼崎さんが起きてきていたらしい。真剣に見ていたので、キッチンの流し台から水が流れる音がするまで気がつかなかった。
 振りむいた先で視線がばちんと合い、すかさず逸らされ、明らかに拒絶を示される。
 あれだけ寝ていたのに、目の下には暗い影ができていた。

「あんまりよく眠れなかった?」

 俺の問いかけに、鬼崎さんは答えなかった。冷蔵庫を開けペットボトルを取り出すと、ミネラルウォーターの水を喉に流し込んでいる。

「・・・・・・喉いたい?」

 会話のタネになればと訊ねた問いかけにも無言。
 感じが悪いというよりは、困っているのだ。話すべきことを考えあぐねている。

「俺、大学いってくる」

 無理な言いわけをして、俺は鬼崎さんの前から逃げた。今日が祝日であることはカレンダーを見れば丸わかり。しかも、イブニングニュースの時間帯。
 家を出てからは、仕方なくチェーンのファーストフード店に入った。ドリンクを頼み、かばんの中身の勉強道具を形だけでも並べてみる。
 ———なにやってんだ、まったく。
 俺が逃げだしたことで、気まずさに気まずさをさらに投下してしまった。

「家に帰りずれぇよぉ・・・・・・」

 今のところ、俺の行動は全部が見事に空まわりしている。犬の真似をした悪戯からはじまり、勝手に家出をしたこと。鬼崎さんのくれる愛情に満足できず、プライベートに土足で踏み入ろうとしてしまったこと。
 過去をぐだぐだ言ったって一つも解決しないから、口ではしていないと言ってみるけれど、その全ての行動は俺のためのもので、鬼崎さんのためを想ってしたことはない。
 無力感を思い知らされる。
 俺は、大切な人のために何もできないのだ。
 その後三時間ほど滞在し、店員の視線が厳しくなってきたのでファーストフード店を退散する。とぼとぼと家に帰ると部屋の明かりがついていた。
 玄関にあがり、首輪をつけてリビングを通り過ぎ、鬼崎さんの声に足を止める。
 鬼崎さんはだれかと電話中。
 激しい口論というわけではないけれど、険悪な雰囲気が伝わってくる。盗み聞きしてしまったことにハッとして自室に行って寝ようとしたが、不意に俺の心臓が脈打った。
 ———俺ができることって、何もない?
 リビングの中を覗けば、電話を終えた鬼崎さんがソファに脱力して座った瞬間だった。
 無駄にたくさん眠ったせいで、休むに休めないのだろうか。疲れきった顔をしてタブレットPCを開いた鬼崎さんをどうにかしてあげたくて、俺の足は無意識にリビングに向いていた。

「鬼崎さん、ただいま」
「・・・・・・ああ、蓮太郎か。おかえり」

 視線は逸らされてしまい、俺は鬼崎さんの足の間で膝をついた。そしてキーボードを叩いている手を取り、自身の首輪に触れさせた。

「鬼崎さん、触っていいよ」
「蓮太郎、ペットのフリはやめようって話をしただろう?」
「でも、でも、俺はこういうのしか思いつかないよ。鬼崎さんだって嬉しそうしてくれたじゃん。俺の前では我慢しなくていいんだよ? 俺に首輪をつけさせたいから、これを渡したんでしょ?」
「それは・・・・・・、違うんだよ」

 離れようとする手を握りしめて、俺は鬼崎さんに顔を寄せる。

「もう今は黙ってて。気持ちよくさせてあげる」
「蓮太・・・・・・ろ・・・・・・ん」

 自分が主導権を握るのは最初に悪戯をしたとき以来かもしれない。なんだかんだ言っても俺だって男だから、本気を出せば押さえつけるくらいの力はある。鬼崎さんはスイッチが入るまでは手加減してくれるし、エッチなことをしてもらって抵抗する男はいないでしょ。
 俺は鬼崎さんにキスをしながら、膨らんだ股間を撫でた。

「ちゃんと反応してるよ」
「・・・・・・っ、やめなさい」

 鬼崎さんは怒ったような顔をする。

「やだよ、やめない。鬼崎さんの身体中をぺろぺろし尽くすまでやめない」

 鬼崎さんの身体はひんやりと冷たかった。キスして、舐めて、口を使った愛撫を施していると、じっとりと汗ばんでいく。
 すっかり裸に剥いた半身を下へとたどり、股間をくつろげ、見慣れたものを口で咥えた。
 鬼崎さんは抵抗していたけれど、しだいに欲に任せるように、手を使わずに頭を上下させる俺の動きにあわせて腰を振りはじめた。
 頭を押さえつけられ本能で息苦しさにうめきたくなったが、こらえる。俺は気を紛らわすために、自分の下半身に手を伸ばして扱いた。

「蓮太郎・・・・・・辛いだろ」

 気づかうくせに乱暴な動きで腰をグラインドさせる鬼崎さんが滑稽で、かわいそうになってくる。自分よりも全てにおいて大人である男性を「かわいそう」だなんて、あまりにも違和感のある言葉だ。
 そう思ってしまうのは、鬼崎さんが弱って見えるからなのだろうか。
 激しい出し入れを繰り返し、鬼崎さんは吐精した。粘つくような濃い精液をこくりと飲み干してから、濡れそぼったままの竿にふたたび舌を絡める。

「もういい、ありがとう」
「やだよ。だって愛情表現だよ?」
「・・・・・・なに」
「犬がご主人様を舐めるのは大好きだからだって言うじゃん。犬を飼ってたことがあるなら知ってるでしょ?」

 その瞬間、鬼崎さんの顔が曇り、俺は失敗したと悟った。

「ごめんなさい・・・・・・、調子にのりました」

 どうしようもなく重く沈んだ空気に息が詰まりそうだった。ペニスを喉に突っ込まれたときよりも苦しいかもと例えてしまうのは、今の行為のあとだからで、・・・・・・まじでそれはどうでもよくて。
 いっそのこと怒って暴力的なプレイに移行してくれたほうが場の空気がもつ。
 でも見上げた鬼崎さんの顔は頑なに疲れた表情で、その展開はありえない。癒やしてあげようとしたつもりが、逆効果だったと俺は身にしみてわかった。
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