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I 首輪をつけたら俺たちは(蓮太郎)
story.11 あなたのことが知りたくて
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決行日の朝。俺たちの寝室は別々。そこのところは以前と変わらない。リビングに降りると、早起きの鬼崎さんはすでに支度を済ませ、あとはジャケットを羽織るだけのスーツ姿。
この姿はほんとにかっこいい。男のスーツ姿は八割り増しって言うけれど、鬼崎さんは八割り増しどころじゃない。誰が見ても惚れちゃいそうで、だからこそ、俺には不安が募っていた。ハイスペックな鬼崎さんは外でもモテモテなんだろうなと思う。
「おはよう、蓮太郎。昨日も夜中過ぎまで勉強していたんだね。寝不足の顔をしてる。朝ご飯にしよう、椅子に座って」
俺は口をむぐっと引き結んで、腰を下ろした。
じつは楠木とサビには相談できなかったことがあった。はじめて身体を繋げた翌日の夜、鬼崎さんから畏まった話があり、そのときに犬の真似はやめてほしいと言われてしまった。
鬼崎さんは俺のことをペットとして扱わない。しかし首輪だけはどうしてもと俺が粘り、つけさせてもらっている。
いち人間として扱ってもらっているのだから、良かったと思うはずなのに、俺は不満を感じていた。こんな普通じゃない感覚、誰にも相談できない。
「・・・・・・鬼崎さん、今日帰るの遅くなるかも」
今朝の朝食も豪華で美味しい。サラダのプチトマトを頬張りながらそう話すと、鬼崎さんは笑って口を開いた。
「わかった、別に俺に断りを入れなくても好きにしたらいい」
この鬼崎さんの中途半端な愛情も気になる。欲しがったら欲しがったぶんだけ百パーセント以上の優しさはくれるけれど、野放しなのはいかがなものか。そのくせ身の回りすべての物を買い与え、俺の身体を固めている。持ち物、衣服、大学生活、日常生活、俺の毎日にはどこで何をしていても必ず鬼崎さんの存在が混入しているのだ。
鬼崎さんは優しさをもって、そうすることを俺に強要していた。
俺は鬼崎さんにとって何になってしまったのか、世間一般で言う恋人になれたのだと安心できない理由はファミレスで相談したとおり。ご主人様とペットという通常ならば理解しがたい関係を築いていたときよりも、今はずっと不確かだった。
「鬼崎さんは今日も仕事だよね?」
「ん? そうだよ。蓮太郎が遅くなるなら、俺も残業して溜まっていた仕事を片付けてこようかな」
残業・・・・・・。なんとなくサラリーマンを彷彿とさせる響き。しかし上質そうなスーツに身を包んだ鬼崎さんからは一介のサラリーマンの匂いはしない。
「この時期にいつも仕事が忙しくなるの?」
「まあ、ぼちぼちね」
さりげなく探りを入れてみたが、やはり反応は薄い。都合が悪いときの返し方だ。
ここはポジティブに考えてみよう。鬼崎さんの言う「ぼちぼち」を肯定と受け取るなら、この時期に忙しくなる職業であると絞れることになる。もうすぐ秋の終わり、冬のはじまり。さっそく手がかりになるかもしれない。
「じゃあ今日の夜ごはんは別々だね」
「残念?」
「うん、鬼崎さんの手料理まじで旨いから、外で食べるより・・・・・・あっ」
「蓮太郎が残念に思っているのは料理だけなのかな?」
上機嫌に話をしていたのに、俺は続きを言えなくなった。靴下を履いた足裏で股間を刺激されているからだ。
「や、あ・・・・・・ンア」
犬扱いはされなくなっても、鬼崎さんのサディストぶりは健在していた。お手製の朝食が並ぶテーブルの下で、ぐりぐりとペニスをいじめられる。
痛めつけられていると意識すればするほど、俺のそこは硬くなった。我慢できなくてペニスを触ろうとすると、踏みつける強さが増す。
「あうっ、いたぁ」
「手は駄目だよ、足だけでイキなさい」
何気ない顔をして鬼崎さんはコーヒーを飲んだ。
リビングはとても静かで、あそこを勃たせている自分がひどく罪深く感じる。
「気持ちいいのかい?」
「・・・・・・は、い」
俺は頷くしかなかった。直接的なそこへの刺激だけじゃなく、鬼崎さんにプライドと羞恥心を踏みにじられることが何よりのスパイス。
「鬼崎さ・・・・・・っ、指、口入れて」
鬼崎さんの指が欲しくなる。俺の空いてるとこを埋めて、舐めて、吸いたい、喉の奥まで犯してほしい。
「そうやってお願いするんだった?」
「お願・・・・・・します。指を舐めさせてください・・・・・・ッ」
「んー?」
応える代わりにぐりっと股間を踏まれるばかりで、目尻に涙が滲んできた。・・・・・・ほんとこのときだけはイジワル。鼻先に人参をぶら下げられた馬のように、俺は届きそうで届かない鬼崎さんの手元も見る。
焦ったさが腰にたまり、爆発したときが怖い。足腰が立てなくなるくらいに、俺は今日も感じてしまうのだ。
期待してしまう。その思いがどれだけ俺を駆り立てるのか、優雅にコーヒーを飲むこの人はわかっているのだろうか。
まるで手のひらで転がされている。俺は鬼崎さんの思うがままに興奮を昂ぶらせた。
「・・・・・・はぁ、はぁ、鬼崎さ・・・・・・も・・・・・・やだ・・・・・・欲しいよぉ」
おねだりする声に嗚咽が混じった。瞼が熱くて、涙がこぼれ落ちそうにたまっている。泣かないように瞬きを堪えたけれど、じわっと視界が滲んで、ぽろりと頬を伝ってしまった。
「ひ、う・・・・・・指、ちょおだい」
一滴こぼれたら、涙腺は決壊した。鬼崎さんが口角を引き上げる。
「ふふ、泣かせてごめんね蓮太郎。はいどうぞ」
「あ・・・・・・んふ」
鬼崎さんが差し出した指を、舌を出して受け入れる。そっと舌の上に指先が触れた瞬間、待ちわびた飴玉を貰ったような心地になった。
「美味しい?」
夢中でしゃぶっていると、鬼崎さんが頭を撫でてくれた。俺は頷いて応えたけれど、もっと欲しいものがある。
太くて大きくて、俺の中をいっぱいに満たしてくれるもの。
「こっち・・・・・・も」
「そこはお預けだよ。明日の夜にでもたっぷり時間を取ろう」
肩を落とすが、すぐに快感で上書きされた。
「あ、あ、あん、ううぅーーー!」
休んでいた股間への愛撫が再開される。暴力的で、かつ繊細な力加減。俺が適度に痛みを感じる強さを器用に保ち、ズボンの上から踏みつけたペニスを潰すように擦る。
「ひっ、あぐ」
「お口が疎かになってるよ、蓮太郎」
これで我慢しなさいとでもいうのか、三本の指を喉奥までつき立てられた。指とはいえ、じゅうぶんに苦しい。
「・・・・・・ん、ん、んーーー!!」
俺は苦しさと痛みと、死んじゃうくらいの気持ちよさに悶えた。
「可愛い蓮太郎、イッて」
いつもより低い声がずるい。色っぽくて、ゾクゾクする。鬼崎さんのお許しを得た俺は、全身をこわばらせて絶頂をむかえた。
* * *
「サビ、おっそいな~」
「約束してたの忘れてんのかもしれない。ちょっと連絡してみるわ」
「おう」
俺が耳にスマホを当てると、長いコール音のあとに眠たそうなサビの声がした。
「なぁに?」
「何じゃない! こんな変な時間に寝てたのかよ」
「別にいいでしょ、で、あ・・・・・・ごめ、すぐ行く」
俺の声を聞いて、やっと思い出したらしい。ぷつりと通話が切られ、会話の始終を察した楠木と目が合い、苦笑しあった。
俺と楠木がいるのはスイーツカフェ『coco touron』の道路向かい。昼から三時くらいまでの書き入れどきを過ぎた微妙な時間帯でも、ちらほらと客足が目立っていた。平日でこれなら、休日はよほど混み合うんだろうと予想ができる。
サビが大遅刻をかましてくれたおかげで、かれこれ一時間ちょっと店の前にいるが、鬼崎さんっぽい人物は見受けられなかった。当然、最初から大当たりが出るとは思っていない。けれど気持ちがはやる。
「先に中に入ってよーぜ」
「いいのか? きっとサビが拗ねるぞ」
「遅刻してくるほうが悪いだろ」
「まあ、そーね」
楠木は同意する。
カフェの外観と看板はだいたい写真のとおりだ。あのころと季節が変わっているので、メニューと飾りつけが若干変わっている。すこし前まではどこもかしこもハロウィンのグッズで溢れていたのに、あっという間に片付けられて、街の中はすでにクリスマスの装い。イベントごとにそれほど関心はなく、個人的には早すぎると思うのだけれど、世の流れではこれが普通。
んでもって一方、男子二人だけのカフェへの来店は浮きまくりなわけで、俺たちは扉の手前で怯んだ。道路に面した窓ガラスには女の子たちのペア、男子はいてもカップルと相場が決まっているのである。
「なぁ、林田。やっぱりサビが来るまで待たねぇ?」
「俺もそう思ってた」
中身はカッターナイフのようにどぎついが、外見はフェミニンで愛らしい雰囲気のサビがいると心持ちがかなり変わる。
しかし時すでに遅し、内側から扉が開き、店員に声をかけられてしまった。
「どうぞ、いらっしゃいませ。今は席に余裕がありますよ」
にこりと笑ってくれた店員は男性だった。カフェ=女子という固定概念をもっていただけに、わずかばかり勇気を得る。
ここで帰りますと言うのも変だ。俺と楠木は視線を合わせ、店員に頷いた。
「・・・・・・入ります」
「では、どうぞ」
かちんこちんになりながら足を踏み入れる。だが店内は思っていたよりも落ち着いていた。
男性店員の服装にしても無駄な飾りはなく、白のワイシャツに黒いベスト、黒い蝶ネクタイ、黒いスラックスといったシックで統一感のある印象を受け、大人なバーに案内された感じだった。
もっと甘さたっぷりの砂糖まみれの店内を勝手に想像していたからか、思っていたよりも居心地がよくて肩の力が抜ける。
「———なんか、いい感じでよかったな」
こそっと声を落として楠木が言うので、俺はおかしいなと思い突っ込んでやった。
「あれ、そういえば来たことあるんじゃないの?」
「いや、あの日は混み合いすぎて途中で彼女が飽きちゃったから順番が来る前に帰ったんだ」
「そうだったのか、お前も大変だな」
「まぁな・・・・・・」
よく思い出してみれば、あの後まもなくして楠木は一度その彼女とお別れをしていた。俺の心に余裕がなかったために、頭ごなしに非難してしまったことが頭をよぎる。
今のうちに一言ごめんって言っておこうかな・・・などと思案していると、忙しなく近づいてくる気配に気づき、「やっと来たか」と二人して顔を上げた。
「もー、もうちょっと待っててくれたら良かったのにー!」
先ほどの店員に案内されて入店してきたのはサビだ。
「こらこら、遅れてきたらまず謝ろうぜ?」
楠木が一喝し、サビがきょとんとしてから「ごめんなさい」とつぶやく。
「あんまり悪いと思ってないな?」
「まぁ、まぁ、それより早かったじゃん」
「圭一に送ってもらった。はぁ、急いだから疲れちゃった」
そう言ってサビがいそいそと席に座ると、店員がおしぼりと水をもって戻ってきた。
「ご注文はお決まりですか?」
「えと、じゃあ外の看板におすすめと書いてあったメニューを」
俺はメニュー表を見ずに頼む。すると、男性店員は思惑げな表情をして固まった。
「おすすめ・・・・・・、すみません確認してきます」
「あ、いいです、それなら」
まったく気にせずメニュー表を手に取ったのだが、男性店員はキッチンの方へと足早に行ってしまった。
「慣れていそうだったけど、新入りのバイトくんだったのかな?」
「あー、かもな」
「うん、悪いことしちゃったかも」
サビと楠木の会話に相槌をうち、男性店員の姿を目で追った。彼はキッチンの中に声をかけ、ペコペコと頭を下げている。相手はよほど怖い上司か先輩なのかと思いきや、やり取りの最中にチラリと覗き見えた人物は、にこやかで面倒見のよさそうな大柄の男性スタッフだ。ただ、スーツの上にカフェエプロンという珍しい格好をしているのが目につく。
しばらくして戻ってきた男性店員に注文を済ませ、彼を引き留めた。
「すいません、さっきお兄さんが話してた人ってここのスタッフなんですか?」
「え?」
「さっきの人、スーツでしたよね?」
「ん、あ、えーと、はい。あの人は本部のかたです」
俺の疑問に疑問そうな顔をして、男性店員は答えてくれる。俺は質問を続けた。
「本部・・・・・・?」
「うちのオーナー会社の副社長って聞いてます。用があるなら呼んできましょうか?」
それ以上は分かりませんと謝られたので、迷ったが呼んできて欲しいと頼むことにした。
「ちょっと、ちょっと、どうすんの! 全然知らない人でしょ? 何を話すの?」
男性店員が離れるとすかさず、サビがひそひそ声で慌てる。
「美味しかったですとか感想を言えばいいんじゃないの?」
呑気に楠木が口を開くと、サビに「お馬鹿!」と叩かれてしまう。
「ってぇ」
「高級レストランじゃないんだから、しないよそんなの」
「その高級レストランとやらに行ったことあんの?」
「あるよ」
思わず「へぇ」と声が漏れた。彼氏である獣医の先生に連れていってもらっているのだろうか、けれど意外だ。イメージじゃない・・・・・・なんて言ったら睨まれるからやめておこう。
「お客さま、お待たせいたしました」
「あ」
どっしりと柔らかい声に顔を上げた。くだらない会話をしている間に副社長が来てしまった。
「私に何かお話があると伺いましたが。もしかして、先ほどのスタッフがまた失礼を?」
「い、いえいえ」
そこについてはしっかりと否定した。彼の名誉に関わる。
「うーんとなんだったかな・・・・・・あはは」
とりあえず笑うしかない。どうしよう、話すことが思いつかないぞ。明らかに挙動不審で、完全に怪しいやつだと思って見られているに違いない。
そこでサビがおもむろに首を傾げた。
「ねぇ蓮太郎、この人が鬼崎さん?」
「え?」
助け舟を出してくれたと思ったのだが、なぜ今それを聞いてきたのか検討がつかない。
「ちがうけど・・・・・・」
「そっかー、人ちがいだったかぁ。本当にここで働いてるって言ってたの?」
「え・・・なにが」
わざとらしく大きな声で話をする彼に眉を顰めると、同様に怪訝な顔つきだった副社長は驚いたように目を見開いていた。
サビが敏感に目をつける。
「もしかして鬼崎さんと知り合いですか?」
「鬼崎は弊社の社長ですが、お客さまがたは鬼崎とどういったご関係でしょうか?」
「じつはこの人が田舎から出てきた鬼崎さんの弟でぇ、家出をしてお兄さんを頼ってきたみたいなんですけど連絡先をなくしてしまったそうなんです~」
サビと副社長の両方に、ギョッとした。後者に関してはいい意味での衝撃、サビの言いわけは何から何まで嘘っぱちである。しかも最悪なことに副社長の口から衝撃的な事実がもたらされた。
「はぁ、社長はひとりっ子で、現在は身内はいらっしゃらないはずです。申し訳ありませんが、お食事をされたらすみやかにお引き取りをお願いいたします」
「なに、それ」
呆然とすると同時に、広い一軒家にひとりで暮らしていた鬼崎さんの物寂しそうだった表情が浮かんだ。これは予想外にうまい展開に転がったかもしれないと思い、サビへの非難を撤回し、踏み込んで訊ねてみることにした。
「・・・・・・ま、まって」
「まだ何か? 冷やかしはご遠慮ねがいます。しつこいようならば、それ相応の措置を」
「いえ、いや、こいつが変な嘘ついてすみませんでした。でも知り合いってのは嘘じゃなくて、その、いっしょに暮らしてて、でもその、ルームシェアっていうか」
ダメだ。厳しい視線に捉えられ、しどろもどろになる。俺と鬼崎さんが男女間のような深い関係にあるってことは情報から外さないといけないから、その部分を言わずに、だけど大切な人だってことを伝えないといけない。
俺の話を聞いている副社長は「はぁ」と眉根を寄せた。
「林田、もう全部言っちゃえよ」
「無理に決まってんだろ、鬼崎さんにも迷惑がかかる」
楠木が呆れた顔をしている。しかしそれだけは避けなければ、するとなぜだかわからないが副社長が急に態度を和らげた。
「・・・・・・なるほど、わかりました」
信頼を得られる事柄を何ひとつ言えていないのに、俺は耳を疑う。
「鬼崎について何をお調べになっているのか知りませんが、赤の他人ではないのだということは伝わりました」
副社長は店内の壁掛け時計を見やり、先ほどの男性店員に何やら指示を出した。
「あの?」
「もう三十分ほどで、夜のディナータイムまで一度クローズになります。閉店後にあなたがたのお話を伺いましょう」
「あ、りがとうございます!」
まさかの好展開である。サビの機転により、俺たちは絶好の機会を手に入れたのだった。
この姿はほんとにかっこいい。男のスーツ姿は八割り増しって言うけれど、鬼崎さんは八割り増しどころじゃない。誰が見ても惚れちゃいそうで、だからこそ、俺には不安が募っていた。ハイスペックな鬼崎さんは外でもモテモテなんだろうなと思う。
「おはよう、蓮太郎。昨日も夜中過ぎまで勉強していたんだね。寝不足の顔をしてる。朝ご飯にしよう、椅子に座って」
俺は口をむぐっと引き結んで、腰を下ろした。
じつは楠木とサビには相談できなかったことがあった。はじめて身体を繋げた翌日の夜、鬼崎さんから畏まった話があり、そのときに犬の真似はやめてほしいと言われてしまった。
鬼崎さんは俺のことをペットとして扱わない。しかし首輪だけはどうしてもと俺が粘り、つけさせてもらっている。
いち人間として扱ってもらっているのだから、良かったと思うはずなのに、俺は不満を感じていた。こんな普通じゃない感覚、誰にも相談できない。
「・・・・・・鬼崎さん、今日帰るの遅くなるかも」
今朝の朝食も豪華で美味しい。サラダのプチトマトを頬張りながらそう話すと、鬼崎さんは笑って口を開いた。
「わかった、別に俺に断りを入れなくても好きにしたらいい」
この鬼崎さんの中途半端な愛情も気になる。欲しがったら欲しがったぶんだけ百パーセント以上の優しさはくれるけれど、野放しなのはいかがなものか。そのくせ身の回りすべての物を買い与え、俺の身体を固めている。持ち物、衣服、大学生活、日常生活、俺の毎日にはどこで何をしていても必ず鬼崎さんの存在が混入しているのだ。
鬼崎さんは優しさをもって、そうすることを俺に強要していた。
俺は鬼崎さんにとって何になってしまったのか、世間一般で言う恋人になれたのだと安心できない理由はファミレスで相談したとおり。ご主人様とペットという通常ならば理解しがたい関係を築いていたときよりも、今はずっと不確かだった。
「鬼崎さんは今日も仕事だよね?」
「ん? そうだよ。蓮太郎が遅くなるなら、俺も残業して溜まっていた仕事を片付けてこようかな」
残業・・・・・・。なんとなくサラリーマンを彷彿とさせる響き。しかし上質そうなスーツに身を包んだ鬼崎さんからは一介のサラリーマンの匂いはしない。
「この時期にいつも仕事が忙しくなるの?」
「まあ、ぼちぼちね」
さりげなく探りを入れてみたが、やはり反応は薄い。都合が悪いときの返し方だ。
ここはポジティブに考えてみよう。鬼崎さんの言う「ぼちぼち」を肯定と受け取るなら、この時期に忙しくなる職業であると絞れることになる。もうすぐ秋の終わり、冬のはじまり。さっそく手がかりになるかもしれない。
「じゃあ今日の夜ごはんは別々だね」
「残念?」
「うん、鬼崎さんの手料理まじで旨いから、外で食べるより・・・・・・あっ」
「蓮太郎が残念に思っているのは料理だけなのかな?」
上機嫌に話をしていたのに、俺は続きを言えなくなった。靴下を履いた足裏で股間を刺激されているからだ。
「や、あ・・・・・・ンア」
犬扱いはされなくなっても、鬼崎さんのサディストぶりは健在していた。お手製の朝食が並ぶテーブルの下で、ぐりぐりとペニスをいじめられる。
痛めつけられていると意識すればするほど、俺のそこは硬くなった。我慢できなくてペニスを触ろうとすると、踏みつける強さが増す。
「あうっ、いたぁ」
「手は駄目だよ、足だけでイキなさい」
何気ない顔をして鬼崎さんはコーヒーを飲んだ。
リビングはとても静かで、あそこを勃たせている自分がひどく罪深く感じる。
「気持ちいいのかい?」
「・・・・・・は、い」
俺は頷くしかなかった。直接的なそこへの刺激だけじゃなく、鬼崎さんにプライドと羞恥心を踏みにじられることが何よりのスパイス。
「鬼崎さ・・・・・・っ、指、口入れて」
鬼崎さんの指が欲しくなる。俺の空いてるとこを埋めて、舐めて、吸いたい、喉の奥まで犯してほしい。
「そうやってお願いするんだった?」
「お願・・・・・・します。指を舐めさせてください・・・・・・ッ」
「んー?」
応える代わりにぐりっと股間を踏まれるばかりで、目尻に涙が滲んできた。・・・・・・ほんとこのときだけはイジワル。鼻先に人参をぶら下げられた馬のように、俺は届きそうで届かない鬼崎さんの手元も見る。
焦ったさが腰にたまり、爆発したときが怖い。足腰が立てなくなるくらいに、俺は今日も感じてしまうのだ。
期待してしまう。その思いがどれだけ俺を駆り立てるのか、優雅にコーヒーを飲むこの人はわかっているのだろうか。
まるで手のひらで転がされている。俺は鬼崎さんの思うがままに興奮を昂ぶらせた。
「・・・・・・はぁ、はぁ、鬼崎さ・・・・・・も・・・・・・やだ・・・・・・欲しいよぉ」
おねだりする声に嗚咽が混じった。瞼が熱くて、涙がこぼれ落ちそうにたまっている。泣かないように瞬きを堪えたけれど、じわっと視界が滲んで、ぽろりと頬を伝ってしまった。
「ひ、う・・・・・・指、ちょおだい」
一滴こぼれたら、涙腺は決壊した。鬼崎さんが口角を引き上げる。
「ふふ、泣かせてごめんね蓮太郎。はいどうぞ」
「あ・・・・・・んふ」
鬼崎さんが差し出した指を、舌を出して受け入れる。そっと舌の上に指先が触れた瞬間、待ちわびた飴玉を貰ったような心地になった。
「美味しい?」
夢中でしゃぶっていると、鬼崎さんが頭を撫でてくれた。俺は頷いて応えたけれど、もっと欲しいものがある。
太くて大きくて、俺の中をいっぱいに満たしてくれるもの。
「こっち・・・・・・も」
「そこはお預けだよ。明日の夜にでもたっぷり時間を取ろう」
肩を落とすが、すぐに快感で上書きされた。
「あ、あ、あん、ううぅーーー!」
休んでいた股間への愛撫が再開される。暴力的で、かつ繊細な力加減。俺が適度に痛みを感じる強さを器用に保ち、ズボンの上から踏みつけたペニスを潰すように擦る。
「ひっ、あぐ」
「お口が疎かになってるよ、蓮太郎」
これで我慢しなさいとでもいうのか、三本の指を喉奥までつき立てられた。指とはいえ、じゅうぶんに苦しい。
「・・・・・・ん、ん、んーーー!!」
俺は苦しさと痛みと、死んじゃうくらいの気持ちよさに悶えた。
「可愛い蓮太郎、イッて」
いつもより低い声がずるい。色っぽくて、ゾクゾクする。鬼崎さんのお許しを得た俺は、全身をこわばらせて絶頂をむかえた。
* * *
「サビ、おっそいな~」
「約束してたの忘れてんのかもしれない。ちょっと連絡してみるわ」
「おう」
俺が耳にスマホを当てると、長いコール音のあとに眠たそうなサビの声がした。
「なぁに?」
「何じゃない! こんな変な時間に寝てたのかよ」
「別にいいでしょ、で、あ・・・・・・ごめ、すぐ行く」
俺の声を聞いて、やっと思い出したらしい。ぷつりと通話が切られ、会話の始終を察した楠木と目が合い、苦笑しあった。
俺と楠木がいるのはスイーツカフェ『coco touron』の道路向かい。昼から三時くらいまでの書き入れどきを過ぎた微妙な時間帯でも、ちらほらと客足が目立っていた。平日でこれなら、休日はよほど混み合うんだろうと予想ができる。
サビが大遅刻をかましてくれたおかげで、かれこれ一時間ちょっと店の前にいるが、鬼崎さんっぽい人物は見受けられなかった。当然、最初から大当たりが出るとは思っていない。けれど気持ちがはやる。
「先に中に入ってよーぜ」
「いいのか? きっとサビが拗ねるぞ」
「遅刻してくるほうが悪いだろ」
「まあ、そーね」
楠木は同意する。
カフェの外観と看板はだいたい写真のとおりだ。あのころと季節が変わっているので、メニューと飾りつけが若干変わっている。すこし前まではどこもかしこもハロウィンのグッズで溢れていたのに、あっという間に片付けられて、街の中はすでにクリスマスの装い。イベントごとにそれほど関心はなく、個人的には早すぎると思うのだけれど、世の流れではこれが普通。
んでもって一方、男子二人だけのカフェへの来店は浮きまくりなわけで、俺たちは扉の手前で怯んだ。道路に面した窓ガラスには女の子たちのペア、男子はいてもカップルと相場が決まっているのである。
「なぁ、林田。やっぱりサビが来るまで待たねぇ?」
「俺もそう思ってた」
中身はカッターナイフのようにどぎついが、外見はフェミニンで愛らしい雰囲気のサビがいると心持ちがかなり変わる。
しかし時すでに遅し、内側から扉が開き、店員に声をかけられてしまった。
「どうぞ、いらっしゃいませ。今は席に余裕がありますよ」
にこりと笑ってくれた店員は男性だった。カフェ=女子という固定概念をもっていただけに、わずかばかり勇気を得る。
ここで帰りますと言うのも変だ。俺と楠木は視線を合わせ、店員に頷いた。
「・・・・・・入ります」
「では、どうぞ」
かちんこちんになりながら足を踏み入れる。だが店内は思っていたよりも落ち着いていた。
男性店員の服装にしても無駄な飾りはなく、白のワイシャツに黒いベスト、黒い蝶ネクタイ、黒いスラックスといったシックで統一感のある印象を受け、大人なバーに案内された感じだった。
もっと甘さたっぷりの砂糖まみれの店内を勝手に想像していたからか、思っていたよりも居心地がよくて肩の力が抜ける。
「———なんか、いい感じでよかったな」
こそっと声を落として楠木が言うので、俺はおかしいなと思い突っ込んでやった。
「あれ、そういえば来たことあるんじゃないの?」
「いや、あの日は混み合いすぎて途中で彼女が飽きちゃったから順番が来る前に帰ったんだ」
「そうだったのか、お前も大変だな」
「まぁな・・・・・・」
よく思い出してみれば、あの後まもなくして楠木は一度その彼女とお別れをしていた。俺の心に余裕がなかったために、頭ごなしに非難してしまったことが頭をよぎる。
今のうちに一言ごめんって言っておこうかな・・・などと思案していると、忙しなく近づいてくる気配に気づき、「やっと来たか」と二人して顔を上げた。
「もー、もうちょっと待っててくれたら良かったのにー!」
先ほどの店員に案内されて入店してきたのはサビだ。
「こらこら、遅れてきたらまず謝ろうぜ?」
楠木が一喝し、サビがきょとんとしてから「ごめんなさい」とつぶやく。
「あんまり悪いと思ってないな?」
「まぁ、まぁ、それより早かったじゃん」
「圭一に送ってもらった。はぁ、急いだから疲れちゃった」
そう言ってサビがいそいそと席に座ると、店員がおしぼりと水をもって戻ってきた。
「ご注文はお決まりですか?」
「えと、じゃあ外の看板におすすめと書いてあったメニューを」
俺はメニュー表を見ずに頼む。すると、男性店員は思惑げな表情をして固まった。
「おすすめ・・・・・・、すみません確認してきます」
「あ、いいです、それなら」
まったく気にせずメニュー表を手に取ったのだが、男性店員はキッチンの方へと足早に行ってしまった。
「慣れていそうだったけど、新入りのバイトくんだったのかな?」
「あー、かもな」
「うん、悪いことしちゃったかも」
サビと楠木の会話に相槌をうち、男性店員の姿を目で追った。彼はキッチンの中に声をかけ、ペコペコと頭を下げている。相手はよほど怖い上司か先輩なのかと思いきや、やり取りの最中にチラリと覗き見えた人物は、にこやかで面倒見のよさそうな大柄の男性スタッフだ。ただ、スーツの上にカフェエプロンという珍しい格好をしているのが目につく。
しばらくして戻ってきた男性店員に注文を済ませ、彼を引き留めた。
「すいません、さっきお兄さんが話してた人ってここのスタッフなんですか?」
「え?」
「さっきの人、スーツでしたよね?」
「ん、あ、えーと、はい。あの人は本部のかたです」
俺の疑問に疑問そうな顔をして、男性店員は答えてくれる。俺は質問を続けた。
「本部・・・・・・?」
「うちのオーナー会社の副社長って聞いてます。用があるなら呼んできましょうか?」
それ以上は分かりませんと謝られたので、迷ったが呼んできて欲しいと頼むことにした。
「ちょっと、ちょっと、どうすんの! 全然知らない人でしょ? 何を話すの?」
男性店員が離れるとすかさず、サビがひそひそ声で慌てる。
「美味しかったですとか感想を言えばいいんじゃないの?」
呑気に楠木が口を開くと、サビに「お馬鹿!」と叩かれてしまう。
「ってぇ」
「高級レストランじゃないんだから、しないよそんなの」
「その高級レストランとやらに行ったことあんの?」
「あるよ」
思わず「へぇ」と声が漏れた。彼氏である獣医の先生に連れていってもらっているのだろうか、けれど意外だ。イメージじゃない・・・・・・なんて言ったら睨まれるからやめておこう。
「お客さま、お待たせいたしました」
「あ」
どっしりと柔らかい声に顔を上げた。くだらない会話をしている間に副社長が来てしまった。
「私に何かお話があると伺いましたが。もしかして、先ほどのスタッフがまた失礼を?」
「い、いえいえ」
そこについてはしっかりと否定した。彼の名誉に関わる。
「うーんとなんだったかな・・・・・・あはは」
とりあえず笑うしかない。どうしよう、話すことが思いつかないぞ。明らかに挙動不審で、完全に怪しいやつだと思って見られているに違いない。
そこでサビがおもむろに首を傾げた。
「ねぇ蓮太郎、この人が鬼崎さん?」
「え?」
助け舟を出してくれたと思ったのだが、なぜ今それを聞いてきたのか検討がつかない。
「ちがうけど・・・・・・」
「そっかー、人ちがいだったかぁ。本当にここで働いてるって言ってたの?」
「え・・・なにが」
わざとらしく大きな声で話をする彼に眉を顰めると、同様に怪訝な顔つきだった副社長は驚いたように目を見開いていた。
サビが敏感に目をつける。
「もしかして鬼崎さんと知り合いですか?」
「鬼崎は弊社の社長ですが、お客さまがたは鬼崎とどういったご関係でしょうか?」
「じつはこの人が田舎から出てきた鬼崎さんの弟でぇ、家出をしてお兄さんを頼ってきたみたいなんですけど連絡先をなくしてしまったそうなんです~」
サビと副社長の両方に、ギョッとした。後者に関してはいい意味での衝撃、サビの言いわけは何から何まで嘘っぱちである。しかも最悪なことに副社長の口から衝撃的な事実がもたらされた。
「はぁ、社長はひとりっ子で、現在は身内はいらっしゃらないはずです。申し訳ありませんが、お食事をされたらすみやかにお引き取りをお願いいたします」
「なに、それ」
呆然とすると同時に、広い一軒家にひとりで暮らしていた鬼崎さんの物寂しそうだった表情が浮かんだ。これは予想外にうまい展開に転がったかもしれないと思い、サビへの非難を撤回し、踏み込んで訊ねてみることにした。
「・・・・・・ま、まって」
「まだ何か? 冷やかしはご遠慮ねがいます。しつこいようならば、それ相応の措置を」
「いえ、いや、こいつが変な嘘ついてすみませんでした。でも知り合いってのは嘘じゃなくて、その、いっしょに暮らしてて、でもその、ルームシェアっていうか」
ダメだ。厳しい視線に捉えられ、しどろもどろになる。俺と鬼崎さんが男女間のような深い関係にあるってことは情報から外さないといけないから、その部分を言わずに、だけど大切な人だってことを伝えないといけない。
俺の話を聞いている副社長は「はぁ」と眉根を寄せた。
「林田、もう全部言っちゃえよ」
「無理に決まってんだろ、鬼崎さんにも迷惑がかかる」
楠木が呆れた顔をしている。しかしそれだけは避けなければ、するとなぜだかわからないが副社長が急に態度を和らげた。
「・・・・・・なるほど、わかりました」
信頼を得られる事柄を何ひとつ言えていないのに、俺は耳を疑う。
「鬼崎について何をお調べになっているのか知りませんが、赤の他人ではないのだということは伝わりました」
副社長は店内の壁掛け時計を見やり、先ほどの男性店員に何やら指示を出した。
「あの?」
「もう三十分ほどで、夜のディナータイムまで一度クローズになります。閉店後にあなたがたのお話を伺いましょう」
「あ、りがとうございます!」
まさかの好展開である。サビの機転により、俺たちは絶好の機会を手に入れたのだった。
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