ご主人様(♂)とルームシェア

倉藤

文字の大きさ
上 下
28 / 30

第二十八話 はじめてのお出掛け『身も心も』①

しおりを挟む
「いらないです!」

「いいから」

 林田は鬼崎から差し出された紙袋を突き返す。

「うーん、困ったな、それなら蓮太郎の好きなやつを買いに行こう」

 妥協案を示したつもりなのだろうが、検討外れもいいとこだ。
 林田は大袈裟に首を横に振った。

「そうじゃなくて、こんな高いもの貰えない」

 鬼崎は汗と体液で汚れた林田のために、着替えの服を見繕ってくれた。それ自体は有難い、このままだと流石に外に出られないし。
 けれど、店から戻って来た男の手許を見て思わずたじろいた。高級ブランド店が立ち並ぶ中心街の近くに車を停めた時点で、何となくそんな予感はしていたが。

「でももう買って来てしまったし、俺の我儘だと思って貰ってくれないかな?」

 珍しく男はしょぼくれた顔をした。
 林田はうっと口籠る。そんな顔をされては、受け取らないわけにはいかない。

「今回だけなら・・・ありがとうございます」
 
 紙袋の横面に品よく印字された某有名ブランド名。手提げ紐一つとっても、きっとその辺のものとは全く違うんだろう・・手に持つだけでも恐縮する。
 林田は紙袋を大切に抱え、助手席のドアを開けた。

「蓮太郎、待って」

 ドアノブにかけた手に鬼崎の大きな手が重なる。いつもの男の体臭の中に、知らない香水の匂いがふわりと香った。耳元に男の息づかいを感じる。

「アレはまだ取っちゃ駄目だよ」

 後ろから耳打ちをされて、ゾワっと毛が逆立つ。
 耳を押さえて振り返ると、間近に鬼崎の顔があった。

「わっ!」

 林田は叫び声を上げた。
 恥ずかしい事なら数えきれないほどしてきたのに、今この瞬間の方が心臓が大きく跳ねたような気がする。
 首輪を付けていないから・・だろうか。それとも、外だから?普段とは違う何かを意識してしまっているのだろうか。
 
「聞いてた?蓮太郎」

 顎を上げられて唇をチュッと吸われる。男の精悍セイカンな顔立ちが優しく、それでいて怪しく、林田に微笑んだ。

 急に胸騒ぎがして、顔が熱くなる。

「蓮太郎はすぐに顔が赤くなるんだね」

 慌てて顔を隠しても、覆いきれていない耳と首が真っ赤な林檎のように染まっていく。
 この状況も、顔が赤くなったことも、それを指摘されたことも、全てに居た堪れない思いがして、鬼崎の顔を直視できない。
 いつもこの男に見られて感じる恥ずかしさじゃない。胸が擦り切れるような切なさと心が温かく包まれるような嬉しさが混ざった、複雑な感情。一つ言えるのは、どうしようもなく泣きたくてたまらなくなるってことだ。
 そう考えるとこれまでの自分の大胆な行動に目を丸くする。穴があったら入りたいってよく言うけれど、本当に思うことがあるなんて。

「着替えておいで」

 手の甲に柔らかなキスを落とされて、林田は身体中を沸騰させたまま車から降りた。
 男に言われた店でトイレを借り、男が選んだ服を着た。紙袋の中に入っていたのは、シンプルな五部袖のカットソーとゆったりしたシルエットの柄物パンツ。あとは下着。
 一式身につけると、見違えるように洒落た自分に目を見張る。質感といい、デザインといい、自分とは縁遠いと思っていたものばかり。
 着こなせているかは別として、これを自分のために選んでくれたのかと思うと、それが嬉しい。
 今、鏡に映る自分なら鬼崎の横に立って並んでも変じゃないだろうか。

「髪がボサボサだ・・」

 林田は乱れた髪の毛を撫で付け、男の待つ車へ急いで戻った。運転席の鬼崎はスマートフォンを触っている。条件反射的に身体がすくむ。鬼崎が画面を消したのを確認して、林田は車に乗り込んだ。

「その様子だとちゃんと言いつけは守ったみたいだね」

「・・だって」

 男が首を傾げる。

『俺はもう、身も心もあなたのもの』

 そう言おうとして言い淀んだ。
 代わりに、とびきりの笑顔を作ってみせる。

「なんでもない、この服ありがとう」

 鬼崎は「とっても似合ってるよ」と額にキスをくれた。
 また胸がぎゅっとなる。切ない気持ちと嬉しい気持ちが胸に溜まる。
 ああ、分かった、俺は不安なんだ。
 男の性癖から始まった関係、お互いの性癖ありきの関係、恋人同士というには脆い繋がり・・・じゃあ、その『性癖』が無くなってしまったとしたら?
 この男の自分への優しい眼差しは簡単に消え失せる。きっと炎天下の日差しの下で雪が溶けるのよりもずっと早く、呆気なく。
 俺の身体はもう、この男から与えられる飴と鞭から離れられない。
 でもこの男はどうだろう。突然変異みたいな性癖の変化は、またちょっとしたきっかけで戻ってしまうのではないのだろうか。

「あれ・・・おかしいな」

「蓮太郎?」

 鬼崎の指先が林田の涙を拭う。
 あんなに知りたいと思っていた事なのに、この男の他の顔を知れば知るだけ距離を感じる。

「蓮太郎は顔も赤くなるけど、すぐに涙も出ちゃうんだね」

が好き?」

 林田は自身の口許に手をやる。黒ずんだ感情に押されて、露骨に嫌な言い方をしてしまった。
 鬼崎の顔は明らかに強張り、眉間の皺が険しくなった。

「俺のことをそんな風に思っているのかい?」

 殺伐とした車内で、恐ろしいほど静かに言い放たれる。

「ちがっ・・ごめんなさい」

 頬に添えられていた男の手に力が籠るのを感じ、林田は咄嗟にぐっと目を瞑った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ルームシェアは犬猿の仲で

凪玖海くみ
BL
几帳面なエリート会社員・望月涼介は同僚の結婚を機に家を失う。 新たな同居人として紹介されたのは、自由奔放なフリーター・桜庭陽太。 しかし、性格が正反対な二人の共同生活は予想通りトラブル続き⁉ 掃除、食事、ルール決め——ぶつかり合いながらも、少しずつ変化していく日常。 犬猿の仲なルームメイトが織りなす、ちょっと騒がしくて心地いい物語。

うちの前に落ちてたかわいい男の子を拾ってみました。 【完結】

まつも☆きらら
BL
ある日、弟の海斗とマンションの前にダンボールに入れられ放置されていた傷だらけの美少年『瑞希』を拾った優斗。『1ヵ月だけ置いて』と言われ一緒に暮らし始めるが、どこか危うい雰囲気を漂わせた瑞希に翻弄される海斗と優斗。自分のことは何も聞かないでと言われるが、瑞希のことが気になって仕方ない2人は休みの日に瑞希の後を尾けることに。そこで見たのは、中年の男から金を受け取る瑞希の姿だった・・・・。

獣人将軍のヒモ

kouta
BL
巻き込まれて異世界移転した高校生が異世界でお金持ちの獣人に飼われて幸せになるお話 ※ムーンライトノベルにも投稿しています

【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。 でも、頼れる者は誰もいない。 自分で頑張らなきゃ。 本気なら何でもできるはず。 でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

後輩に嫌われたと思った先輩と その先輩から突然ブロックされた後輩との、その後の話し…

まゆゆ
BL
澄 真広 (スミ マヒロ) は、高校三年の卒業式の日から。 5年に渡って拗らせた恋を抱えていた。 相手は、後輩の久元 朱 (クモト シュウ) 5年前の卒業式の日、想いを告げるか迷いながら待って居たが、シュウは現れず。振られたと思い込む。 一方で、シュウは、澄が急に自分をブロックしてきた事にショックを受ける。 唯一自分を、励ましてくれた先輩からのブロックを時折思い出しては、辛くなっていた。 それは、澄も同じであの日、来てくれたら今とは違っていたはずで仮に振られたとしても、ここまで拗らせることもなかったと考えていた。 そんな5年後の今、シュウは住み込み先で失敗して追い出された途方に暮れていた。 そこへ社会人となっていた澄と再会する。 果たして5年越しの恋は、動き出すのか? 表紙のイラストは、Daysさんで作らせていただきました。

家族になろうか

わこ
BL
金持ち若社長に可愛がられる少年の話。 かつて自サイトに載せていたお話です。 表紙画像はぱくたそ様(www.pakutaso.com)よりお借りしています。

日本一のイケメン俳優に惚れられてしまったんですが

五右衛門
BL
 月井晴彦は過去のトラウマから自信を失い、人と距離を置きながら高校生活を送っていた。ある日、帰り道で少女が複数の男子からナンパされている場面に遭遇する。普段は関わりを避ける晴彦だが、僅かばかりの勇気を出して、手が震えながらも必死に少女を助けた。  しかし、その少女は実は美男子俳優の白銀玲央だった。彼は日本一有名な高校生俳優で、高い演技力と美しすぎる美貌も相まって多くの賞を受賞している天才である。玲央は何かお礼がしたいと言うも、晴彦は動揺してしまい逃げるように立ち去る。しかし数日後、体育館に集まった全校生徒の前で現れたのは、あの時の青年だった──

Take On Me

マン太
BL
 親父の借金を返済するため、ヤクザの若頭、岳(たける)の元でハウスキーパーとして働く事になった大和(やまと)。  初めは乗り気でなかったが、持ち前の前向きな性格により、次第に力を発揮していく。  岳とも次第に打ち解ける様になり…。    軽いノリのお話しを目指しています。  ※BLに分類していますが軽めです。  ※他サイトへも掲載しています。

処理中です...