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第二十三話 苦くて甘い①
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「ああ、それも話しておかないとだね、でもその前に食べようか」
出来上がったパンケーキはナイフを入れるのも勿体無くなるような仕上がり。にっこりと見つめられて、そろそろと端っこの方に切れ込みを入れた。フォークに突き刺したそれを口に含み、もぐもぐと咀嚼する。ふわりと感じる素朴な蜂蜜の風味、口の中で溶けて消えてしまうような舌触り、どれを取っても美味しい。緊張していたのも忘れて、ものの数分で皿は空になった。
「美味しかった?俺の分も食べるかい?」
向かいに座る鬼崎の皿はまだ手付かずの状態だ。穏やかに微笑み、ずっと自分から目を離さないでいる。優しいのはこれまでと同じだが、どうも落ち着かない。フォークを持つ手が知らずうちに、汗でびっしょり濡れていた。
とにかく早く食べ終わってしまいたい・・
林田は男の分のパンケーキを無言で口に運ぶ。
「ご馳走様でした」
二皿も食べると、甘ったるさに胸焼けがする。今も続いている男の視線のように、ねっとりと胃に絡みつき、気を抜くと喉まで込み上げてきそうになる。
吐き気を苦いコーヒーで流し込み、林田は話を切り出した。
「鬼崎さんの話ってなんですか?」
鬼崎は組んだ手の上に顎を乗せ目を細めた。
「うん、蓮太郎からの告白の返事をしようと思って」
告白の返事・・・林田はごくりと喉を鳴らす。
うやむやになってしまったから、仕切り直した方がいいかと思っていた。期待していなかったものを、突然目の前に差し出されて、飛びつきたくなる気持ちを必死に堪える。大学受験の合格発表の時よりもはるかに緊張して心臓が痛い。
男の口がゆっくりと開く。
「結論から言うと、俺も君のことが好きだよ」
林田はぴんと背筋が伸びた。
「ほんとに?」
すぐに優しい笑みが返ってくる。
自分の想いは一方通行じゃなかった。思いがけずに始まった奇妙な関係が、まさかこんな結果をもたらすとは。男同士の恋愛なんて初めてだけど、この気持ちに嘘はない。やっと掴んだ幸せが心に染み、顔がにやけた。
「それでね蓮太郎には、バイトを全部辞めてきて欲しいんだ」
「え?」
余りにも穏やかに言うものだから、そのまま飲み込んでしまいそうになった。決まりきった事のように男の口から滑り出て来た言葉が林田の胸に引っかかる。
「それは出来ません、鬼崎さんも俺の家の事情知ってますよね?」
鬼崎は「ああ」と頷いてコーヒをすする。
「金銭面の事は気にしないでいい。さっきの質問に戻るんだけど、俺はいくつか店をやっていてね、それなりに収入もあるから生活は問題なく出来るよ」
「店・・大学の近くにある・・・?」
その問いかけに、鬼崎は「うん、そうだよ」と目を伏せる。
やっぱりそうだ、デート中の楠木の腑抜け顔を撮った写真にカフェの立看板が写り込んでいた。そこのメニューと今食べたパンケーキが瓜二つだったのだ。
「って言っても、俺は経営する立場で、実際に作ってるのは雇ってるスタッフなんだけどね」
他の店も飲食店が主で、スイーツを扱っているんだと鬼崎は言った。甘い物好きが高じて仕事になるなんて凄い、林田は男に尊敬の眼差しを向ける。
「もっと早く教えてくれれば良かったのに!」
「ははっ、言うつもり無かったからね」
機嫌良く笑った鬼崎は、今日の天気を答えるかのようにサラリと溢す。
「どうして・・・」
当然、不思議に思う。林田は疑問をそのまま口に出した。
言うつもりが無かった事を、なぜ突然話す気になったのか、しかもこんなにあっさりと。
「蓮太郎が受け入れてくれたから」
呟かれた言葉にハッとする。いつのまにか鬼崎は林田の横に立っていた。見下ろす男の目は笑ってはいなかった。
濃い涅色の瞳孔が鋭く林田を射すくめる。スッと手を伸ばされて、無意識に息を止めていた。緊張に強張る林田の口の端を親指で優しく拭う。そのまま男の指は唇を撫で、口腔内に侵入する。付着していたチョコレートがほんのりと甘く、指に犯されているだけで蕩けそうな気分にさせられる。
「舐めて」
グイッと林田の舌を掴み、鬼崎は低く囁いた。
「うぐっ・・・!」
「蓮太郎、出来ないの?舐めて綺麗にして」
舌を掴む人差し指と親指にさらに力が込められる。染み出してくる唾液がなすすべ無いままに床へ垂れた。自然に流れ出る涙と鼻水で殊更みっともない顔を晒し、林田はゾワリと戦慄した。
冷ややかに嘲笑うこの男の深い瞳が怖いのか、それとも堪らなく感じてしまうのか。どちらにしても、逆らえない・・・苦味の中に確かにある、身体を駆け上ってくる甘美な痺れ。
「・・ふっ・・・うっ・・」
林田は男の指に舌を這わした。ペチャペチャと音を立てながら、指の先、関節、根本、余す所なく丁寧に舐めていく。
「こんな事を要求する男を気持ち悪いと思うかい?」
不意にそんな言葉が降ってきた。涙目で見上げると、冷徹だった男の視線は影を潜め、眉間に皺を寄せた、いつもの苦悶の表情に変わっていた。
「俺は、自分にそう思うんだよ・・君を鳴かせて興奮する自分の身体が酷く醜くて、気持ちが悪い・・・」
鬼崎はずるりと指を引き抜き、静かに微笑んで林田の頭を撫でる。それは、見慣れた昼間の優しい男の顔だった。だが今は何処か寂寞した苦しみを抱えたような、物悲しい表情に見えて仕方がなかった。
出来上がったパンケーキはナイフを入れるのも勿体無くなるような仕上がり。にっこりと見つめられて、そろそろと端っこの方に切れ込みを入れた。フォークに突き刺したそれを口に含み、もぐもぐと咀嚼する。ふわりと感じる素朴な蜂蜜の風味、口の中で溶けて消えてしまうような舌触り、どれを取っても美味しい。緊張していたのも忘れて、ものの数分で皿は空になった。
「美味しかった?俺の分も食べるかい?」
向かいに座る鬼崎の皿はまだ手付かずの状態だ。穏やかに微笑み、ずっと自分から目を離さないでいる。優しいのはこれまでと同じだが、どうも落ち着かない。フォークを持つ手が知らずうちに、汗でびっしょり濡れていた。
とにかく早く食べ終わってしまいたい・・
林田は男の分のパンケーキを無言で口に運ぶ。
「ご馳走様でした」
二皿も食べると、甘ったるさに胸焼けがする。今も続いている男の視線のように、ねっとりと胃に絡みつき、気を抜くと喉まで込み上げてきそうになる。
吐き気を苦いコーヒーで流し込み、林田は話を切り出した。
「鬼崎さんの話ってなんですか?」
鬼崎は組んだ手の上に顎を乗せ目を細めた。
「うん、蓮太郎からの告白の返事をしようと思って」
告白の返事・・・林田はごくりと喉を鳴らす。
うやむやになってしまったから、仕切り直した方がいいかと思っていた。期待していなかったものを、突然目の前に差し出されて、飛びつきたくなる気持ちを必死に堪える。大学受験の合格発表の時よりもはるかに緊張して心臓が痛い。
男の口がゆっくりと開く。
「結論から言うと、俺も君のことが好きだよ」
林田はぴんと背筋が伸びた。
「ほんとに?」
すぐに優しい笑みが返ってくる。
自分の想いは一方通行じゃなかった。思いがけずに始まった奇妙な関係が、まさかこんな結果をもたらすとは。男同士の恋愛なんて初めてだけど、この気持ちに嘘はない。やっと掴んだ幸せが心に染み、顔がにやけた。
「それでね蓮太郎には、バイトを全部辞めてきて欲しいんだ」
「え?」
余りにも穏やかに言うものだから、そのまま飲み込んでしまいそうになった。決まりきった事のように男の口から滑り出て来た言葉が林田の胸に引っかかる。
「それは出来ません、鬼崎さんも俺の家の事情知ってますよね?」
鬼崎は「ああ」と頷いてコーヒをすする。
「金銭面の事は気にしないでいい。さっきの質問に戻るんだけど、俺はいくつか店をやっていてね、それなりに収入もあるから生活は問題なく出来るよ」
「店・・大学の近くにある・・・?」
その問いかけに、鬼崎は「うん、そうだよ」と目を伏せる。
やっぱりそうだ、デート中の楠木の腑抜け顔を撮った写真にカフェの立看板が写り込んでいた。そこのメニューと今食べたパンケーキが瓜二つだったのだ。
「って言っても、俺は経営する立場で、実際に作ってるのは雇ってるスタッフなんだけどね」
他の店も飲食店が主で、スイーツを扱っているんだと鬼崎は言った。甘い物好きが高じて仕事になるなんて凄い、林田は男に尊敬の眼差しを向ける。
「もっと早く教えてくれれば良かったのに!」
「ははっ、言うつもり無かったからね」
機嫌良く笑った鬼崎は、今日の天気を答えるかのようにサラリと溢す。
「どうして・・・」
当然、不思議に思う。林田は疑問をそのまま口に出した。
言うつもりが無かった事を、なぜ突然話す気になったのか、しかもこんなにあっさりと。
「蓮太郎が受け入れてくれたから」
呟かれた言葉にハッとする。いつのまにか鬼崎は林田の横に立っていた。見下ろす男の目は笑ってはいなかった。
濃い涅色の瞳孔が鋭く林田を射すくめる。スッと手を伸ばされて、無意識に息を止めていた。緊張に強張る林田の口の端を親指で優しく拭う。そのまま男の指は唇を撫で、口腔内に侵入する。付着していたチョコレートがほんのりと甘く、指に犯されているだけで蕩けそうな気分にさせられる。
「舐めて」
グイッと林田の舌を掴み、鬼崎は低く囁いた。
「うぐっ・・・!」
「蓮太郎、出来ないの?舐めて綺麗にして」
舌を掴む人差し指と親指にさらに力が込められる。染み出してくる唾液がなすすべ無いままに床へ垂れた。自然に流れ出る涙と鼻水で殊更みっともない顔を晒し、林田はゾワリと戦慄した。
冷ややかに嘲笑うこの男の深い瞳が怖いのか、それとも堪らなく感じてしまうのか。どちらにしても、逆らえない・・・苦味の中に確かにある、身体を駆け上ってくる甘美な痺れ。
「・・ふっ・・・うっ・・」
林田は男の指に舌を這わした。ペチャペチャと音を立てながら、指の先、関節、根本、余す所なく丁寧に舐めていく。
「こんな事を要求する男を気持ち悪いと思うかい?」
不意にそんな言葉が降ってきた。涙目で見上げると、冷徹だった男の視線は影を潜め、眉間に皺を寄せた、いつもの苦悶の表情に変わっていた。
「俺は、自分にそう思うんだよ・・君を鳴かせて興奮する自分の身体が酷く醜くて、気持ちが悪い・・・」
鬼崎はずるりと指を引き抜き、静かに微笑んで林田の頭を撫でる。それは、見慣れた昼間の優しい男の顔だった。だが今は何処か寂寞した苦しみを抱えたような、物悲しい表情に見えて仕方がなかった。
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