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第十二話 首輪を外して
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林田は自室にこもって布団に包まった。下半身に残る痛みに、悲しくてまた涙が出た。乱暴にされたことのショックが心の中で尾を引いて増殖していく。信頼していたぶん裏切られたような気分で、もう顔も合わせたくないとさえ思った。
階段を上がる音がかすかに聞こえて身体が強張った。コンコンとドアを叩かれ、林田が無視をすると、少し待った後に鬼崎の声がした。
「蓮太郎、さっきはすまなかった。その・・暴走して不快な思いをさせてしまったこと、本当に申し訳ないと思ってる。怪我はしていないだろうか?君の身体に何かあったら教えてほしい」
林田は何も答えないでいた。しばらくして、ドアの前の気配が一度離れ、そしてまた戻ってくる。
「・・・俺は出掛けてくるから、シャワーを浴びるといい」
ドアの向こうから聞こえたのはその言葉が最後だった。
林田は立ち上がり窓を覗いた。鬼崎の後ろ姿が道路の向こうに消えて行くのが見える。フッと緊張感が解けて、疲れで身体が重たくなった。今すぐにでも寝たいけど、身体が臭くて気持ち悪い。
首輪を外して机の上に置き、部屋を出た。もうすぐ季節は夏を迎えるのに、何処と無く肌寒く感じた。裸でいるせいだと思ったが、それは違った。
温かいシャワーで身体を流しても、それは変わらなかった。どんなにお湯の温度をあげても、手足はずっと凍えたように冷たいままだった。でもそれで初めて、この家に来てからはずっと自分の身体は温かったんだと気付いた。きっと心も。
後悔に胸が締め付けられる。俺があんな悪戯をしなければ、あの人の作った関係を壊さなければ・・。
林田はシャワーを止めた。髪から落ちる雫の音が浴室の壁に寂しく反響する。寒さに腕をさすりながら服を着た。癖で首元に手をやってしまう自分と、鏡越しに目が合い、何とも言えず惨めな気分になった。
ベッドに潜り込んでも眠れなくて、首輪を手に取り、くるくると指で弄んだ。男に向かってお前なんて嫌いだと、この首輪を投げつけてやれたらどんなにいいか。
でもこうなったのは自分のせいなのだから、それは出来ない。それに男のことが嫌いかと言われたら、気持ちが少し落ち着いた今はそう思えなかった。
だけど、もう首輪をする気にはなれなかった。矛盾する気持ちが悶々と胸に溜まった。
「えっ!鬼崎さんと喧嘩したの?」
「うん・・まぁ・・喧嘩というか何というか・・・」
週末明けの大学の食堂で久しぶりに楠木と昼を食べた。会って早々に「何かあった?」と目ざとく聞かれ、全てを話さざるを得なくなったのだが、さすがに尻にアレを突っ込まれたのが原因とは言い辛い。
「やっぱりペットになんてなれないって思った?」
「ちょっと、声大きい!」
「はは、ごめん」
昨日林田がアルバイトから帰った後も、今朝も鬼崎の顔を見ていない。夜は自室から出て来ず、朝は林田が起きる前に仕事に行ったようだった。
以前避けられた時とは違って、今回は自分に気を使っての事だろうと思うが。
「でも、それなら住むとこどうすんの?」
「・・・そこなんだよな問題は」
「なぁ、ほかに当てが無いなら俺と住まない?」
「え、お前と?」
林田は友人からの突然の申し出に食いついた。
「あれ、でも彼女と住めばいいじゃん」
「それがさぁ・・」
楠木は煮え切らない様子で額を掻き、そして、にへらと笑う。
「彼女と別れたんだよね」
話を聞きながら食べていたラーメンに林田は盛大に咽せた。
そんなすぐ終わってしまうような関係のために、大切なアルバイト代をはたいてしまったのかと心の中で嘆く。自分の事はそっちのけで質問を重ねた。
「ごほっ・・もう?早くない?なんで?」
「あれだよ、性格の不一致ってやつ」
楠木はあっけらかんと肩をすくめた。
「・・まだお互いのこと分かるほど長く付き合って無くないだろ、金返せよな」
「それは、お前と鬼崎さんだって同じだろ?」
いきなりストレートを打ち込まれ、どきりとして箸が止まった。何も言い返せないまま、持ち上げた麺を無言で見つめる。楠木は励ますように林田の背を数回叩いた。
「鬼崎さんとちゃんと仲直りしろよ?もし本当にどうしても駄目だって言うなら、さっきの話マジだから考えといて」
「おう、わかった」
林田は頷いて麺をすすった。
次の講義の時間のために、楠木は食べ終えると「じゃあな」と食堂を出て行った。その姿を見送ってから、考え込んだ。楠木に言われた言葉が頭の中でループする。
確かに自分は鬼崎亮平という男の事を何も知らない。何が好きで、どんな仕事をしているのか、年齢や血液型、誕生日さえ聞いたことが無い。土曜日に見た一面だけであの男を判断するのは早すぎるんじゃないか。
でも仮に、あのような暴力的な趣味嗜好があったとしたら俺は受け入れられるだろうか・・。
チクンと胸が痛んだ。肝心な事は何も分からないくせに、あの男の体温だけは身体がしっかりと覚えている。まだ怖いと思ってしまうのに、今朝も昨日も、触ってもらえないとやっぱり悲しかった。
ここでも矛盾する気持ちがせめぎ合っている。
階段を上がる音がかすかに聞こえて身体が強張った。コンコンとドアを叩かれ、林田が無視をすると、少し待った後に鬼崎の声がした。
「蓮太郎、さっきはすまなかった。その・・暴走して不快な思いをさせてしまったこと、本当に申し訳ないと思ってる。怪我はしていないだろうか?君の身体に何かあったら教えてほしい」
林田は何も答えないでいた。しばらくして、ドアの前の気配が一度離れ、そしてまた戻ってくる。
「・・・俺は出掛けてくるから、シャワーを浴びるといい」
ドアの向こうから聞こえたのはその言葉が最後だった。
林田は立ち上がり窓を覗いた。鬼崎の後ろ姿が道路の向こうに消えて行くのが見える。フッと緊張感が解けて、疲れで身体が重たくなった。今すぐにでも寝たいけど、身体が臭くて気持ち悪い。
首輪を外して机の上に置き、部屋を出た。もうすぐ季節は夏を迎えるのに、何処と無く肌寒く感じた。裸でいるせいだと思ったが、それは違った。
温かいシャワーで身体を流しても、それは変わらなかった。どんなにお湯の温度をあげても、手足はずっと凍えたように冷たいままだった。でもそれで初めて、この家に来てからはずっと自分の身体は温かったんだと気付いた。きっと心も。
後悔に胸が締め付けられる。俺があんな悪戯をしなければ、あの人の作った関係を壊さなければ・・。
林田はシャワーを止めた。髪から落ちる雫の音が浴室の壁に寂しく反響する。寒さに腕をさすりながら服を着た。癖で首元に手をやってしまう自分と、鏡越しに目が合い、何とも言えず惨めな気分になった。
ベッドに潜り込んでも眠れなくて、首輪を手に取り、くるくると指で弄んだ。男に向かってお前なんて嫌いだと、この首輪を投げつけてやれたらどんなにいいか。
でもこうなったのは自分のせいなのだから、それは出来ない。それに男のことが嫌いかと言われたら、気持ちが少し落ち着いた今はそう思えなかった。
だけど、もう首輪をする気にはなれなかった。矛盾する気持ちが悶々と胸に溜まった。
「えっ!鬼崎さんと喧嘩したの?」
「うん・・まぁ・・喧嘩というか何というか・・・」
週末明けの大学の食堂で久しぶりに楠木と昼を食べた。会って早々に「何かあった?」と目ざとく聞かれ、全てを話さざるを得なくなったのだが、さすがに尻にアレを突っ込まれたのが原因とは言い辛い。
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「はは、ごめん」
昨日林田がアルバイトから帰った後も、今朝も鬼崎の顔を見ていない。夜は自室から出て来ず、朝は林田が起きる前に仕事に行ったようだった。
以前避けられた時とは違って、今回は自分に気を使っての事だろうと思うが。
「でも、それなら住むとこどうすんの?」
「・・・そこなんだよな問題は」
「なぁ、ほかに当てが無いなら俺と住まない?」
「え、お前と?」
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「あれ、でも彼女と住めばいいじゃん」
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楠木は煮え切らない様子で額を掻き、そして、にへらと笑う。
「彼女と別れたんだよね」
話を聞きながら食べていたラーメンに林田は盛大に咽せた。
そんなすぐ終わってしまうような関係のために、大切なアルバイト代をはたいてしまったのかと心の中で嘆く。自分の事はそっちのけで質問を重ねた。
「ごほっ・・もう?早くない?なんで?」
「あれだよ、性格の不一致ってやつ」
楠木はあっけらかんと肩をすくめた。
「・・まだお互いのこと分かるほど長く付き合って無くないだろ、金返せよな」
「それは、お前と鬼崎さんだって同じだろ?」
いきなりストレートを打ち込まれ、どきりとして箸が止まった。何も言い返せないまま、持ち上げた麺を無言で見つめる。楠木は励ますように林田の背を数回叩いた。
「鬼崎さんとちゃんと仲直りしろよ?もし本当にどうしても駄目だって言うなら、さっきの話マジだから考えといて」
「おう、わかった」
林田は頷いて麺をすすった。
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でも仮に、あのような暴力的な趣味嗜好があったとしたら俺は受け入れられるだろうか・・。
チクンと胸が痛んだ。肝心な事は何も分からないくせに、あの男の体温だけは身体がしっかりと覚えている。まだ怖いと思ってしまうのに、今朝も昨日も、触ってもらえないとやっぱり悲しかった。
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